London


家族連れにはつらいよロンドン
 実のところ,私たち家族は1年間のBath滞在中,Londonには(日本の家族が来たときなど)数えるほどしか行っていない。大人だけでミュージアムやシアターに行く街としては,Londonが魅力的で楽しいところであるのは間違いないが,小さい子供連れで行くところとしては,英国で最も親が疲れる街ではなかろうか。車の渋滞,人の雑踏,バギー(ベビーカー)の移動にはつらい地下鉄の階段や道路,貧弱な割には高いホテルや食べ物…などなど。車でも,鉄道でも,帰りには,見慣れたBathの街並みが見えてくると,正直言ってほっとしたものだ。
 ロンドンの魅力はショッピングにもあると言われる。しかし,田舎のBathでは売っていない高級品が色々売っているといっても,誰がいったい高いフォートナム&メイソンやハロッズの食糧品を買って日常的に食べるのか(これらはあくまでも日本への土産用である)。日本人がたくさん集まっている日本の食糧品を扱う店(元ヤオハンやジャパン・センター)にしても,いくらBathのJ SainsberyやWaitroseには置いてない品があるといったって,あの値段ではちょっと買い込む気はしない。
 のっけから貧乏くさいLondonの悪口になってしまったが,「大英帝国」の首都だけに,風格のある博物館,美術館,公共の建築,鉄道ターミナルなどはさすがだ。

さんざんだった夏のロンドン
 イギリスの夏は短い。1年間の滞在ということもあって,余計夏のうちに行きたいところを観光したいという気持ちが働く。1週間という短い期間に,北は湖水地方を車で巡り,さらに毎日のように観光したため,ロンドンに車で私の兄を見送りに行った時には,夫はぐったりと疲れ果て40℃近い高熱で意識朦朧としていたのだ。そのため,ロンドン塔の入場制限時間に間に合わず,タワーブリッジを眺めながら缶ジュースを飲むだけの寂しいロンドン観光となった。ちなみに翌朝,熱を無理やり解熱剤で下げ,命からがら車を運転してBathに戻った。

はじめて家族でロンドン観光する
 というわけで,ロンドンを含めて何度も海外出張経験のある夫は別として,他の家族3人は4日間という超短期間帰国する夫を見送りする1日(3月)と,5月末に皆で帰国する際の3日間,計4日間しかロンドン観光はしていない。田舎町Bathに慣れきってしまった体にはロンドンの忙しい光景,人の多さ,車の渋滞には目を回すほどであった。本当におのぼりさん状態で,ふーふー言いながらバギーを押して歩いていると,なんだか虚しくなってしまった。

自然史博物館
 どこの国の子どもにも大人気の恐竜が入ってすぐのところに展示されている。やはりこの博物館も恐竜のコーナーが混雑している。様々な角度から考察された恐竜についての展示は見事ととしか言いようがない。しかし,恐竜だけではない,大きな鯨や海生動物,昆虫,陸上動物,どれをとってもとても興味深いものばかりである。日本の自然史博物館の類はどうしても子ども向きといった感があるが,ここはまさに大人の鑑賞にたえる本格的博物館であるといえよう。
 後日夫は,イギリスでのボスがこの博物館の研究員と共同研究しているよしみで,一般客が入れない博物館の内奥を研究室の仲間と見学させてもらったそうだ。おびただしい数の珍しい標本が,ずらっと並んだ引出しにしまってあるのには驚いたらしい。ここでやっているのは,お金には全くならない基礎中の基礎研究だが,イギリスの基礎研究の底は広く深い。


大英博物館
 いつだってこの博物館は超満員。世界各国からの観光客でごった返している。見学の時間も余りなかったため,お目当てのエジプトのコーナーだけを見ることにする。以前神戸の大英博物館展に行ったことがあるため,見たことのある石像が結構ある。長男はミイラに興味津々である。こまごました出土品を丹念に見る暇は到底なかったが,展示物には圧倒されるような大きさのものもある。また,たくさんの展示物を系統的に見事に配列しているのには驚かされる。
 さらに,日本のコーナーに行くことにする。こちらの方はエジプトのコーナーと違って人もまばらで,ゆっくり見学できる。展示場は和風建築風にアレンジされ,その木の香りはなんだか日本に帰ったようなホッとする空間であった。特に浮世絵がみものである。

