エッセイ

■ウェールズのクリスマス
ジェーン&マイケル・マース 著/大貫郁子 訳(径書房)¥1,700

 ウェールズの古都セント・ディヴィッズでの心温まるクリスマスの情景を描いたエッセイ。詳しくは,こちら



■「静かに流れよテムズ川」
木村治美 著(文春文庫)¥350
 大宅壮一賞を受賞した「黄昏のロンドンから」に続く著者の英国ロンドン・エッセイ第2弾。といっても,これも初版は20年以上前である。昨今,英国とくにロンドンを「ネタ」にしたエッセイの数は数え切れないほど出ているが,本書はその「草分け」の一つといってよいであろう。あとがきで著者自身が「<日常生活の中からの文明批評>あるいは<生活者の比較文化論>ともいうべきエッセイのスタイルを確立することができた」と自負しているが,今では英国エッセイストの多くがとっているスタイルも,20年前には新しいものであったのだ。本書で著者は,「黄昏のロンドンから」以来3年ぶり(1977年)に訪れた英国が非常に大きく変わっているのに驚き,同時に「永久」に変わらないであろう英国の姿も目にする。たとえば東京について書かれたエッセイならば20年前の事象で現代にも当てはまることは,きわめて少ないに違いない。ところが英国では「永久」に変わらない文化・習慣が厳として存在することに改めて気づかされるのである。同時にマーガレット・サッチャーがまだ長期政権を始める前の(労働党内閣の時代の)末期状態といってよい「英国病」の状況がさりげなく描かれていて,この四半世紀の英国社会の大きな変化も感じさせずにはおかない。1970年代,英国の小学校では労働党内閣と保守党内閣(サッチャー)が交替するたびに無料牛乳が出たり廃止されたりしたそうである。うちの息子がバースの小学校に通っていたとき,スクール・ディナー(給食)は有料だけど,牛乳はタダでくれるんだなあと思ったことがあったが,牛乳1本にも政治が関係していたことを知り興味深かった。


■「イギリス交際考」
木村治美 著(文春文庫)¥419
 木村治美氏の英国エッセイが初版後20年を経過しても魅力的なのは,英国と日本の間に横たわる日常的な相違をごく普通の日本人の目でとらえた「普遍性」があるからだろう。日英の違いを指摘することは誰にでもできても,その背後にある歴史・文化・社会的背景を考えることは難しい。それを著者は柔らかい文章でさりげなく示してくれるのだ。本書は「イギリス交際考」,「日本人と外国人」,「イギリスが辿った道」の3部からなるが,歴史と文学の話題が豊富な「イギリスが辿った道」が私にはいちばんおもしろかった。


■「われら海を渡る」
深田祐介 著(文春文庫)¥427
 多くの日本人が西欧人と関わりながら仕事をし,誰もが普通にヨーロッパ旅行を楽しむ今では想像しにくいことだが,一昔前(といっても戦前から高度成長期にかけての時代のことであるが)には,強い覚悟で海を渡り,西欧世界へ飛び込んだ国際化の「パイオニア」ともいうべき日本人たちがいた。本書はそういう日本人として,国際線スチュワーデス,ドイツに出向した寿司職人,ルール(ドイツ)派遣炭鉱夫らを取り上げ,彼(彼女)らの西欧世界体験がいかなるものであったかを綴ったノン・フィクションである。
 6つの話がある中で,「オーペア物語」という話が英国留学の昔を知る上で興味深い。今では完全に死語となっている「オーペア(AU PAIR)とは,英国の家で住み込みで働き,午前中は家事を手伝ったり,子どもの世話をし,午後は週に何回か近くの語学学校に通って英語を勉強する女性のことを指す。「オーペア・ガール」の制度は,留学するほど経済的に余裕のない日本の女性が英語の勉強のため英国に滞在するための便法で,当時の英国はお手伝いの求人難ということもあって,特別にオーペア用のビザを発給して歓迎していたらしい。オーペアの斡旋業者も多かったということだ。1970年代には日本人のオーペア・ガールが数多くロンドンに滞在していたらしく,当時ロンドンに駐在していた著者も実際の話をたくさん見聞きしていたようだ。その日本人オーペア制度が1980年ついに廃止され,ビザも発給されないことになった。これもすでに遠い過去のこととなり,今では経済的に余裕のある日本人女性が数多くロンドンを中心とした語学学校留学しているのはご存知の通り。
 私は本書を読むまでオーペア制度なるものが過去に英国に存在したことすら知らなかったが,当時のオーペア・ガールの体験談には,今読んでもなるほどと思わせるところがある。運ぶのに苦労するほど重くて考えられないような猛烈な音を立てるフーバーの掃除機,子どもには「正式」な晩ご飯を与えない習慣などは,今でも当てはまることではないだろうか。よく分からないのは,「イギリスのソーセージは日本ではみられない特殊な製品なので,よく焼かないと「毒」が残るのに,オーペア・ガールの焼き方が足りないといって英国人に叱られる」という話である。これは,例のふにゃふにゃソーセージのことを言っているのは間違いないが,「毒」とはなんだろう?単に生のブタ肉はよくないというのとは違うのだろうか…。


