雨上がりの夜空を見上げて 〜(プロローグ)人間生きてくればいろいろなことがある。いいこともいやなことも。 なにかの映画でこんな台詞があった。 「夢は、見るものではなくかなえるもの。奇跡は、信じるのではなく起こすもの。」 しかし、現実は変わらないものである。人間やはり生きているといろいろなことがある。
(第1章)或る日の出来事 高層ビルの立ち並ぶ大都会の中、華やかな大通りに面した路地を一本はさんだ奥にこの店はある。 店の名前は、「The Long Good Bye」一瞬、見逃してしまいそうな、地味なたたずまいの外観を 入るとそこは、アイリッシュパブを思わせる雰囲気で、正面にカウンターバーが見え、 奥には、4人がけのテーブルが2組とさらに、その奥には、年代ものと思われるピアノが置いてあり、 オーナー兼バーテンダー兼シェフの主人とオスの黒猫が一匹いるだけのそれは、小さな店だった。 その店のマスコットの黒猫には「ギムレット」という名前があった。 「ギムレット」とは、ドライ・ジンとライムジュースでわったカクテルの名である。 彼がこの名前をつけたのには理由があった。 彼は、ハードボイルド小説の大ファンであり、その中でもとりわけ レイモンド・チャンドラーが好きだった。この店の名前の由来でもある、「The Long Good Bye」 も同名小説のタイトルからとり、ギムレットという名も、探偵フィリップマーロが言う 「ギムレットには、早すぎる。」という有名な台詞からとったと言う。 そして、この名前を主人はたいそう気にいっていた。ただ、当の本人(猫)はどう思っていることやら。 でも、レイモンド・チャンドラーはともかく、私もこの名前は、彼(黒猫)にとってもあっていると思う。 それは、「ギムレット」の由来である「大工道具のキリを連想させるからだ。 この黒猫は、クールな雰囲気をかもし出しながら、まるで、キリのような鋭さで、 こちらの考えていることを見抜いているような気がするからである。 だが、そういいつつも、この黒猫との出会いが、この店と私を結びつけたのであるから 感謝はしている。そして、あの日から、かれこれもう2年近くがたとうとしていた。 私の名前は、青山太陽30歳独身 出版社勤務。趣味は、映画鑑賞とドライブ、それと絵を書くこと。 必ず見る番組は、TVの占いコーナー。(特に、めざましTVが好き)持っている資格は、 普通自動車運転免許。 特技は、学生の頃、バーでバイトをしており、そこで覚えたいくつかのカクテル。 もちろんプロフィールにこんなこと書くことができないといつも思う。 われながら面白みも何にもない人間である。 私は、東京の大学を卒業した後、出版社に就職し、その後、大阪、福岡を経て2年前に東京に戻ってきた。 ただ何となく仕事に追われる毎日が続き、何かやりたいことがある訳でもなく漠然と この年齢まで年を重ねてきてしまった。 慣れというものは恐ろしい。何年もの間、同じ行動をとっていると不思議と習慣としてしまうらしい。 それは、一種のげんかつぎかもしれない。いつもと同じことをしないと 何故かすっきりしなかったりとかする。 「習慣は、人間の中に安心感を与えるものらしい」と何かの本に書いてあった。 私もご多分にもれず、習慣化してしまった行動があった。 それは、まず、朝、必ずテレビをつけ、今日の占いコーナーをすべてのチャンネルではしごして見ること。 横断歩道は、必ず右足から歩くこと、そして、どんなに遅くなっても、店へ行ける日は、 ある曜日を除いて、必ずこの店「The Long Good Bye」に立ち寄ることだった。 日々の生活の中で、日常と非日常を感じることがある。その日も確かこんな感じだった。 それは、朝から不思議な一日だった。いつものように朝のTVで占いコーナーをはしごした。 ここで、めずらしいことが起きたのである。どの局を見ても、運勢が一番良かった。 こんなことがあっていいのだろうか?仕事運◎ 金運◎ そして恋愛運◎である。 そして、そこには、共通して同じようなことが書かれていた。 「今日は、何をしても絶好調!それなら、いつもと違うことにチャレンジしてみては、 さらに人生が開けるかも!」「ラッキーアイテムは、ピアノ、赤い傘、シルバーのジュエリー。 」 私は、昔からある種の自己暗示にかかりやすい方なのだ! テレビでカンフー映画を見れば強くなった気で無茶をして怪我をしたりなど そんなことを年がら年中繰り返している。 そんな私が、こんな素晴らしい占いを見てテンションがあがらないはずもない。 しかも、今日はいい天気。 それは、何かが始まりそうな予感で満ち溢れていた。 朝食をすませ、昨日、仕事で起きたトラブルも何故か解決しているのではないかと思い足早に会社に向かった。 やはりいつもの朝とは違っていた。 家を出てから駅まで途中一回も赤信号にひっかからなかった。 また、電車も座れた。そして、横には綺麗な女性が座っており、私にもたれかかってきた。 こんな幸運なことはそうは起こらない。 これは、まさに物語の始まりである。主役は、もちろん私。 これからどんなストーリーが繰り広げられるのかとても楽しみ。 占いなんて当たらないといっているやつがいるが、そういう奴にいってあげたい。 「占い 最高!」。そして、会社に到着し、エレベーターにのり、浮かれ気分で、 自分のオフィスの扉を開けた。 だが、そこに待っていたのは、夢の世界ではなく現実だった。 それは、当然のことだった。 一晩、寝たからと言って、クレームがなくなる訳もなく、実際、問題が起きたのは、昨日であって、今日ではない。 つまり、占いには、該当しないのだということを今さらながら気付いた。 その後、延々、上司の説教が続いたのはいうまでもなかった。 そして、ここには、 主役の面影はもうなかった。 午後になって、先方に謝罪をしに行き、どうにか許しを貰うことが出来た。 その後、会社に戻り、後処理を終えて、会社を出たのは、午後7:00を回っていた。 今日は、どうしてもまっすぐ家に帰る気がしないせいか、習慣の行動というべきか、 無意識のうちにあの場所を目指していった。 そして、私はそこにつくまで大事なことを忘れていた。今日は、金曜日だということを・・。 そこへ向かう途中、突然、大雨が降ってきた。 それもかなりの量だ。井上陽水の歌ではないが、「傘がない。」 そういえば、今日、占いの結果に気をよくしすぎて、天気予報を見るのを忘れていた。 朝、快晴だからといって雨が降らない保証はない。こんなことは当たり前のことだった。 「なんてことだ!何が最高の日だ!!最悪じゃないか?上司には怒られるし、 雨には濡れるし。もう 占いなんて絶対信じない!」と心に固く決めたのだった。 そして、やっとの思いで目的地にたどり着いた。「The Long Good Bye」だ。
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