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ビルの外に出た男は腕時計を見た。
薄ぼんやりとした夜光ライトがデジタル盤のAM02:00を表示している。
入ってから1時間と45分。2時間のはずだったが、あの店、少しばかり時間をごまかしてるのか?
まぁ、そんなことはどうでもいい。
所詮今日でこんな場所からは足を洗うつもりなのだから。
その店は金曜日だけ3時で終わるのだとケイは言っていた。
一週間、残業残業で働き通し、疲れ果てた連中の金をこれでもかとまきあげる。
そんな空間に自分が進んで行こうとする事なんて考えてさえいなかった。
ケイに出会うまでは。
道端の座り込んだ若い男女を見おろしながら駅前まで歩く。
ところかまわず自分の欲望に身を任せ、お互いの唇を求めている一組のアベック。
粘質的な唇の繋がりと、唇からもれる官能的な悲鳴が男の目と耳に焼きついた。
ふと、足が止まる。
男は、そんな連中を軽蔑していた。
無教養な若さ・・・・きっと別の世界の住人なのだろう。
俺の住む日常とは遠い世界だな・・・。
毎日残業して、後輩の面倒見て。
全然割の合わない給料もらって。
それでも自分の信じた道だと割り切って、生きている。
男は顔をそむけて足早に歩き始める。
そして目に焼きついた光景を追い出す様に頭を振った。
自分の生き方を否定される様な気がしたからだ。

男は悩んでいた。
恋愛の器用な男でもなかったが、それでも、彼は自分の気持ちになんとか決着をつけようとした。
彼がほしかったのは彼女の口から「お客さんだ」という一言。
たったひとこと、その言葉が言わせたかった。
そうでなければ、「嫌い」だと、はっきり決別してほしかった。
でも彼女の今の現状と性格を考えれば、それはあり得ない事だともわかっていた。
ずるずると客として会いに行くだけの関係を続けるのがつらかった。
ぐるぐると同道巡りをくりかえす思考と、重苦しく沈むように痛む心。
続けていくにはあまりにも切なくて、もう、これ以上耐えられそうになかった。
引導を渡してくれないならば、こっちから受け取りに行こう。
そう決めて今日は来た。
お金をうけとるような女じゃない。
俺が強引にせまれば、嫌がってひっぱたくぐらいはするだろう。
・・・でも、万が一もし受け取ったら?
馬鹿野郎!そんなことあるわけない。
そんな女だったら真っ平ごめんだ。
二度とするなと怒鳴りつけてそのまま立ち去ってやる。
・・・・どっちにしろハッキリ別れられる。
俺は悪い男・・・とんでもなく馬鹿な男を演じるんだ。
気づくと男はコーヒーショップの前まで来ていた。

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