ランセイル山で成すすべもなく山賊に襲われた
ミレニア・アーヤン・サーザン。
シルンやターヴィは、まだその事実を知らない――。


せるふぃっしゅ道中記 第4章 山賊なんて怖くない!
2.

「戻ったぜ!大漁大漁っ…て…あぁ?」
鼻歌混じりで両腕一杯の山の幸を抱え込み、『髪の毛ターザン』をしながら戻って来たターヴィは一同が待っているはずの場所に誰もいないことに気付いて素っ頓狂な声をあげた。それも仕方のないことかもしれない。
なんと言っても辺りは一面の緑、はぐれたらそう簡単には巡り合えなそうな森の迷宮である。
「アーヤン?ミレニア!どこ行った〜?サーザ――ン!!」
手当たり次第といった風体でターヴィは各々の名を呼んだが、還る応えは一つもない。いや、その気配すらも。
「どーなってんだよ…?みんなどこ行っちまったんだぁ?」
何か騒動があったのなら多少離れていても気付くはずだった。それなのに物音ひとつしないでは、これからどうしたらいいのかもわからない。ターヴィは思わず途方に暮れた声を上げてしまった。
両手に抱えた食料の重みだけが現実感があって、一層悲壮さが増しているように思えた。
ターヴィは一旦食料を地面に置くと、そのままどかっと腰を下ろした。
行方が知れない――となれば闇雲に探すのも考えものだ。
ここで待っていて戻ってくるのならいいが、しかし何かのトラブルに巻き込まれたとなると――…。
「ああああぁぁぁ〜〜!」
小さい脳ミソでは思考の限界だったようで、ターヴィは頭を掻き毟った。
考える事はもともとあまり得意な方ではないのだ。おまけに身体はしきりに空腹を訴えている。
「――…。つーか、とりあえず飯だ、飯!考えんのはそれからでも出来らぁ」
開き直りの早さは大したもので、ターヴィはまずは食事だと収穫物に手を伸ばした。
リンゴを景気良くかじりながら、そういえば…と思い出す。
(サラの野郎は、ノーレインを探しに行ったんだっけか?)
だとしたら、ここで待っていれば少なくともシルンたちは戻ってくるだろうが…。
「んぐんぐ…あいつも、あれで結構抜けてる所があるからなー」
シルンが聞いたら「ターヴィには言われたくない」と目くじらを立てそうな言い草である。
だが、幸か不幸かシルンには自ら不幸を呼び込んでしまう気質があるのだ。
(待ってて、無事に戻ってくるかぁ…?)
こんな所にぽつんと一人。待ちつづけるのは、ターヴィの性に合わない。
「よーし、この俺様が迎えに行ってやるか !! 」
食事中に叫んだために、リンゴのカスが大量に口から飛び出したが、そんな些細なことを気にするターヴィではない。
手早く決断すると、ターヴィは確保した食物を一まとめにし、すっくと立ち上がってシルンが戻っていった方向へ進んで行った。
時間は、それより少し遡る。

(殺られる――!)
そう直感したシルンは、獣の勘とも言うべき速さで振り向き様に剣を抜いていた。
刃と刃が交錯し、カン高い金属音が鳴った。
「――っ!」
襲撃者の方も、反応されるとは思っていなかったのだろう。
暗色のマントに身を包んでいたため表情は窺い知れなかったが、驚愕に息を呑む音が聞こえた。
そこに隙が生まれる――それを見逃すほど、シルンは甘くない。刃を返すと、その勢いで襲撃者に切りつけた。
「っく――っ!」
襲撃者は咄嗟に身体を反らせたものの、太刀筋すべてをかわす事は出来ず、シルンの剣の切っ先が顔を隠していた暗色のマントを切りさいた。そうして、顕わになったのは――色黒の髭面の男だった。年の頃は三十前後か、シルンよりは大分老けているだろう。細身だが、華奢と言うには当たらず、幾筋も刻まれた傷跡が、歴戦の過去を想像させる。
(――山賊、か?)
