遥かなる時空の彼方――…
人間、魔族、竜族と、その混血の者たちが混在する世界。
彼らの、多くの伝説に彩られた―――三大陸。

そこでも、歴史に類を見ない凶悪な伝説を残そうとする者たちが、いた。



せるふぃっしゅ道中記 第1章 集いし仲間
1.
『世界』の北東に位置する灼熱の大地―――ユプシロン大陸。
とある街角の、とあるひと風景―――…

「いらっしゃいませ…何の悩みをお持ちでしょう?」
耳に響く声は、落ち着きを持ったやや低めのハスキー・ボイス。薄明かりに浮かぶ面影は艶かしくも美しい。
美貌の占い師を前に、迷える客である青年はどぎまぎしながら答えた。
「あ…あの…彼女にプ…プロポーズしようかどうか…ま、迷ってる…んですが…」
「まぁ、素敵。では、恋愛運をお占いしましょう。それでよろしいかしら?」
言葉を紡ぐのは魅惑的に笑む蟲惑の唇。濡れたような碧眼がチラ、と伺うようにこちらに向けられる。その美貌を彩るのは絹糸のような銀髪だ。
占いの行方如何よりも、彼女の行動一つ、言葉一つに心を動かされてしまう。
「はっ、はいっ…それで、いいです!!」
青年の言葉に女占い師はにっこりと微笑むと、目の前に置かれた水晶球を挑戦的な瞳で覗き込んだ。青年には何も見えなかったが、彼女には何かが見えているらしい。やがて、女占い師はしたり顔で頷くと、面を上げて青年の瞳をじっと見つめた。
「あ…あの……」
うろたえる青年に、女占い師は極上の笑みを浮かべて告げた。
「大丈夫ですよ。あなたの運気は向上しています。愛の女神シルヴァラの加護を信じ、思い切ってプロポーズされてはいかがでしょう?」
「はっ…はいっ!!あ…ありがとうございます!!」
望んだとおりの答えを告げられ、青年は嬉しくてたまらないと言う様子だった。懐から財布を取り出すと、200R紙幣を女占い師の掌に握らせた。
「ようやく決心がつきました!これは、ほんのお礼ですっ。つりはいりませんからっ!!」
叫ぶようにまくしたてると、騒音を立てながら薄暗い占所を駆け出して行った。


「なーに、これっぽっち?『釣りは要らない』なんて格好つけた台詞吐くくらいなら1000Rくらいは置いてけって言うのよね。まったく、貧乏人は礼儀ってもんを知らないから困るわ」
「……おい」
「すっご〜い、ミレニアちゃん、そんなのまでみれちゃうんだあ!!かぁ〜っこいいっ!!」
「ふっ、まぁね」
「……おい」
「なぁにが『まぁね』だ。アーヤン、よくよく考えてもみろ。こいつにそんなの見れるわけねーじゃん。どーせいつものサギだろ?」
「甘いわねぇターヴィ。『占い』なんてもんはみんな詐欺同然のいい商売じゃないの。どうせ当人はいい答えが欲しいだけなんだから、適当に言っときゃ、今のバカみたいに大喜びで金払ってくのよ。私が悪いわけじゃないわ。―まぁ、言うなれば人を喜ばせる慈善事業ってところね」
「……おい」
「それよりもターヴィ、あんたこそしっかり働きなさいよね。いつまで、このか弱い乙女に働かせる気なのよ。まぁ、この持って生まれた美貌のせいだから仕方ないけど」
「何だミレニア、お前この俺様に働けってのか?美しくも儚いこの俺様に!?……まだまだ青いな、ミレニア。美しいものは働く必要がねぇんだぜ」
「……おい」
「なら、なおさらだわ…。はぁ…どうして私って、こんなに美しいのかしら…」
「どうして、俺様って…こんなに美しいんだろう…」
「あはは、それおもしろ〜い!アーヤンもやる〜。はぁ、どうして、アーヤンってばこんなにうつくしいのかしら〜」
『美しいって…罪…』
「おいっ!!」
もう限界だといわんばかりの大声に、ようやく己の世界に浸りきっていたミレニア=ケイトは振り返った。
相手の姿を認めて、途端に底意地の悪そうな笑顔を浮かべる。
「あら、サラちゃん。お帰りなさい」
「ミレニア、『お帰りなさい』じゃないだろう…。また、俺のこと売ったな?」
一人寂しくツッコミを入れていた相手―シルン=サラは、問うというよりは確認といった感じでミレニアに尋ねた。
