英国の創作絵本

 現在日本で手に入る外国絵本の翻訳は,元々はアメリカで出版されたものが圧倒的に多く,意外と英国オリジナルの絵本は少ないのではないでしょうか。世界中の才能ある絵本作家がアメリカに集まってきて,旺盛な創作活動を続けていることを考えると,それは当然とも言えますが,だからといって決して英国の絵本の水準が低いわけではありません。ファンタジーの世界に通じる,想像力にあふれ,英国らしいユーモアも随所に見られる英国オリジナルの絵本には,アメリカの絵本とまた違ったよさがあるものです。


えほん 魔女のひみつ

コリン・ホーキンス 作/磐田佳代子 訳(金の星社)¥1,200
 
原題は"Witches" (1981)だからまさに「魔女」の本。作者のコリン・ホーキンスはブラックプールに生まれ,現在はロンドンのブラックヒースに住んでいる。魔女の本を書いているだけあって,生地も住所も「ブラック」に縁があるようだ。この本はきわめてイギリス的だ。魔女という題材もそうだし,絵や内容がユーモアにあふれている。とくに魔女の表情が実に楽しい。基本的には見開きの2ページが1つの項目に当てられていて,たとえば,「魔女の家」とか「魔女のファッション」という調子。その点では下の「魔女図鑑」と似ているとも言えるのだが,「魔女とおふろ」とか「魔女のかいもの」とかいったユニークな見出しもたくさんある。男の子ながら魔女大好き,ゲテモノ大好きのうちの上の息子には,「朝ごはん」と「魔女のおたのしみ」に出てくる魔女の食べ物がおもしろかったらしい。なにしろ,カエルのたまごをシロップにつけてつくった魔女プリンや真っ赤なイモリゼリーが出てくるのだから。子どもだけでなく大人にも楽しい魔女絵本として心から推薦できる。


絵で見るある町の歴史

アン・ミラード 作/スティーブヌーン 絵/松沢あさか 訳(さ・え・ら書房)¥2,200
 ストーリーを作ったアン・ミラードはロンドンとドーセットに住む考古学者で,絵のスティーブ・ヌーンはバース在住のイラストレーターであるから,本書は生粋の英国の歴史絵本といってよい。石器時代から現代に至る「ある町」の歴史を細密かつカラフルな絵で再現し,コメントをつけた大人にも見応えのある絵本である。ちょっと高価な本だが,非常に大型の横長絵本(A4のスキャナーでは全体を取り込めません!)で,全ページ大きい絵で埋められているので,値段の価値は十分にある。
 実はこの本にはどこにも「イギリス」という言葉は出てこないのだが,900年頃のバイキングの来襲や1800年代初めの産業革命が描かれていることから,「ある町」がイギリスのどこかの町であることは明らかである。その町がどこなのか想像しながら見るのも楽しい。1ページ1ページが非常に充実しており,1800年代終わりのヴィクトリア朝時代の細かい風俗描写(レストラン,酒場,駅,蒸気機関車・船…)など実に見事で思わず見入ってしまう。
バース在住のイラストレーターに拍手!


魔女図鑑

マルカム・バード 作・絵/岡部 史 訳(金の星社)¥2,260
 作者のマルカム・バードは,ロンドン王立芸術学校のファッションデザインコースを卒業卒業後,子供服のデザイナーなどを経て独立。1981年に英国で最初に刊行されたこの「魔女図鑑」は,日本を含む14ケ国で出版される大ヒット作となった。現在は西ヨークシャーのトドモーデンに在住して活躍中。
 購入以来,まずは小3の長男が,次に父親が…と一家がはまってしまった傑作絵本。我が家に遊びに来た子どもたちも読み始めると夢中になってしまう。しかし,子どもだけの本にしておくのはもったいない!いかにも英国の絵本らしくユニークで,ひねりがきいており,しかもユーモラスである。原題は"The Witch's Handbook"という。「魔女になるための11のレッスン」という副題からも分かるように,この「図鑑」は11章だてであるが,その見出しがまたふるっている。「魔女の家」にはじまり,たとえば「魔女の台所」,「魔女のうらない」,「魔法のかけ方」,「おしゃれな魔女たち」…といった具合。内容,絵ともにおもしろさは天下一品で,おいしい魔女料理,すてきな魔女グッズの作り方など,実用的な?ページも盛沢山。うちの子どもは魔女ハットをほしがっている。一つだけ注意として,好奇心旺盛なお子さんが台所で「本物」の「みみずスープ」や「毒きのこパイ」を作らないように気をつけてくださいね。

 

