利害の一致から、山賊の男・ザガートと手を組むことになった
シルン・ターヴィ・ノーレイン。
一方山賊に攫われたミレニアは、獣の目つきで扉の向こうの
山賊たちを眺めていた――。


せるふぃっしゅ道中記 第4章 山賊なんて怖くない!
3.

ミレニアは、すぅっと目を細めると、扉の向こうの会話に耳を澄ませた。
逃げ出すにしろ、闘うにしろ、まず行動を起こす前に相手の事を知る必要がある。男たちの会話から、何がしかの情報が得られるはずだ。
酒気を帯びた男たちは、馬鹿デカイ声で呂律の回らない舌を懸命に動かしているので、扉越しでも会話の内容は容易に知れた。
「これだよ、コレ!迷い込んできたバカな奴らを襲って、お宝をいただき、女子供は売り飛ばす!これが俺らの生業だよなぁ!」
「そうそう、俺らは泣く子も縮み上がる、『ランセイルの狼々団』だぜぇ!」
「この山は俺たちの庭だぁっ!なんにも恐れるものなんかねぇんだぁ!…ヒック」
(……とりあえず、頭は悪そうね)
会話の端々から感じ取れる知性の低さに、ミレニアは眉をしかめた。
こんな知恵足らずの奴らにあっさりと捕まったのは、やはり大きな失態だろう。
だが、逆に考えれば逃げ出すのは簡単かもしれない、という事だ。
山賊の男たちは、ミレニアたちを売り飛ばす算段のようだし、その前に事を起こしてしまった方が良さそうだ。
ミレニアは縛られた腕を軽く動かしてみた。『風縛』の魔法の効き目は大分弱まっている。あと数十分もすれば自由に動けるようになるだろう。
だが『風縛』が厄介なことには変わりない。山賊たちの『風縛』魔法は、ミレニアの攻撃魔法である氷魔法よりも発動が早い。
仮に上手く逃げたとしても、また『風縛』を使われてしまったら、逃れようがないのだ。
(…やっぱり、手っ取り早く騙した方が早そうね…)
馬鹿な相手なら丸め込むに限る。それを引き出す鍵を見つけたほうが断然早い。
ミレニアは再び、男たちの会話に耳を済ませた。
「…しっかし、仕事を長い間サボってたから、腕がなまっちまって仕方ねぇ」
「俺もだぁ。ああぁ、もっともっと、殺してぇのによぅ…ヒックッ…神殿なんらに気をつかって、遠慮なんか出来るかってんだ!なぁっ?」
「そうだ、そうだ!あんな胡散臭え奴らに、俺らが遠慮する必要なんかねぇ!」
(――神殿?)
こんな山賊たちとは縁のなさそうな言葉だけに、それが妙に引っ掛った。
ランセイルの麓の街・マンゼリーナには氷の神殿がある。おそらくはそれを指しているのだろうが――…。
(確か、氷神殿って飾り物の神殿じゃなかったっけ…?)
ミレニアは随分前に学校で習った(気のする)神殿の話を思い返した。

 「―――他の8神神殿のように、氷神殿もオミクロン大陸の東部・マンゼリーナに存在している。
  しかし、氷神ケルシアが神殿に留まらず、神官たちに一切の庇護も与えない為に信仰自体が廃れてしまっているのが現状だ。
  氷神殿に住まう神官も、他神の低位神官と代わらない魔法しか扱えない…まさに名ばかりの『神殿』と言える。
  だから、氷の魔法を習得したいと望んでも、氷神殿には入信すべきではない――…」