まずくて高いラーメン屋
 夫は大のラーメン好き。そんな訳で折角都会にきたのだから,バースにはないラーメン屋さんに行こうと提案した。もちろん子供たちもラーメンは大好きであるから,大賛成。ガイドによるとお客もたくさん待っている人気の店らしいから,おいしいかもという期待感を持って食べに行くことにする。もちろんラーメンを注文する。そして。ビールは久しぶりに日本のアサヒスーパードライ。店もきれいで,店員も愛想がいい。しかし!とってもまずい!美味しいものを期待した私たちがいけなかったかもしれない。麺はコシのかけらもなく,スープにもだしの影も形もないただの醤油を薄めたようなしろものである。でも,子どもたちはといえば,日本のもっと美味しいラーメンの味をすっかり忘れているようで,こんな味でも大満足。親たちは大いに不満だった。なぜなら日本の3,4倍の値段だったからである。  

帰国直前のロンドン巡り
 Bathを後にして日本に帰る直前2泊3日でロンドン観光することにする。車を売り払った後だけに当然移動は列車である。子ども連れ,しかもバギーを押しての観光は思ったより大変である。地下鉄ではエスカレーターの幅が狭いため,危なくて到底せいじを乗せたまま利用することは出来ず,といってどこにでもリフトがあるわけでもない。さらにエスカレーターもリフトもないところが多いため,子ども連れには列車の旅は向いていない。
 しかしながら,さすがはロンドン。様々の観光スポットがあり,1日2日では回りきれるわけではない。大人の好みと,子どもたちの楽しみをかねて観光することにした。

パックでホテルを予約
 イギリスの旅行代理店は,どこでもイギリス国内のホテルの格安パックを取り扱っている。連続して2泊以上(Short Breaks)すると,直接ホテルに電話をかけて予約するよりも宿泊料が大分割安になるうえに,観光に役立つ割引券やマップ,はてはインスタントカメラまでついてくる(日本からイギリスに遊びに行くとき,これを使えればいいと思うのだが)。「日本に帰る前くらい安いB&Bじゃなくて,中心部の少し立派なホテルに泊まろうよ。」ということで夫婦の意見が一致し,対象ホテルのリストが都市別に載っている分厚いパンフレットを何回もめくり,結局Oxford StreetにあるBerners Hotelというホテルの2泊パックを早々と1ヶ月以上前に予約する。宿泊券と一緒に送られてきた割引券には,Bath近郊で使えるものもあったので,いじましくBathを発つギリギリまでせっせと使った。  

チェックインできずに待たされる
 予約したホテルは地下鉄Oxford Circus駅からすぐのように,もらった地図には書いてあったが,全然違った。重いスーツケースやバギーの車輪が歩道のタイルの隙間にはまり込んで,何回もつまずき,ホテルにたどり着くまでに夫婦共に汗だくになる。日本と同様,距離の過剰広告はイギリスも同じ。これが,後述するように,帰国日ホテルからヒースローまでハイヤーを使った理由である。
 やっとの思いでレセプションに行きチケットを見せると,申し訳なさそうに「手違いで部屋の掃除がまだ出来ていない」と言われる。仕方ないので,さすがに立派なロビーで子供と待っていたが,30分以上たってもまだ呼びに来てくれない。「長旅で小さい子供が疲れきっている。」ともう一度スタッフに苦情を言うと,「申し訳ない。レストランから何でもお好きな飲み物を持ってくるから,何がいいか。」と言われる。こうして「お詫び」のフレッシュ・オレンジ・ジュースを皆で飲んでいるうちに,ようやく部屋のセットが終わり,私たちとしては立派なホテルの立派な部屋に入ることが出来た。
 このようなわけで,最初はこのホテルに悪い印象を持ったわけだが,せいじがホテルで迷子になった事件を通してこのホテルのスタッフを見直すことになる。