こちらは絢爛豪華なミレニアの美貌とは対照的な、質素な装いだった。年齢の割に童顔だといわれる可愛らしい顔からは、怒りというよりは脱力感が感じて取れた。
「あぁ、買いたいって言う人がいたからね」
応ずるミレニアの返答はといえば、罪悪感の欠片もない。なんということはない、旅仲間であるシルンを『男娼』として通りすがりの人間に売っただけのことだ。
「サラちゃん、またうれたの?すっご―――いっ。ねぇねぇ、こんどはいくら?」
能天気としか言いようのない反応を示すのは、アーヤン=ミナコ。彼女の出で立ちもなかなか凄まじいものがあった。
真っ赤のレオタードに、ウサギの耳と尻尾。一見して尻の軽い遊び女に思えるが、その実は案外そうでもない。
耳と尻尾は自前であり、この派手な衣装も彼女の真の姿を偽る擬態でしかない。そこには魔獣族と人間族の『差別』という壁に阻まれた彼女の悲しい現実があるわけだが、当のアーヤンが果たしてどこまで深刻に受け止めているのやら。
別段『可愛らしさ』を演じているわけでもなく、この能天気っぷりは120%、アーヤンの地である。
そんなアーヤンの態度にシルンはますます脱力した。
「2000R…ま、身なりのわりには、金払いは良かったわね」
「ねぇねぇ、おとこのひと?おんなのひとっ!?」
「男よ男。もう男臭さが漂ってくるぐらいのムンムンの奴」
「ってことは、遂にサラの童貞も終わったってわけか」
したり顔で頷くのは、ターヴィ=アーズ。長い漆黒の髪を三つ編みに束ねた、全身黒ずくめの少年だ。
やや鋭さが感じられるその美しい容貌は、わずかながら流れる魔族の血の賜物である。
しかし、せっかくの美貌も意地の悪い表情や生まれ持った口の悪さ、頭が悪いとしか言いようのない立ち振る舞いの前では、その魅力も半減どころか激減である。一人で納得するターヴィに、アーヤンが聞き返した。
「えぇっ!?サラちゃん、どーてーじゃないの!?……って、どーてーって、なに?」
「あら、サラちゃん童貞じゃなくなっちゃったの。じゃ、次からは値段が下がるわね。まぁ、黙ってりゃバレないか」
「……勝手に話を進めるなよ…」
「ねーね、サラちゃん、どーてーじゃないの?」
「あのな、俺は別にそんな趣味は…」
「あら、なんだ。やっぱりやられてないんじゃない。ま、サラちゃん強いからね」
「……どうでもいいけど、その『サラちゃん』ってのやめてくれないか?一応、シルンっていう名前があるんだから」
シルンの言葉を聞いている人間など、ここには一人としていない。めいめいが、自分勝手に言いたいことを口々にわめき立てているだけである。
「ねーね、ターヴィ。どーてーってなに?どーてーって??」
「童貞っつーのはなぁ、サラのことを言うんだよ」
「ふーん」
「お前らなぁっ…もう、勝手にしろ!!」
聞く耳を持たない面々に脱力して、シルンは諦めの言葉を吐いた。


シルン=サラがミレニア=ケイトと出会った(正確には出会ってしまった)のは、今から二年程前である。
運命の悪戯なんて可愛い言葉じゃ片付けられないほどの、それは―不運だった。
ただ道ですれ違った事が悪運の始まりだったのだから。
シルンが彼らと出会った時、三人には呪いがかけられていた。シルンはくわしくは知らないが、束縛―つまり、その地に留まらせるような類の呪いだったらしい。そして、彼らにはその呪いを解き放つ力がなく、不運にもシルンにはそれがあった。
シルンは光の魔法の最高峰・『解呪』と『浄化』を司る魔法を結晶化した神の石(魔封石)を所持していたのである。その石はシルンの故郷・ロセア共和国の国宝であり、縁あってシルンはそれを手に逃亡の生活を続けていたのだ。
神がかりの強大な力は、救済だけではなく悲劇をも生む―それが痛いほどわかっていたシルンは、ミレニアたちのの要求を拒んだ。しかしミレニアたちは諦めず、結局成り行き上で、シルンは神の石の力で三人を救うことになったのだった。
呪いを無事に解く事ができ、めでたしめでたし―に、なるはずだったのだが、神の石の力を見せつけられてミレニアが黙っているはずがなかった。
(あの魔封石を売ったら、一体いくらになるのかしら?)