■「深代惇郎 青春日記」
深代惇郎 著(朝日新聞社)¥369
 1929年に生まれ,1973年2月から1975年11月まで,入院するまで朝日新聞の看板「天声人語」を執筆した著者は,急性白血病のためそのまま帰らぬ人となった。著者の「天声人語」(朝日新聞社の文庫で出ている)は,社会に対する鋭く優しいまなざしと,格調の高い文章が今なお読んでも胸を打つ。本書には,新聞社の語学練習生として30才のときにロンドンに留学したときの日記などが記されている。今から40年以上も前のことであるから,もちろん今のロンドンとは大きく違うであろうが,英国人の気質そのものは今も昔も変わっていない。慈善,席・道の譲り合いといった精神は私の英国滞在中にも感じたことだ。「文化とは,大建築や豪華な自動車ではなく,つまり,てっぺんの高さではなく,民衆の中にしみ込んでいる人間的な感情,行動の広さ,深さではないか。」という著者の言葉ほど,英国という国の文化を言い表すときに適切な言葉はないように思える。優れた記者にしてエッセイストの著者が今の英国を見たらどのように書くだろう。


■「憧れのまほうつかい」
さくらももこ 著(新潮文庫)¥476
 私は実は「ちびまる子ちゃん」のファンで,ハードカバーの愛蔵版「ちびまる子ちゃん」や,2000年に出版された作者自身編集の雑誌「富士山」を持っているし,毎週日曜日に放映されているテレビアニメも長男と一緒に見ている。ところが,うかつなことに,作者であるさくらももこさんと英国との意外な関係には,今まで全く気がつかなかった。本書のタイトルである「憧れのまほうつかい」とは,ロンドンに在住し,数々の溜息の出るような絵本を遺して47歳の若さで逝った絵本作家エ・ロール・ル・カインのことである。さくらさんは高2の冬に彼の絵本と出会い,そのすばらしくアーティスティックな絵に一目惚れしてしまった。それ以来,カインへの思いはずっと変わることなく彼女の心を占めていたようだ。でも今となっては,英国に行っても憧れの人に会うことはできない。しかし…と彼女は思い直す。憧れの人の地を訪ね,ル・カインと一緒に仕事をした人の話を聞きたいと。
 そうして,さくらももこ一行は春の英国へと渡り,彼女が大好きなウェッジウッドの本拠地ストーク・オン・トレントでの工場見学を皮切りに,生前のル・カインをよく知る人たちをロンドンに訪ねる。せっかく訪問した英国人の家で居眠りし,飛び起きた途端に寝ぼけて豆菓子を要求し,散々飲み食いした後また眠り,オシッコがしたくなって…という,著者の分身であるちびまる子ちゃんを彷彿とさせる失敗談には思わず笑ってしまう。一方で好奇心の強い著者のこと,取材の合間にロンドンにあるエナメル人形の店や,お洒落な香水屋さんを覗くことも忘れない。全編を通して,ユーモラスな筆致の中にも,著者の観察眼や感想はさすがに鋭い。さらに,ル・カインの美しい絵と,著者のル・カインへのオマージュといえる作品がたっぷりとカラーで収録されていて,これらを眺めているだけでも幸せな気分(ちびまる子ちゃんのセリフみたいだなあ)になる。
 文庫化に際して,特別インタビュー「絵についての思い出」が巻末に収録されており,ももこファンには彼女の自伝的回想ともいうべき絶対見逃せない内容である。ル・カインの著作目録が掲載されているのも彼のファンには嬉しい。ただ一点,著者らしからぬ「イギリスの食べものは全体的においしくないので,インド料理か中華を食べるに限る」という類のステレオ・タイプ的な言い方が繰り返し出てくるのはちょっと残念。