(とか何とか言ってたじゃない…)
それを話して聞かせた教師は非常に胡散臭い男だったが、だからといって嘘だという根拠もない。
だとしたら、教師の見解が間違っていたのか、それとも「何か」があったのか――…。
「ミレニアちゃーん、お腹空いたよぅ!」
思考をアーヤンの間の抜けた声に邪魔され、ミレニアは額に青筋を浮かべてアーヤンを睨み据えた。
「うるさいわね、少しくらい黙ってなさい!」
「…うぅ、ミレニアちゃん、こわい…」
「考え事してるんだから、邪魔すんじゃないわよ。サーザン、あんたも暇なんだったらアーヤンの相手くらいしてなさいよ、全く使えないわね」
「そんな事で使える・使えないを判断して欲しくないんだけど」
「あんたに出来る役割を振ってあげてんでしょ。感謝して欲しいくらいだわ」
ぐだぐだ文句を口にするサーザンに吐き捨てると、ミレニアは山賊たちの会話に意識を戻した。
山賊たちは相変わらず、神殿の悪口を吐き続けていたが、不意に一人の男がため息混じりに呟いた。
「けどよぉ、ザガートの兄貴は怒るんじゃねぇか…?」
その一言で、途端に騒いでいた山賊たちが静まり返った。気まずい表情を浮かべて、隣の男と顔を見合わせている。
「ザガート、か…」
「確かに…アイツは反対してたもんな…」
それまでの陽気だった空気は消えうせ、不安げな雰囲気が山賊たちを取り巻いていた。
しかし、それを破るように上座に座っていた頬に傷のある男が、料理の並べられた卓を叩いて怒鳴った。
「…何だよ、いいじゃねぇか!ザガートが何だってんだ!」
「…けどよぉ…」
「大体ザガートの奴が、アレコレ禁止しやがるから何もできねぇんだ。うるさくって仕方ねぇ。俺らの首領顔で、仕切りたがってよぉ!」
「だけど、ザガートは一番年長だし…やっぱまずいんじゃねぇか?」
「そう…だな。ザガートがいなきゃ…神殿とは殺り合えねぇし…」
「グダグダうるせぇなぁ!やっちまったんモンはしょうがねぇだろ!大体奴の取り決めが不満だったのは事実だろうが!」
「確かに…そうだけど…よぉ」
(…ふーん…何となく、読めてきたわ)
事情は知らないが、おそらくこの山賊たちと麓の氷神殿の間で何か揉め事があったのだろう。そのために、山賊たちは被害を被り、彼らの親分(らしい)ザガートという男がしばらく「稼業」を自粛するように山賊たちに命令でもしたのだ。しかし、それに不満をもった山賊たちは勝手に「仕事」をしてしまった――大体こんな所だろう。
(そして頭領のザガートは不在、山賊たちは氷神殿の報復を恐れてるってワケね)
ミレニアはザガートの代わりにこの場を仕切っている頬に傷のある男をまじまじと眺めた。
屈強そうだが、頭脳戦には向かないタイプだろう。仲間の信頼もそう厚くはなさそうだ。
これは予想以上に簡単に行くかもしれない。ミレニアは唇の端を上げてほくそ笑んだ。



「ミレニアちゃん、むつかしいカオして、つまんなーい」
芋虫のような格好で山賊たちの会話に聞き入っているミレニアの後方で、アーヤンが口を尖らせた。
お腹はペコペコだし、遊び相手のターヴィはいないし、ミレニアは構ってくれないしで、相当不満らしい。
この状況でそこまで能天気でいられるアーヤンに、サーザンは一種の感動すら覚えた。
「…つまんないって…アーヤンは恐くないの…?」
「こわい?なんで??」
アーヤンにいかにも不思議そうな顔で尋ね返され、サーザンは面食らった。
『山賊に襲われた』という事実は理解しているはずなのに、全く恐れないとは肝が据わっているどころの話じゃない。
「だって、あたしたち捕まってるんだよ?殺されるかもしれないし、どこかに売り飛ばされるかもしれないじゃない!」
「え、なんだぁ。だいじょーぶだよ」
「大丈夫って、何でそんなカンタンに…」
「だって、ターヴィがたすけにきてくれるもん」
にこにこと満面の笑みで言われ、サーザンは絶句した。ターヴィのことを全く疑っていないという態度だ。
「…ターヴィが助けに来てくれるの?」
「うん。ターヴィはね、スーパーマンなの!アーヤンがこまっているときには、ぜったにたすけにきてくれるんだ♪
 だからだいじょうぶ。アーヤンはぜんぜん、こわくないの」
「……」
アーヤンの言葉に迷いは全くない。だからこそ、サーザンは恥じ入る思いだった。

 『どうせあんたの事だから、誰か助けてくれないかとか思ってるんでしょ』

ミレニアの言葉に腹を立てたのは、「助けてもらおう」と考えていることがいけない事だと心のどこかで認めていたからだ。
でも、アーヤンはターヴィを信じて「助けに来てくれる」ことを待っている。
その姿は、決して恥ずべきものではない。とても立派で、堂々とした姿だと思った。
(あたしが悪いのは、助けに来てくれる事を期待しているコトじゃない――)
そうではなくて。助けに来て欲しいと願いながら、それを情けないことだと感じ、さらにその相手さえ信じていなかったことが間違いなのだ。
手段に問題はあるものの、自分の力で状況を打破しようとするミレニアは強いと思う。
ターヴィをひたすらに信じ、それを待ち続けることの出来るアーヤンも強いと思う。
けれどサーザンは自分で打破する勇気がなく、だからといって竜使を信じ身を任せることも出来ない。
どうしようもなく弱くて、惨めな姿だ。
「サーザンちゃん…どうしたの?こわいの…?」
アーヤンに言われてはじめて、サーザンは自分が泣いていることに気付いた。
「ちが…」
「だいじょうぶだよ、ぜったい、ぜったいターヴィたちがたすけにきてくれるから…ね」
アーヤンがサーザンを慰めるように優しい声で繰り返した。
こんなことじゃ駄目だ、とサーザンは膝頭で涙を拭った。泣いてる場合じゃない。もっと前を向いて。
自分にだって出来ることが、あるはずだから。
(リュウシに頼ってばかりじゃなくて…あたしに、できることが)
サーザンは小さく深呼吸をすると、軽く頭を振った。弱気な自分はいらない。もっと勇気を出せば、きっと強くなれる。
サーザンは顔を上げると、自分を勇気付けるように笑った。
「ごめんね、アーヤン。もう大丈夫、もう、平気だから」



