銀行編

銀行のトラブル

 滞在する期間の長さにかかわらず,外国滞在中に何らかの目的で銀行を使わない人はまずいないだろう。しかし,銀行でのトラブルはつきものである。英国にある程度の期間滞在して,銀行や両替店のことで一度も不愉快な思いをしなかった人は,相当運の良い人であろう。私のトラブルは,後で考えるとたいしたことのないことばかりであったが,当時は慣れない外国生活ということもあり,解決するまで不安でしかたなかった。

シティバンク編

 1年間さんざんお世話になったシティバンクのトラブルについて述べるのは必ずしも本意ではないが,英国で実際にあった事実は事実として認めなければなるまい。  そもそも,外国で定職を持ち(半)永続的に英国に滞在している人を別にすると,生活費を日本円でもらっている(給与が日本の銀行に振り込まれる)英国滞在者にとって,シティバンクほどありがたい存在はない。なんといっても日本で開設したシティバンクの口座に日本円を振り込みさえすれば,英国のほとんどの銀行のATMでシティバンク・カードを使って直接英ポンドを引き出せる。このとき,日本円→英ポンドの換算率は当然ながらそのときの円/ポンドのレートによって変動する。つまり,同じ100ポンドおろしても,円が高いときほど日本円残高の減りが小さく,得をするわけである。問題は,日本円の残高が少なくなったときに誰が日本のシティバンクの口座にお金を足してくれるのかということであるが,うちの場合それはもっぱら親の役目であった。シティバンクは非常に便利であるが,信頼できる「金足し代理人」が日本にいないと,色々な点で不便なのは否めない。月ごとのステータス(収支決算)も日本の指定住所に送られるので,うちはそれをFAXで日本から転送してもらっていた。ただし電話(現在ではインターネットも使える)でも暗証番号で簡単にいつでも残高が確認できるので,経理の管理はしやすい。
 トラブルはこのようなシティバンクの便利さを実感し始めた英国到着2週間後に起こった。ある理由でまとまった英国ポンドの現金が必要となり,XX銀行のATMで500ポンドをおろそうと,シティバンクカードを入れて操作していると,突然「回線が切れた」という類のメッセージが画面に出て,お金が出ずにカードだけ戻ってきてしまった。もう一度トライしようとしたが,今度ははじめからカードを受けつけてくれない。「おかしいな。」と思い別の銀行のATMで試してみたがやっぱりダメ。
 そのとき突然,以前ダイヤモンド社の「地球の暮らし方」で読んだシティバンクのトラブル談が脳裏をよぎった。要するに,おろす作業の途中で回線エラーが生じると,お金は出てこないのにコンピュータ上ではお金をおろしたことになって口座からお金が引かれてしまうというものである。「自分の場合もそうなっているのではないか?」という予感がした私は,すぐに近くのBTの公衆電話から日本のシティバンクへ電話をかけたが,「しばらくお待ち下さい。」のアナウンスが流れるばかりで全くつながらない。焦る気持ちで何度も何度もかけ,やっとオペレーターにつながり,担当者を呼び出して事情を話し,自分の口座を調べてもらった。「案の定!」とはこういうことをいうのだろう。実際には手にしていない500ポンド(相当)がしっかり私の口座からおろされたことになっていたのである。それからは,事情聴取のように,銀行側にトラブルのあった時間,銀行,支店名,機械の状況等を詳しく話し,調べてもらうことになった。このようなトラブルは,英国では最近滅多にないが,回線異常で起こり得るとのこと。いずれにせよ,調査に時間がかかるので口座への返金には1ヶ月くらいかかるという。がくっときたが,これからずっとシティバンクを使えなくなると現金がなくなり大変なので「明日また同じカードで試してみても大丈夫でしょうか?」と尋ねたところ,「何ともいえないが,カードがダメになっていない限り大丈夫でしょう。」とのこと。いっぺんに500ポンドのような高額をおろそうとするとトラブルが起きやすい(本当?)ので少しずつおろして下さいとも言われた。
 ポンドの現金が尽きかけていたので,清算が済むまでとは言っておれず,翌日こわごわ再トライすることにした。心情的に到底同じATMを使う気がしないので,少し遠い普段は使わない銀行のATMに行った。祈るような気持ちでカードを入れ,20ポンドだけ(おろせる最低額)おろす操作をする。頼むからお金よ出ておくれ!私の祈りが通じたのか,しばらくするといつものようにお金を数える機械の音がし,ちゃんと20ポンド札が1枚出てきた。もう大丈夫だと確信した私は,さらに操作を何回か繰り返して当面必要な現金を確保することができたのである。
 教訓として,ATMがいつも正常に動くとは思わないこと。常に最悪の事態を想定して行動すること。日本円の現金もいざというときには必要なので,少なくとも10万円は持参すること(余談だが現金を交換する場合はM&Sの交換所のレートがよい)。事後談であるが,結局私の素早い連絡?が実を結び,最初に言われた1ヶ月よりもはるかに早く1週間で500ポンドが無事に戻ってきた。それを日本からFAXで送られてきたステータスで確認したときは,何も得をしたわけではないのに本当に嬉しかった。


