アリソン・アトリー


時の旅人
アリソン・アトリー 作/松野正子 訳(岩波少年文庫)¥840

 アリソン・アトリーはダービーシャーのクロムフォード村の農家に生まれた。競走馬の「ダービー」から想像されるように,自然豊かな農村に育ったアトリーの作品には,当然のことながら自然に恵まれた楽しい農村の風景がたくさん出てくる。ピーター・ラビットと並ぶ「児童動物文学」の傑作「グレイ・ラビットのおはなし」などはその最たるものだろう。一方で長じてマンチェスター大学で物理を学んだことからも分かるように,アトリーは理系的な論理構成力にも優れており,それが長編ファンタジー「時の旅人」でも遺憾なく発揮されている。邦題からも分かるように,タイム・ファンタジーなのだが,主人公の少女ペネロビーが行くところは自分と関係した近い過去ではなくて,400年も前の16世紀の英国である。王位継承権をめぐる当時の英国最大の事件に巻き込まれていく少女の大冒険。スコットランドのメアリー女王(メアリー・スチュワートのことだろう)や,エリザベス女王の名前が実名で出てきてリアルである。タイム・ファンタジーにして歴史ファンタジーというべきか。400ページ以上ある長編ながら,多数の印象的なキャラクター,ストーリー展開のおもしろさ,当時の風俗の楽しい描写(食べ物が出てくるところなどいかにもおいしそう)で最初から最後まで飽きさせない。「グリーンスリーブスよ,いざ,さらば…」のフランシスの歌声と共に主人公が400年昔の世界に別れを告げるラストシーンが感動的である。エリザベス朝の雰囲気満点のジャック・フェイスの挿絵が各章のはじめにあり,さらに感興を盛り上げている。創刊50周年でサイズがちょっと大きくなった岩波少年文庫,そこにアトリーのすばらしい長編ファンタジーが早速加わったことを喜びたい。


西風のくれた鍵
アリソン・アトリー 作/石井桃子・中川李枝子 訳(岩波少年文庫)¥600

 古きよき時代の英国の田園風景を髣髴とさせる楽しい短編ファンタジー集。本書は"The Spice Woman's Basket and Other Tales (1944)"の中から6篇を選んだもの。原題の話である,スパイスのたっぷり入った英国のケーキが思い起こされる「幻のスパイス売り」,北国の冷たく透明な情景と美しい少女が印象的な「雪むすめ」など素敵な小品揃い。


氷の花たば
アリソン・アトリー 作/石井桃子・中川李枝子 訳(岩波少年文庫)¥600

 "John Barleycorn: Twelve Tales of Fairy and Magic (1948)"の中から6篇を選んだ短編集。西欧社会の「麦」に対する信仰と,「刈上げ祭」のキリスト教以前の異教的祭典が巧みに描かれた「麦の子ジョン・バーリーコーン」,農村のクリスマスの食べ物(クリスマス・プディング,肉パイ,ソーセージ,ボンボン…)がたっぷり出てくる「七面鳥とガチョウ」などちょっと土の香りがするあたたかいファンタジーの宝箱。