「…ザガートの野郎が帰って来たって、知らんフリを決めこみゃいいんだ。やっちまったモンは、もう戻せねぇんだからな!ミラの狩人なんか、俺らが本気出しゃあ一捻りよ!」
「でも、最近のアイツらが狂気染みてんのは確かだぜ。骨折ったって、向かって来やがるし。命を命と思ってねぇみたいな戦いぶりだ。俺ァ…正直ビビったぜ」
「そうだよな…。俺も、マジでチビりかけたぜ。アイツらは異様だ」
「何でぇ、葬式みたいな辛気くせえカオしやがって!このギルト様の言うことに従ってりゃ、悪いようにはならねぇよ!」
(…私なら、間違っても信用なんかしないけどね)
赤ら顔で胸を叩く傷の男――ギルトというらしい男の言葉をミレニアは鼻で笑った。ロク状況も読めない、お山の大将らしい。
ギルトの口から出た「ミラの狩人」という言葉からも、山賊たちが争っている相手はミラ神殿で間違いないようだ。
(都合のいいこと。運気は常に、この私に向いているってね!)
ミレニアはうつ伏せの姿勢のまま腕を動かした。自由に動く。風縛魔法の影響は完全に消え失せたようだった。
行動を起こすなら、今しかない。
「アーヤン、サーザン。そのままの姿勢で聞きなさい」
ミレニアは背後を振り返らずに、抑えた声で命令した。サーザンが反感を抱いたのが肌で感じられたが、構う気はなかった。
「これから私の計画を実行するから、あんたたちは大人しく黙ってなさい。何か聞かれたら、アドリブで答えておいて」
「アドリブって?大体、計画って何のこと…」
「いちいち説明している暇はないわ。とにかく余計な口は挟まないこと。いいわね!」
状況が飲み込めないらしいサーザンを一喝すると、ミレニアは視線を前方に戻した。それから、腹筋の要領で身を起こすと、大きく息を吸い込んで…
「大変だわ、山賊に捕まるなんて!私がいなくなったと知ったら、あの者たちはどうするかしら〜」
これみよがしのミレニアの口調に、騒いでいた山賊達の声がピタリと止んだ。
それから、近づいてくる足音が聞こえ――ギィィッと軋んだ音を立て、木製の扉が開け放たれた。
ミレニアが見上げれば、そこには鬼瓦のようなギルトの顔があった。
「…どういう事だ?お前ら、3人じゃないのか…?まさか、仲間がいるのか?」
「まぁ、こんなか弱い乙女3人で旅が出来ると思えて?下働きの男が3人いるの。…主人の私がいなくなったと知ったら…大変だわ。半狂乱で、マンゼリーナに駆け込んでいなければいいけど」
「…下働き…?」
黙っていろ、と命じられたのも忘れてサーザンはしかめっ面だったが、ギルトの耳にはミレニアの言葉しか聞こえていなかった。
「そんなことになったら大事だわ。でも、あの者たちの事だもの…自分の身を売ってでも、私たちを助けるように願うはずだわ」
「…ギ、ギルトよぉ。やっぱりミラの狩人たちが…」
「うるせぇ!グダグダぬかしてんな!!」
「だけど、ザガートの兄貴もいねぇし、いまミラの奴らが襲ってきたら、勝てる保障なんかねぇぜ!?」
「泣き言なんか聞きたくねぇ、ちったあ黙ってろ!!」
ミレニアの予想通り、山賊たちは本能的に神殿を恐れている。ちょっと突付けばこの有り様だ。
「…へっ、それで何だ。逃がしてくれとでも言うつもりか?残念だったな。このギルト様にそんな情けはねぇぜ。ミラの奴らが来る前にお前らをバラしちまえば、俺らが襲ったなんていう証拠はどこにもなくなるんだ」
「あら、私は逃がしてなんて言うつもりはないわよ。大体私たちがいようといまいと、神殿の神官たちはここへ来るでしょうし」
平静を装うとしているが、ギルトの動揺は容易に見て取れた。ミレニアの口調が変わった事にも、ギルトは気付けないでいる。
「ギルトさん、と仰るのかしら?私も貴方も殺されたくない。だったら立場は同じじゃない?私と取引しましょうよ」
「取引だと?」