おじいさんのえんぴつ

マイケル・フォアマン 作/黒沢優子 訳(金の星社)¥1,200
 マイケル・フォアマンは1938年生まれで,ロンドンに在住する現代の英国を代表する絵本作家の大御所。1982年に"Long Neck and Thunder Foot"(邦訳名「ニョロロンとガラゴロン」)と,"Sleeping Beauty and other Favorite Fairy Tales"の挿絵で最初のケイト・グリーナウェイ賞を,さらに1989年には作・絵共に自作の"War Boy: A Country Childhood"(邦訳名「ウォー・ボーイ 少年は最前線の村で大きくなった」)で2度目のケイト・グリーナウェイ賞を受賞している。Royal College of Artなどで学んだ後,芸術学校の教師や雑誌のアート・ディレクターを務めたという経歴からも分かるように,フォアマンの絵には「アート」の香りが漂っている。斬新で挑発的というよりは,正統的で深みのある線と色。この「おじいさんのえんぴつ」(原題"Grandfather's Pencil" (1993))は,おじいさんの古いえんぴつがたどった不思議な冒険と旅の物語。時間を超えたすばらしくファンタジックなストーリーと,昔と今のロンドンの風景,昔の絵具屋さんの情景などの英国的なシーンがすばらしい。山形県「遊学館」外国絵本翻訳コンクール優秀賞受賞作だけあって,絵の幻想的な雰囲気を生かした訳も秀逸である。



みどりの船

クェンティン・ブレイク 作/千葉茂樹 訳(あかね書房)¥1,600
  1932年英国ケント州生まれのクェンティン・ブレイクは,ケンブリッジ大学,チェルシー美術学校で学び,著名な児童文学作家であるロアルド・ダールやジョーン・エイキンの作品の挿絵を書いている。1980年に"Mr. Magnolia"(邦訳名「マグノリアおじさん」)で ケイト・グリーナウェイ賞を受賞している。この「みどりの船」(原題"The Green Ship" (1998))は,彼の最近の作品で,彼が敬愛するジョーン・エイキンに捧げられている。それにしても70才近い老絵本画家の筆はなんと瑞々しさにあふれていることだろう。田舎の古いお屋敷の庭にある緑の草木に覆われた古いふねを見つけた「ぼくたち」。「船長」のトリティーガさんや「水夫長」と経験した夢のような「航海」。一見漫画的な線でさらりと書いてあるようでいながら,草や木の1本1本をとってみても,だいじな「みどり」色には繊細な使い分けがなされている。少しさびしさを感じさせるラストシーン。英国だったら,こういうお屋敷と「みどりのふね」が本当にどこかにあるのではないかと思えてくるのだ。



まどのむこう

チャールズ・キーピング 作/いのくま ようこ 訳(らくだ出版)¥1,360
 英国は,伝統的に第二次大戦前の昔からヨーロッパの「絵本先進国」であったが,1960〜70年代にかけて,印刷技術の向上や需要の増大を社会的背景として,第二の「絵本黄金時代」ともいうべき時代を生み出した。その時代を代表する絵本作家の一人がチャールズ・キーピングで,ジョン・バーニンガムやブライアン・ワイルドスミスと並び,この時代の最もアクティブな作家としての評価が確立している。1967年の"Charley, Charlotte and the Golden Canary"(邦訳名「しあわせどおりのカナリア」)と,1981年の"The Highwayman"(現在のところ邦訳なし)で,二度にわたってケイト・グリーナウェイ賞を受賞している。
 この「まどのむこう」(原題"Through the Window" (1970))は,ジェコブ少年が「まど」という限られた視界から見た,現実とも夢ともつかない奇妙な1日のできごとを描いている。「まどのむこう」の世界は「普通」なようで,実は決して普通ではない。こうばのてっぺんに「うまや」があるビールこうば,骸骨が皮袋をかぶっているような犬を飼っている「せっけんばあさん」…。そして,文章としてはひとことも書かれていないが,ビールこうばから逃げ出し,暴走した馬は「せっけんばあさん」の犬を跳ね殺してしまうのだ。絵本の最後はジェコブ少年が描いたという「犬を抱いたせっけんばあさん」の絵で終わっている。深刻なようで,ふざけているようで,少年の心の深淵を覗く感のある不思議な絵本である。ストーリーだけでなく,キーピングの絵は線と色を重ね合わせた深みのあるものだ。おかしやなど英国らしい街角の光景が嬉しい。いつもながら,猪熊葉子の訳も何げないようでいて,リズム感がとてもいい。