風体からの推測だが、おそらく間違ってはいないだろう。
これだけ茂った森ならば、いくらでも身を隠せる。そうして旅の者を襲い続け、生きていく事も出来るだろう。
だが、出くわした方からしてみれば、この上ない厄介事だ。
(地の利は向こうにある。油断したら、負けるな・・・)
シルンは状況を判断すると、剣の柄を握る掌に力を込めた。
場所は違えど、賞金稼ぎに追い立てられることとそう変わりはしない。
生き延びたければ、勝つ事だ。シルンがそう覚悟を決めた時、不意に襲撃者が口を開いた。
「――貴様、ミラの狩人か?」
「……?」
襲撃者の言葉には、かすかに怯えの響きが含まれていた。
『ミラの狩人』――聞き覚えのない言葉に、シルンは眉をひそめた。
(狩人―― 賞金稼ぎのことか…?けど、ミラって…)
ミラは神学で言う『氷』を意味する。氷神といえば、このランセイルを下った先のマンゼリーナには本神殿がある。
(氷神…氷の神殿の…狩人…?)
神職と狩人という言葉が即座には結びつかなかったが、氷神ケルシアはもともと攻撃性の強い神だ。
その発想はあながち間違いではないかもしれない。
「言っている意味がわからないが…神殿の関係者かと言えば、否だ」
シルンの答えに、襲撃者の瞳が一瞬揺れた。シルンの答えの真偽性を疑っているかのようだった。
それを見て、シルンは自分の考えが正しかった事を悟った。
そうとなれば、場合によっては闘いを回避できる――この襲撃者が、旅人を襲わないという前提の上でだが。
「俺は旅の途中でこの山に立ち寄っただけだ。出来れば無益な闘いは避けたい」
シルンは落ち着いた口調で襲撃者に提案した。しかし、剣を下げる事はしない。
「――俺を、見逃すと言うのか。それを、信じろと?」
襲撃者の瞳にはまだ攻撃の意志が宿ったままだ。こちらを完全に信用はしていない。だが、それはシルンも同じだ。
剣の柄を握る掌に、力が篭もる。
「信じる気がないなら、闘うだけだ」
無言で視線だけが交錯する。張り詰めた空気は、痛みさえ伴うようだった。
「  」
襲撃者が、何か言いかけたその瞬間――至近距離で、爆発的に魔力が膨れ上がった!
「…!!」
無数の透明の刃が輝く軌跡を残し、襲撃者へと放たれた。
襲撃者は咄嗟に身を翻し、それを避けたようとしたが、幾片かはかわすことが出来ずに血の花が散った。
シルンは咄嗟に叫んでいた。
「やめろ、ノーレイン!敵じゃない!!」
こんなタイミングで魔法を放てる者をシルンは他に知らない。
シルンの想像した通り茂みの中から姿を現したのは、まだ幼さの残る半人半竜の魔道師少年・ノーレインだ。
ノーレインは援護のつもりで放った魔術が悪手だったらしいと気付き、顔をかすかにしかめた。
「早まったか」
「…いや」
シルンの言葉は、厳密に言えば確かではない。正確には「まだ敵ではなかった」なのだが、こちらが攻撃に出てしまっては、それもどうなるかわからない。だが、それを今更責めても仕方の無いことだ。
それにしても、察しが早くて助かるとシルンは安心した。
ミレニアあたりなら「人の親切踏みにじるなんて生意気よ!!」と意味の無い説教を延々と聞かされる所である。
おそらく今の魔法にしても、遅れながらも進行し、ちょうど追いついたところでシルンと襲撃者が対峙していたのだろう。
下手に騒がず、シルンさえも気づかないタイミングで援護をしてくれたことは、こんな状況でさえなければ感謝したいくらいだ。
(やっぱり、頼りにはなるな)
体力の無さだけで、評価を貶めてはいけない。ノーレインは戦闘において実力を発揮する、生粋の戦士なのだ。
シルンは襲撃者の方へと目を向けた。そこには血の跡だけが残されており、本人の姿は消えていた。
「――逃げたか」
「…追うか?」
「いや、いいだろう」
闘いさえ避けられれば、あえて追撃する必要は無い。向こうは『ミラの狩人』とやらを恐れていただけのようだし、関わりをもたずに済むならそれに越した事はない。大方、ノーレインの魔法が『氷魔術』だったため、恐れていた『ミラの狩人』と勘違いしたのだろう。
「あいつらは?」
シルンの判断の元、構う必要はないのだと納得したらしく、ノーレインは話題を変えた。当然の問いではある。
「みんなは、もう少し先で待ってるよ」
答えて、シルンはもう一度ノーレインに視線を向けた。疲労の色は濃いようだったが、しっかり2本の足で立っている。これなら心配いらないだろう。
シルンの視線の意味に気付いたのか、ノーレインは頬を赤く染め、拗ねた口調で言い返した。
「遅れて悪かったな。待ってるんだろ、行くぞ」
子供染みた言い方に、シルンは思わず吹き出してしまった。そのせいで、ノーレインがますます不機嫌になったようで、何も言わずにずんずんと歩き始めた。シルンは、その後に従う形で進んだ。
そうして無心に歩いていると、先程の一件の疑念が頭をもたげてきた。
(…さっきのあれは何だったんだ?)