「そう。ザガートとかいう、貴方たちの首領は今不在なんでしょう?だったら全部彼のせいにすればいいじゃないの。そのザガートとか言う男に私たちは捕まって、それを親切な貴方たちが助けてくれたことにするの。そうすれば、氷神殿の責めを受けるのはその男一人で済むじゃない」
「………………」
ギルトの顔に明らかに動揺が走る。ギルトの後方で話を聞いていた山賊達の顔にも戸惑いが浮かんだ。
「そ、そんなに上手くいくはずがねぇよ」
「それに、そんな兄貴を売るみたいな真似…」
「でもよ、ザガート一人の犠牲で済むんなら…」
神殿への恐れで山賊たちは冷静な判断を下せないため、何の保証もないミレニアの話を疑うことが出来ないのだ。
ただ危ないから、と命乞いをしたのでは、山賊たちも簡単には信用しない。けれど代替案があるなら話は別だ。
自分の命と頭領の命。危機迫る中でそれを天秤にかけて、相手を選べるものがどれだけいるだろう。
(結局、可愛いのは自分なのよ。自分が生きるためなら、何だって出来る)
聖人面しているシルンでさえ、自分が生きるために親に手をかけたのだから。それが出来ないのは余程の甘ちゃんか馬鹿者なのだ。
「待てよ、ミラの奴らが来るって保障はねぇんだ。こ、こんなのは所詮机上論じゃねぇか」
「だけどよ、もし…」
「そうだぜ、奴らは待っちゃくれねぇし!兄貴には…悪いけどよ…」
ミレニアは内心ほくそ笑んでいた。山賊たちの、神殿への恐れは予想をはるかに凌ぐようだ。
実際には、シルンたちが神殿に駆け込むはずなどないが、それは問題ではなかった。
シルンはもちろん、アーヤンがいるのだからターヴィもこちらを見捨てるはずがない。
必ず助けに来ようとするだろう。そしてその中にはあの氷の化身のようなガキがいるはずだ。
こっちから上手く仕掛けてやれば、喧嘩早いノーレインのことだ、反撃で攻撃魔法を放ってくるだろう。
あの力を目の当たりにすれば、誰もが氷の神官兵が現れたと信じるに違いない。あとはシルンたちに適当に口裏を合わせてもらうだけでいい。
「どう?私はちゃんと証言するわ。神殿は、山賊の頭領の言い分より、哀れな旅人の言い分を信じるでしょうね」
ミレニアの駄目押しで、山賊たちはしん、と静まった。ミレニアは勝利を確証した。
「私も協力してあげるから、あんたたちは自分たちの頭領を捕らえなさい。引き渡しの際に私が証言をすれば、ザガートとやらは死刑になるでしょう。それで、あんたたちと私たちは無事助かるの。なんていい話じゃない」
ミレニアの自信に満ち溢れた声に、もはや反論をするものはなかった。
ミレニアに従うように頭を垂れる山賊達の姿を、ミレニアは女王然とした満足げな表情で眺めた。

(えげつない…)
ミレニアと山賊達のやり取りを耳にしながらサーザンはうんざりしていた。
ミレニアが人道を外れた振る舞いをするのは、本当にいつものことだけれど。
「ミレニアちゃんすごいね。くちがうまーい」
「…そういう問題じゃないと思うんだけど」
だからと言って、サーザン自身が状況をどうにか出来るわけではないのだ。気に入らなくても、ここはミレニアに従うしかない。
(力が、ないから)
戦う力がないから。打破する力がないからだ。
一方山賊との交渉を終え、縄の拘束から開放されたミレニアは実に満足げな笑みを浮かべて戻ってきた。
「ま、この私にかかれば簡単なもんよね。…って、あんた何辛気臭い顔してんのよ」
「…別に」
「…何よ、相変わらず変な女ね。ところであんたらの縄は切らないことになったわ。まぁ私に対する保障ってやつかしらね。あんまり意味ないけど」
「どーして?」
「だって状況が悪くなったら、あんたたちなんか放って逃げるもの。当たり前じゃない」
極道なことを当たり前のように言ってのけるミレニアに、サーザンは心底脱力した。
「あ、そう」



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