■「絵本を抱えて 部屋のすみへ」
江國香織 著(新潮文庫)¥667
 私は江國香織の小説を1冊も読んだことがないので,この人気女流作家について論じる資格は全くないのだが,この絵本エッセイ(全35編)で取り上げられた作品のラインアップと,それらの絵本に対する的確・具体的でしかもユニークな評を読むと,この人の並々ならぬ感受性と文章力の片鱗がうかがえる。英国の絵本では,アリソン・アトリー原作の「絵本 グレイ・ラビットのおはなし」,ウィリアム・ニコルソンの「かしこいビル」,ビアトリクス・ポターの「ピーター・ラビットの絵本シリーズ」など,古い絵本が取り上げられている。現代英国の絵本作家が取り上げられていないのがちょっと残念だが,他の国にもすばらしい絵本作家がたくさんいるので致し方のないところだろう。どのエッセイでも実際の絵本の美しいカラー写真が載っていて,その本を読者が頭にイメージしながらエッセイを楽しむことができるようになっている。これでいまどき667円とは,これほど買って得した気分になった文庫本は最近ない。絵本ファン必見!



■「子育てノート」
林 望・福島瑞穂 著(徳間書店)¥1,300
 好き嫌いは分かれるけれども英国ブームの立役者の一人に違いはない林 望氏とTVでもおなじみの女性弁護士福島瑞穂氏が「子育て」について存分に語り合った対談集。本書を英国本に入れるべきかどうか迷ったが,林氏が英国留学中の子育て体験が随所に出てくるので取り上げた。「イギリスに家族で滞在した一年間が父子の蜜月時代」という項があり,残業より家族優先という英国社会だからこその話であるが,我が家の場合もそうだったなと今にして思える。二人の対談に納得できるところ,それはどうかなと思えるところ色々あるが,教育書にありがちな妙に教訓臭いところがないのがいい。


■「子供たちのロンドン」
梅宮創造 著(小沢書店)¥1,900
  本書は,大学の英文学の先生である著者が家族を連れてロンドンに留学したときの経験を,二人の幼い息子ヒデとユウの小学校生活を中心に綴ったエッセイである。「大人」のロンドン滞在記は掃いて捨てるほどあるけれども,「子ども」の視点に立ったロンドン滞在記はそれほど多くない。その点で価値のある本と言えるだろう。全部で5章からなるが,一番の読み物はやはり「イギリスの小学校」である。子どもがロンドンの小学校で実際に経験したことが軸になっているので,話が具体的で分かりやすい。学校によって教育方針や個性が大きく違うし,ロンドンと地方では教育環境もまた違うであろうから,少数の例だけで一律に「英国の小学校とはこういうところだ」とは言いにくいけれども,子どもを連れて英国に滞在する人や,日英の初等教育の違いを知りたい人にとって参考になる本といえるだろう。



■「古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家」
井形慶子 著(大和書房)¥1,600
 井形氏初期の著作「いつかイギリスに暮らすわたし」は,少しミーハーなエッセイという感じがしてもう一つ好きになれなかったが,この本はいい。この本で著者が言いたいことは長い題名が示す通りなのだが,この本が内容的にも商業的にも成功した理由を私は次のように見る。すなわち,井形氏は日本人の英国に対する様々な憧れや思い入れの対象の中から,その中でも日本では最も実現困難な(それだけに日本人の憧れはとくに強い)「英国的な暮らし」の基礎となっている「家」に題材を絞って日英の家・暮らしの違いを具体的に比較している。英国の文学や音楽は日本でも楽しめる。英国の料理やお菓子も日本で味わうことができる。紅茶なら最近はむしろ日本の方がいいものが手に入るくらいだ。しかし,英国人が住んでいるような家に住み,英国人のような暮らし方をすることは,日本ではまず不可能である。そして,それはお金のあるなしといった経済的な問題だけでは片付けられず(家の価格だけからいえば日本の家の方がよほど高級ということになろう),昔から現在に至る日英の長い歴史,伝統,思想の差が関係しているだけにやっかいだ。最も根本的な問題は,日本の家は英国の家と違って「消耗品」であるという点であろう。古くなれば買い換える車と同じ感覚なのである。ところが英国人にとっては,家とは自分と一身同体,少々使い勝手が悪かったり,古くなったりしたからといって見捨てることなどとんでもないことなのである。英国人で家の改装が趣味という人が多いのも,家に対する愛情の現われだろう。著者自身は東京都下に英国風のコテージを建てたらしいが,大半の人にとっては求むべくもないこと。その意味で本書は実現不可能な夢を綴った一種の「ユートピア」本なのである。



