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長野県佐久市

前山城

2003年09月23日

前山城跡は、蓼科山の一支脈突端に位置し、本丸、二ノ丸、三ノ丸がほぼ一線につらなっている。北方は断崖の下を中沢川が流れ、東、南の二方は急傾斜で曲輪を設け、さらに屋根筋は堀切りによって防御線を構成している。
鎌倉、室町の料時代を通じて、佐久郡西部に威をふるった伴野氏は、伴野庄の地頭として当初は野沢館に拠ったが、室町中期にいたって、詰めの城として前山城を構築し、後には本拠をこの城に移した。
天正10(1582)年、前山城は芦田信蕃に攻められ、城将伴野信守は討死し、兵火に焼かれて落城した。城跡は今もほぼ旧態を完全にとどめているうえ、焼米その他の遺物が所どころから出土する。
(看板資料より)

前山城を探している最中におじちゃんに聞いたのですが前山城周辺にはいくつかの小さな出城のようなものがあるとのことで、ちょうど話をしていたところも昔の出城だったところだそうです。前山城の場所は事前に佐久市役所の方に地図を郵送しておいてもらっていたのでそれを頼りに進んだのですが、ちょうど道路を掃除していたおじいさんに道を聞いたところ、前山寺を通り過ぎ更にどんどん進むとほとんど車で上まで登ることができると聞きその通り進みましたが失敗。結局、前山地区運動公園の前に車を止めさせてもらいそこから歩くことにしました。おじちゃんのアドバイス通り、それなりの靴を用意すべきですね。登り始めれば途中リンゴ畑の中を通り、10分もかからずに登ることができます。本丸の奥には堀切跡があってその先には上からロープが垂れ下がっているのでそれを頼りに登ると棒が打ち込まれていて何かが書かれていましたがもう読めなくなっています。私が帰ろうとしたら本丸の裏側から地元の子供達が登ってきました。裏の道を下るとどこに行くのか彼らに聞いてみましたがよく分からなかったので登ってきた道を下ることにしました。リンゴと浅間山がきれいに見えました。

前山城は信玄の佐久攻略の拠点になったところで、天文15(1546)年、内山城にこもる大井貞隆の子の貞清を攻める際に前山城に入っている。

前山城跡堀切跡

前山城から見える浅間山とリンゴ

前山城への登り口

 
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