“犬を飼いたいね”
それは、パパもママもずっと昔から持っていた共通の夢だった。でも、パパは犬を飼った経験がない。ママも、小学校の頃にマルチーズを飼っていたけれど、世話はほとんど親がやっていたし、結局その子は五年という短い一生だったので、自分で犬を飼って、1から10まで面倒を見るという事に自信は無かった。
だから、つきあっている時も、結婚してからも、結局いつも“いつか飼えればいいね”という夢の域を出なかった。
そして妊娠、出産、育児に追われ、夢は現実に近づくどころか、どんどん遠くへ遠ざかって行った。“いつか・・・”と。
ところが、育児も3年を過ぎるとどんどん楽になって来る。
心にも体にも余裕ができ、まるで飛び上がりかけた風船のひもをヒョイと引っ張るように、遠ざかっていた夢は俄かに現実味を帯びてきた。
我慢の糸がほどけだしたのだ。
パパなんて、いきなりネットでコーギーのことをいろいろと検索し始める始末・・。
でも、私だけは、ママだけは最後まで冷静でいようと心に決めていた。
なぜなら、我が家には“犬を飼う”ために考えなければならない問題が山ほどあったのだから・・。
我が家が犬を飼うに当たっての一番の問題は、4歳になる息子・カズマのことだった。
私達夫婦は、結婚する前からいろいろと考えて“子供はひとり”と決めていた。
周囲からは、それでは可哀想だからもうひとり・・と言われ続けたけれど、“一人っ子”というのは夫婦で何度も考えて出した答えだった。
一人っ子だからといって寂しいとは限らない。
我が家はパパもママも一緒に真剣に遊ぶ。
大げさに言えば、家族全員が兄弟と同じ。
だから“寂しい”という面だけで言えば、忙しい両親を持つ子供とか、趣味の合わない兄弟のいる子供・・と差はないと思っている。
でも彼は“一人っ子”であるがゆえに、“親の愛は絶対”だと信じていたし、その愛情が他に向けられるなんて、考えたことも無かったと思う。
そして“一人っ子”である以上、それはこの先も変わらない。
私達は、“犬”という家族を与えることで、彼がいろんな事を学んでくれれば・・と願った。
情操教育?というと、少し外れるかも知れないけれど、彼が、新しい家族と一緒に心の成長をしてくれれば・・と心から思った。
たぶんこれは“一人っ子カズマ”にとって人生最大の試練になるだろう。
でも・・
それはいつか最高のプレゼントに変わる。
パパとママはこの問題を背負うことを決意する。
カズマ・3歳の冬だった。
もう1つの重要な問題点は、我が家が“共働き”だということだった。
土日はほとんど休みだけれど、平日は朝8:30から、パートの私が帰宅する夕方4:30まで、仔犬はひとりぼっちで留守番することになる。
まぁもともと日本には“番犬”なんて言葉もあるくらいだし、現代社会において“共働き”なんて当然のこと! と割り切ってしまえば、大した問題ではないだろう。
だけど、やっぱりひとりぼっちで家に置いていかれる犬の姿を考えると、共働きの私達に“犬を飼う資格”なんてあるのかな?と、どこか後ろめたい気持ちがあるのは事実だった。
可愛いから?
家にいる間だけの自分達の遊び道具として?
心の底で、そんなエゴのために犬を飼いたいって思っているんじゃないかなって、考える日が続いた。
でも、家にいない時間に寂しい思いをさせてしまう分、家にいる間は精一杯の愛情を注ぐことや、週末は一緒の時間をいっぱい楽しむということを、夫婦で話し合い、我が家に来る子は絶対に幸せにしてあげようと約束して、この問題も背負うことを決意した。
・・たぶんこれは、犬に話をする能力があって、その犬が死を迎える時に“飼ってもらって幸せだったよ”とでも言ってくれない限り、決して誰にもわからない、難しい問題なんだけど・・。
“飼う” と決めたからといって即座に “買う” というわけにはいかない。
じゃぁ具体的に何から始めれば良いか?
私達はまず、飼い始める時期について考えた。
以前どこかのペットショップのお姉さんが“子犬は春か秋に飼い始めるのがベストですよ♪”と言っていた。
(今思えばその根拠は良くわからないけれど、たぶん繁殖時期から考えて子犬の生まれる確率が高いから、たくさんの子犬から選べるという意味だったんだと思う。)
今は冬。じゃぁ春になったらすぐ! というのでは考える時間が短すぎる。
今まで長い間待ったのだから、ここで焦ることもないから・・と話し合って、結局“今度の秋”を目標に準備を進めることに決まった。
これは “飼う” ことが具体的になる前からだいたいは決まっていた。
最初はパパとママの意見は全く別。
パパは秋田犬とか柴犬とかの和犬。どちらかというと大きくってカッチョイイタイプが希望だった。
ママは反対にマルチーズとかシーズーとかの室内犬。おリボンつけて長い毛をなびかせて・・♪みたいなのが希望だった。
だけど、いろんな犬に出会ったり、いろんな話をしているうちに、 “この子がいい” とお互いに気に入ったのがコーギーだった。
(この頃はまだコーギーの種類とかカラーとか、全くといっていいほど知らなくて、コーギー=レッド&ホワイトの尻尾の無い短足の犬、だと思っていたんだけど。)
だけど、我が家は町中の一軒家。狭小住宅なので、庭も無い。休日には犬連れOKの公園で思いっきり遊ぶことが出来るけれど、平日は散歩といっても交通量の多い道路を行き来して近所をひとまわり・・というのが関の山。
コーギーという犬種は、特に運動量をたくさん取ってあげないといけないと聞いて相当悩んだけれど、とにかく家にいる間は出来るだけ一緒にいる & 休日は広い場所で思いっきり遊ばせてあげる、ということに家族みんなが協力しようと約束し、“ウェルシュコーギー・ペンブローク” を飼うことに決定した。
ペットショップ? ブリーダー?
