| 小田原城 |
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天守閣
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寛永11(1634)年には三代将軍徳川家光が小田原城の天守閣に登り、武具を見たり展望を楽しんだという記録が残っている。元禄16(1703)年の大地震のときには、小田原城のほとんどの建物が倒壊、焼失してしまうが天守閣は宝永3(1706)年に再建され、明治3(1870)年の廃城まで小田原のシンボルとしてそびえていた。 |
銅門(あかがねもん)
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銅門は、江戸時代の小田原城二の丸の表門で、江戸時代のほぼ全期間を通してそびえていましたが、明治5年に解体されてしまいました。現在の銅門は昭和58年から行われた発掘調査や古写真、絵図などを参考に、平成9年に復元されたものです。銅門の形式は、石垣による枡形、内仕切門、櫓門を組み合わせた枡形門と呼ばれる形式で、本来の工法で復元されています。 |
常盤木門(ときわぎもん)
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本丸の正面に位置し、小田原城の城門の中でも最も大きく堅固に造られていた。古絵図などの記録から、江戸時代初期から設けられていたことがわかる。元禄16(1703)年の大地震で崩壊した後、宝永3(1706)年に、多門櫓と渡り櫓から構成される枡形門形式で再建されたものが、明治3(1870)年の小田原城廃城まで姿をとどめていたといわれている。 |
本丸東掘跡
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江戸時代の小田原城は、本丸を堀が囲んでいました。この絵図によると、堀は二の丸掘とつながる水掘となっています。発掘調査によってこの本丸東掘の位置が確認され、最も幅があるところでは20m以上もあることが分かりました。そこでこのたび、植木と盛り土により堀の形を表現し、整備しました。この堀を渡るために架けられていたのが常盤木橋で、水鳥の池は掘の名残と言えます。 |
おもしろ歴史ミュージアム
小田原城歴史見聞館
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入場料300円、ここで天守閣への入場も可能なセット券を600円で購入しておくこともできます。内部はウェルカムゾーン、北条五代ゾーン、江戸時代ゾーン、小田原情報ゾーンに分かれていて小田原城の歴史を紹介しています。メインは北条五代ゾーンだと思いますが思ったより詳しい説明でしたが子供も楽しめるように工夫されていると思います。 |
小田原城小峯曲輪北掘
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報徳二宮神社の境内は、戦国時代北条氏によって造成された古い曲輪にあたります。江戸時代前期は雷曲輪、後期には小峯曲輪と呼ばれていました。雷曲輪は全国にも例のない面白い名称ですが、由来ははっきりしません。小峯は天守閣の裏手、西側一帯を指す古い地名なのでこれにちなんだものでしょう。 謙信の小田原城包囲
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