■「西洋交際始末」
深田祐介 著(文藝春秋)¥900
 日本航空の広報室次長であった著者が,1976年という今から25年も前に出したエッセイ集をなぜ今さら取り上げるのか?それは,この本の中の「マークス・アンド・スペンサー讃」というエッセイが,日英の消費文化の差異を的確に捉えていて,21世紀になった今読んでもおもしろいからである。著者の友人であったジャーナリストのチャールズさんとその奥さんが,日本のデパートやスーパーで買い物をして日本製品を使ううちに,すぐによれよれになってしまう「耐久性」の低い子どもの下着や,シーズンごとに「デザイン」がころころと変わる壁紙やディナーセットにすっかり嫌気がさしてしまったという。このことを著者が彼の奥さんに話したところ,滞英経験の長い奥さんは「同感!」という顔つきで,「あなたに(ロンドン出張で)子供のパンツ買ってきてくれ,なんて頼むのはとっても残酷だと思って黙ってたんだけど,どうせ(チャールズさんに頼まれて)買うならうちの子供のも二,三年分買ってきてよ。」と言われる始末。かくて著者は「ろくに書類も入っていないアタッシュ・ケースを重々しくぶら下げて,ロンドン空港に降り立った私は,日英両国の古女房が書きだした買物メモを片手に,女客や夫婦連れの多いスーパーマーケット,日本でいえば西友,東光あるいはダイエーにあたる,マークス・アンド・スペンサーの売り場をあちらこちらと,うろうろめぐり歩く始末になったんです。」。
 この笑えるようで笑えない話から約四半世紀後に英国に滞在した私の感じでは,今の日本で売っている子供の下着の「耐久性」が英国のものよりとくに劣っているとは思えない。25年の間に日本も「進歩」したのではないか?しかし,マークス・アンド・スペンサーの下着(だけでなく衣料品全般)が安価でデザインがオーソドックスで,しかも耐久性に優れているというのは本当である。英国でレセプション・クラス(小学校1年生)だった長男の英国人の同級生のうち,かなりの数の生徒が着ている制服は明らかにお兄ちゃんやお姉ちゃんのおさがりだった。新入生の我が子に「ピッカピッカの制服」を着せてやろうという感覚は英国の親にはあまりないようだ。だからこそ著者が言うように,「英国では上着だけでなく下着でも兄から弟へとお下がりが受け継がれていく」のであろう。日本の社会習慣ではなかなか難しいだろうけど,21世紀の地球環境を考えると見習わなければいけないことのひとつであろう。


■「イギリスはおいしい」

林 望 著(文藝春秋(文庫))¥466
 いわずと知れた今日の「英国ブーム」の先鞭をつけた記念碑的ベストセラー・エッセイ。文庫版では,初めに出た平凡社刊の単行本とは「レシピ」が変わっている。私には作曲家ファーガソンの「ローストチキン」がおもしろかった。


■「イギリスは愉快だ」

林 望 著(文藝春秋(文庫))¥448
 「イギリスはおいしい」の姉妹編だが,私にはこちらの方がおもしろい。第1話にスヌーカーの話が出てくるが,リンボウ先生が「若い美男子」のチャンピオンとしてあげているスティーブ・デイヴィスの時代は既に遠く去り,私が滞英中はみじめな負け方をしていることが多かった。第10話の「甘いクリスマス 辛いクリスマス」は筆のうまさもあって笑わせる。何年か前NHKの衛星放送で,リンボウ先生が英国の家庭でクリスマス・プディングを食べるという企画の生番組があった。きっとそのときも先生内心は「仕事とはいえこんなものを食べるのはいやだなあ。」と思っていたに違いない。全編にわたって作家のボストン夫人の思い出が綴られている。このエッセイに触発されて手にしたボストン夫人のグリーン・ノウ・シリーズ(評論社で邦訳あり)は,古きよき時代の英国を感じさせる想像力にあふれたファンタジーだった。