いい、とは言ったものの、まったく気にならないはずもない。
あの襲撃者が一人ならいいが、他にもいた場合は残してきた仲間たちが心配だった。
シルン突然の襲撃に慣れていたから良いが、他の連中が同じ状況に遭遇した場合、無事切り抜けられるかは確信できない。
ミレニアやターヴィは無茶はするが、魔術師の腕としては良く見積もっても二流程度なのだから。
(逃がしたのは、早計だったか?)
追って、問い詰めた方が良かったのだろうか。それとも、早く皆の所に戻るのが最善の方法か――。
シルンがそんな事を考えていると、前方を歩いていたノーレインが唐突に歩みを止めた。
「…どうした?」
「あれ」
あれ、とノーレインが指差す先に視線を向けて、シルンも思わず言葉を失った。
今まさに考えていた人物――先程刃を交わした相手が、そこに伸びていたのである。
「…なん…で…」
一体なにが、とよくよく見渡せば、襲撃者の隣に見覚えのある黒い姿が伸びていた。額にはでかいタンコブがある。
襲撃者の額にも同じくらいの大きさのコブができていた。
「……」
ものすごく間抜けな予想が出来た――それも、ほぼ確実だと言える予想である。それだけにシルンもノーレインも口を開きにくかった。
しかし、迷う必要はなかった。当事者の片方――ターヴィが、目を覚ましたからである。
「……ってぇ〜」
呻き声をあげながら、寝ぼけ眼で額のあたりを擦っている。
「ターヴィ」
遠慮がちにシルンが呼びかけると、ターヴィはようやく覚醒したようで、怒りの眼差しを伸びている襲撃者の方へと向けた。
「やいコラ!こんなことに立ってんじゃねぇぞ!!てめぇのせいで俺様のビューティフル・フェイスにでっけぇタンコブが出来たじゃねぇか!!どうしてくれんだよ!!あぁ!?」
「いや、そいつまだ伸びてるから」
いきなり怒鳴りだしたターヴィに、シルンは取りあえず冷静にツッコミを入れた。
「・・・・・・。あれ?サラじゃねえか。遅かったな」
シルンのツッコミのおかげで我に返ったらしいターヴィは、シルンの存在に初めて気付いたようだった。
伸びていた奴に「遅かった」と言われるのも癪なのだが、そんな事を気にしていては話が進まない。シルンは聞き流す事にした。
「どうしてターヴィがこんな所にいるんだ。ミレニアたちはどうした?」
「あぁ!それが、変なんだよ。待ってろって言ったのに、あいつらいなくなっちまってさぁ!!」
「……!?」
かくかくしかじか、と手短に(短すぎて要点を掴むのが苦労するくらいに)ターヴィが状況を説明した。
聞くにつれ、シルンの表情が自然と険しいものになった。
「突然いなくなったって…影も形もないっていうのか?」
「おかしいだろ。俺が戻った時は、もう近くに気配すらなかったぜ」
悪ふざけにしては、加減が過ぎる。それにミレニアだけならともかく、アーヤンやサーザンがいて、ターヴィを煙に巻くようなこともしないだろう。そうなると、ミレニアたちは何かに巻き込まれた、ということになる。
シルンは反射的に、気を失ったままの『襲撃者』を見た。
(こいつらの仕業か…?)
