メアリー・ノートン


空とぶベッドと魔法のほうき
メアリー・ノートン 作/猪熊葉子 訳(岩波少年文庫)¥720

 メアリー・ノートンはロンドンで生まれた女流作家。本書の初出は,"The Magic Bed-Knob(魔法のベッド南の島へ,1945)"と"The Bonfires and Broomsticks(魔法のベッド過去の島へ,1947)"の2冊で,前者はノートンの処女作である。後の代表作「床下の小人たち」で人間の家に寄生して恐る恐る暮らす全く新しいタイプの小人を描いた作者の意図は,この作品でもはっきり現れている。主人公である魔女のプライスさんは,昔話に登場するような人を寄せつけない強大な魔力をもった魔女ではなく,ほうきから落ちて恥ずかしいところを見せたりする見習中の身である。言葉をかえて言えば,人に弱味を見せるきわめて「人間的」な魔女なのだ。
 夏休みに田舎のおばさんの家に預けられたケアリイ,チャールズ,ポールの3人の子どもたちは,ノブを回すと空を飛ぶ魔法のベッドで,まずは太平洋にあるウイープ島という南の島に行く。プライスさんと子どもたちは島の住人に捕らえられるが,最後はプライスさんの魔法のほうきに乗って何とか島を脱出するというのが「魔法のベッド南の島へ」のお話。プライスさんは決して島の住人を力で屈服させたのではない。自分ができる限りの魔法を精一杯使って,やっとのことで命からがら逃げたのだ。「魔法のベッド過去の島へ」では,4人がこんどは17世紀のチャールズ2世の時代のロンドンへと行く。そこで一行はエメリウス・ジョーンズという魔法使いの卵である男と仲良くなり,火あぶりの刑にされそうになった彼を間一髪救い出す。4人は現在の世界へと戻ってくるが,プライスさんだけはエメリウスと暮らすために一人17世紀の世界へと一人再び旅立っていくのだった。どちらのお話も,まじめで誠実だけれどもちょっとドジな魔女プライスさんのキャラクターが実に魅力的。最後にプライスさんがいなくなってしまう場面では,3人のこどもたちと同じように読者も一抹の淋しさを感じてしまうことだろう。


床下の小人たち
メアリー・ノートン 作/林 容吉 訳(岩波書店)¥1,600

 1952年に発表された「床下の小人たち」は,カーネギー賞,アメリカ図書館協会賞を受賞したメアリー・ノートンの代表作である。この作品のおもしろさは,何といっても物語の設定にある。原題の"The Borrowers(借りる人たち)"から想像がつくように,ここに登場する小人たちは人間の家の床下を借りて暮らしている。借りるのは家ばかりではない。生活に必要なものはすべて人間から借りて生きているのである。小人から見れば「借りて」いるということでも,人間の目から見ればそれは立派な「泥棒」である。だから,一家の主ポッドが床上へ物を借りにいくのも命がけだ。金銀の財宝をたくさんもち,魔法を自由に操る,人間など及びもしない力と威厳を備えた昔話に出てくる小人とは何という違いだろう。人間のおこぼれで細々と暮らしている卑屈な小人の姿がここにはある。「借り名人」ポッドのおかげで何とか平穏に暮らしていた小人一家であったが,最後は人間の家政婦に気づかれ,追われるように床下の家を後にする。かつての力を失ってしまった現代の小人にふりかかった受難を描いた悲劇といってもよかろうが,小人の行動・感情の描写が実にリアルで,その点では,ファンタジーであると同時に大人の読む小説と少しも変わりない。文句なしに楽しめるストーリーに加えて,現代文明への痛烈な皮肉を感じさせるノートンならではのファンタジーである。