■「リンボウ先生 イギリスへ帰る」

林 望 著(文藝春秋(文庫))¥438
 このエッセイは,上の2冊とはかなり異なり,「生活のにおいがする」というか,英国での実際の生活でリンボウ先生が気づいたかなり細々としたことが話題の中心となっている。共感するのは,まず英国における車のナンバーの(日本とはまるで違う)整然とした付け方。次にリンボウ先生同様私達も大いに感心した英国の小学校の「合理的・システマティックで,しかも話がおもしろいオックスフォード大学の英語教材」。日本でもつまらぬ英語の国産教科書など使うのをやめ,全部これに切り替えたらどんなにいいことだろう。


■「イギリス観察事典(大増補・新編輯)」

林 望 著(平凡社)¥757
 一項目がせいぜい長くても数ページというショートエッセイ集。どこからでも気楽に読める。やはり一番同感したのは,「小学校」という項目で,「…この整然とした英語教育のシステムは,オックスフォード大学が長い伝統と研究に基づいて作り上げたもので,けっして昨日今日泥縄式にでっちあげたものではない。私は息子や娘と,その語学教材を一緒に学びながら,その明晰な目的意識と合理的方法に,甚だ感じ入った…」と述べられているくだりである。また,リンボウ先生絶賛のエルダーフラワー・シャンペンは,濃縮液がWaitroseで1年中手に入る。確かに香りのよい飲み物だ。日本では見たことがない。



■「ホルムヘッドの謎」

林 望 著(文藝春秋(文庫))¥457
 この本に収められているエッセイはすべてが英国に関連していることではない。しかし,一つ一つの話がありきたりではなく,おもしろいという点では,リンボウ先生のエッセイ多しといえども傑作の部類に入るのではないか。


■「イギリスびいき」

林 望 他(講談社+α文庫)¥580
 リンボウ先生をはじめとする10人のイギリスびいきが英国の多様な側面にスポットを当てて語ったエッセイ集。シャーロック・ホームズ・ファンとしては,河村幹夫氏の「シャーロッキアンの守備範囲」が面白かった。


■「イギリス四季暦 春・夏」

出口保夫 著(中央公論新社(文庫))¥660
 この本は,10年以上前かなりのベストセラーとなったはずの,出口氏の代表的なエッセイであり,息子さん?の美しいイラストと共に,いやが上にも「素晴らしき英国」のイメージをこれでもかと盛り上げる。ちょっと皮肉っぽくなってしまったが,英国のカントリーサイドや文化を愛する気持ちは私も同じである。本で読むだけでなく,取り上げられている話題の一つでも自分で「体験」すると,出口氏の意見に賛成したくるところも首を傾けたくなるところも出てくるはずだが,それでこそこうしたエッセイを読む楽しさが増すというものだ。「ケントの夢の国行きミニ列車」はロムニー鉄道のことである。これが本当に楽しい「夢の国ミニ列車」なのは私も太鼓判を押します!


■「イギリス四季暦 秋・冬」

出口保夫 著(中央公論新社(文庫))¥648
 上記「春・夏編」の続編。そもそも本質的にイギリスは「春・夏」の方が「秋・冬」よりも気分がうきうきとしてくるのは仕方がない。クリスマスがなかったら,暗く寒い英国の冬に鬱にならない方が不思議だ。2月は何も楽しいことがないし,インフルエンザになっても医者は薬をなかなか出してくれないし。出口氏も「春・夏」より楽しい話題を見つけるのに苦労している。ロンドンのセールや,ブランド,百貨店といった平凡な話題でかなりのページを割いている。仕方ないか。


■「英国ありのまま」

林 信吾 著(中央公論新社(文庫))¥629
 林 信吾氏は,名字は同じでも,リンボウ先生やマークス寿子氏をけちょんけちょんに批判する「反ユニオンジャック派」の頭目。ロンドン在住が長く,英国や英国人の悪いところもつぶさに見てきた氏にとっては,昨今の「英国のものなら何でもよし」とする風潮には我慢ならないのだろう。そこには社会派ライターとしてのプライドも見える。


