不動産屋とのトラブル&バトル


Bathでは日本人は全く信用されない
 夫は典型的A型人間であり,英国留学が決まった後の準備の入念さには妻の私も驚くばかりであった。つい5年前なら情報集めがそぞ大変だったとは思うが,今はインターネットをフルに利用して様々な情報を日本にいながらにして入手することができる。
 彼は不動産,Surgery,Nursery,Hotel,B&Bとできる限りの情報を収集した。海外生活の経験のないものにとってこれほど心強い情報はない。特に6月からという中途半端な時期に渡英するので,どこに住むかは最大の関心事である。メールでの事前の問い合わせに応じてくれた不動産屋は2,3軒。中でもBath Apartmentは私たちに適当と思われる物件を紹介してくれた。
 夫のBath大学でのボスは予めBathでの物件探しの難しさを指摘していた。2週間で見つけるのは至難のわざであると言われていたが,事前に不動産屋からの情報も得ているということで,私たちは家探しをすっかり楽観していた。しかし,いざ来てみるとその大変さに愕然とするばかりであった。
 日本に情報を送ってくれていたBath Apartmentsの物件を最初に見たが,まだ入居中。いつ退去するかわからないということであった。夫はBath中の不動産屋をほとんど回ったように思う。30軒ぐらいは訪ねたようだ。Bathは大変物価の高い街である。しかも家具付(Furnished)の物件が極端に少ない。したがって,家具付で,かつ家族4人が暮らすのに最低必要な2Bed rooms以上 を満たす物件となると最低の月額家賃が600ポンド(当時1ポンド240円程度であった)以上である。たまに600ポンド以下の物件となると,駅や繁華街から遠く大変不便な場所か,子供が涙なしに登れそうもない急斜面に建つ家かである。また,小さい子供がいると,それだけで借りられない"No Children"の物件が非常に多い。大家や不動産屋が,家が汚れるのを嫌ってのことだろう。
 さらに日本人は全く信用がない。ロンドンに1年間滞在した友人の話によると,日本人の国費留学生と言うことになれば,早ければ入国後2,3日で入居できるということであった。だが,Bathでは1年分の家賃を前払いするからと訴えてもOKと言うことにはならなかった。夫はBath大学のボスと日本の大学のボス(京大の総長!)の保証人としてのサインを持ってこいと言われ途方にくれていた。また,何日も入居できない子供達を見るに見かねて,到底住めそうもない物件の手付金をHalifaxという感じの悪い大手の業者にうっかり払ってしまって,結局そのお金をどぶに捨てるようなハメにもなった。
 彼はキャッシュ・ディスペンサーから相当な大金を引き出し腹巻にその大金を入れ,入居に備えていたのだが,結局は最初に見たBath Apartmentsの物件St Aubinsの空き待ちしかないということになった。ここに98年6月2日付けのSt Aubinsの物件広告全文を改めて載せよう。


WIDCOMBE HILL £750 PCM
Furnished 3 bed house. Entrance hall, living room, dining room, fully fitted kitchen. On the first floor are two double and one single bed room, bathroom with shower and airring cupboard. GCH. Garden. On street parking. Available immediately.


 最後の"Available immediately"が問題なのであった。暗い気持ちで,いつ入居ができる様子なのか尋ねに行った時,ようやく次の土曜日に今のテナントが出ると言う知らせを聞いたのだ。それですぐ契約することにする。最初は京大の総長のサインを要求した不動産屋であったが,たまたまこの不動産屋ですでに2組の日本人家族が契約していたことが幸いして,さしたる文句も言われず入居という運びになった。入居したのは入国から約2週間後の6月15日であった。

ついにSt Aubinsに住み始める
 この家はセミデタッチド・ハウスといって一つの家を真中から2軒に分けたつくりをしており,多分50年ぐらい前に建てられた家である。月750ポンドの家賃は高かったが,他に住めそうな家がなかったのだから仕方がない。大家はWidcombeの丘の上に住んでいるライトさんという人物の息子だそうだが,船乗りをしており,この家を3年程前に購入したものの,1年の3分の1ぐらいしか住まなかったらしい。彼が購入してすぐ改装したらしく,他の物件と比べて,内装はとてもきれいであった。その上電子レンジ,電磁調理器,乾燥機付き洗濯機,さらには日本並みの大きさの冷蔵庫が完備しており,キッチンも使いやすそうであった。ただし,前のテナントが一人暮らしの中年おじさんらしく,ほとんど掃除されていない。掃除機は溢れんばかりのごみが詰まっていたり,トイレやお風呂も使いっぱなしで汚れている。不動産屋にクレームをつけるとお金を出したらクリーニング業者を呼んでやると言われた。噂によるとプロの掃除屋といってもほとんどきれいにならず,形ばかりのクリーニングだということだったので,しぶしぶ自分で大掃除することにした。靴を脱いで生活できるようにカーペットも全部雑巾がけをし,キッチン,トイレ,お風呂も徹底的に掃除したところ,見違えるようにきれいになった。
 そうこうしているうちに日本からの荷物が届く。これには英国で使える240V用の炊飯器も入れておいたのだ。そして,お味噌や乾燥ワカメなどの味噌汁の具も出てきた!たいしたおかずはまだできなかったが,入居までの2週間ですでにイギリスの食事にウンザリしていた私たち4人は,自分たちがやはり日本人であったことを改めて思い出した。たとえコシヒカリでなくても,炊き立ての白いご飯は何よりのご馳走であった。