シルンだって問答無用で襲われたのだ。可能性としては一番高いだろう。
「サラ?」
ノーレインもシルンの視線の意味に気付いたらしい。
しかし、ノーレインが口を開く前に、シルンは「神隠しってやつか!?」などという、的外れな推測を切々と語り続けていたターヴィの話を遮った。
「ターヴィ。こいつを縛り上げてくれ」
「で、それか………はぁ?」
「ミレニアたちがいなくなった事に、こいつが一枚かんでいるかもしれない。だとしたら、逃がすわけにはいかないからな。問いただそう」
シルンの言葉に、自然とターヴィも真顔になる。3人の眼差しが、いまだ失神している襲撃者へと向けられた。
その瞬間、おとなしく伸びていたはずの襲撃者が、いきなりがばっと跳ね起きた。
「――!!」
あまりにも唐突すぎる動きにシルンの反応がわずかに遅れた。その隙に、間合いを離そうと、襲撃者が地面を蹴った。
慌ててシルンが剣を抜き放つが、間合いがわずかに届かない――!
(逃がすか――!?)
襲撃者の口元が勝利の笑みを浮かべようとした、その瞬間。無数の黒い糸がその四肢を絡め取った。
「ぐわっ!?」
一度捉えたら最後、ぎりぎりと締め上げる気色の悪い感触に、襲撃者が短い悲鳴をあげた。
その黒いうねりの先――ざわざわと髪をざわめかせ、勝ち誇った笑みをターヴィが浮かべた。
「へっ!見たか、ターヴィ様必殺・髪伸ばしでいっ!!」
びしっ!と決めポーズを取るが、そう美しいものでもない。ノーレインは不自然にならないように目線をそらせた。
シルンにしてみれば、見慣れた光景なので気味悪がることもない。「お手柄だな」とターヴィをねぎらった。
「…グッ…貴様等、いったい…」
黒髪に捉えられたまま半放置状態の襲撃者が、ぎらぎらとした眼を向けた。
それを受け、シルンの顔つきが急に厳しいものへと変わる。抜き身の剣の切っ先を、襲撃者の喉元にピタリと寄せた。
「それを聞きたいのはこっちのほうだ」
シルンの真剣な眼差しに、襲撃者はごくりと唾を飲み込んだ。殺気が本物だと伝わったのだろう。
「お前は一体何者だ?何の目的で俺を襲った?」
「言う必要はない」
反抗的な態度に、シルンはかすかに切っ先を押した。裂けた皮膚から一筋の血が流れた。
「答える義務はあるだろう」
ターヴィやノーレインはすっかり傍観者と化していた。シルンのただならぬ雰囲気に口を挟む勇気はないようである。
「どうやらお前の『お仲間』が、俺たちの仲間を連れ去ったらしい。一体何が目的だ?」
「…な…っ」
剣を向けられてから決して揺るがなかった態度が、シルンの一言であきらかに動揺した。
シルンはかすかに顔をしかめた。
襲撃者がミレニアたちの失踪に一枚かんでいるかもしれないと言うのは、あくまでもシルンの推測だ。
だが、このうろたえようはその推測を裏付けるものではないか。
しかし、それにしては、ここで襲撃者が動揺する理由がわからない。
(一体、何がどうなってるんだ…)
ややあって、襲撃者の方が疑惑の眼差しをシルンに向けた。かすれた声で問う。
「…それは…本当なのか…?あいつ等が、本当に…お前の…仲間を…?」
「心当たりがあるようだな」
「…放せっ!その話が真実なら…、急がねば取り返しのつかないことになる!!」
途端に襲撃者が暴れだす。しかしターヴィの髪は執拗にその身体を絡め取っており、容易な事では抜け出せなかった。
急を要する、という襲撃者の言葉に顔を見合わせるターヴィとノーレインだったが、それに動揺するようなシルンでもない。
こう言う場面では焦った方が負けなのだ。努めて冷静にシルンは襲撃者に問うた。
「……どう言う意味だ?取り返しのつかないこととは何だ?」
「説明している間はない!あいつ等がこれ以上過ちを侵す前に…!!」
「そう言われても、納得のいく説明を聞かなければ、お前をみすみす逃す事は出来ない。わかるだろう」
あくまでも表情を崩さないシルンの態度に、襲撃者は唇をかみ締めた。ギラつく視線はそれだけで人が殺せそうな強さがある。
