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長野県松本市

埴原

2004年06月19日

本丸

小笠原氏城跡・埴原城
指定
昭和45年10月22日長野県文化財保護条例第二条により長野県史跡に指定。
規模
この城跡は林城の大城、小城並びにその前衛をなす埴原城を含めた雄大な要害で守護小笠原氏の貫禄を示す本県の代表的なものである。埴原城は町村部落からお屋敷を経て登ること約千メートルで頂上の本郭に至る。本郭とニの郭には東方の大小屋とともに小笠原氏の拠る以前の古い遺構が残り、三の郭、西小屋には新しい構築の跡が見られる。尚主要部防衛のため山体の至る処に地形に応じ幾多の小段郭が構築されている。
説明
この史跡は埴原(村井)氏の拠るところであったが、守護小笠原貞宗が府中に移ってからは村井氏を配下となし林城南方の敵に備え前線の基地として急速に規模が拡大された。
天文19(1550)年7月15日武田晴信が小笠原長時を攻略するに際し真っ先に当城を陥れるや林城はじめ諸城が相次いで自落したことでも戦略上重要な要害であったことが知られる。
(看板資料より)

本丸


麓の蓮華寺に車を止めてお寺に向って右側の方の道を進みましたが途中で地元の方に道を教えてもらい間違っていたことが分かりました。お寺に向って左側の道をどんどん進んでいくのが正解です。だんだん道は狭くなっていきますがそのまま登っていくと約20分ほどで山頂と思われる所にたどり着けました。
前回の謎であった埴原城=村井城というのは間違いで村井城は別の場所にあることが分かりました。


蓮華寺


2003年07月05日

ここは今回現地に行って初めて知ったところなのですが、イヌイの出城ともいわれているとのこと。しかし看板の資料にもあるように村井氏の城であったとのことから村井城のような気もします。どなたかご存知の方がいたら教えてください。
麓のお寺の駐車場に車を止めて歩いて行かねばならないのですがこの日も既に右足の膝が痛くなっており、徒歩40分には耐えられそうもなく残念ながら断念することにしました。塩尻方面からの敵に対する守りの城として林城より雄大とのことなので次回は元気なうちに是非もう一度来てみたいと考えています。

 

 
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