The First Nowell


 すべてのキャロルの中で最もポピュラーなものの一つである"The First Nowell"は,日本でも非常に有名な曲だ。プロテスタント系の教会であれば,どこの教会でもクリスマス時分になると,この曲を日本語訳した「牧人ひつじを」(賛美歌第103番)を歌う。BGM用にオーケストラ編曲したものも,デパートやスーパーでよく流れる(あまり趣味はよくないが)。このキャロルは作曲者も作詞者もよくわかっていない英国のトラディショナル・キャロルで,その起源は13世紀にさかのぼるともいわれる。一方ではこの曲のオリジナルは15世紀のフランスにあるという説もあり,いずれにせよ遠い昔のことなので起源ははっきりしないようだ。しかし,キャロルを自国の財産と考え,誇り高い合唱王国でもある英国が,このすばらしいキャロルをライバル国フランスのものと認めるわけがない。それどころか,アメリカをはじめほかの国では一般的に"The First Noel"と綴るところを,英国風に"The First Nowell"と綴る伝統を頑として守っている。英国びいきの私としては,もちろん英国に与しよう。
 さて,このキャロルは日本でも最もよく知られたキャロルの一つと書いたが,この曲ほど英語のキャロルを日本語に移すことの難しさを実感させる曲はない。日本の讃美歌集に収められた訳では,原曲の流れるような美しさがまるで感じられないからである。下の英語原歌詞を参照してほしい。まず第1節の冒頭,原曲では"The first nowell the angel did say"で"nowell"と"angel "の響きが夢見るような気分を誘うのに対し,日本語では「まーきーびーとー ひーつーじーをー」と全く間の抜けた伸び切った日本語が使われている。そしてこの曲のサビにあたる美しいリフレインの前半"Nowell, Nowell, Nowell, Nowell,"が,「よーろーこーびー たーたーえよー」とやはり伸びきった日本語で歌われると,聴く気がしない。このキャロルは,ぜひとも英国の一流の合唱団の歌唱で聴くことをお薦めしたい。音楽と言葉の美しい調和に何回聴いても聴き飽きることがない。第1節では"say"と"lay","sheep"と"deep",第2節では"star"と"far","light"と"night"というように,すべての節で美しい韻が踏まれている。
 なお,英語歌詞の第2節では,羊飼いたちがイエス・キリストの誕生を知らせるダビデの星を見たことになっているが,星を見たのは羊飼いたちではなく,三人の博士なのでこの歌詞の内容は正確ではない。賛美歌の日本語訳ではその点を無難に修正しているが,歌詞を聖書に合わせて音楽に合わせないのではキャロルとしては失格である。

第1節
The first nowell the angel did say
Was to certain poor shepherds in fields as they lay;
In fields where they lay, keeping their sheep,
On a cold winter’s night that was so deep:

Nowell, Nowell, Nowell, Nowell,
Born is the King of Israel.

第2節
They looked up and saw a star,
Shining in the east, beyond them far;
And to the earth it gave great light,
And so it continued both day and night:

Nowell, Nowell, Nowell, Nowell,
Born is the King of Israel.

第3節以下省略

 キャロルでは主旋律を歌う最上声部が主役だが,この曲ではリフレインの3つ目から4つ目にかけての"Nowell, Nowell"で下声部が「タータタタ」という上昇音型をクレシェンドで力強く歌う。この部分も聴きどころなのでMIDIで確かめてみてください。