せいじがホテルで迷子になる
 ロンドンのホテルは安ペンションばかり泊まっていた私たちにとってちょっと高級な香りのするホテルであった。そして1年間田舎のBathで暮らしてすっかり田舎者となったせいじは,10階以上もあるビルには全く慣れていなかった。
 迷子事件はそんな矢先起こった。家族4人で部屋を出たが,夫が忘れ物を取りに一人戻ったのが,不覚だった。いきなりせいじが走り出し,ドアの開いた無人リフトに乗り込んでしまったのだ。このホテルのリフトは日本のように閉まりかけた状態でボタンをもう一度押すと開くという高度な?機能はついていない。閉まると同時に彼の泣き声が聞こえる!「大変だ!」慌てて彼の乗った方のエレベーターのボタンを再び押す。「乗ってて!」祈るような気持ちで待つ。しかし,戻っていたリフトには誰も乗っていない。
 私は夫に上の子を預け,すがるような気持ちでドアマンに事情を説明して,助けを求め,皆で手分けして探すことにする。ドアマンの2人はそれぞれ,2階と3階,4階と5階を探すことに。私は6階と7階である。それでもなかなか見つからない。「一体どこにいったのだろう?」彼の泣いている顔が思い浮かぶ。最後に探す7階の奥の方から彼の泣き声が聞こえる。「よかった!」2人のドアマンに心から感謝する。何度も握手をする。無事見つかって本当によかったが,寿命が短くなった気分がした。
 次の日,親切な黒人のドアマンが私とせいじをみかけ,「今日は大丈夫か?」といたずらっぽく笑いながら話しかけてきた。結局,B&Bにしろホテルにしろ,客によい印象を与えるか否かはスタッフの人柄によるだろう。


ディケンズ・ハウス
 ピックウィックさんと出会ったからには,一度は訪れたいと思っていた博物館である。それに大学院時代の担当教官であった松村先生の授業で何度も取り上げられていた文豪ディケンズ。私にとってとてもなじみの深い作家である。ホテルから地下鉄を乗り継ぎ,地図と住所を頼りに探すが,なかなか見つからない。道で歩いている人に尋ねるが,余りこの博物館を知っている人は多くないらしい。また知っていたとしても,イギリス人の道順の教え方はどうもあてにならない。
 そこらあたりをうろうろしてようやくたどり着く。観光客もまばらな博物館である。しかし日本で英文学を勉強した者としては,作家の匂いがする博物館は,なんだかいいしれない実感がある。懐かしい青春の香りのする作品の数々。ペンギンブックスのペーパーバックの文字が思い出されるようだ。
 ピックウィックさんの家にもあった大きな時計が目に付く。松村先生が興味深く彼女の家で見ていらっしゃった物と同じである。(ちなみに同じなのだが,彼女の家の大時計は彼女のお母さんの形見だそうで,ピックウィック家とは無関係とのことである)。ただ,いつでもどこでもこの手の博物館は親にとってはとても興味深いものだが,子どもにとっては拷問のようなものらしい。それで,観光もそこそこにしてディケンズとはさよならした。


シャーロック・ホームズ博物館
 少年時代からのシャーロック・ホームズファンで,ホームズ物をすべて読破している夫が前から一度は行ってみたいと言っていた所である。2階に上る階段も小説と同じ17段である。もちろん架空の住居に架空の部屋なのだが,小説を細々と再現したセットが置いてあって,ファンには楽しいだろう。ディア・ストーカー(鹿撃ち帽)をかぶっての記念撮影(うれしがりめ!)もできる。夫は,息子が大きくなったら,今度は今回行けなかったパブ・シャーロック・ホームズで一緒にギネスを飲むつもりらしい。


マダム・タッソー館
 日本でも有名なLondonの観光スポットであり,パックのツアーでもここは必ずといってよいほど訪れる場所であるらしい。博物館ばかり行くと子どもの機嫌が悪い。というわけでこの手のアトラクションを入れる。しかし,実際行ってみると結構楽しめた。蝋人形という点でいえば,余り似てない人形も多いような気がする。同じマダム・タッソーが制作したストラトフォードのそばにあるウォーリック城の蝋人形の方が動きがあるし,実際の貴族たちの生活や,戦いの息遣いを表現しているだけに,面白いような気がする。しかし,子どもたちは大喜びだった。

テムズ川クルーズ
 ウェストミンスター前から出航しているテムズ川クルーズは小1時間で子どもも結構楽しめるお奨めアトラクションである。ここからは様々な種類のクルーズが出ているようだ(食事つきのや,もっと遠くまで巡るもの)が,私たちは短い時間で念願のロンドン塔までの船に乗船した。ロンドンでは様々なツアーバスも出ているが,この船での観光もなかなかよい。川から眺めるロンドンはまた違った素晴らしさがある。残念ながら行けなかったシェイクスピアにゆかりのGlobe座も見えるし,ロンドン橋の下もくぐる。また,船の上から見上げるタワーブリッジも美しい。