そう考えたが最後、ミレニアはこの獲物を逃しはしなかった。呪いが解けた後も、隙あらば…とミレニアはシルンの後をしつこく付回した。外の世界を知らない世間知らずのターヴィ&アーヤンも真似して二人を付回した。シルンは当然石を手放せるわけもなく、面々から逃げ回ったのだが―結局逃げ切ることは出来ずに、何となくそのまま四人で旅を続けるようになってしまったのだった。
選択を間違えたか、と時折シルンも考える。シルンはいまだ逃亡者であり、それに皆を巻き込む必要はないからだ。
けれど、何故か三人と別れようという気が起きなかった。どうせ今は明確な目的などなく、あの懐かしい故郷に帰れる日は、まだ遠いのだから―――…。


「アーヤン、遅いな…」
降りしきる雨を気にしながら、シルンがぼそっと呟いた。すでに日付は変わり、時計の針は初刻を回っていた。
この悪天候の中、ウサギ娘のアーヤンは健気にも稼ぎに出ているのである。彼女の意外な頑丈さは知っているつもりだが、やはり遅くなれば心配ではある。しかし、仲間内の全ての者がそう思っているとは限らないのだ。
「劇場に踊りに行ってるだけじゃない。何かあってもアーヤンなら戻ってくるわよ」
「本当に、心配もしないよな…ミレニアは」
「当たり前じゃないの。何で私がアーヤンなんかの心配しなくちゃいけないのよ」
ふん、と鼻を鳴らしてミレニアは椅子に腰かけた。大きな鏡を覗き込んでは、『綺麗に見える顔の角度』とやらを研究している。
他人のことなど歯牙にもかけない、いかにも彼女らしい態度だった。
「別にそんなに遅かねぇだろ。でも、アーヤンのことだから、またなんか騒ぎでも持ち込んできたりしてな」
ベッドに座り込んであぐらをかいたターヴィが、他人事のように嘯いた。アーヤンの兄貴分にして恋人のような関係でもあるくせに、冷淡な態度だとも思えるが、それは二人の間の信頼関係なのかもしれない。いや、それよりも的を得ていると言うべきか。
アーヤン=ミナコは、年中とんでもないトラブルを持ち込むトラブルメーカーなのである。
「嫌なこと言うなよ…」
これ以上の面倒はごめんだと、頭を抱えるシルン。と、そこへ、けたたましい音を立てながらアーヤンが戻ってきた。
手には大きな荷物を抱えている。シルンは恐ろしく嫌な予感がした。
「ただいま、ターヴィ、ミレニアちゃん、サラちゃんっ!!」
「よぅ、アーヤン。お帰り」
「――――――アーヤン、その、手に抱えている荷物は?」
聞きたくはないと思いながらも尋ねるしかない状況に、シルンは密かに嘆息した。
これから待ち受けているであろうトラブルを予測して。
「これ?へへー、おきびきしてきちゃったっ!ぶぃっ!!」
果たして推測どおり、自信満々でVサインを決めるアーヤン。シルンは大きな溜息を吐くと、
「アーヤン…あのな、…」
「えらいっ、よくやったわ!アーヤン!!」
「さすがじゃねえか、気が利くな〜!!」
シルンのお説教も、ミレニアとターヴィの怒涛のような賞賛にかき消された。「えらい」と言われれば、深い思慮などとは無縁のアーヤンは当然喜ぶ。
「わ〜い、ほめられたぁ!ねぇねぇ、サラちゃん。アーヤン、えらい?」
「……あぁあぁ、えらいよ、アーヤン…」
「わ〜い!」
シルンの疲労など、どこ吹く風で早速ミレニアとターヴィはアーヤンの置き引きした荷物を物色し始めた。次々に手にとってはこれはどう、それはダメなどと勝手な文句を並べている。
「へぇ、いい宝石じゃない。これは高値で売れるわね」
「おお、こりゃ珍しい金貨だけど、なかなかの大金だぜ?」
「あら、随分趣味の悪い服。これはいらないわね」
「おぉ、うまそうな食いもんだな〜」