格納庫の鍵がない
 入居してすぐBath Apartmentsの担当者Lynn Blakeと家の中を一緒にチェックしたのだが,驚くほどいい加減なものであった。本などでは食器などの備品を一つ一つリストと照らし合わせてチェックするとあるが,全部適当である。ボイラーやシャワー,調理器具に至るまでこちらから尋ねないと教えてくれない。といってもボイラーの使い方などは彼女も詳しく知らないようだ。入居したのは6月中旬であったが,まだまだ肌寒い日が多く,夜ともなればヒーターを付けないと我慢できないくらいであったから,もっと丁寧に教えてくれても良さそうなものだ。ただ,トイレの便座やカーテンレールの不具合を訴えると,1週間位たったある日,メンテナンス担当の親切そうなおじさんが来て全部修理してくれたのでありがたかった。
 また,前の住人は全く庭の手入れをしていた様子がない。芝も垣根も伸び放題である。それでLynn Blakeに庭の手入れの方法を聞くと,庭の隅の格納庫に電動芝刈機が入っているということだった。しかし,いざ格納庫を開けようとして鍵を探してみると,これがどこにもない。このことにもクレームをつけると,しばらくしてやはりメンテナンスのおじさんが,古い南京錠をネジごと取り外し,新しい南京錠に付け変えるという強引な修理をしてくれて,やっと開けることができたのである。


庭の手入れ(1)
  ようやく格納庫の鍵の一件が落着し,芝刈機で伸びきった芝を刈ろうとした。ところが,5分使っただけでモーターが過熱して動かなくなってしまう。伸び切った芝が芝刈機の歯に巻きついてしまったためである。これ以降全く手入れが出来なくなってしまう。仕方なく,DIYの店で購入した芝刈りバサミで気になる場所を手で刈ったが大々的な手入れは全くできなくなってしまった。雨が多く10時ぐらいまで日が沈まない英国の夏。芝が恐ろしいスピードでぼうぼうと伸びるのを眺めるよりほかになかった。
 そんなときお隣りのJean Pickwickさんに相談してみようと思いついた。彼女は「あ庭は初めからひどい状態だったのだから,としこのせいではない。」と言って自らBath Apartmentに掛け合ってくれた。2,3度足を運んでくれた甲斐あって,不動産屋から,近いうちに庭師を派遣する,という旨の連絡をFaxで受け取って喜んだ。しかし,いつまでたっても庭師が来る様子はない上に,教えてもらった庭師の携帯電話に何度電話してつながらない。気がついたら夏休みになっていた。そして,ある日旅行から戻ってきてみるとびっくり。庭が見違えるように美しく刈り取られていたのだ。
 だが,これで終わったわけではなかった。度重なるクレームにより不動産屋側が別の庭師を派遣したのである。これは私たちが不在中に庭を刈ってくれた庭師とは全く違う,ひどく感じの悪いやつらであった。庭がきれいになって2日後にやってきて,「こんなにきれいになっていて,なぜ文句を言うのだ?」という態度の上,「生垣を刈って欲しい。」という私に対して,ニヤニヤしながら「腰ぐらいの高さにするのか?」と馬鹿にした様子で答える。さらに芝刈機の修理を頼むと,「壊したのか?」と逆に文句をいってくるのだ。伸び切った庭で壊れるのは当然なのに,全く失礼な限りである。だが,彼らは二度とうちの庭をきれいにすることはなかった。そして,壊れた芝刈機は帰国まで一度も動かないままずっと格納庫に眠っていた。


