ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K.304





(左)アルテュール・グリュミオー(Vn) クララ・ハスキル(P) (Philips LP)
(右)フランク・ペーター・ツィンマーマン(Vn) アレクサンダー・ロンクィッヒ(P) (EMI CDC 7 54139 2)

 モーツァルトが1778年旅行でパリに滞在している間に書いたソナタ。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ中唯一短調の調性をもつ曲である。
この悲しみと憂愁にあふれた曲調には,彼が旅行中に愛する母を失ったことが色濃く反映されて いると言われてきた。確かにモーツァルトに短調の名曲多しと 言えども,これほどセンチメンタルで聴く者の心に直接訴えてくる曲は珍しい。同時期に書かれた短調の曲としてピアノ・ソナタイ短調K.310があるが,こちらは一層旋律が印象的だ。第1楽章冒頭の胸に突き刺さるようなヴァイオリンとピアノのユニゾン。第2楽章の哀愁漂う第1主題と天国的と言うしかないホ長調の中間部。この曲はモーツァルト若き日の「センチメンタル・ジャーニー」なのだ。
 この曲には,若き日のアルテュール・グリュミオー(Vn)と女流のクララ・ハスキル(P)によるPHILIPS盤(モノラル)という絶対的な名盤があった(上のジャケット参照)。父が持っていた古いLPでこの曲を最初に聴いて以来多くの演奏に接してきたが,彼らほど第2楽章のホ長調の中間部を憧れに満ちた感情で弾いているのは聴いたことがない。モーツァルトはすべてそうなのであるが,技巧的には易しい,しかし演奏はきわめて難しいのがこの曲なのである。ヴァイオリンを持つ少年モーツァルトをデザインしたこのLP,ジャケットも今のCDではなかなか見られない洒落たものであった。


第1楽章(Allegro)



第2楽章(Tempo di menuetto)