この二人に『犯罪』などという意識は欠片もない。いや、例えあったとしても「そんなのは他人が勝手に決めたもの」とミレニアは歯牙にもかけないだろう。どこまでも彼女は自分の敷いたレールの上を突き進んでゆくのだから。
「…これは・・…」
「へぇ、立派な剣ねぇ。かなりの値打ちもんだわ。上手く取引すれば、二万Rもかたくないわね」
「……剣?」
言っても意味がないと知っているからこそ、ミレニアたちの犯罪行為を見てみぬフリしていたシルンだったが、『剣』という言葉に興味を引かれた様子で、ミレニアたちの方を振り返った。ターヴィが手にしているのが、話題のその剣だろう。澄み切った銀色の刀身に、豪奢な竜の細工。柄に赤い大きな宝石が埋められている。見た目にも素晴らしいその剣に、シルンは見覚えがあるような気がした。
(どこで見たんだ…?)
実物を見たと言うわけではないが、どこかで見たような気がする。シルンは記憶の片隅にあるそれを必死に思い出そうとしたが果たせなかった。思い出せないのでは仕方がないと、忘れようとした、ちょうどその時である。
「た…頼みがある…」
いつやって来たのか部屋の戸口の所に、男が縋り付いていた。濡れそぼった身体は無数の傷を負っており、思わず目を背けたくなるほど無惨な有り様だった。
今にも倒れそうな様子で荒い呼吸を繰り返す男は、らんらんと光らせた目をこちらへと向けていた。
「なっ…」
「ぎゃ――っ、何よこのオッサン!!痴漢ね、最低!」
「って…、まて、この人怪我してるぞ!!」
ミレニアの悲鳴はとりあえず無視して、シルンは苦しそうな男性に駆け寄った。介抱するように背中に手を回すと、ぬるりとした感触に手が滑った。
(血……!?)
かなりの出血である。よく見れば、床にも雨の雫に混じって血溜まりが出来ていた。怪我どころの騒ぎではなく、これは命に関わる重傷である。
「どうしたんですか…一体何が…」
「あ―っ!!アーヤン、このひとしってる―っ!!アーヤンが、にもつとろうとしたら、おっかけてきたひとだ―っ!!」
「なにぃ!?他人様の荷物を盗ろうたぁ、ふてえ野郎だ!!」
「まったくね」
緊張感のまったく感じられない三人の態度に、シルンは一気に脱力したが、一応ツッコミだけは入れておくことにした。
「……つーか、この荷物はもともとこの人のだったんだろ…」
ともかく、こんなバカ騒ぎをしている場合ではない。放っておけば、この男性は出血多量で間違いなく死んでしまう。一刻も早い処置が必要だった。
シルンは面を上げると、ミレニアに視線を向けた。回復系の魔法――すなわち世界を司る八神の一人・大地の女神シルヴァラの恩恵をもってすれば、この傷を癒すことが出来るだろう。この中で『地』魔法を操れるのは、ミレニアだけだ。
「ミレニア、この人に回復呪文を…」
「いやよ」
予想外の答え―――しかも即答に、シルンは一瞬唖然とする。
「はぁ?」
「嫌だって言ってんの。この荷物、このオッサンのなんでしょ?だったら、このオッサンが死んだら、何の問題もなくこの荷物は、この私のものになるじゃない」
「・………お、お前な…」
極悪と言うよりは、人道外としか思えないミレニアの返答に、さすがのシルンも言葉を失った。人の命云々以前に、この荷物の所有権しか考えないとは。
「い、いや…」
この会話が果たして聞こえているのか、男はシルンに縋りつくように腕を伸ばすと、苦しそうに言葉を続けた。
「私の願いを聞いていただければ、その荷物は全て、あなた方に差し上げましょう…」
「えっ!?」
「願いぃ?そんなまどろっこしいもんに、構ってられないわよ」
「ミレニア!!」
咎めるようにシルンが怒鳴った。緑の瞳が怒りに燃えている。さすがにミレニアは首を竦めた。ミレニアを黙らせると、シルンは男に向き直って話の続きを聞こうという体勢をとった。