■「英国一〇一話」

林 信吾 著(中央公論新社(文庫))¥648
 上と同じ著者の続編。話題はきわめて社会的であり,「英国ロマン紀行」といった類のエッセイとは最も遠いところにある。リンボウ先生や出口保夫氏には彼らの話題・書き方があり,林 信吾氏にも氏の話題・書き方がある。どちらのエッセイがよいかということになれば,読む人の好みによるとしかいいようがない。ただ,私としては英国に永住するなら別だが,せいぜい1年の滞在ならば,できるだけ英国の美しいところを見,素晴らしいところを知って日本に帰りたいと思う。我慢ならない嫌なところはどの国にもあるのだから。


■「英国解体新書」

岩野礼子 著(中央公論新社(文庫))¥667
 岩野礼子氏も無条件の英国称揚派とは対極のところにいる。このエッセイには,等身大・本音で英国人と付き合おうとしたロンドン在住の日本人女性アーティストがどのような嫌な思いをしなければならなかったかということが,日常の出来事に即してつぶさに綴られている。決して楽しい気分になるエッセイではないので念のため。


■「イギリス人はおかしい」

高尾慶子 著(文藝春秋)¥1,429
 「日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔」という副題がついていることからも,この本が目指しているものがリンボウ先生や出口氏とは対極的であることが想像されるだろう。というより,両者を同じ土俵で論じることは出来ない。後者の英国称揚派エッセイストは,英国の労働者階級を著書で論じることはまずない(というよりそもそも付き合いが元々ないのだろう)。労働者階級の視点に立ち,英国社会の階級性と差別を正面から批判する本は数少ないだけに,非常に新鮮である。それにしても,著者が目の敵にしている大貴族・王族の広大な領地がみな,戦後の日本のように「農地解放」されて,大邸宅も取り壊されたら,英国の魅力も半減してしまう(特に外国人には)だろうし,英国ネタで稼いでいる出版社やNHKのBSも困るでしょうね。


■「イギリス人はかなしい」

高尾慶子 著(展望社)¥1,429
 ロンドンでプロのハウスキーパーとして一人暮らす高尾氏の第2エッセイ。「日本にいる日本人は…なぜか英国を絶対視する。しかし,英国人にとって日本人は,経済が下落すれば,ただの有色人種なのだ。…日本にいる日本人が何をそう英国に媚びるのか頭をひねる。」という一文には考えさせられる。私は英国を絶対視しようとは思わないが,少なくとも私たち家族が一年間Bathに滞在したときに交流があった人達が皆日本人を軽蔑している英国人だとは決して思わない。それとも,5年,10年と英国に暮らしていると,大半の日本人が高尾氏のような考え方をするようになるのであろうか。


■「遙かなるケンブリッジ 一数学者のイギリス」

藤原正彦 著(新潮文庫)¥438
 著者は数学者にして,作家の新田次郎と藤原ていの息子というサラブレッド。この著者が家族と共にケンブリッジに滞在した時のエピソードを綴ったエッセイである。さすが両親が作家だけに,読み手を最後まで飽きさせない話題の展開や説得力のある文章は見事。イギリスに対するスタンスもきわめて「中立公正」というか,単なるベタ誉め滞在記に終わっていないのがいい。自分もこんなイギリス滞在記を書いてみたいものだなあ。


■「イギリス人のまっかなホント」

A.マイオール・D.ミルステッド 著/玉木 亨 訳(マクミラン ランゲージハウス)¥980
 この本の内容がウソかホントかそんなことはどうでもよい。多分ホントのこともあるだろうし,事実を誇張して書いてあることも多いだろう。どちらにしても,ユーモラスな筆致と内容で気楽に読めて笑える本だ。



■「イギリス人の表と裏」

山田 勝 著(日本放送出版協会)¥920
 この本のタイトルがまず興味をそそる。「紳士の国」,「大人の国」,「フェアプレイの国」の裏側・内面にひそむ偽善性を明らかにするという目的で書かれた本ではあるが,著者は徹底的に歴史的・実証的な裏づけを踏まえた上で考察しているので,単なるイギリスの悪口・非難には終わっていない。むしろ,英国にはそういう偽善的なところがあったからこそ今日の魅力ある英国が形成されたとする著者の意見に納得。


