モテット「アヴェ・ヴェルム・コルプス」 K.618


トルツ少年合唱団 他(SONY SK 46 493)
 
モーツァルトが死の年(1791)に残した4部合唱のための「宝石のような」小品。わずか45小節,3分ほどの音楽の中に彼の天才が凝縮されている。
 モーツァルトの名作多しと言えども,これほど「澄み切った」という形容詞がふさわしい音楽もないであろう。もっとも,「澄み切った」音楽ならば,モーツァルト以前のルネサンス,バロック期の教会音楽にも,そのようなものはたくさんある。しかし,その中に(大バッハを別として)一度聴いたら忘れられない,口ずさめるようなものがいったいどれだけあるだろうか。こう考えると,教会音楽においても,「モーツァルトならではの」旋律がこの曲を決定的に魅力的なものにしていることに気づく。
 モーツァルトの魅力を考える場合,私が高校生のときに読んで目から鱗が落ちる思いをした本がある。日本の音楽評論界の大御所である吉田秀和氏が若い頃に書いた「LP300選」(新潮社)という本なのであるが,そこにモーツァルトと彼の先輩であるハイドン(私はハイドンの音楽も大好きである)を比較した文章がある。今もってこれほどモーツァルトの音楽を的確に表現した文章を私は知らないので,ちょっと長くなるが引用しよう。「・・・モーツァルトは,あの偉大で率直で明快なハイドンの芸術に,たった一つ欠けていた何かを,音楽に表現した。旋律ひとつとっても,表現の微妙な味わいが無限に豊かになっているし,和声でも半音階的歩みがはるかに柔軟な明暗を刻みつけている。・・・」。まさに,「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の魅力を言い当てているではないか。とくに,主旋律のゆったりした「半音階的歩み」こそモーツァルトの音楽の神髄だ。MIDIで合唱の雰囲気を出すことは難しい。この作品はぜひCDで「本当の演奏」を聴いてください。

*MIDI:全曲