「その…竜の剣を…私の子、サーザンに届けてやって欲しいのです。私はシュトラル=セレナ…。かつて伝説に謳われるカンナ=セイラの末裔で…我が子サーザンは、勇者の血と、妻の竜族の血を引く半竜半人のむす…ゴフッ」
「シュトラルさん!!」
シュトラルの吐血を伴った咳にシルンは焦りを覚えた。どこか内臓をやられている。これでは、たとえ回復魔法をかけたところで助からないだろう。しかし、シュトラルは苦痛に顔を歪めながらも必死に言葉を紡いでいた。
「その剣を、オミクロンの…ラセンに住む、サーザンにどうか…決して、奴らには……」
「しっかりしてください、シュトラルさん!!」
『奴ら』という言葉が気にならないわけではなかったが、そんな事は二の次だった。
たった今、自分の腕の中で一つの命が消えようとしている。焦るままにシルンはシュトラルの顔色を覗き込もうとしたが、その瞬間ふっと視界が暗くなった。シルンとシュトラルを見下ろすようにミレニアが立っていた。
「ねぇ、オジサン。そのサーザンって幾つなわけ?」
「はっ…サーザンは16だが…」
「16ね、ま、悪くないわね」
「ミレニア?」
逆光になってよくは見えなかったが、ミレニアは何か企んだ表情を浮かべているようだった。シルンは嫌な予感を覚えた。
「ゴフッゴフゥ!!」
「シュトラルさん!!」
シュトラルが苦しそうに咳き込みながら吐血する。彼に確実な死が迫っている事は、シルンでなくとも容易に見て取れた。
「…くっ……」
血を流し続ける身体に痙攣が始まる。シルンはシュトラルの意識が途切れぬよう必死に彼の名を呼んだ。それは、かつて起こった―シルンが最愛の少女をその腕の中で失った時の状況を思い出させた。
「……駄目だ、死んでは……っ!!」
「どうか、どうか…我が願い…」
弱々しくシュトラルの声が途切れがちになり――…何かを掴もうと伸ばした腕が力なくがくんと落ちた。それきり、シュトラルは微動だにしなかった。絶命したのだ。
「シュトラル…さん」
「しんじゃったの?」
『死』と言うものを深く理解してはいないのか、道端のネコが死んだかのようにアーヤンが尋ねた。
「ああ…」
「――――――どーすんだよ?」
ターヴィもまったくの他人事だった。もっともアーヤンが置き引きをして来たということ以外は何の接点もない他人なのだから、その死を悼めといっても無理があるのだが。
「どうするって言われても…とりあえずこの人は教会に運んで、後は任せるしかないだろう。問題は、その荷物…」
シルンの言葉につられたかのように四人の目が一斉にその『竜の剣』に向いた。話題の的である『竜の剣』は、こちらの思いを知ってか知らずか、何食わぬ様子でそこに居座るかのように見えた。
「――をどうするか、だろ?俺たちに非があるんだし、当然届けるべきだろうけど…」
それが、当然の道筋だとシルンは思うのだが、果たしてこのわがままな旅仲間たちが納得するかどうか。シルンは返答を仰ぐように面々に目を向けた。
「んなこと言ったって、ミレニアが行くわけねーだろ?この、自分のことしか考えない利己女が」
ターヴィの返答はもちろん予想通りである。しかし、ミレニアの返答はそれを大きく裏切っていた。
「失礼ね、ターヴィ。誰が行かないなんて言ったわけ?当然、行くに決まってんでしょ」
「「「は?」」」
みごとな三重奏だった。誰もミレニアの言葉をとっさに理解できなかった。それも当然、意外や意外にこのミレニアの応答が「行く」である。
「い、行くって言ったのか?」
「おめぇ、何か悪いもんでも食ったんじゃねぇのか!?」
「えぇ〜、ミレニアちゃん、ひろいぐいはだめだよぅ!!」