ロンドン塔
 夏目漱石のエッセイでも有名なロンドン塔。イギリスに来たからには一度は観光したいスポットである。シェイクスピアの「リチャード3世」で有名なエドワード5世とその弟のリチャードの虐殺。ヘンリー8世の妻たちの処刑。まさに歴史上有名な数々の残酷な事件が実際に起こった場所が今なお存在するのである。イギリス史に明るくなくとも,興味は尽きない。ウォルター・ローリー卿が監禁されていた部屋を再現したところもある。余程日本の私たちの家より立派だが,監禁されいつ処刑されるか分からない状況というのは,想像もつかないような苦しさなのだろうと想像してしまう。ものすごい数の人がここで処刑されたのであり,ロンドン塔に出る亡霊はきっと首がないんだろうという気がしてくる。


夕食に中華料理を
 ロンドンに一週間も滞在したという日本人の友人に教えてもらった,中華街の中でも安くて汚くて怪しい中華料理屋さんに行く。Bathにも中華料理屋はあるけど,高かったり,子供連れでは入れなかったりするからね。ここのチャーハンは他の店と違ってしっとりしておいしいという前評判だった。噂にたがわぬ味と値段の安さにはびっくり。家族4人でたっぷり満足できた。店の名前は忘れてしまったが,中華街の端の角の焼き豚をぶらさげている店です。今度機会があったら店の名前を聞いておきます。

楽しくないショッピング
 1年間英国にいて日本に帰るのだから,やはり家族,親戚,友人,職場の人達にはそれなりの英国土産を買って帰らなければならないと思うのは誰しも同じである。私たちの場合,2人の小さな子供をかかえてロンドンの雑踏の中で帰国直前に必要なすべての土産を買い込むのは,時間的にも肉体的にも不可能なことに思われた(そもそもスーツケースのスペースは,すでに子供のものでかなりの部分が占領されていた)ので,バースを発つ前に主な土産は色々と買い求めて日本へ郵送してあった。
 でも,せっかくロンドンに来たのだから,少しは日本でも名の通っている「高級」食糧品店も覗いてみようかということになり,ハロッズへと行く。予想してはいたが,「紅茶」売場などはすごい混雑で,しかもその混雑の原因の大半が日本人観光客であることを知って,何か虚しいものを感じてしまった。私がひねくれているのだろうか?確かに日本のデパートや,ヒースローの空港では手に入らない物も売ってはいるのだが,ゆっくりとショッピングを楽しむという雰囲気ではとてもない。それはフォートナム&メイソンにしても同じこと。ロンドンには,いまや「日本人観光客でもっている老舗の名店」がたくさんあるのではないかと感じるのは私だけではあるまい。
 ときにはスノッブな言い方が耳に障る林望氏だが,「ロンドンでのショッピングなどにかまけて英国の田舎に行かない日本人は,ついぞ英国の本当の魅力を知ることができずに終わるのである。」という氏の意見には私も賛成さざるを得ない。「老舗の名店」で買った紅茶はそれなりの味がしたものの,これ以上の紅茶は日本でいくらでも手に入る。

ホテルに頼み空港までハイヤーで行く
 宿泊したホテルの場所からいって,ヒースローまではPaddingtonからヒースロー・エクスプレスで行くのが時間的に最も早かったが,ホテルからPaddingtonまで地下鉄で行くことの大変さを考え,ホテルにヒースローまでのハイヤーを頼むことにした。ホテルに前払いで40ポンド弱。ヒースロー・エクスプレスで行くのと料金的にも時間的にもそう変わらず,地下鉄の大変さを考えれば安いものだ。
 いざ,ハイヤーが来るとこれがなんと大型ベンツ,例のダイアナ妃が事故のときに乗っていたのと同型のやつだ。そして,降りてきた運転手はスキンヘッドのごつい黒人。腕には金のローレックスをしている。荷物を積み込んでもらって,乗り込む。内装は総革張り,できる限り子どもが触らないように,腕を巻きつけるようにしてひざの上に乗せる。車に酔って吐いたりしたらどうしよう,そんなことばかり考える。
 でもせいじは吐いたりしなかった,そのかわりいきなり「ブー」。一瞬夫婦で顔を見合わせる。運転手は無言でBGMを切り,私の横のウィンドウを無言で開ける。私は余りにも怖かったため「Sorry」とも言えず,うつむくばかりだった。そして5分ぐらいたった後,臭いが消えた頃また自動でウィンドウが閉められた。ようやくヒースロー空港に着いた時は何とも嬉しかった。しかし,列車で移動することに比べれば,この30分はとてもありがたかったが,緊張の30分でもあった。