弦楽四重奏曲 変ロ長調 K.589


ハーゲン四重奏団 (Deutsche Gramophon 423 108-2)
 3曲からなる「プロシア王セット」の中で最も優美な曲。とくに第1楽章の美しさはたとえようもない。冒頭第1ヴァイオリンがそっと奏でる第1主題も優美だが,チェロが朗々と奏でる第2主題はモーツァルトの全弦楽四重奏曲で最も優美な旋律の一つである。第1楽章はこの2つの美しい主題が核となって対位法的に進んでいくこともあって,「歌」と「構成」のバランスがすばらしく,「プロシア王セット」の中でいちばん成功した楽章の部類に入るだろう。優美さは第2楽章のラルゲットにもよく表われており,ここでは(チェロの扱いが苦手とされた)モーツァルトがチェロという楽器のために書いた最も美しい音楽が聴ける。優美さよりも運動感,疾走感を感じさせるのが最終第4楽章だ。この楽章の冒頭はハイドンの「ロシア四重奏曲」作品33-2の終楽章に類似していると言われる。もちろんモーツァルトは敢えてそうしたに違いない。「ハイドン・セット」ではハイドンの弦楽四重奏曲への明らかな対抗意識を燃やしたモーツァルトが晩年に至ってハイドンへのオマージュともいうべき音楽を書いた。「ロシア四重奏曲」を手本にハイドンに追いつけ,追い越せと張り切っていた若い頃の自分を回想していたのだろうか。

*MIDI:第1楽章(Allegro)