「何わけわかんないこと言ってんのよ!この、可哀相なオッサンの、最後の願いをかなえてやろうって言う、私の思いやりじゃない」
「はぁ???」
ますますわけがわからない。一体、どうしたらミレニアがここまで豹変するのか。このシュトラルの死にも、眉一つ動かさなかったミレニアが。
「だから、この竜の剣を、サーザン様のところへ届ければいいんでしょう?簡単な話よ」
「さ、サーザン様…?」
一瞬、あの逆光の中に見たミレニアの表情が頭をよぎった。嫌な予感が、果てしなく―――した。
「ははーん、読めたぜ、ミレニア!おまえ、その勇者の末裔とかいうサーザンって野郎に取り入る気だな!!」
「ターヴィ!!言っておくけど、サーザン様はあんたが呼び捨てにできるお方じゃなくってよ?」
「……呆れてものも言えないな…」
その、嫌な予感どおりの展開に、シルンは思い切り嘆息した。確かに、竜族や魔族の血が混血したものは常人よりも美しいのだという。その上「勇者の末裔」なんていう肩書きがつけば、男の値としては充分だろう。それにしたって…。
「父親、あれだぜ?」
「馬鹿ねえ、親なんかで人の美しさは計れないのよ。あんたもまだまだ青いわねぇ」
ふん、と勢いよく鼻を鳴らして、ミレニアは仁王立ちになった。自信満々に言い放つ。
「いい?長い旅路の果てにこの美少女、ミレニア=ケイトは、絶世の美男サーザン様とめぐり合うの!!そして、二人は結ばれるのよ…」 
(以下、ミレニアの妄想)
  「待っていたよ、ミレニア」
  「嗚呼、私もですわ、サーザン様」
  「あぁ、やはり君は美しい。この世のどんな宝石も、君のその輝きには叶わないだろう…」
  「サーザン様、私たち、こうしてめぐり合うために生まれてきたのですね…」
  「さぁ、踊ろう…ミレニア」
  「えぇ、サーザン様」
  「あははっ、あはははははははははっ……」

「ミレニアちゃん、きもちわるーい」
妄想の世界に旅立って、しきりに笑い続けるミレニアを、遠巻きにシルン、アーヤン、ターヴィの三人が眺めていた。
「アレはあっちの世界に行っちまったって言うんだ。まったく、気味悪りぃ女だぜ」
「間違っても、アーヤンはああはなるなよ」
「うん」
ミレニアはひとしきり笑った後、くるりと三人を向き直ると、リーダー然とした命令口調で言い放った。
「さ、何してんのよあんたたち!とっとと、オミクロンに向けて出発するわよ!!」
「はいはい」
もとより行く気のあったシルンはいい加減な返事を返すだけだった。早くシュトラルの遺言である「願い」を果たし、何事もなく済ませてしまいたかった。
「ま、仕方ねぇ。俺様も行ってやるか。何しろこの美貌と、すんばらしい能力は、旅には必要不可欠だからな!!」
「ターヴィ…言葉になってない…」
勝手に自己納得しているターヴィは、ミレニアに負けず劣らずの筋金入りのナルシストである。アーヤン程ではないにしろ、彼もトラブルメーカーには違いない。
「わぁ〜い、旅行だ、旅行だぁ♪♪♪」
どこへ行くにもるんるん気分のアーヤンには、旅の目的などよく理解できてはいなかった。これもずっと続いている「楽しい旅行」の続きでしかない。
「ほらほら、そんなだらだらしてる時間はないのよ!!とっとと荷物まとめなさい!オミクロンに向けて出発よ!!」
「はいはい」
「わ〜い、オミクロン、オミクロン☆」
「麗しい、この俺様の旅立ちだぜ―――っ!!」

自己中娘と、苦労人と、ナルシストと、能天気娘。
それぞれがそれぞれの思いを胸に秘めて旅立ちを決意した。
こうして、世にも恐ろしい伝説は、始まりを迎えるのだった。



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