メアリ・ド・モーガン


針さしの物語
ド・モーガン 作/矢川澄子 訳(岩波少年文庫)¥640

 メアリ・ド・モーガンは高名な数学者オーガスタス・ド・モーガンの末娘としてロンドンに生まれた。いわゆるプロの作家ではなかったが,作家ルイス・キャロル,工芸家ウィリアム・モリス,詩人ロゼッティ兄弟,画家バーン・ジョーンズなど投じの最先端の芸術家たちと家族ぐるみの親しい関係にあったことから,天性の話上手で利発なメアリが様々な刺激を受け,豊かなイマジネーションをますますふくらませていったことは想像に難くない。とくにウィリアム・モリスは彼女の話作りの才能を愛し,臨終の床でもメアリに話をねだったという。彼女にとっては,時分のよき理解者の前で自分の作った話を聞かせることこそが,創作力の源であったのである。
 今日出版された形で残された彼女の作品集は三つしかないが,そのいずれもが珠玉のファンタジーと呼ぶにふさわしい。第一作品集「針さしの物語」では,一番長い,不思議な魔法の木「髪の木」をめぐる冒険ファンタジーがとくにすばらしい。ウィリアム・モリスならずとも話の続きがどうなるか知りたくなるだろう。兄のウィリアムが描いた挿絵も幻想的な雰囲気が彼女のストーリーとよく合っている。


フィオリモンド姫の首かざり
ド・モーガン 作/矢川澄子 訳(岩波少年文庫)¥600

 メアリ・ド・モーガンの第二作品集「フィオリモンド姫の首かざり」は,「針さしの物語」より一層収められた話の内容が変化に富んでいる。主人公の美しいお姫さまが実は悪い魔女で最後には罰を受ける「フィオリモンド姫の首かざり」や,お姫さまの盗まれたかわいい「ハート」を王子さまが取り戻すユーモラスな「ジョアン姫のハート」など個性的で不思議な魅力を持つ短編ファンタジー集。


風の妖精たち
ド・モーガン 作/矢川澄子 訳(岩波少年文庫)¥650

 メアリ・ド・モーガンの最後の作品集「風の妖精たち」では,最後に収められた「農夫と土の精」の知恵比べ合戦がユーモラスにしてシニカル,最後の意外な結末がおかしい。美しい声を盗まれた少年が少女の助けで声を取り戻す「声を失ったオスマル」の安堵感,これぞフェアリー・テイルズといった感じの幻想的で美しい「風の妖精たち」など,メアリの話上手を満喫できる作品ばかり。即興で話を作ったり語ったりするのが得意であったメアリには,紙に書き留められることなく消えていったお話も多いに違いない。今日残されているそう多いとはいえない作品集で,彼女のすばらしいファンタジーの一端に触れることができるのは大変幸せなことである。