インスペクション
  入居して,家賃をスタンディング・オーダー(銀行自動引き落とし)にしてしまうと,特別なクレームや修理依頼をしない限り,不動産屋との付き合いは3ヶ月に1度のインスペクションだけとなる。これは,入居者が借家を勝手に改装したりしていないかなどをチェックするために行うらしい。一応壁などには新しく釘を打ったりしないという契約なので,夫の部屋にこっそり物干しロープを張っていたのを慌てて取り外したり,ソファのシミなどはできる限りカバーなどで覆ってばれないようにしていた。キッチンもいつもより念入りに掃除していたが,前の住人があれだけ汚く暮らしていたのだから,そんなに気を遣う必要もなかったのかもしれない。ただ,急を要するわけではないが,修理を要するところをこの時に頼むことができる。頼んでもいつ修理にきてくれるか分からないが・・・。また,秋口には法律で定められているためか,ボイラーマンがボイラーの点検に来る。寒くて長い冬に備えるためである。


庭の手入れ(2)
 芝刈機が壊れたまま眠っていたため,庭が元の荒れ放題の状態に戻るのにさして時間はかからなかった。私も不動産屋に芝刈機の修理を何度も頼むのが億劫になってきていた。英国の庭の芝は真冬でも青く,羊でも飼わない限り,いつでも元気よく伸びるようである。そんな訳で,退去直前にはうちの庭は,どう見てもWidcombe一番のひどく荒れた庭となってしまった。そんなある日,Bath Apartmentsから突然「庭の状態がひどいのはおまえの手入れが悪い。庭師を紹介してやるから,自分の費用で手入れをすべきである。」というFaxと手紙が送られてきた。いつもならこのような問題が起こると夫に頼んでいたが,たまたま日本に帰国していたこともあり,とっさに受話器を握りしめ,Bath Apartmentsに電話していた。何が何だかわからないが,とにかく「庭の状態がひどいのは芝刈機を修理しなかった不動産屋が悪い。」ということと「最初からひどい状態だった庭の手入れを私たちがしなければならないと言うことは絶対理解できないし,受入れられない。」ということを伝えなければならない。私は下手な英語で「I can't understand.」と「I can't accept it.」を繰り返した。
 とにかく必死であった。私が正しいのだと誰かに訴えたくて,お隣に何度も足を運んだが,Jeanは旅行中。2,3日して夫が帰宅すると,とりあえず私たちの主張を不動産屋にFaxした。そして,Jeanという力強い見方が旅行から戻ってきた時には涙が出るぐらい嬉しかった。なぜなら,不動産屋の手紙には「St Aubinsの庭のひどさには近所の人たちも迷惑している。」と書かれていたからである。もちろんJeanは全面的に私たちの見方だった。「JeanがもしSt Aubinsの庭の状態に不満をもっていたとしたら,私たちに直接言うに決まっている。不動産屋にクレームをつけるわけがない。」と不動産屋への手紙に書いたと彼女に言ったが,Jeanは「全くその通りだ。」と言って,自分のことのように憤慨してくれた。  そんな訳で,私たち夫婦とお隣りのJean Pickwickさんの応援にひるんだのか,敵は急に弱腰になった。庭のことで話し合うのならJeanに私の口となってもらうと宣言したが,「彼女は来なくていい。」という始末。事情をよく知っている現地人に立ち会われるのがそんなに不都合なのだろうか。「そんなのおかしい。私達は日本に帰ってしまうが,この問題は隣人の問題でもある。」と主張し,Jeanを含めて不動産屋,私たち夫婦の4者で話し合うことになる。

 不動産屋の主張は
  1. 一度庭師を呼んできれいにしたのだから,以後の庭の維持は私たちの責任である。
  2. 前の住人からも,庭師の賃金を取ってきれいにしたのだから,今の住民も払うべきだ。
の2点であった。反対に,私たちとJeanの主張は
  1. 庭師が庭を手入れした時,芝刈機の修理を依頼したのにしなかった。だから,手入れしたくてもできない。
  2. 入居した時の状態から,前の住人のお金で庭を手入れしたとは到底思われないし,一度手入れしたといっても,全く中途半端な状態までしか手入れされなかった。だから,庭をそれ以上きれいにするのは,私たちの義務では全くない。
ということである。Jeanの力添えもあり,不動産屋も結局私たちの主張を認めた。しかし,この件が本当に落着したのは,私たちの帰国の直前であった。Jeanは長い間懸案だったお互いの庭の境にある木製フェンスの取替えも不動産屋に相談できて満足しているようだった。St Aubinsを不動産屋が管理している限り,このような境界のフェンス・生垣を取り替えたいと思っても,なかなか思い通りにならないようである。私には「文句があるのなら隣人が自分で生垣を刈ればいいのよ!」と言い放ったLynn Blakeが神妙な顔をしてJeanの意見を聞いていたのは実に愉快であった。なにもJeanは全部不動産屋にやらそうとしている訳ではないのだから・・・。
 といっても,私たちは全く気弱な日本人であった。実はこの4者会談の前の日曜日,夫婦で慌てて芝と生垣を芝刈りバサミを使って手で一生懸命刈ったのである。そして裏のおばさんにもBath Apartmentsの理不尽を訴え,この不動産屋の評判を下げるのに懸命だった。


