幻想曲 ニ短調 K.397


内田光子(P) (PHILIPS 422 115-2)
 
モーツァルトのピアノのための幻想曲としては,このニ短調のK.397と,もう一曲ハ短調のK.475が有名である。K.475は演奏時間が約12分とK.397の2倍以上長く,内容的にも非常に深いものを持っているので,音楽学者や評論家の書いた本では,ピアノ作品のジャンルで最高傑作の一つとしてK.397よりも高く評価されることが多い。しかし,私の個人的な好みでいえば,K.475はモーツァルトの曲としてはあまりにも重苦しく,しょっちゅう聴くような曲ではない。より「小さく」,「軽い」K.397の方がずっと好きというのが私の正直な気持ちである。
 この曲でいちばん私が好きなところは,物憂げな第2部分が終わって,明るく軽やかなニ長調の主題がそっと出てくる「その瞬間」である。数え切れないほどこの曲を繰り返し聴いてきたが,ここのところは何度聴いても感動する。暗から明へのこの瞬間を演出するためだけに,モーツァルトは短調の前半部分を書いたのではないかと思われてくるほどである。
 この曲は,初版の楽譜が97小節で中断しており,この欠落部分を埋めるモーツァルトの自筆譜は今日に至るまで見つかっていない。したがって,最後を10小節分補筆した楽譜が現在一般には使われているが,左の内田光子の演奏では,中断箇所から最初に戻り,ニ短調のアルページョを繰り返して終わるという新解釈を見せている。これはこれで興味深い解釈ではあるが,私としてはこの曲には従来通り「明るいまま」で終わってほしいという気持ちが強い。それゆえ作成したMIDIも従来の楽譜にしたがっている。
 一般的にモーツァルトの曲を演奏するときは,ロマン派の曲を演奏するときとは違って,テンポを大きく揺らすことはしないのが普通である。極度にロマン的な演奏は多くの場合モーツァルトの様式美を崩し,「下品」な演奏になってしまうからだ。しかしK.397は「幻想曲」という性格もあって非常に即興的で,突如として激しいフレーズが出てきたり,急に静かな曲調になったりするので,そのたびにテンポを細かく設定することが要求される。その点でMIDI作成者泣かせの曲といえるが,自分のイメージ通り曲を作っていく楽しみがある曲ともいえる。ホームページに載せるMIDIということもあったので,前半の短調の部分はかなり早めのテンポにし,重苦しくなることを避けたが,その分後半との対比が弱くなった感じもする。聴いての感想はいかがでしょうか?

*MIDI:全曲