今度はそれぞれの長所・短所を調べることにした。
−ペットショップ−
今までにも何度かペットショップに遊びに行ったことがあるけれど、そこには何時行っても必ず可愛い子犬の姿があった。
“どぉする〜アイ○ル〜” のCMよろしく、ウルウルおめめの子犬を抱っこさせてもらって、そのままつれて帰りたい衝動にかられたことも幾たびか・・。
でも反対に、こうやっていろんな人に毎日のように抱っこされている子犬って安全なのかな?って疑問に思うことになったのも事実だった。
一度疑い出すと結構細かいことにも “疑い” の目は行くもので、“生年月日は正確かな?” “親犬は健康だったのかな?” などなど気になることも多かった。
私が思うペットショップの長所は、1度にいろんなショップを巡って、その中で一番気に入った子犬を選べるということ。短所はやっぱり、いろんな意味で “管理不十分” な感じがするってことかな?
−ブリーダー−
次にブリーダー。今は世の中便利になって(おばちゃん口調・笑)ネットでいろんな情報を得ることができる。
実際、私達もネットでいろいろなブリーダーさんのサイトを見て勉強させてもらった。
ただ、ブリーダーさんから飼うとなると、“じゃぁ今日見に行こう!” ってことは出来ないし、飼いたいと思った時に引き渡し可能な子犬がいるとは限らないという短所もあった。
でも、パパ犬・ママ犬の顔(姿)が見られる。
飼い始めた後もいろいろと教えてもらえる。
そこから巣立っていったたくさんのコーギーやそのファミリーと交流できるかも♪
なんて考えると、私達にはペットショップよりもブリーダーの方が向いている気がした。
たぶんこれは各家庭の考え方によって変わる長所・短所だけど、我が家はブリーダーさんから飼うことを決定した。
メールは何通か出した。
その中で一番好感を持てたブリーダーさんに次回の出産予定を聞いたところ、5月末と6月初めに予定があるという答えが返ってきた。
我が家の当初の予定は “秋から飼い始める” だったから、この予定では少し引き渡しが早すぎるので、もうひとつ先まで待つことになりそうだと思われた。
でも実際その犬舎に暮らす犬たちに逢いたかったし、今回生まれた子犬たちも見ておきたかったので、私達は犬舎見学のアポを取った。
6月29日、私達は京都から車で4時間かけて、いよいよ犬舎を訪れる。
そこはブリーダーさんの自宅だったので、何も知らない私達は最初 “こんな住宅街にブリーダーさんっているの?” とビックリだった。(後で犬舎は別にあると教えてもらったのですが・・笑)
ここで私達は3頭のママ犬と、生まれたばかりの子犬(合計19匹!)に出会い、あまりの可愛さに思わず固まってしまった。
そして、我が家が秋から飼いたいという希望や、具体的な予算などを伝えた。
ところがブリーダーさんとの話が進むにつれ、秋よりも夏に飼い始める方が利点が多いとわかってきた。
まず、我が家の夏期休暇は9連休で、それが子犬引き渡し時期と合うので、それなら連休の後半に飼い始めれば長い時間一緒にいてあげることができ、それだけ早く新しい環境や家族に慣れさせてあげられるのではないか、ということ。
そしてその頃から飼い始めれば、ワクチン接種の時期から考えても、ちょうど良い季節に散歩を開始できるということ。
それなら今、目の前にいる子の中から、我が家に迎える子を選ぶことが出来る。
車で4時間の道のりは決して近いものではないし、度々犬舎を訪れて子犬を選ぶことは簡単なことではない。
そして何よりも可愛い子犬を “見てしまった” から、気持ちは大揺れしてしまった。
見学に来てからいろいろと話をしている間は、“今回はあくまでも見学” のつもりだったこともあって子犬ひとりひとりの姿をよく見ていなかったのに、もしかしてこの子達の中にウチの家族になる子がいるかも知れないと思ってからは、マジマジと子犬を見始める。
ところが最初、私達はライムにあまり印象が無かった。
“印象が無かった” というよりは、その横にあまりにも印象の強い子がいて、ライムが霞んでいた、といった方がいいかな?
(もしかしたらこの子を新しい家族に迎えるのかな♪って思ってしまったくらい印象的な子だった。)
けれどその子は男の子。
我が家は、家の広さとかあらゆる事情から“女の子希望”だったので、断念した。
そしてブリーダーさんからあらためて女の子を教えてもらうと、その子は最初に強烈な印象を与えてくれた男の子に踏まれながら(笑)スヤスヤと寝ていた。
目をさましたその子は、ウルウルおめめの本当におとなしそうな子で、私達はすぐに気に入った。
でも即答はせずに、私達は帰路に着く。
今回私達が買おうとしているのは “命”。
たとえ時間は短くても、真剣に考えなくてはいけないと思ったから。
そして一生懸命に考えて、私達はその女の子を新しい家族に迎えることを決意する。