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愛知県新城市

信玄祖師堂跡

2006年05月06日

設楽原歴史資料館から土屋昌次之碑に向う途中、天王山内藤昌豊之碑の向かい側あたりに信玄祖師堂跡があります。「かるたでつづる設楽原古戦場」によると、合戦350年祭後の昭和5年に信玄病院初代院長牧野文斎翁は日蓮宗に入信して信玄祖師堂を建て、その中に戦没者の位牌を安置したとのこと。しかし昭和32年に祖師堂が廃止されてしまい、戦没者の位牌は富士市の本照寺にまつられているとのこと。

 



2003年10月12日


「冥福を祈る武将の慰霊碑」
(設楽原古戦場いろはかるた看板資料より)

内藤昌豊陣地から才の神の武田勝頼観戦地に向かう途中にありましたが史跡の詳細は不明です。

 

 
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