通勤路で、彼岸花の群生を見つけた。その家の持ち主が植えたのだろうか、いちめんに赤い花が咲いている。 彼岸花、ヒガンバナ科リコリス属 学名:Lycoris radiata var. radiata。 曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の美名でも呼ばれるこの花は、地面からいきなり葉の一枚もない茎が伸び、先端からユリの花弁を細くしたような花を水平に並べていくつもつけるという、ちょっと変わった姿を持っている。学名のradiataは「放射状」という意味で、この花のつきかたを表わしている。 葉のない茎から花が咲くことも、なんとも不思議な姿だが、全体の質感もロウ細工めいて、なんとなく現実離れした風体だ。 その奇妙さからか、それとも彼岸のころ一斉に咲く性質からか、死人花(シビトバナ)などという有難くない名前もついている。日本全国では、千種類以上に及ぶ別名があるそうだ。 私も幼少のころ、「あの花は、野生であっても摘んではいけない。あれはお墓の花だから」と教えられて育った。また、「毒があるから、触れてはいけない」とも。 しかしこの言い伝えには、すくなくとも「毒」に関してはかなりの真実が含まれている。 彼岸花は根っこから花まで、「リコリン」という植物毒を含んでいるのだ。そのため、茎の汁が皮膚につくと皮膚炎を起こす。 また、彼岸花は鱗茎でふえる植物だが、この鱗茎には良質のデンプンが含まていると同時に、「リコリン」と共にやはり植物毒の「ガランタミン」が含まれている。これらの毒は嘔吐、下痢、中枢神経の麻痺をひきおこし、大量に食すれば死に至ることもあるそうだ。 しかしこの毒は水によく溶けるため、飢饉の時には鱗茎を水にさらして食用にしたという。 毒ではあるが、飢饉の時には多くの人の命を救ったであろう彼岸花。ならばなぜ、マイナスのイメージばかりが彼岸花に与えられるのだろうか。それは、誤食した場合の怖さをアピールするだけでなく、「飢饉でもないのに、めったなことで食べたりしたら、いざという時どうするのだ」という戒めの意味も若干こめられていたのではないだろうか。そのうちに、「毒性を持つ植物」という部分だけが肥大してしまったのだろう。 だが、毒も悪いことだけではない。毒は薬と紙一重なのだ。 薬局という意味で使われる「Pharmacy」の語源、「pharmacon」は、「毒」と「薬」というふたつの意味を持っている。 トリカブト毒は強心剤として使われるが、服用し過ぎれば心停止をひきおこす。彼岸花の毒も、かつては薬の原料として用いられていたそうだ。(おそらく、コストが見合わなかったのか、もっと毒性の低い物質が開発されたかで、現役引退してしまったのだろう) ところで「いくら鱗茎で増えるといっても、花ばっかりで、どうやって養分をとるのだ」という疑問には、なんと「他の植物が枯れ果てた冬にのびのび葉を広げ、たっぷり光合成」という戦略で答えている。なんとも見事な変わり身よ。なおかつ毒を蓄えて動物などから身を守るという、まさに鉄壁の生き残り戦略を身につけているのだ。 まだ行ったことはないのだが、彼岸花が一面に咲く場所があって、そこは観光名所にもなっているという。それはさぞかし夢幻のような光景なのだろう。わずか数日しかもたない彼岸花を、咲いているうちにじっくり眺めてみようか。 |
ナゾにつつまれた彼岸花の生物的戦略がいま明らかに! 園芸愛好家グループのサイト。彼岸花の特性や由来が詳しく紹介されています。 単なる園芸愛好にとどまらず、大量につくられ消費されてゆく 園芸品種の保存や植物名辞典の編纂などにも意欲を燃やしています。 会員専用ページなどもある模様。園芸マニアの方はぜひ訪問を。 きれいな花にはトゲがある、そこらの草にも毒がある。 バーベキュー串にキョウチクトウの枝を使うなかれ。 |