英国の銀行編
 英国に滞在するからといって必ずしも英国の銀行に口座を開設する必要はないかもしれない。しかし,私の場合まず住む家を借りるため,すぐにもそれが必要であった。St Aubinsの家を管理していた不動産屋は家賃を"Standing Order"で支払うことを要求した。そもそもこの"Standing Order"が何か最初よくわからず困った。要するにこれはNHKが熱心に勧める銀行の定額自動振替である。家賃750ポンドを不動産屋指定の銀行口座に毎月自動振替せよとのことなのである。家賃は英ポンドの現金で支払うからと言っても不動産屋は"Standing Order"でなければ家を貸せないと言い張る。要するに信用されていないということだろう。それはお互い様だ。
 さて,どこの銀行に口座を開いたものか?やはり,家の近くが便利なので,駅やM&Sに近いバークレイ銀行のManvers St.支店に口座を開くべく銀行の扉を開けた。英国の銀行では,安全管理のためかお金を払ったり受け取ったりする一般の窓口は客と銀行員の間が透明のボードでさえぎられており,ここで口座を開く手続きをすることはできない。口座を新設する場合は,そのための専用のスタッフがいる机の前に行って頼まなければならない。そのときは,名前にはじまって,年齢,日本での住所,職業,パスポートの番号,所持金を証明するもの,現住所を証明するもの,英国に来た理由・勤め先,日本の雇用者の証明書等々うんざりするくらい細かいことを30分近く聞かれた。でも何とかこれでよかろうということになって,「しばらくしたらATMで使うキャッシュカードと名前が入った小切手(cheque)帳を家に送りますよ。」ということになった。英国は小切手社会でスーパーでもクレジットカードよりもむしろ小切手で支払いを済ませている人が多いくらいである。小切手を使うためには小切手そのものはもちろんのこと,小切手による支払いを保証するCheque guarantee付のマークの付いたキャッシュカードが必要である。
 さて1週間くらいすると(英国にしては迅速である),たしかにCheque guaranteeのホログラムが付いたキャッシュカードが届いた。小切手帳はカードと同時に送ると,他人に郵便が奪われた場合悪用される危険があるので,別に送るということであったが,それが待てど暮らせど来ない。結局再度小切手帳の発行を依頼する羽目になり,それからまもなくするとついに自分の名前が入った小切手帳が届いた。しかし私は完全にクレジット・カード派なので,1年間の英国滞在で自分で実際に小切手を使ったことは数えるほどしかない。しかし,逆に私に小切手でお金を支払おうとする英国人が時々いて,この小切手を現金化しようと思うと,やはり英国の銀行に自分の口座を持っていないとどうしようもない。
 ところがその小切手のせいで帰国直前にはらはらする思いをした。大学のHP掲示板にガレージ・セールの広告を出して,帰国1週間くらい前に"Futon bed"とテレビを首尾よく売ったのだが,小切手は現金化に最低でも2,3日かかるので,支払いは現金のみと広告を出していたにもかかわらず,テレビを買い取った若い女性が「先週現金を1週間の限度額ギリギリまでおろしてセールの買い物に使ってしまったので今は現金がない。小切手で支払いたい。」と言い出した。帰国も迫っており別の買い手を探している時間もない。仕方なく小切手で代金を受け取った。ところが,その小切手の銀行,ナショナル・ウェストミンスター,バークレイ,ロイズといった大手ではない。バースを発つ前に本当に現金化できるのか不安になった。ともかくすぐに自分の銀行に駆け込み払い出しの手続きをする。銀行員にいつ口座に入金されるかと聞くと「まあ2,3日だろう。」という。ところがやっぱりそうはいかなかった。小切手が大手銀行のものではなかったせいなのかどうかは分からないが結局5日かかってバースを発つ前日にようやく入金された。日本に英ポンドをたくさん持って帰ってもしょうがないので,私がこれをすぐに引き出して全部使ってしまったのは言うまでもない。
 しかし小切手は英国の伝統的文化の一つである。クレジットカード愛好派が徐々に増えてきたとはいえ,小切手がすぐに廃れることはないであろう。特にお年寄は断然小切手派である。バースのセインズベリーのレジで小切手にすらすらとサインをして店員にさっと渡す品のよいお年寄夫婦が多かったことを懐かしく思い出す。