マドレーヌの絵本

 ルドウィッヒ・ベーメルマンス(1898-1962)は,ベルギー人の画家を父として,オーストリアに生まれ,16才のときに渡米してニューヨークに住むこととなりました。ホテルで働きながら絵の勉強をしたのですが,最初の絵本を出版したのは自分の意志ではなく,彼の絵をたまたま見た編集者が,彼に子どもの本を書くことを勧めたことがきっかけとなりました。妻の名前からとった最初の「マドレーヌ」絵本が出版されてから60年以上の月日が流れていますが,「マドレーヌ」という不朽のキャラクター,ベーメルマンスの繊細で美しい絵と共に,今も昔も変わらぬ高い人気を保ち続けています。真に「古典」の名に値する絵本シリーズといえるでしょう。アニメ化された作品も楽しいものでした。



げんきなマドレーヌ
ルドウィッヒ・ベーメルマンス 作・画/瀬田貞二 訳(福音館)¥1,300
 1939年に出版されたシリーズ第1作。ものがたりは,「パリの,つたの からんだ ある ふるい やしき」から始まる。この異国の「パリ」という響きが,どんなにか子どもたちの憧れの気持ちや,想像力を刺激することであろう。日本だけでなく,アメリカの子どもたちにとってもそのはずだ。次に,最初の見開きのページを開くと,そこには「12にんの おんなのこ」が整然と「2れつ」に並び,その後ろにはせんせいのミス・クラベルがしゃんと立っている。なんと印象的なはじまりだろう。・・・ものがたりは進み,12ページ目にしてはじめてわれらがアイドル,「なかで いちばん おちびさん」のマドレーヌが一人で登場する。ちびだけど,いちばん元気なマドレーヌがある晩もうちょうえんになり・・・
 いつも「2れつ」に並んでいるかわいい12人の女の子たち,その中でとくべつ元気な「マドレーヌ」と,しっかりした「おとなのミス・クラベル」というキャラクターだけでも十分個性的な絵本なのだが,ベーメルマンスの描くいかにもしゃれたパリの風景のすばらしさは一度見ると忘れられない。


マドレーヌといぬ
ルドウィッヒ・ベーメルマンス 作・画/瀬田貞二 訳(福音館)¥1,250
Madeline's Rescue
Ludwig Bemelmans (Andre Deutsch)£4.95
 1953年に出版されたシリーズ第2作でコルデコット賞受賞作品。シリーズ中ストーリーのおもしろさということではいちばんの作品と思う。げんきなマドレーヌは,ある日げんきが過ぎてセーヌ川にドボンと落ちてしまう。そのとき,おぼれそうなマドレーヌを助けてくれたのが,あとでジュヌビエーブと名づけられる賢い犬。この犬が最後には・・・
 江國香織の「絵本を抱えて 部屋のすみへ」にも同じことが書いてあるが,邦訳版と洋書版"Madeline's Rescue"を比べると,洋書版の方が圧倒的に色が美しい。たとえば,見開きのチェイルリー公園の風景など,洋書版ではベーメルマンスの緑色の細かい使い分けがくっきりと出ているが,邦版では陰影がなくのっぺりとしていて,せっかくの微妙なタッチの違いが分からない。全体的に邦版では色が暗く,くすんでおり,輪郭もボケた印象を与える。日本の印刷技術は進んでいるはずなのにちょっと残念なことだ。


マドレーヌとジプシー
ルドウィッヒ・ベーメルマンス 作・画/瀬田貞二 訳(福音館)¥1,250
 1959年に出版されたシリーズ第4作。この本では,最後の方までは12人の女の子が「2れつ」に並んだシーンはあまり出てこなくて,マドレーヌとおとなりの男の子ペピートがジプシーのサーカスに入って旅に出るというおはなし。知らない世界の冒険は楽しいけど,やっぱり住み慣れたパリのおうちがいちばんという結末はハラハラしながら物語を読んでいた子どもたちを安心させることだろう。すばらしい行動力でマドレーヌたちを探しにきてくれるミス・クラベルは,本当に子どもにとって親以上に頼もしい存在だ。この本の魅力のもう一つは,パリだけでなくてフランス各地の名所を描いたベーメルマンスの絵である。城砦都市カルカソンヌ,大聖堂のある町シャルトル,夜のモン・サン・ミシェル…
 この「マドレーヌとジプシー」は最近久し振りに限定出版で復刊されたようである。本書でも登場するスペインたいしの子ペピートがはじめて出てくるシリーズ第3作の「マドレーヌといたずらっこ」も復刊が望まれる。


Madeline in London
Ludwig Bemelmans (SCHOLASTIC)£5.99
 ベーメルマンスが死去した1962年に出版された本書は,残念ながら邦訳がまだない。しかし,マドレーヌ絵本ファンだったら是非とも洋書で求めたい一冊である。マドレーヌと仲のよいスペインたいしの子ペピートが,おとうさんの転勤でロンドンに行ってしまう。淋しくて淋しくて痩せてしまったペピートのためにおとうさんはマドレーヌたちをロンドンに呼ぶ。ロンドンを髣髴とさせるロンドン・ブリッジやバッキンガム宮殿の情景…パリではなくロンドンを描いてもベーメルマンスの筆は冴えている。馬を連れてパリのおうちに戻ってきたマドレーヌに,お手伝いさんが玄関口で"Madeline, Madeline, where have you been?"と尋ねるが,それに対するマドレーヌの答がふるっている。"We've been to London to see the Queen."パリといい,ロンドンといい,アメリカで活動し,高い評価を受けながらも,ベーメルマンスには自分がヨーロッパ人であるという強い思いがあったのではないだろうか。


Madeline's Christmas
Ludwig Bemelmans (SCHOLASTIC)£5.99
 本書は厳密にはベーメルマンス本人の絵本ではなく,1956年に彼が書いた何点かの挿絵を元にして,彼の死後夫人や娘の協力を得て,新しく制作された絵本である。その点,最近岩波から出版された新しい「おさるのジョージ」のシリーズと同じである。新「おさるのジョージ」もそうなのだが,ストーリー自体は悪くないものの,微妙な配色やタッチの繊細さといった点で,原作者であるベーメルマンス自身の絵には到底及ばない。肝心のマドレーヌの顔の描き方ものっぺりとしている。しかし,それだけに,なにげなく描いているようで,いかにベーメルマンスが彼にしか描けない絵を描いていたかがよく分かるのである。未見だが,2000年にBL出版から江國香織による邦訳が出たようである。