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2階にあるコーヒーショップの禁煙席。
男は駅前の交差点が一望できる場所に居た。
止まる事のない人の流れを眺めながら、彼女が現れるのを待っている。
ただひたすらに、ぼんやりと。
手元にあるキーホルダーをサ店のオレンジ色のライトにかざしてみた。
・・・・・ケイ。
舌を出したあどけない表情を浮かべる少女のマスコット。
その姿は、小さい頃の彼女なのだろうか。
男はお店の同伴がてら、ケイと一度だけ遊びに行った事があった。
その時のカラオケ屋で、ケイはこんな事を言っていた。
「小さい頃な、有名人になりたかったんよ。歌手になって、ヒット曲を出したりな、ドラマとかに出て悲劇のヒロインを演じたりな。
すっごいそーゆのにあこがれてたねん。そんでな、大ブレイクして、人気絶頂の時に結婚して引退するの。なんかかっこええやろ?」
楽しそうに話したケイに、そのとき男は、歌が下手だから無理だとからかった。彼女は少しだけ拗ねて、そして笑った。
小さい頃、女の子の誰もが夢見るような、普通の夢。
大きくなって、楽しい事して、そして結婚する。

・・・現実はどうだ?

事あるごとに、彼女はこの仕事をやめたいとぼやいていた。
「早くやめたいよ。こんなところにいつまでもいたら、おかしゅうなってしまうやん。」

お金が溜まったら絶対にやめるんや。

お金はこんな、いたいけな女性まで、偽りの世界に引きずり込んでしまう。
金が有れば、何でも許されるのか?
男が一番嫌っている お金を振りかざす人間。

・・・お金なんて嫌いだ。

男の手の中の容器が少しだけ軋んだ。



・・・・
3時15分になった。
小柄で栗色の髪の女がこちらに歩いてくるのが見える。
ジーンズに灰色のフリース。
まるで水商売なんかとは無縁そうに見えるその女は、サ店の前で立ち止まった。
所在なさ気に、女はきょろきょろとあたりを見回すと、コーヒーショップを見上げた。
男と目が会った。
冷たくて、悲しそうな瞳。
男の心臓は握りつぶされそうだった。
すでに冷たくなっているプラスチック製の容器を思わず握り締める。
立ちあがって、それをごみ箱に放り込むと、足早に階段を降りる。
店員の無愛想な声が、男を見送った。
・・・・
「来たね、さぁ行こうか。」
男は有無を言わせずに、ケイの腕をつかんだ。
細く折れそうな手首。
つかんで、それから、その華奢な感覚に少し怯んだ。
男は、振りかえりもせず、強引に引っ張ってホテル街へ向かってあるこうとする。
「ちょ・・・っと・・・まって・・・・。」
ケイは予想した通り、手を必死になって振りほどこうとしている。
しばらく、そのまま歩きつづけようとしたが、それはままならない程だった。
・・・良かった。
これで彼女の手を離せば、俺は・・・開放される・・・・。
男が振り返った瞬間、彼女の切なげな瞳が飛び込んできた。
その表情は、男がハッキリと知覚できない「何か」を刺激した。
ゾクりとする程の「何か」
男にはすでに予期せぬ感情が芽生えていた。
・・・ケイをそう言う対象で見たことはなかった。
キスしたいと思ったことはあったが、直接的な欲情とはまた別の物だった気がする。
男の目と耳に何かがよぎる。
粘質的に繋がった、唇と官能の悲鳴。
別の世界の入り口はそこまで来ていた。
柔らかそうな唇、恋焦がれた薄紅色が目の前にあった。


時がとまった。

聞いたことのある声が、ひどく現実味のないセリフを吐き出した。

 


「オカネガヒツヨウナンダロウ?」




男はまだ若すぎたのかもしれない。


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