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長野県木曽町

小沢川古戦場

2004年09月19日

国道19号線を日義村から木曽福島町に入る所の橋を渡る直前を右に入ったところに食堂があり、小さな道を挟んで反対側の空き地に以前は小沢川古戦場の案内板があったそうなのですが台風で吹き飛んでしまって今は何もない状態とのことでした。お話を聞かせてくれたのはここから少し入ったところにあるIZUMIYAの方でしたがそのおじさんの話によれば古戦場は更に木曽川に近い方の資材置き場なのだそうです。その資材置き場はどこなのかは分かりませんでした。その後役場に行ってみましたが当日の日直の方は若い女性で余り郷土の歴史に詳しそうな人ではなく観光パンフレットをもらえただけでした。
せっかく日義村に来たので義仲館にも寄り、念のためここでも小沢川古戦場について聞いてみましたが収穫は無し。その後再び木曽川に近い場所に行ってみましたが、道端にいたおじいさんも古戦場については何も知りませんでした。

小沢川古戦場というのは、第2回目の川中島の合戦がおこなわれた天文24(1555)年に武田軍が木曽に攻めて来た際に、当時の福島城主木曽義康は王滝城にいたため、嫡子である木曽義昌がこの場所で武田軍を迎え撃ちましたが力及ばずに敗れて撤退したところなのだそうです。
その後、福島城、王滝城を囲まれ木曽義康、義昌父子は武田信玄に降伏しますが、信玄は決して木曽氏を疎略にせず、信玄の三女:真理姫を義昌の正室に娶らせ、木曽氏を御親類衆としたのである。

 

 
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