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長野県佐久市

内山

2003年06月29日

内山城は、永正年間(1504〜1521)に大井美作入道玄岑が築城したと思われる。その後天文15年(1546)年に武田信玄は佐久の諸城を奪って上原伊賀守昌辰を配した。天文17(1548)年、佐久に侵入した村上義清の軍としばらく攻防戦が続いたが、信玄自信が諏訪から佐久へ出馬しこれを退けた。
天正10(1582)年に武田氏が滅亡し、佐久の諸城が次々と徳川氏の手に帰していくなかで内山城も同11年に家康の麾下依田信蕃らの手によって攻略された。比高80メートルに及ぶ断崖上にあるお城の縄張りは比較的よく保存されており、石塁も各所に残っている。ほぼ三角状をした本丸の北に一段ずつさがって二の丸、三の丸が続き、更に小さく築かれたいくつかの廓を経て、掘切、水の手がある。
(看板資料より)


本丸

内山城へ行くには園城寺というお寺を目指せばOKです。お寺の駐車場に車を止めて、案内板に従っていけばいいのですがここの案内板は少し分かりづらいです。迷ったら右へ右へと回り込むようにすればそのうち青い案内板が出てくるのでそれに従えば行かれると思います。

二の丸

本丸の手前に二の丸、三の丸の案内板がありますが、それにしては規模も小さくなんだか少し怪しいような気がしました。本丸の奥にはもっと大きな曲輪があるのですが。。。

三の丸


本丸からの景色

ここは特に疲れましたがその分本丸からの景色も最高でした。近くに国際射撃場があるらしく鉄砲の音?らしき音が聞こえてくるのでなんだか包囲されて攻められているような気分になってしまいました。


正安寺

 

 
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