バース・モーツァルト・フェスティバル


Ushers Bath Mozart Festival
Tickets & Information (Tel) 01225-463362

    
(左)1997年のプログラム。L.G. Blanchetによる14才のモーツァルトの肖像画。
(右)1998年のプログラム。バースのParade Parkにある1991年につくられた「ヴァイオリンを弾くモーツァルト像」。

地元企業が支えるフェスティバル
 毎年11月に約10日間ほどの日程で開催される「バース・モーツァルト・フェスティバル」の歴史は新しい。モーツァルト没後200年の1991年にThe A.M. Purnell Charitable Trustの主催で第1回目のフェスティバルが開催され,それ以来毎年開催されている。メインスポンサーは,バースの南東20キロに位置する人口3万人の小都市トロウブリッジにある地元企業"Ushers of Trowbridge plc"(創設1824年)であり,フェスティバルの名前にもこの企業の名前が冠されているほか,赤白の五角形の社章がプログラムなどに印刷されている。この他にも多くの地元のホテルや新聞社などが後援している。しかし,これも英国らしい点というべきか,"Ushers of Trowbridge plc"以外は,プログラムの裏に後援の名前が小さく印刷されているだけで,後援企業やホテルの広告は全くない。
 このモーツアルト・フェスタは,英国の地方都市バースにおける音楽水準の高さや,文化活動に対する地元企業の意識の高さを象徴しているといえるだろう。日本の場合,人口8万人の小都市がこのような高水準の音楽フェスティバルを毎年開催することはまず考えられない。フェスティバルどころか,日本の常設地方オーケストラはバブルの崩壊後,軒並み企業スポンサーが急減し,経営に苦しんでいる。音楽文化を享受する人々の裾野が日本より英国の方が広いという点もあろうが,それだけではない。バースのモーツアルト・フェスタを後援しているのは,決して大企業ではない。しかし,魅力溢れるバースをさらに魅力溢れる街にしよう,少しでもビジターに喜んでもらえる街にしよう,長い目で見ればそれが自分たちの益にもなるという長期的ビジョンが明らかに見て取れる。このフェスタに限らず,「過去の文化遺産」だけに頼らないで,新たな観光資源の開拓をめざすバースの姿勢は評価してもよいだろう。京都や奈良だって,黙ってても人が来てくれる時代はもう終わったのだ。

なぜバースでモーツァルトなのか?
 バースに住む音楽ファンにはもちろん,全国の音楽ファン,さらにはバースに来る観光客にとって,このフェスティバルが暗い冬を楽しくさせる魅力的なイベントであることは間違いない。だが,なぜバースでモーツァルトなのか?このことに疑問を感じる人も少なくないだろう。この答えは1998年のプログラム表紙を飾るParade Parkのモーツァルト像と実は関係がある。実はこのモーツァルト像は,フェスティバルを主催するThe A.M. Purnell Charitable Trustに遺産を寄付したMrs Mary Purnellが亡き息子Markの思い出のためにつくったものなのである。Mrs Mary Purnellは息子と共に住んだバースの街をこよなく愛し,また天才モーツァルトの音楽を楽しんだ人であったらしい。この像には"Play Mozart in Memory of Me"という題がついている。Mrs Mary Purnellは,少年時代のモーツァルトと自分の亡き息子の姿を重ね合わせたのであろう。すなわち,このフェスティバルは,元々はモーツァルトを愛したバース在住の一人の夫人の思いから始まったものなのである。"Charitable Trust"からもわかるように,フェスティバルの収益は,チャリティ(登録番号900273)として寄付にまわされる。
 このような事情を抜きにしても,バースという街にモーツァルトという作曲家はまことにふさわしく思える。バースのRoyal Crescentでモーツァルトと同じ1756年に生まれ,モーツァルトより13年早く22才で早逝したトーマス・リンリー・ジュニアーは,モーツァルトと同様幼時から神童と騒がれ,14才のイタリア(フィレンツェ)修行中に,モーツァルトと親しくなる。残念ながらそれ以後二人が会ったという記録は残っていないが,三流作曲家には辛辣な言葉を浴びせたモーツァルトも,「リンリーは真の天才だった。」と語ったというから,モーツァルトの友人リンリーを生んだバースほど,モーツァルトにオマージュを捧げるのにふさわしい英国の街はないだろう。加えてモーツァルトやリンリーが活躍した18世紀は,ちょうどジョージアン建築が次々と建てられ,王侯貴族が続々とやって来たバースの全盛期であった。モーツァルトが尊敬した先輩ハイドンもバースを訪れている。モーツァルトもバースという街も,西欧18世紀文化の華という点で共通したものを持っているのだ。

