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山梨県山梨市

伝安田義定の墓

2013年09月21日

伝安田義定の墓
この付近一帯の集落は御所と呼ばれ、安田義定の御所が置かれたと伝えられています。
安田義定は、長承3(1134)年源義清の子として若神子(北杜市)に生まれ、八幡荘、牧荘、安多荘を中心に現在の山梨市、甲州市一帯を統治しました。平家追討に功をたてた勇将でしたが、源頼朝により建久5(1194)年に滅亡しました。
北西方向にほど近い小田野山は安田義定の要害城であるとも伝えられています。
この宝篋印塔は室町時代に造立されたものと考えられ、安田義定とその一族を埋葬した場所と伝えられています。
(看板資料より)

 



2006年01月01日

安田義定廟所

小田野山は標高882メートル。甲斐源氏安田義定の要害城址である。義定は源頼朝のため建久5(1194)年8月この地で滅亡。この宝篋印塔は義定と一族をまつる廟所で石塚という。
(看板資料より)

小田野山城址

天神社から国道140号線に出て北上し、恵林寺、放光寺の前を通過して、道の駅「花かげの郷まきおか」の手前を左折してしばらく進んで行くと、右手に小田野山が見え、その道路沿いの左側に小さな案内板を見つけることができます。案内板には安田義定廟所と書かれていました。そこから左側に少し入って行くと上の写真のような宝篋印塔があります。


雲光寺
腹切地蔵尊
放光寺

 

 
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