ルーマー・ゴッデン


人形の家
ルーマー・ゴッデン 作/瀬田貞二 訳(岩波少年文庫)¥650

 サセックスに生まれ,幼いうちにインドにわたってそこで成長したルーマー・ゴッデンは,子ども向きの作品にとどまらない本格小説の作家として名高い。出世作「黒水仙」や代表作「川」は映画化されもした。ゴッデンのファンタジーは,英国の自然や伝説に根ざしたお話というよりは,人間の心の葛藤を仮借なく描いたリアリズムに徹したお話なのである。ストーリーの「舞台設定」は子ども向きであっても,子ども向きにテーマに「手心を加える」ことは決してしない。
 「人形の家」は,自分からは何かすることはできず,させてもらうしかない,できるとしたら願うことだけという人形たちが主人公である。100年以上も生きている木製の小さなオランダ人形であるトチーは,父親に見立てられているプランタガネットさん,母親のことりさん,弟のりんごちゃん,犬のかがりと暮らしている。ちゃんとした「家」を持つことが夢だった一家にある日立派な「人形の家」がくる。幸せの絶頂だった一家は,高慢な花嫁人形マーチペーンがやってくることによってせっかくの新居から追い出され,一転して絶望の淵へと追いやられる。しかし,トチーは毅然として希望を失わない。人形たちの「運命」を左右する「子どもたち」の心を変えたのは,自分の命を犠牲にしてりんごちゃんを救った安物のセルロイド人形ことりさんの行為だった。一家は家に戻り,マーチペーンは博物館に飾られる。ゴッデンのすばらしいところは,人形を通じて,自分の意志ではどうにもならない人間の厳しい運命・人生というものを象徴的に描くのと同時に,人形を通じて精神的に大きく成長する「子どもたち」をも鮮やかに描いているところにある。二人の姉妹は,博物館で飾られるだけの「高級」な人形よりも,自分たちが一緒に遊べる「普通の」人形を最終的に選ぶ。自分が本当に関わっているものこそ,世間的価値に関係なく,自分にとって真に大切なものであることに姉妹は最後の最後になって気づくのだ。それは人と人との関係においても同じではなかろうか。随所に出てくる英国らしい文物と,若くして亡くなった絵本作家堀内誠一のすばらしい挿絵についてもひとこと付け加えておきたい。


ねずみ女房
ルーマー・ゴッデン 作/石井桃子 訳(福音館)¥1,100

 ねずみを主人公にした「ねずみ女房」は,「人形の家」とは別の意味で,「生きる」とはどういうことかということを深く考えさせるファンタジーである。ねずみはみな同じように生まれ,同じように暮らし,同じように子どもをたくさん産んで,同じように死んでいく生き物である。ところが「ねずみ女房」だけは違った。なぜなら彼女は普通のねずみなど考えもしない「願い」を持ち,それを自分の力で実現したからである。彼女は鳥かごに入れられている鳩が教えてくれた「空を飛ぶこと」がどういうことかということを知りたかった。自分の歯が割れそうなくらいの必死の思いで鳩をかごから逃がしてやった彼女は,ついに鳩が大空を飛ぶところを見ることができたのだった。ひとつの願いをはたした彼女は,今度は「鳩に話してもらわなくても自分の力」で遠くの星を見ることができ,誇らしい気持ちになった。ここの部分の描写は本当に感動的である。物質的には何の得にもならないことに対して,何か願いをもつこと,知りたいと思うことこそ,生きることの大切な意義なんだよということを「ねずみ女房」は改めて私たちに教えてくれるのである。