さて、生まれてこの方、たいして歩いたこともないお姫様。
スカートの裾を汚しながら、森の中をさ迷い歩いています。
ここが何処なのかも自分が何をしたいのかも、さっぱりわかりません。
隣町のお城で、うるさいお父様やお母様から開放され、気ままに好きなことして暮らせると思っていたのに・・。
何でこうなるの?
お姫様は、ため息をつきました。
お姫様には、後悔や反省という感情はありません。
疑問に思うだけです。
ただ、生まれて初めて窮地に追い込まれ、肩を落としてはいるようです。

 そこへ、好奇心旺盛のトンボがやってきました。
ひらひらのドレスを着た、ちょっとかわいらしいお姫様に興味を持ったのです。
トンボはしつこくお姫さまの周りを上へ下へと飛び回りました。
お姫様は、始めて見る奇妙な生き物に、話し掛けました。
「何か御用かしら?」
お姫様は言いました。
「別に・・」
トンボは言いました。
お姫様は気に触って、さっきより早足で歩き始めました。
トンボは懲りもせず、相変わらずチロチロと飛び回っています。
「だから、何の御用って聞いているでしょう?
用がないなら、何処かへ行ってちょうだい!」
お姫様は、キーキー声で言いました。
少しヒステリー気味だったのです。
「僕が何処を飛ぼうと僕の自由だろ。
君にとやかく言われる覚えはないよ。」
と、トンボは冷たく言い放ちました。
少し意地が悪かったのです。
お姫様はこんな言われ方をしたのは初めてです。
いつも、おだてられてばかりいましたから・・。
それでつい、ビックリして、「ゴメンナサイ」と謝ってしまいました。
お姫様が謝ったのは生まれて初めてのことでした。
トンボは困惑してしまいました。
この煮ても焼いても食えないようなお姫様のことをかわいいと勘違いしました。
「僕こそ悪かったよ。」
友達になろう。もし、君がよければ・・」
トンボが言いました。
お姫様は、下手に出られることには慣れすぎていたので、いつもの調子を取り戻して言いました。
「お友達は間に合っています。結構よ。
早く私の前から消えてちょうだい!」
トンボは、何が何だかわからず、顔を真っ赤にして、トンビよりも速く飛んでいってしまいました。

 お姫様は、トンボの後ろ姿を見ながら、心に風が吹くのを感じました。
せっかく、友達が出来たかもしれないのに、また、逃してしまった。
結局、一人ぼっちね。
でも、いいわ。
さっきの生き物なんて、小さくて弱そうだったもの。
空を飛べるところは素適だったけど・・。
お姫様は、なんだかどっと疲れて、ため息をつきました。


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