「時間がないと言うのは何故だ?先程、お前が口にしていた『ミラの狩人』に関係があるのか?」
ミラの狩人――それが決定的な一言だったようで、襲撃者がとうとう諦めたように口を開いた。
「…あぁ、そうだ。俺たちが目障りな奴等は、『大義名分』を虎視眈々と狙ってやがるのさ…」
「…?それと、俺の仲間を連れ去った事とどういう関係があるんだ?」
「それはただの悪癖だ。…だが、中途半端な振る舞いは、ミラの狩人たちに格好な餌を与えるだけだ…!!」
それから、襲撃者が語った内容はおおむねこう言うことだった。
襲撃者――ザガートと言うらしいこの男には、家族とも言うべき仲間がおり、長いことこのランセイル山で暮らしていた。
このランセイル一帯は領地基準が曖昧で、特にどこに属しているとも言えない状態らしい。
それ故に縛られる法もなく、ザガードたち一味は、この山で時折旅人たちを襲いつつ、好き勝手に暮らしていたと言う。
しかし、ここ最近ランセイル山の麓にあるマンゼリーナの氷神殿が急遽山賊狩りに精を出し始めた。
それまで、ろくに活動をしておらず生気すら感じられなかった氷神殿は、一転異様な熱気を帯び始めた。
『粛清』を叫ぶ神殿の神官たちは武器を手に取り、問答無用で山賊たちを殺し続けた。
もちろん、ザガートたちも黙ってそれに甘んじていたわけではない。山賊の威信をかけて、神官兵――ミラの狩人たちに立ち向かった。
しかし神官兵たちの力は凄まじく、山賊たちはただただ圧倒されるばかりだった。
次々と小競り合いに敗れた山賊たちは活動範囲を狭められ、この森の中で息を潜めて暮らすしかなくなった。
ちょうどその頃、神殿のあまりの振る舞いを見るに耐えかねたマンゼリーナの市民たちが神殿に意見したこともあり、氷神殿の『粛清』は一旦収まった。
しかし、もともと好き放題暮らしてきた者たちだ。そのまま大人しく暮らしていくなど無理な相談だった。
「――神聖さを口にしても、あれはただの殺戮だ。市民を黙らせる口実さえ見つければ喜んで『狩り』に繰り出すだろう。だから俺は旅人を襲うのはもうやめろと言ったんだ」
「…だが、お前の留守中にお仲間は悪戯を犯したというわけか」
「…そのようだ」
その通りであれば、ミレニアたちを攫った理由は至極簡単だ。
しかし、そこに『ミラの狩人』とやらがやって来てしまうと厄介な話になる。
騒動に巻き込まれた哀れな旅人、として見逃してくれれば良いが、下手をすると一緒に標的にされてしまう。
「なんでぇ!迷惑な話だな!!」
ターヴィの言葉以上にシルンの心情を代弁した言葉はないだろう。シルンは小さく溜息をついた。
「…だから、時間がないんだ!こんな所でもたもたしている時間はない!奴等が嗅ぎ付ける前に前に、お前らの仲間とやらを解放しなくては…!!」
ミレニアたちを放し、ザガートはすべてを「なかった事」にするつもりのようだった。
何か事が起きてから――決定的な「罪」を犯してからでは遅いのだ。
「…なんか都合のいい話のようだけど…どうする?サラ」
こういう決断を下すのは大抵がミレニアなのだが、当の彼女はここにはいない。だとすれば決定権をもつのはシルンだ。
「――言い分はわかった。確かに時間がないようだな」
「おい、信じるのか?」
ノーレインが警戒した表情を崩さずに問う。真実である確証は何もない。
だが、シルンは直感で、ザガードの言葉に嘘はないと思った。
「信じる。厄介事に巻き込まれたくないのはこっちも同じだ。俺の仲間を大人しく返してくれるのなら協力しよう」
思いがけない言葉に、ザガートが目を見開いた。
「いいだろう?ターヴィ、ノーレイン」
「俺様は異存はねーぜ。ひと暴れ出来ないのが残念だけどな!」
「――お前が信じると言うなら仕方ないだろう」
快諾するターヴィと、しぶしぶ納得といった風のノーレイン。これで意見は一致した。
シルンが剣を鞘に収めると、それに応じたようにターヴィも髪を収めた。