フェスティバルのプログラム
 コンサートの会場は「バース国際音楽フェスティバル」とほぼ同じで,Bath Abbey,The Forum,Assembly Rooms,Guild Hall等である。地方都市の音楽祭ながら,プログラムの充実ぶりには目を見張るものがある。オペラの上演こそないけれども,それ以外のジャンルは,ほぼまんべんなくプログラムに上っており,とくに室内楽とピアノは充実している。英国内に在住している一流の演奏家が多いという日本よりも有利な事情があるにせよ,「フェスティバルをやるからには,一流の演奏家を」という主催者の意気込みが感じ取れるのである。すでに名を成している大家に加えて,若手のフレッシュな演奏家を招いているところにも魅力がある。以下に97年と98年のプログラムからその一端を紹介したい。

1997年のフェスティバル
VOGLER STRING QUARTET, ANNE QUEFFELEC (piano) (Fri 7 Nov, Assembly Rooms)

  1. Mozart: Adagio and Fugue in C minor K546
  2. Mozart: Quartet in G K387
  3. Schubert: Piano Quintet in A D667 Trout
 フォグラー・カルテットは1985年ベルリンで結成された若手カルテット。すでにヨーロッパ,米国,日本に演奏旅行をしており,高い評価を受けている。フランスのベテラン女流ピアニスト,アンヌ・ケフェレックとのシューベルト「鱒」が聴きもの。

TASMIN LITTLE (violin), JOHN LENEHAN (piano) (Sat 8 Nov, Guildhall)
  1. Mozart: Sonata in B flat K454
  2. Beethoven: Sonata in F Op 24 Spring
  3. Brahms: Sonata in A Op 100
  4. Ravel: Tzigane
 タスミン・リトルは将来を嘱望される若手女流ピアニストである。プロのヴァイオリニストにとってもモーツァルトのソナタを弾くことはとても「こわい」ことなのである。音の純度や様式感がたちどころに分かってしまう。モーツァルト後期の傑作K454を選んだところに,このヴァイオリニストの自信の程が見て取れる。

LONDON PHILHARMONIC ORCHETRA, NIGEL PERRIN (conductor), CITY OF BATH BACH CHOIR, MARISA ROBLES (harp), WILLIAM BENNETT (flute) (Sat 8 Nov, The Forum)
  1. Mozart: Misericordias Domini K222
  2. Mozart: Concerto for flute and harp K299
  3. Mozart: Symphony No 35 in D K385 Haffner
  4. Mozart: Vesperae solemnes de confessore K339
 1997年に創立65周年を迎えたロンドン・フィルを招いてのオール・モーツァルト・ガラ・コンサート。有名な「ハフナー交響曲」や「フルートとハープのための協奏曲」に加えて,日本ではまず聴く機会のない教会音楽「主の御憐れみを」K222(ベートーヴェンの第九交響曲の歓喜の主題に似た主題が出てくる)や,隠れた名作「証聖者の盛儀のためのヴェスペレ」K339がプログラムに登場するあたり,モーツァルト・フェスティバルと名を冠するだけのことはある。

MITSUKO UCHIDA (piano) (Wed 12 Nov, Assembly Rooms)
  1. Mozart: Sonata in E flat K282
  2. Bach: English Suite No 3 in G minor BWV808
  3. Chopin: Nocturnes Op 62, Pollonaise-Fantasie in A flat Op 61
  4. Beethoven: Sonata in C minoar Op 111
 ロンドン在住の日本の世界的ピアニスト内田光子が登場。彼女はフィリップス・レーベルにモーツァルトのピアノソナタ,ピアノ協奏曲の全曲録音を完成していることからもわかるように,モーツァルトを大の得意としている。モーツァルトのソナタに加え,バッハの「イギリス組曲」,ショパンの「夜想曲」,「幻想ポロネーズ」,ベートーヴェンの最後のソナタの超豪華なプログラム。チャリティー・コンサートということもあるが,これを2,3千円で聴けるなんて日本では考えられない。内田光子はフェスティバルの別の日にもピアノ協奏曲第11番を弾いている。

THE ENGLISH CONCERT, TREVOR PINNOCK(conductor) (Thu 13 Nov, Bath Abbey)
  1. Bach: Suite No 2 in B minor BWV1067
  2. Handel: Chaconne in G HWV435 for solo harpsichord
  3. Telemann: Sonata No 3 in A from the Paris Quartet
  4. Bach: Brandenburg Concerto No 6 in B flat BWV1051
  5. Bach: Brandenburg Concerto No 5 in D BWV1050
 モーツァルトはプログラムにないけれども,古楽ファンなら,ピノック指揮のイングリッシュ・コンサートのコンサートが3000円で聴けるとしたら是非行きたくなるだろう。しかも彼らのアルヒーフ・レーベルの名盤でもおなじみのバッハのブランデンブルグ協奏曲を2曲もやるのだ。テレマンの「パリ四重奏曲」も,名曲ながら日本では実演に接する機会が少ないだろう。

