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愛知県新城市

武田勝頼観戦地(才の神)

2006年05月06日

ここには前回も来たことがあったのですが道に迷ってしまいました。前回車を止めた所は覚えていたので同じ所に車を止めてそのまま奥に進んでいったのが失敗でした。付近のお墓にお墓参りに来ていた方に聞いてこちらではないことを教えてもらい、正しい入口まで案内してもらいました。入口まで来てやっと思い出しました。入口にはちゃんと看板がありますのでここを訪れる方は是非この看板を探してください。この看板に従って畑の方に歩いて行くと、道が3つに分かれますがこれは右に行きます。その後森の中に入っていきますが、いろはがるたの看板がある所で分かれている道は左の方に行けばたどり着くことができます。
今回は写真の祠があるところまで登ってみました。一段高くなっていて小高い本丸のような感じになっていました。多分この前方は最前線に近い場所だと思います。このような場所に本陣を構えること自体物凄く勇気がありますね。私が総大将だったら恐くていられなかったでしょう。

 



2003年10月12日


「赤禿に勝頼本陣進めたり」
(設楽原古戦場いろはかるた看板資料より)

長篠城を包囲していた武田軍は全軍を設楽原に移動させます。総大将である武田勝頼ははじめは、清井田の武田勝頼戦地本陣地に陣を張りますが、その後この才の神に移動させてここで全軍を指揮したと思われます。
三千挺の鉄砲の大音響、相次ぐ武将の討死していく連絡をここで聞きいていたのでしょうか。

 

 
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