韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会裁判第一審・東京地裁判決

アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件・東京地方裁判所判決(2001年3月26日、713号法廷)
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■判決主文
 
 
主文
1.原告らの請求をいずれも棄却する。 
2.訴訟費用は原告らの負担とする。 

  以上 

■判決理由(p74-92)*順次掲載 【】は、はらだによる注──2001.4.11. 
 

【国会議員の立法不作為の違法性、国家賠償法による賠償】

 したがって、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会ないし国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというように、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではないと解すべきである(最高裁判所昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁、最高裁判所昭和六二年六月二六日第二小法廷判決・裁判集民事一五一号一四七頁参照)。
 これを本件についてみるに、憲法の前文その他の規定をみても、原告ら主張の立法の作為義務を一義的に定めた規定であると解することのできる規定は見当たらない。
 そうすると、原告ら主張の立法を行うことが、憲法上必須な要請であり、一義的に右の立法の作為義務が定められていると解することはできない。
(三) したがって、原告らの右主張は採用することができず、原告らの右請求は理由がない。
 

【未払給与返還請求権の存否、措置法の違憲違法】

第五 未払給与債権等の請求及びその損失補償の請求についての判断

一 未払給与債権等の請求について

1 原告朴七封ら一〇名は、被告に対し、未払給与請求権等(未払給与債権等)を有すると主張するところ、被告は、仮に右原告らが未払給与請求求権等を有していたとしても、当該請求権は、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(昭和四〇年法律第一四四号、以下「措置法」という。)一項によって消滅したと主張する。

2 そこで、被告の右主張について判断する。

(一) 措置法は、韓国及び同国民の財産権(@日本国又はその国民に対する債権、A担保権であって、日本国又はその国民の有する物又は債権を目的とするもの。)であって、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和四〇年条約第二七号、以下「日韓協定」という。)二条3にいう「財産、権利及び利益」に該当するものについては、昭和四〇年六月二二日において原則的に消滅したものとする旨規定している(同法一項)。
 証拠(甲八八、八九の1ないし10、九七、一〇〇、乙一、五、六)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(条約及び法律に関する事実は当裁判所に顕著である。)。

(1) サン・フランシスコ平和条約四条(a)において、いわゆる分離独立地域の施政を行っている当局及びそこの住民の日本国及び日本国民に対する請求権の処理は、日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とするとされた。日本国と韓国は、これを受けて、国交正常化、財産及び請求権に関する問題についての交渉を開始したが、約一〇年間の討議の結果、請求権の法的根拠の有無についての両国の見解の相違、証拠資料の散逸等による事実関係の立証の困難等の理由から、韓国側の請求項目のうち、法的根拠があり、かつ、事実関係を十分に立証されたものについてのみ支払うという方式による解決が現実問題として非常に困難であることが判明した。しかし、日韓国交正常化の実現をいつまでも遅らせることは大局的見地からみて好ましくなく、将来に向けた両国間の友好関係の確立という要請もあった。そこで、この際、韓国の民生の安定、経済の発展に貢献することを目的とし、また、日本国の財政事情や韓国の経済開発計画のための資金の必要性をも勘案して、日本国が韓国に対し、三億ドルの無償供与及び二億ドルの長期低利の貸付けを行うこととし、これと並行して、日韓間の請求権問題については、完全かつ最終的 に解決することとして、昭和四〇年六月二二日、日韓協定が署名された(同年一二月一八日に効力発生)。

(2) 日韓協定二条は、「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」(1項)、「この条の規定は、次のもの(この協定の署名の日までにそれぞれの締約国が執った特別の措置の対象となったものを除く。)に影響を及ぼすものではない。(a)一方の締約国の国民で千九百四十七年八月十五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産、権利及び利益 (b)一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であって千九百四十五年八月十五日以後における通常の接触の過程において取得され又は 他方の締約国の管轄の下にはいったもの」(2項)、「2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。」(3項)と規定している。

(3)日韓協定の署名日である昭和四〇年六月二二日、日本国政府と韓国政府との間で合意された議事録(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定についての合意された議事録。以下「合意議事録」という。)において、日韓協定二条にいう「財産、権利及び利益」とは、法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうことが了解され(合意議事録2科)、同協定二条3により執られる「措置」については、同条1にいう両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題の解決のために執られるべきそれぞれの国の国内措置をいうことに意見の一致をみた(合意議事録2(a))とされ、また、同協定二条1にいう「完全かつ最終的に解決されたこととなる」両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された「韓国の対日請求要綱」(いわゆる八項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがって、対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された(合意議事録2(a))とされた。

(4) 日韓協定を受けて、韓国においては、請求権資金の運用及び管理に関する法律(一九六六年二月)、対日民間請求権申告に関する法律(一九七一年一月)及び対日民間請求権補償に関する法律(一九七四年一二月)が制定され、韓国国民が有している一九四五年八月一五日までの日本国に対する民間請求権はこれらの法律に定める請求権資金の中から補償しなければならないものとされ、韓国政府は日本国からの前記無償供与資金三億ドル(当時の為替レートで一〇八〇億円)の一部等により、韓国国民が有する日本国政府が発行した有価証券や日本国政府に対する各種債権、日本国により軍人、軍属又は労務者として招集又は徴用され、終戦前に死亡した者の請求権等の日本国に対する民間請求権の補償を実施した。

(5) 日本国においては、日韓協定二条3にいう国内法的「措置」として、措置法が制定され、同法において、韓国及び同国民の財産権であって、日韓協定二条3にいう「財産、権利及び利益」に該当するものについては、昭和四〇年六月二二日において原則的に消滅したものとされた(同法一項)。