■「田園とイギリス人 −神が創りし天地で−」

小林章夫 著(日本放送出版協会)¥830
 イギリス人はなぜ田園にこだわるのか?その理由を著者は,ロンドン郊外の田園都市,スコットランドのハイランド,ウェイルズの山などから読み解いていく。イギリスに留学(何とブリストル)した著者が,イギリス人の自然観を,歴史や文学も織り交ぜて考察していく。単なるイギリスの田園礼賛に終わっていないところに新鮮味がある。


■「イギリス式人生」

黒岩 徹 著(岩波書店(新書))¥640
 著者は毎日新聞のロンドン支局長として英国に15年も滞在した人。ジャーナリストとしての鋭い目と,豊富な滞英経験を生かしたエッセイは,凡百の陳腐なエッセイとは一線を画している。政治や老人問題のような堅い話題を取り上げても,決して重くならず,正確で,しかも素人にも分かりやすい語り口が魅力的。


■「英国診断」

北村 汎 著(中央公論新社(文庫))¥743
 著者は「駐英大使」という公人中の公人として英国に2年余り滞在した人。話題は,エリザベス女王をはじめとする王室,貴族の面々,英国外務省など,一般人には縁のない雲の上の話題が多いのは著者の立場上仕方ないし,英国を批判的に語ることができないのも仕方のないところだろう。猫も杓子も英国に関するエッセイを書く時代に,一つくらいはうんと「偉い人」の書くエッセイがあってもいいだろう。ただし,日本人庶民の英国暮らしにはほとんど役に立ちませんが。


■「ラブ&キッス英国」

福井ミカ 著(徳間文庫)¥533
 著者は「サディスティック・ミカ・バンド」のヴォーカリストとして一世を風靡した人…といえば思い出す人も多かろう。彼女が「英国アッパーミドルクラスの家の嫁」に入り,英国人の義母から徹底的に英国流のライフスタイル,特に料理を学ぶ。巻末にはレディ・シェフ・ミカの華やかなレサピ27が付いている。



■「英国生活誌T 復活祭は春風に乗って」

出口保夫 文・イラスト(中公文庫)¥660
 この本を読んで私が是非行ってみたいと思うのは,Stratford-upon-Avonで4月23日のシェイクスピアの誕生日に行われるフェスティバルである。この時期に英国を訪れることは難しいからこそ一度行ってみたい。「夏はパラダイス」というエッセイで,「学生や生徒の夏休みも,二か月から三か月はたっぷりある。それも日本のように暑くて勉強どころではないから休むというのではなくて,季節があまりにも美しく快適だから休むのである。…」と述べられている。これは,悔しいことだが本当だ。私たちにとっても,英国の夏は何をしても(しなくても)楽しく快適な季節だった。しかし,出口氏の英国びいきもここまでくるとちょっと…というものに「スモモのデザート」がある。「デザートは西洋スモモのクリームかけだった。ナシやモモにクリームをかけて食べる習慣はわれわれ日本人にはないが,実際にはすこぶる美味である。好みの問題だが,ナシにはチョコレートをかけたほうがよい。」と出口氏は述べているのだが,皆さんはどう思われるだろうか?


■「英国生活誌U 紅茶のある風景」

出口保夫 文・イラスト(中公文庫)¥660
 Uの方は英国の食と紅茶に関する話題が多い。1年間バースに暮らしてみて,ウンウンと頷けることもあるし,首をかしげたくなることもある。「肉屋と魚屋の数は圧倒的に前者のほうが多いけれど,いつも店先に行列ができるのは魚屋である。」と出口氏は言うが,バースで一軒しかない魚屋は質のよい魚を扱っていたにもかかわらず,行列ができていたためしはない。また,「イギリスの肉料理で,骨つきの羊肉ラムも結構おいしいが,最近の傾向としては,ターキーとかグースとかチキンなど,鳥肉をすすんで食べる習慣がある。」との記述があるが,私の感想では,骨つきのラム(とくに春先のウェールズ産)は,「結構」でなく,むしろ牛肉よりずっとおいしい。また英国人に聞いても,チキンはともかく,グースは脂肪が多い(fatty)ので,食べる人は最近減っている。実際,クリスマス前でさえスーパーではあまり見かけない。もう一つ,イギリスのパブでサラリーマンが注文するのは「シェパーズ・パイ」か「キドニー・パイ」という記述があるが,どこのパブのことだろう?少なくとも私自身はお目にかかったことがないのだが。文句ばかり書いたが,もちろん共感できるエッセイもあるし,著者のイラストも味がある。138ページの味のある挿絵はSt Michael's Mountであろう。


