第9回 「天からの手紙」2001.02.13

 ちとリリカルなタイトルですが、これは生涯を雪の結晶生成メカニズムの解明に費やした偉大な原子物理学者、中谷宇吉郎博士(1900-1961)のことばでもあります。
 雪の結晶が、なぜあの形になるのか、そして、なぜ全く同じ形にならず、さまざまなバリエーションを持って地上に降りてくるのか。そんな疑問を抱き、追究し続けた中谷博士は、世界ではじめて人工雪を作ることに成功しましたが、その根源には、少年のような疑問を追いつづける純粋さがあったのでしょう。

 では本題。なぜ、雪は天からの手紙なのでしょうか。

 雪の結晶形は、必ずしもきれいな六本のつのを持つわけではなく、結晶がふたつ合わさったようなものや、柱状のものなど、そのバリエーションは多彩です。しかし、なぜ雪がそのような形になるのかは、誰も知りませんでした。

 中谷博士はその謎を、地道な実験とあふれる情熱によって、気温と空気中の余剰な水蒸気との相関関係で、雪結晶の形が変化するのだと解明しました。そこから、雪は上空の気象状況をいっぱいにつめこんで、地上に送られてくる手紙……天からの手紙、と呼んだのです。この研究結果は「ナカヤ・ダイヤグラム」と呼ばれ、雪研究の大きな基礎となりました。いわば、天からの手紙を読み解くための辞書のようなものですね。

 しかしこの手紙、困ったことに、消印も差出人も書かれていない、謎の手紙でもあるのです。
 単純な実験室中の条件とは違い、実際の気候では、雪ができてから地上に降ってくるまでには、上空の強い風に流されたり、何層にも重なった雲を通ったりしています。だから、雪が降ってきたからといって、その雪の形から単純に、頭の上の雲の様子がすべて判るわけではありません。

 いまだに解読しきれない、不思議のいっぱいつまった天からの手紙。これを人間がすべて解読できるのは、いったいいつになることでしょう。それは永遠に近い先のことかもしれませんし、手の届く未来かもしれません。

 中谷博士の業績をたたえ、博士の出身地である加賀には、「中谷宇吉郎 雪の科学館」が建設されています。一度行ってみたいな。

 では最後にロバ耳らしく、雪の生成メカニズムをば。

 雪は、雲の中の水蒸気が凍り、成長したものです。この「水蒸気が凍る」ところがポイント。
 まず空気中の微細なちり(0.01〜0.1mm程度のもの)を芯として、水蒸気が凍りつき、「氷晶」とよばれる、ごく小さな六角柱あるいは六角の板状結晶になります。なんで六角形になるのかというと、これをきちんと説明しようとすると原子物理学とかの分野にまで行っちゃうらしいです。検索したら、カオスとかフラクタルとかが出てきちゃった。中学校程度の化学ですら追い付かないのに、こんなもんまで出てこられるとヒロヒコのアタマがパンクするので、激しくはしょった説明をば。

 水の分子構造は水素原子(H)ひとつに酸素原子(O)ふたつがくっついたヤジロベエ形をしてますが、電気的には完全に中性なわけじゃないんですな。分子全体をみると、水素原子のほうはマイナスの電荷を帯びやすく、酸素原子のほうはプラスの電荷を帯びやすいという極性を持っています。
 水の温度を下げるということは、分子運動が止まってゆくということですが、そのとき水分子どうしは、お互いの電気的極性のため、水素原子のある側と酸素原子のある側が引き合ったりして、六角形の構造になってゆきます。
 というわけで、氷の基本構造は六角形なので、微細な氷を見ると、六角の構造が見られるようです。終わり。(下リンクの、「温泉の科学」が絵つきで詳しいです)
 オマケに付け足すと、氷は水分子が「六角形の構造をとる」ために空間ができてしまうから、液体の状態より体積が増えるということです。なるホド。

 ともあれこの「氷晶」は、雲の中を漂い落ちていきます。その間に、六角形の角の部分へ、雲の中で水滴にならず余っている水蒸気がくっついて、さらに凍結することをくりかえしていき、じわじわと雪の結晶が成長する、というしかけですな。

 だけど途中でせっかく成長した腕が折れちゃったり、他の結晶とひっついちゃったりして、なかなか左右対称の美麗な結晶には、天然ではお目にかかれそうにはありません。研究者の方々が苦労して撮影した雪の写真集を、コタツにあたりながら鑑賞するといたしましょうか。

今回の参考リンク

HOT WIRED JAPAN雪の結晶の形を追究する研究者たち

雪の花咲く大地なり〜雪の研究家

加賀市ホームページ中谷宇吉郎 雪の科学館

雪の似合う石川中谷宇吉郎と雪の世界

株式会社KOBELCO科研結晶の華「デンドライト」〜雪と金属

立ち寄り温泉ミシュラン温泉の科学

誤謬はどんどん御指摘くださいませ。なにしろアホが書いてますので。

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