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山梨県甲府市

愛宕神社

2013年09月01日

 
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愛宕神社は明治以前には「愛宕権現(社)」「愛宕勝軍(大)権現」「愛宕勝軍地蔵権現」などと呼ばれていました。創祀年代は不明ですが、武田信玄の命令により、古府中の聖道小道路に躑躅ヶ崎館の鬼門守護のため祀り、相模国愛宕山からもってきた地蔵菩薩を安置したことが始まりと伝えられています。武田氏滅亡後の天正12(1584)年、徳川家康が尾州へ出発する際、戦陣祈祷のために奉行の成瀬吉右衛門と日下部兵右衛門によって現在地え移され、仮殿が建てられました。また甲府城築城に際し鬼門除の守護神として祀られるようにもなりました。
(看板資料より)


お長閑さま

愛宕神社の宮司の方に話を聞くことができました。お長閑さまは長坂長閑とは直接関係はないとのことです。以前は背後の愛宕山にあってお長閑さま、もしくは鳥瞰という字を当てはめる説もあるとのことでした。災害か何かで愛宕山が崩れ、その時この石が愛宕神社まで落ちてきたので現在のように祀ってあるのだそうです。その形から想像できるようにシモの病気に効能があるそうです。

 



2013年02月03日

愛宕神社は明治以前には「愛宕権現(社)」「愛宕勝軍(大)権現」「愛宕勝軍地蔵権現」などと呼ばれていました。創祀年代は不明ですが、武田信玄の命令により、古府中の聖道小道路に躑躅ヶ崎館の鬼門守護のため祀り、相模国愛宕山からもってきた地蔵菩薩を安置したことが始まりと伝えられています。武田氏滅亡後の天正12(1584)年、徳川家康が尾州へ出発する際、戦陣祈祷のために奉行の成瀬吉右衛門と日下部兵右衛門によって現在地え移され、仮殿が建てられました。また甲府城築城に際し鬼門除の守護神として祀られるようにもなりました。
(看板資料より)

 
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