解放されたザガートは信じられない、といった表情を浮かべていた。
「時間がないんだろう。お前らのアジトとやらに案内してくれ」
+
一方、そんな事は露知らず。
山賊たち襲われたミレニアたちはといえば、ロクな抵抗もできないまま山賊たちのアジトへと連れて来られていた。
彼らは、女ばかり三人と油断したのだろう。ミレニアたちを軽く縛り上げたまま、狭い倉庫のような部屋に閉じ込め、広間で酒盛りを始めていた。
「――-典型的な悪役過ぎて、嫌んなるわ…」
かすかに開いた扉の間からその様子を眺め、ミレニアは大袈裟に溜息を吐いた。
何よりも、こんな雑魚くさい連中に捕まった事が、ミレニアのプライドを傷付けたようだった。そこへ緊張感のない声がかかる。
「ミレニアちゃーん、アーヤンおなかすいたよう!」
どうやら扉の隙間から漂ってきた食べ物の匂いに食欲を刺激されたようである。
「アーヤン…そんな事言っている場合じゃあ…」
たしなめるサーザンのお腹もしきりに空腹を訴えていた――が、捕らわれの身ではどうする事もできないだろう。
「うう…アーヤンたちもまぜてくれないかなぁ…」
「絶対無理だと思う」
まったくもって頼りにならない仲間の姿にミレニアは溜息を重ねた。
「敵が敵なら、味方はこれだし」
ミレニアの言葉を聞きとがめて、サーザンは顔をしかめた。しかし、状況を読んでか反論するには至らない。
ともかく、こんな所で仲間割れしている場合ではないのだ。自分たちは今「攫われて」来ているのだから。
サーザンは大人しくミレニアの様子を観察した。ミレニアは文句を言いつつも、飽きることなく扉の隙間から様子を伺っている。
それは、『獲物』の姿ではなく、それを狙う『肉食獣』の姿のようだった。
己の想像にぞっとしながら、サーザンはミレニアに尋ねた。
「ミレニア…。何、考えてるの?」
「…簡単な事よ。あんたこそ、何を考えてるわけ?」
オウム返しに尋ねられ、サーザンは言葉に詰まった。ミレニアの姿が…という話は口にする気にはなれなかった。
しかしミレニアは応答のないサーザンの様子を勘違いしたらしく鼻を鳴らした。
「どうせあんたの事だから、誰か助けてくれないかとか思ってるんでしょ」
「…そんな事…っ!!」
悲劇のヒロインぶったミレニアの言い様にサーザンは怒りを覚えた。
しかし腹を立てたのは、それはまったく的外れではなかったからかもしれなかった。
困った時には必ず誰かが助けてくれたから、それに甘んじていたことは確かだ。
今回もきっと誰かが助けてくれる――そう考えていたかもしれない。
(…でも…でも……リュウシは…)
サーザンは唇を噛みしめた。いつもの竜使なら、山賊に襲われた時に助けてくるはずなのに、竜使は現れなかった。
いや、それ自体はそう危険ではないからと判断したのかもしれない。
しかし、不安になる材料が他にもあった。
このところ、サーザンの呼びかけに対して竜使は返答をしないことが度々あった。
いつも身近に感じられたはずの存在が、時折驚くほど遠くに感じられるのだ。
今もサーザンはずっと呼びかけていた。「助けてリュウシ。どうしたらいいの」――と。
しかし、何度呼びかけても竜使はその気配さえ見せる様子がない。
(…どうしちゃったの…?リュウシ…)
竜使不在の喪失感に、サーザンの胸が締め付けられる。ただでさえ不安で仕方がないのに。
俯いて膝を抱えたサーザンの様子を横目で眺めて、ミレニアはまた溜息を吐いた。
サーザンの心情などミレニアは知る由もなかったが、「どうやら竜使様は現れないらしい」という事だけは感じ取っていた。
だとしたら、大人しく状況を受け入れてやる必要などない。苦境こそ、己の力で打破せねばならないのだから。
ミレニアは扉の先――さらにその先を見据えて、不敵に笑った。
「私は大人しく捕まっているだけなんて御免よ。そんなの、この私に似合うはずないじゃない」


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