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長野県木曽町

福島城

2004年09月19日

天文年間、福島城(上の段城)の詰城として築かれたものといわれ、本丸、二の丸、三の丸が空掘により区画された、戦国時代末期の典型的な山城形式をうかがい知ることのできる貴重な史跡です。
(看板資料より)

城山古城跡
この城は天文年間木曽氏18代の領主義康によって福島城(上の段城)の詰の城として築かれたものといわれ向城(向い側の城)と呼ばれていたことが現在の地名によってうかがわれる。この位置が本丸、その間を画するくぼみは空堀の跡である。続く平坦の場所が三の丸でこれも空堀によって区画されていることがはっきりわかる。
要害堅固な戦国末期の典型的な山城形式をうかがうことができる史跡として貴重である。
(本丸の看板資料より)


案内板に書かれているとおり典型的な山城でしたが規模は小さかったです。しかし木曽福島の街中から見えるかなり大きな山の頂上にある城で標高差はかなりあるような感じでした。あるような感じとあいまいな言い方をしたのは途中まで車で行けてしまったからです。
私の理想的な史跡探索パターンは、途中まで普通の車では走るのが難しい林道を進み、車を置いてその先は徒歩で登って行って一番上に史跡がある!というイメージなのですが、そういう意味ではこの福島城は私にとって理想の史跡でした。
目印は興禅寺でそこから登っていくと城山自然遊歩道の案内が出てきますがそのままどんどん進むとそのうち城山林道になります。遊歩道入口(下の写真のところ)の少し奥が多少広くなっているのでそこに車を止めることができます。


小沢川古戦場
東漸寺
木曽義昌公史跡公園
真理姫の墓
大通寺
福島城
興禅寺

 

 
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