インベントリー・チェック
 家を借りた以上は誰でも経験するインベントリー・チェック。私たちは入居したとき以上に文句を言われないように必死で掃除した。夫の友人であるSeanのNaughty girlsが油性マジックで付けたソファのシミは,このソファのクッションが裏返しても使えるものだったのでクリアできた。また子供達の壁の落書きは格納庫で発見した壁用ペンキを利用して,元通りに。そして壁紙がはがれかけているところはプリットのりでくっつける。穴があいているところは子供の紙粘土を詰めサインペンで適当に色を塗ってごまかした。テーブルの傷もこの方法で何とか分からないようになった。また,お風呂場のカビは日本製のハイターできれいさっぱり。イギリス製のカビ取り剤は全くダメである。日本の科学力?に感謝する。ただ,一箇所ポップコーンを作るとき熱いお鍋をおいて作ってしまった焦げ跡だけは隠しようがなかった。
 インベントリー・チェック当日,祈るような気持ちでLynn Blakeのチェックの動きを眺める。リビングはOK。ダイニングもOK。次はキッチン!「どうしよう・・・」寿命が縮まる思いがする。お皿を一枚一枚チェックする。そして最後,例の焦げ跡を彼女は発見した!「これは何?」私はとぼける・・・「知らない。」 おもむろにリストを取り出し確認をする。これは入居時に私たちがチェックし彼女に渡したものである。「初めから,あったのよ。」と私は言ったが,彼女は「ここには書いていない。」という。「どうしよう!」,とっさに私は「これを書く欄がなかったのよ!」 彼女は大きく頷き「OK」。後は,掃除の甲斐あって申し分がなかった。奇跡的に入居時に払ったデポジット(敷金)は帰国後全額戻ることになったのだ。


インベントリー・チェック対策
 多分これを読んで,ちょっとの修理代くらい払えばいいのにと思う方もいるだろう。しかしながら,不動産屋には基本的に強気で押した方がいい。一般に企業からの派遣で海外に駐在する方の場合は,会社が家賃からこのような修理代まですべて払ってくれる。多少不動産屋に文句を言われても,自分の懐が痛むわけではないから,不動産屋に言われた難癖をそのまま認めてしまうケースが多い。したがって,日本人は文句を言ったら金を払ってくれる人種と思っている大家も多いと聞く。人間が住むのだから多少家が汚れるのは当然である。ある日本人の友人は,洗濯機の隣の壁紙が洗濯の際の蒸気で剥がれてきたため壁紙を張り替える費用を要求された。「毎日洗濯するのだから…。」と言い返すと,「毎日洗濯するなんてクレージーだ」と言い切られたようだ。この話をもう一人の海外在住経験の長い日本人にすると,気弱に「どうでしょうかね…。」という態度が一番ダメらしい。「知らない。」,「初めからだ。」と言い張るのがコツだとか。それでもダメな場合のみこちらが支払うつもりでいると,気が楽になるそうだ。ただ,イギリス人の場合,「知らない!」で押し切ったとしても,後々根に持つことは少ないようだ。やはりビジネスはビジネスだということであろう。私たちも,庭の件でいろいろトラブルはあったが,最後は握手でさわやかに?Bath ApartmentsのLynn Blakeと別れることが出来た。
 また,家を引き払う時,電気,ガス,電話の最後の支払いはすべて不動産屋に委託し,デポジットから引いてもらい,残額を日本まで送金してもらうのが便利である。英国内での移動ならまだしも,日本にこれらの請求書がきても支払いが面倒だし,不動産屋に額を記入していない小切手を渡しておくという手もあるが,帰国した後も英国に銀行口座を持っておく必要がある。私たちのデポジットは,帰国して半年程たったある日,これら公共料金が引かれた額でBath Apartmentsから返金され,ホッとした。

*バース在住の方の情報によると,私たちが死闘を繰り広げたBath Apartmentsもついに2003年9月に倒産したようである。2000年以来家主への滞納が続いていたらしい。なんだかんだ言って経営が苦しかったのであろう。私たちのデポジットが戻ってきたのは幸運であった。今後はバースにまともな不動産屋が一つでも増えてくれることを祈るばかりである。