弦楽四重奏曲 ハ長調 K.157
(付記:荒川静香選手とモーツァルト)


ハーゲン四重奏団 (Deutsche Grammophon POCS1096/8)
 トリノオリンピックでの荒川静香選手の金メダル,本当に見事でしたね!フリーでの演技は,高度な技術と流れるような優美さの調和に加えて,絶対の「こだわり」(得点にならなくとも演じた”イナバウアー”)にも溢れた,まるでモーツァルトの最上の作品を聴いているようなすばらしいものであった。そして,彼女の演技が海外でも絶賛されているというニュースを耳にするにつけ,モーツァルトの音楽と同じく,真に美しいものには国境がないということを実感するのである。
 そして,荒川選手が金メダルを獲得した2月24日は,ちょうどモーツァルトが新帝レーオポルト2世の戴冠式を祝うために,有名なピアノ協奏曲第26番「戴冠式」という祝典音楽を作曲した日に当たる。銀盤の女王の座に就いた荒川選手を祝福するのに何とふさわしい日ではないか!
 実はモーツァルトは1771年の1月,14才のときの第一次イタリア旅行でトリノを訪問し,王立劇場で当時の人気作曲家ジョヴァンニ・パイジェッロのオペラ「トリノのハンニバル」を観ている。 3度にわたるイタリア旅行で,最先端を走っていたイタリアの音楽様式を吸収したモーツァルトは,オーストリアの片田舎の音楽家から「インターナショナル」な音楽家へと成長したのだった。荒川選手は練習拠点を海外に移していると聞くが,モーツァルトにしろ,荒川選手にしろ,インターナショナルな厳しい競争の場に身をさらしたからこそ,本来持っている天才が開花したということだ。イタリアはモーツァルトが多くを学び,終生愛した「音楽」の国。荒川選手がフリーの曲に選び直したイタリアの大作曲家プッチーニの「トゥーランドット」がオリンピックの開会式で歌われたことに対して,「運命を感じる」という同選手の談話があったが,最後まで「音楽」にこだわった荒川選手を,「音楽」の国の女神が金メダルへと後押ししたのかもしれない。

 さて,今回取り上げた弦楽四重奏曲K.157は,イタリアに縁のある「ミラノ四重奏曲」の1曲。今は懐かしい思い出となってしまったが,この曲は大学時代私が参加していた音楽サークルの弦楽四重奏団で,「犬のおまわりさんカルテット(弦楽四重奏曲)」と呼ばれて親しまれていた。その理由は,第1楽章のMIDI冒頭の4小節を聴いていただければ分かっていただけるだろう。
 (犬のおまわりさん 歌詞)
  まいごのまいごの こねこちゃん あなたのおうちは どこですか
  おうちをきいても わからない 名まえをきいても わからない
赤字の部分を声に出して歌ってみてください。どうです,似ていると思いませんか?当時はこのような勝手なニックネームをつけられた曲が他にもいくつかあり,例えばシューベルト最後の変ロ長調ピアノソナタD960は「鉄腕アトムソナタ」と呼ばれていた。これも機会があれば是非聴いてみてください。理由が分かります。 なお,K.157の第1楽章には,意図的なのか忘れたのか,モーツァルト自身の速度指定がない。 しかし,アレグロであるのは間違いないだろう。「犬のおまわりさん」の第1主題だけでなく,歯切れのよい第2主題も楽しい。
 第3楽章は颯爽としたプレストのロンド。カルテットのメンバーが皆好きでよく練習したが,アマチュアの4人がプレストの速さで合わせるのは無理。せいぜいがアレグロ・モデラートくらい。しかもプロのように弾むようなスタッカートで弾くことはできない。しかし,下手でもカルテットを弾くことの楽しさを教えてくれるのがモーツァルトの初期カルテットのいいところ!中間部でハ短調に転調するところの美しさはモーツァルトならでは。


第1楽章



第3楽章(Presto)