■「イギリス歳時記」

マークス寿子 著(講談社)¥1,456
 日本でイギリスびいきを代表するエッセイストといえば,男性では言わずと知れたリンボウ先生,女性ではこのマークス寿子氏であろう。離婚したとはいえ,マークス&スペンサー当主で貴族のマークス氏と結婚し,貴族となった氏であるから,つき合う階層も中より上ばかり,考え方も保守的(英国人よりも?)なのは致し方ない。本書は単行本としてはじめ1993年に刊行されたが,その時点での状況を考慮したとしても,「8月 トランプのキングとクイーン」で王室を徹底的に擁護し,故ダイアナ妃を徹底的に批判しているのには,とくにダイアナファンではない私でも違和感を覚える。チャールズ皇太子の不品行については何も触れられていないのだ。林信吾氏がマークス寿子氏を評して「比較の意味を知らぬ貴族の奥方」と言ったのは,キツイようだが一面で的を射ている。


■「イギリス式おしゃれな生き方」

マークス寿子 著(中公文庫)¥667
 タイトルからある程度想像がつくように,ファッションの話題でかなりのページが使われている。私は,ファッションはほとんど関心がないのでピンとこなかった。ダイアナ妃事故死直前のエッセイ「ダイアナ妃の反乱」で,相変わらずダイアナ妃を口を極めて罵り,チャールズ皇太子をかばっているのを読むと,マークス寿子氏は英国王室から日本へ遣わされた回し者?とさえ感じてしまう。


■「いつかイギリスに暮らすわたし」

井形慶子 著(ちくま文庫)¥600
 編集者,ラジオのDJなど忙しい毎日を送りながら,心のオアシスとしていつも英国のことを忘れないという著者のエッセイはすでに多く出ているから,その名を知っている人も多いだろう。「解説」を書いている「イギリス礼賛本」大嫌いの林信吾氏が推薦するだけあって,イギリスをベタ誉めすることなしに,なぜそんなにもこの国に惹かれるのかという心情が淡々と語られている。知識や薀蓄抜きにイギリスを語るところも林氏の共感を呼んだのかもしれない。しかし,その反面,繰り返し読みたくなるような滋味溢れるエッセイといったものからは遠くて,もうひとつ読後感が薄い。いやみにならず,しかも面白いエッセイを書くことがいかに難しいかよくわかる。


■「英国に就て」

吉田健一 著(ちくま文庫)¥620
 宰相吉田茂の子息にして,英国びいきの草分け的存在である吉田氏が1974年に著した古典的名エッセイ。このエッセイが書かれた頃とは英国も日本も大きく変わっただろうし,吉田氏の文体にも古めかしいところがあるが,今読んでも面白いのは,吉田氏が少年時代から青春時代にかけて英国で教育を受け,英国の伝統文化をごく自然に身につけるという稀な経験を積んだからであろう。


■「英国式こだわり生活術」

林勝太郎 著(朝日文庫)¥620
 服飾評論家である著者がブリティッシュ・トラディショナル・ファッションとカントリーサイド紀行を主な話題として綴ったおしゃれなエッセイ。チャーチルの愛したファッションやハバナシガーのエピソードが面白い。私が南イングランドの小さな町ロムジーにある「ブロードランズの館」を訪れたのは,このエッセイを読んだのがきっかけだった。


■「英国四季の彩り」

林勝太郎 著(朝日文庫)¥640
 1998年の著者死去の半年後に出版されたエッセイ。カラーでないのが残念だが,著者自身が描いた味のあるイラストも添えられている。カントリーサイド紀行が中心だが,特別珍しい場所を訪れているわけではない。しかし,随所にはっとさせるところがある滋味豊かなエッセイだ。