ビルボの別れの歌

J・R・R・トールキン 文/P・ペインズ 絵/脇 明子 訳(岩波書店)¥1,500
 1892年に生まれたトールキンの生誕100年を記念して出版された豪華で美しい絵本。「ホビットの冒険」の主人公だったビルボ・バギンズも,「指輪物語」での大戦争の終結により,甥のフロドと共に西の果ての楽園へと行かねばならない日がやって来た。この絵本の詩「ビルボの別れの歌」は,その旅立ちの直前にビルボが灰色港で書いたという設定になっている。トールキンの格調高い別れの詩もすばらしいが,ペインズの精細な絵がまたすばらしい。秋の赤く染まった木々の葉がやるせない淋しさの混じったビルボの複雑な胸中を表しているかのようである。それでいて,ペインズの絵には原色を生かした華やかさ,艶やかさにも欠けていない。「とわにさらば 中つ国よ」という詩の一節はトールキン自身の辞世のことばでもある。トールキンは去っても彼の残した「物語」と「ヒーロー」は不滅である。



竜の子ラッキーと音楽師

ローズマリ・サトクリフ 文/エマ・チチェスター=クラーク 絵/猪熊葉子 訳(岩波書店)¥1,800
 骨太の歴史ファンタジーで知られるサトクリフだが,晩年には何冊かの絵本も残している。本書はサトクリフが最晩年につくった絵本で,彼女の死の翌年の1993年に出版されている。これはまたなんと古風だが,なんと感動的な物語だろう。町から町へと渡り歩く旅の音楽師がある日生まれたばかりの竜の子を見つける。音楽師は竜の子をラッキーと名づけてかわいがり,お供に連れ歩く。音楽に合わせて楽しそうに踊るラッキーは人気者になるが,ある日悪者に盗まれてしまう。それから音楽師はラッキーを探して国中を歩き回り,苦難の末ついにラッキーと再会する。王様からの地位や宝物の提供を断って,ただラッキーと共に居ることだけを望む音楽師。最後の「音楽師の頭のなかは,新しい歌でいっぱいでした。前に歌っていたものよりもずっとよい歌でした。そしてふたりはとても幸せでした。」ということばが胸に響く。中世の吟遊詩人の世界を髣髴とさせるクラークのファンタジックな絵がすばらしい。



アイスクリームの国

アントニー・バージェス 文/ファルビオ・テスター 絵/長田 弘 訳(みすず書房)¥1,800
 2000年の朝日新聞「お薦めクリスマス絵本」で紹介されたユニークな絵本。子どもなら(大人でも)誰でもアイスクリームが大好きだ。私も小さいアイスバー1本では物足りず,「もっとアイスが食べたい!」と思ったことはこれまでの人生で何度もある。そのような子ども(大人)の願望を絵本にしたらこうなりますよ,といったまさにそういう感じの本なのだ。最後の意外なドンデン返しもいい。でも,本当に「野生のアイスクリームが自生している国」があったら行ってみたいものだ。作者のアントニー・バージェス(1917-1993)は,今は亡きキューブリック監督の名画「時計じかけのオレンジ」の原作者で知られる。映画の方は小さい子どもにはちょっと見せられないが,この絵本ならばカラフルでキュートな絵も相まって,どんな小さい子どもでも大喜びだろう。うちもその例に洩れなかった!



わすれられないおくりもの

スーザン・バーレイ 作/小川仁央 訳(評論社)¥1,000
 これは,年老いて死んでしまうアナグマと彼を愛する動物たちの姿を通して,死とは何か,人が死んだ後に残るものとはいったいなんだろうか,ということを子どもたちに問いかける絵本である。しかし,作者のメッセージは決して押し付けがましいものではない。春が来て,森のみんなが次々にアナグマとの楽しい思い出を語っていく場面が感動的である。日本ではなじみが薄いけれども,英国では「アナグマ(badger)」が人々に大変愛されている。バースの市営バスの車体にはアナグマの絵が描いてあり,Badger Lineと呼ばれていた。この本のすばらしい主人公「アナグマ」にどうしても英国で会ってみたいという願いが叶ったのは,残念ながら家の庭ではなく,"Secret World"においてであった。



つきよの ぼうけん

シンシア&ブライアン・パターソン 作/三木 卓 訳(金の星社)¥880
 作者のシンシア&ブライアン・パターソン夫妻はヘンリー・オン・テムズで創作活動を行っている現役の絵本作家である。彼らの「フォックスウッド」シリーズは,ポターの「ピーターラビット」シリーズの流れを汲む愛すべき動物絵本シリーズである。主人公はフォックスウッド村に住むハリネズミのウィリー,ウサギのルー,ハツカネズミのハーベイの仲良し3人組。本書では,アナグマのオコリンボさん(スーザン・バーレイの本に出てくるアナグマほど人間が出来ていない)のおみせに入ったどろぼうに盗まれた物を取り返そうと,3人がどろぼうの追跡を始める。盗まれた物を取り返すために考えた3人のアイデアがおもしろいうえに,陰影に富んだ精細なイラストがすばらしい。森の情景,ヴィクトリア朝時代を思わせるベッドや暖炉の描き方などに雰囲気がよく出ている。