(二) 右事実によれば、日韓協定は、日本国と韓国との間の国交正常化のための外交交渉において提出されていた韓国側の「韓国の対日請求要綱」(いわゆる八項目)の要求の個別的認定判断、試算等の困難を踏まえて、極めて高度の外交的政治的判断によって、日本国による韓国に対する無償供与及び貸付けの形で処理することとしたものであり、日韓協定二条1、3の趣旨は、日韓両国は、両国とその国民の財産、権利及び利益並びに請求権について外交保護権を行使しないこととするとともに、それぞれ相手国がこれについてどのような国内法的措置を執るかを全面的に委ねることを合意したものと認められる。そして、日本国は、右合意に基づき、国内法的措置として、措置法を制定し、韓国及び同国国民の財産権であって、日韓協定ニ条3の財産、権利及び利益に該当するものは、昭和四〇年六月二二日において消滅したものとしたと認められる。

(三) 右原告らは、日韓協定及び措置法にいう「財産、権利及び利益」とは、相当の法律的根拠により財産的価値の確定した財産権を指し、「請求権」とは、それ以外の財産権(財産的価値は確定しないが、権利の存在については法的根拠のあるもの。)を指すものと解すべきところ、未払給与請求権(未払給与債権)は、未復員者給与法及び未帰 還者留守家族等援護法により発生したものではないから、合意議事録にいう「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」に該当しないし、また、前記各法による支給金額は、本来の未払給与債権額を下回るものであり、本来の未払給与額は確定していないから、措置法により消滅の対象とされた「財産、権利及び利益」に当たらないと主張する。 
 しかし、日韓協定二条3にいう「財産、権利及び利益」とは、法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいい、請求権とはそのような実体法上の根拠を有しないものをいうものと解すべきである(合意議事録2(a)参照)。そして、原告らは、未払給与請求権につき、原告らと被告との各契約関係又は軍人軍属たる公法上の地位に基づいて発生したものであると主張しているから、未払給与請求権は、法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利に含まれ、日韓協定二条3にいう「財産、権利及び利益」に含まれるものというべきである。また、郵便貯金債権が右「財産、権利及び利益」に含まれることは明らかである。

(四) したがって、右原告らの主張する未払給与請求権等(未払給与債権等)は、措置法一項によって消滅の対象とされたものである。
3 右原告らは、日韓協定が相互に外交保護権の不行使を約束するだけのものであるのに、措置法は、韓国民の財産権を合理的必要性もなく消滅させるものであるから、憲法二九条二項に違反し、また、韓国民の財産権を相当の補償をすることなく消滅させるものであるから、同条三項に違反する旨主張する。
 日本国と韓国との間の国交正常化のための外交交渉、日韓協定の成立及び措置法の制定の経過は前記2のとおりであって、サン・フランシスコ平和条約は、当時、連合国の完全な支配下にあった日本国がその主権の回復を図るため、国の存亡をかけて不可避的に承認せざるを得なかった条約であり、日韓協定は、サン・フランシスコ平和条約において規定された朝鮮の分離独立に伴う財産及び請求権の処理として、日韓両国の国交正常化と友好関係の確立という極めて高度の外交的政治的判断によって、両国間の障害を取り除くために不可欠なものであるとして締結されたものであり、措置法は日韓協定に基づいて制定されたものである。措置法において韓国の国民の一定の財産権を消滅させた措置も、右のような経緯で締結されたサン・フランシスコ平和条約、そして日韓協定に基づくものにほかならないのである。右のような国の分離独立というがごときは、本来憲法の予定していないところであって、憲法的秩序の枠外の問題である。
 そうすると、国の分離独立に伴う処理に関して、韓国の国民に損害が生じたとしても、それは戦争損害と同様に誠にやむを得ない損害であり、これに対する補償は、憲法二九条二、三項の予想しないところといわなければならない。
 したがって、措置法が相当の補償をすることなく財産権を消滅させることにしたことをもって、憲法二九条二、三項に違反するものとはいえないというべきである。
4 以上によれば、原告朴七封ら一〇名が、被告に対し、未払給与債権等を有していたとしても、右債権等は、日韓協定の実施に伴う措置法一項により、昭和四〇年六月二二日において消滅したものというべきである。
 したがって、右原告らの未払給与債権等に基づく請求は理由がないといわざるを得ない。

 二 末払給与債権等の損失補償の請求について  

 原告朴七封ら一〇名は、措置法が憲法二九条ニ項に違反しないとしても、同条三項に基づき、措置法による未払給与債権等の消滅につき補償を請求できると主張する。
 しかし、国の分離独立に伴う処理に関して、韓国の国民に損害が生じたとしても、それは戦争損害と同様に誠にやむを得ない損害であり、その補償のごときは、憲法二九条三項の予想しないところであることは前記一判示のとおりである。
 そうすると、右原告らは、措置法による未払給与債権等の消滅につき、憲法二九条三項に基づいて、補償を請求することはできないというべきである。
 したがって、右原告らの損失補償の請求は理由がない。

第六 結論

 よって、原告らの本件請求はいずれも理由がないから棄却する。

(口頭弁論終結の日 平成一二年一月三一日)

 東京地方裁判所民事第一七部           裁判官  草野真人

 裁判長裁判官丸山昌一は差し支えのため、裁判官清原博は転官のため、いずれも署名押印することができない。
                         裁判官  草野真人
 

【注・代読 大竹たかし裁判官】