←前のページ トップページ↑ 次のページ→

埼玉県川越市

真行寺

2007年01月14日

至誠山成就院真行寺縁起
当寺の開基は遠く甲斐源氏の嫡流武田信虎を父とし、信玄の妹八重姫なり。当時戦乱を厭い若くして甲斐の片際に草庵を結び成就院至誠真行尼と号し、真言古義の行法を行う。時に石山本願寺第11世顕如上人の御簾中と兄信玄の夫人との姻戚を頼り、石山本願寺に至る。一旦故郷に帰りしも戦乱やまず。意を決し、武田一門の岩崎兵庫、若山主計を伴い、武州吉田村虫塚を経て川越に移り、苦難の後至誠山成就院真行寺を建立する。以来、武田一門の者川越を中心に街道沿いに落居す。第2世は武田勝頼の次男靖清(幼名:靖千代)この時に本願寺末寺となり、現在に至る。
■天文22(1553)年
戦乱を避け、岩崎兵庫、若山主計らと甲斐を出て、武州吉田村(松山と小川の間)へ。翌年川島虫塚へ移る。
■永禄2(1559)年
秋、川島を出て川越へ。真行寺の発祥となる庵を開く。
■天正元(1573)年
真行寺創建。
■天正10(1582)年
大晦日、武田勝頼の次男靖清(幼名靖千代)入寺。第2世となる。在世中に本願寺末寺となる。
■文禄3(1594)年
10月18日開基真行尼没。
■元和9(1623)年
10月08日第2世善西(靖清)大師没。
(お寺の方に頂いた資料から抜粋)

歴代住職の墓

お寺の境内に車を止めて、まず目に入ったのが入口に書いてあった真行寺縁起の文章でした。さっそく読んでから本堂に向いました。本堂には武田菱の家紋がありました。本堂の前に参拝方法が書かれていたのでそのとおり本堂の扉を開けてみましたが誰もいなかったので下に下りてきてお寺の玄関から呼び鈴を鳴らしてお寺の方に出てきてもらいました。武田家に関することについて尋ねてみたところ、武田勝頼の息子の墓などは残っていないが歴代住職の墓があり、その墓石に第1世と第2世の住職のことが書かれているとのことでそのお墓のところまで連れて行ってくれました。


真行寺及び武田家系譜
■第1世 開基 真行大法尼
真行大法尼は源義光の末裔、甲斐源氏の嫡流武田冠者信虎の長子武田晴信入道信玄の妹。
真行大法尼により至誠山成就院真行寺の開基。
成就院真行大法尼
文禄3年10月18日真行70歳
■第2世(幼名を靖千代。春信入道之孫、勝頼の次子なり)
真行坊善西大法師 元和9年10月8日 善西
妙真大法尼 元和4年5月10日
(墓石に彫られた文章より)


恩昌寺
東陽院
芍薬塚(伝・武田勝頼遺児の墓)
信松院
極楽寺
善念寺

 

 
←前のページ トップページ↑ 次のページ→