3びきのかわいいオオカミ

ユージーン・トリビザス 文/ヘレン・オクセンバリー 絵/こだまともこ 訳(冨山房)¥1,400
 これは誰もが知っている「3びきのこぶた」をパロディーにした大人も子どもも抱腹絶倒間違いなしの傑作絵本である。ストーリーのおもしろさもさることながら,名匠オクセンバリーのユーモラスな絵が絶品!ちびで弱虫のオオカミ3人兄弟が,彼らの家を執拗に壊しに来る「とんでもない悪い大ブタ」と対決するという逆説的ストーリー。意外な結末は読んでのお楽しみ。悪い大ブタが新しい家にやって来るたびにオオカミが言うセリフ「・・・きゅうすの なかの おちゃのはが きゅうきゅう さわいだって,ぜったいに いれてやるもんか!」がいかにも英国的。オオカミ兄弟が愛用し,悪い大ブタに襲撃されるといつもそれだけ持って逃げ出す命の次に大事なティーポットのデザインが素敵である。



10ぴきのくまのおはなし

サリー・グリンドリー 文/ピーター・アットン 絵/宙野泰子 訳(mikihouse)¥1,600
 サリー・グリンドリーはウルウィッチ生まれの児童文学作家,ピーター・アットンはザウザンド・オン・スィー生まれのイラストレーターである。この絵本の原題は"Teddy Tales"という。10ぴきの個性的なテディー・ベアが登場する楽しいアンソロジーである。単純だが楽しいストーリーと,カラフルな水彩画の挿絵がよくマッチしている。10ぴきのくまとは,「ながぐつぐま」,「はちみつぐま」,「ボロボログマ」,「でかでかぐま」,「ポケットグマ」,「くりくりぐま」,「ベルボーイグマ」,「しょんぼりぐま」,「タンタカグマ」,「おやすみぐま」の面々である。私の好きなのはタンタカ鳴るタイコをもったタンタカグマ。図々しいドンドコグマのたくらみに負けずに,最後にはシャンシャングマとリンリングマの2ひきと一緒に「夜くまバンド」を結成する。メデタシ,メデタシ…



クマのプーさんえほん 全15冊

A・A・ミルン 文/E・H・シェパード 絵/石井桃子 訳(岩波書店)各¥580
 ディズニーのアニメにもなって世界中の子どもになじみの深い「クマのプーさん」もオリジナルは非常に古く,A・A・ミルン(1882-1956)が1920年代息子のために書いた2冊の物語「クマのぷーさん」と「プー横丁にたった家」に出てくるクマがモデルになっている。岩波の「くまのプーさんえほん」シリーズは,原作から取ったお話にE・H・シェパードが美しい挿絵を付けた一話完結型の親しみやすい絵本である。気持ちの優しいクマのプー,人(?)のいい友達のコブタ,ちょっと世をすねているロバのイーヨーといった登場する動物たちの性格や心理描写の鮮やかさ,ロビン坊やも参加する楽しい冒険の数々は小さい子どもを夢中にさせる魅力を持っている。お話を単なるハッピーエンドに終わらせずに,ときには子どものずるさ,わがままさ,虚栄心などをありのまま,しかもさらっと描いて見せるところに,「作家」にして「父親」であったミルンの筆の冴えがあるのだ。



愛蔵版 ピーターラビット全おはなし集

ビアトリクス・ポター 作/いしいももこ・まさきるりこ・なかがわりえこ 訳(福音館書店)¥8,500
 ビアトリクス・ポター(1866-1943)の「ピーターラビット」シリーズは,日本で最もよく知られた英国の古典絵本シリーズである。英国の湖水地方の絶大な人気も,そのかなりの部分を「ピーターラビット」が負っているといっても過言でない。本書は,英国のFrederick Warne & Co.から1989年に出版された"The Complete Tales of Beatrix Potter"の日本語版であり,本来のシリーズには入っていなかった「ずるいねこのおはなし」を除く全23冊が年代順に収められた分厚いハードカバーの愛蔵版である。年代順に最初から読んでもよし,好きなお話から読んでもよし。私が好きなお話は,たとえば,ねずみの仕立て屋さんがクリスマス・イブに大活躍して,貧乏な仕立て屋を助ける「グロースターの仕立て屋」。読後になんともいえない満足感が残るお話である。