LONDON MOZART PLAYERS, MATTHIAS BARMERT (conductor), DIANA MONTAGUE (mezzo soprano), MELVYN TAN (piano) (Sat 15 Nov, The Forum)
  1. Mozart: Symphony No 36 in C K425Linz
  2. Mozart: Piano Concerto No 20 in D minor K466
  3. Mozart: Aria 'Non piu di flore' from La Clemenzza di Tito
  4. Mozart: Symphony No 38 in D K504Prague
 フェスティバルのフィナーレを飾るのは,ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズらによるオール・モーツァルト・プログラム。注目は中国系若手ピアニスト,メルヴィン・タンのニ短調ピアノ協奏曲だろう。後期の交響曲2曲に,ピアノ協奏曲に,オペラ・アリア。豪華なプログラムだけれども,聴く方はちょっと疲れるかもしれない。

1998年のフェスティバル
TAKACS QUARTET, NELSON GOERNER (piano) (Fri 6 Nov, Assembly Rooms)
  1. Haydn: Quartet in F major Op 77 No 2
  2. Mozart: Quartet in C K465 Dissonance
  3. Dvorak: Piano Quintet in A Op 81
 タカーチュ・カルテットは,すでに世界的評価を確立したハンガリーの中堅カルテット。98年のフェスティバルでは,「不協和音」を演奏する本プログラムと,「ホフマイスター」を演奏する別のプログラムで2回登場。カルテットファンなら両方とも聴いてみたくなる。

CITY OF LONDON SINFONIA, RICHARD HICKOX (conductor), BATH FESTIVAL CHORUS (Sat 7 Nov, The Forum)
  1. Mozart: Symphony No 31 in D K425Paris
  2. Mozart: Sinfonia Concertante in E flat for wind K297b
  3. Haydn: Mass in B flat Hob XXII. 12 Theresienmesse
 英国内外で評価の高いリチャード・ヒコックス率いるシティ・オブ・ロンドン・シンフォニアの演奏会。モーツァルトの「パリ交響曲」は有名だが実演で演奏される機会はそれほど多くない。「管楽のための協奏交響曲」は腕利きのプレーヤーを揃えたこの楽団にうってつけの曲目であろう。

VIENNA BOYS CHOIR (Mon 9 Nov, Bath Abbey)
  1. Sacred Music forr the Imperial Chapel: works by Isaak, Gallus, Fux, Cadera, Salieri, Eybler and Heiller
  2. Shubert: German Mass D872
  3. Mozart and his Legacy: works by Mozart, Shubert, Mendelssohn and Brahms
 これは世界最高の少年合唱団であるウィーン少年合唱団の創立500周年を記念したコンサートである。Bath Abbeyに響き渡るボーイ・ソプラノの歌声は,どんなにすばらしく,天上的であることだろう。

OLAF BAR (baritone), JULIUS DRAKE (piano) (Tue 10 Nov, Guildhall)
  1. Mozart: Kantate: Die ihr des unermesslichen Weltalls Schopfer ehrt K619
  2. Shumann: Dichterliebe Op 48
  3. Brahms: 7 Deutsche Volkslieder
  4. R Strauss: 5 Lieder
 フィッシャー・ディースカウの後の世代を代表するドイツの名バリトン,オラフ・ベーアがシューマンの「詩人の恋」を始め,ブラームス,R・シュトラウスといったドイツ・リートを歌うリート・ファンにはたまらないプログラム。モーツァルトの「フリーメイスンの小カンタータ」を実演で聴ける機会はまずないだろう。

NASH ENSEMBLE, IAN BROWN (piano), RICHARD WATKINS (horn) (Wed 11 Nov, Guildhall)
  1. Mozart: Adagio and Rondo in C minor K617
  2. Hummel: Septet in D minor Op 74
  3. Shumann: Adagio and Allegro in A flat for horn and piano Op 70
  4. Brahms: Piano Quartet in G minor Op 25
 ナッシュ・アンサンブルが結成されたのは1964年だからもう30年以上前のことであり,英国の代表的な室内楽団としてその名前は日本でもおなじみである。今回のプログラムは非常に個性的で,ブラームスのピアノ四重奏曲第一番を除けば,珍しい曲ばかり。モーツァルトの「アダージョとロンドハ短調」は,もともとはグラス・ハーモニカのために書かれた曲で,普通の演奏会に登場することはまずないだろう。

ALFRED BRENDEL (piano) (Sat 14 Nov, The Forum)
  1. Shubert: Sonata in B flat D575
  2. Mozart: Sonata in B flat K570
  3. Haydn: Sonata in D Hob. XVI/42
  4. Shubert: Sonata in G D894
 97年の内田光子に続き,モーツァルトを得意とするウィーン在住の現代を代表するピアニストの一人アルフレート・ブレンデルが登場。モーツァルトの変ロ長調ソナタも聴きものだが,シューベルトを十八番とするブレンデルらしく,プログラムに2曲も入れたソナタが注目。人口8万人の街に内田光子が来たり,ブレンデルが来たりする。バースのピアノ音楽ファンはなんと恵まれていることだろう。