「いらっしゃいませ。」私は、緊張の声で言った。そして来るべき時が来てしまった。
彼の方は、軽く会釈をし、傘立てに傘をさし、そして奥のテーブルの方へ向かった。
「太陽君。緊張してる?大丈夫?」と相変わらず彼女は小悪魔的な笑みを浮かべている。
「注文とってきてあげるけど。このメニューリストのもの作れるの?」
「とりあえず、大体。この店は、馴染み客ばかりなので、オーナーが顔を見て、カクテルを
作るせいかメニューリストに載っているのが少ないんだ。そういう意味では助かるよ。」
正直自信はなかったが、彼女の前では、弱音ははけなかった。
「じゃー。オーダーをとってくるね。」彼女はそういうとお客様の方へ向かった。
「はい、すいません。メニューになります?」彼女は、笑顔で彼らにメニューリストを差し出した。
「どうも。とりあえずビールを2つ」と笑顔でメニューを受け取る男性に対して
女性はあきらかに反応がない。
「かしこまりました。」彼女は、そういうなり私のもとへ戻ってきた。
「なんかすごく雰囲気悪くない」彼女は、小声で言った。
確かにその通りである。明らかに彼らの雰囲気は悪るく、緊張感が漂っていた。
でも、私は正直にほっとした。なぜなら、とりあえずカクテルの注文ではなかったからだ。
私は取り急ぎ、ビールをグラスに移し、彼女へお客様のもとへと運んでもらった。
その後、しばらくの間沈黙がながれた。それは、たいした時間ではなかったがとても重い雰囲気になった。
すると、突然、沈黙に耐えられなくなったのか、彼がしゃべり始めた。
「いい加減、機嫌を直してくれないか。」
「・・・・。」相変わらず彼女は沈黙である。
「じゃーどうすればいいの?」彼はやさしい口調で彼女に語りかけた。
「あなたは、結婚してから変わったわ!」彼女は、やっと話始めた。
すると、関を切った川の水のように一気にまくし立てはじめた。
「付き合いたての頃は、あんなに大事にしてくれたのに、最近は、結婚記念日も忘れてしまって。
今日だって私が誕生日だって言わなければ忘れていたわよね。・・ひどすぎるわ・・。」
「それは、忙しかったから、つい・・・。」彼は、しどろもどろに答えた。
「昔だって、十分忙しかったでしょ。今と同じくらいに。要するに私のことが好きじゃなくなったのよ。
そういうことでしょう。」
「あんまり大きい声を出すな。みっともないぞ。それに、店の人だって迷惑になるだろう。」
彼は、彼女を諭すようにゆっくりと言った。
「いいじゃない。どうせ他にお客なんていないんだから!こういうのは逆に聞いてもらったほうがいいのよ。」
彼女は、ヒステリックな口調でさらに大きな声で
「で、私の言ったことに対する返事はどうなのよ・・・。」
「ああ。そんなことないよ。もちろん愛しているよ。しかし、今、
今回のプロジェクトがピークを迎えていて
どうしてもそれ以外考えられなかったんだよ。それは君も今回の件がどんなに大切か、わかっているだろう。」
「それに、今日、無理いって時間を空けてこうして、君の誕生日を祝っているじゃないか。」
彼は、少し困った顔をして言った。
「祝ってあげる?その言葉からしておかしい。祝ってあげるって何よ。その言い方。」
「頭に着た。もう私達終わりね。」
「じゃーもういい。そんなに興奮していたら話もできない。少しお互い頭を冷やそう。
私は、忙しいから仕事に戻るよ。」
「とりあえず冷静になって、またその時ゆっくり話そう。」
「私、帰らないから・・・・。」その一言を言うと彼女は、また押し黙った。
彼は、彼女に後ろをさらして、私達のほうへやってきた。
「すいません。ご迷惑をおかけしました。」
「とんでもないです。迷惑だなんて、それに、奥様の言い分ではないですが
、お客様 他にいないですしね。」
私は、少しでも雰囲気を変えようとおどけた調子で言った。
彼は、申し訳なさそうにもう一度頭を下げ「すいません。今日、妻は、
体調崩していて、気が立っていて・・・
ですから、あんまりお酒は・・・。よろしくお願いします。」
そう私に聞こえるか聞こえないかの小さいな声で告げて出て行った。
彼女は、彼が店を後にするのを見ると、急にすすり泣きをし、すっかり落ちこんだように見えた。
「ねぇ!太陽君。こんな時、マーシーならどうするかな?」彼女は
呟いた。
「そうか!マーシーならどうするだろう・・・。」私は、自分なりに考えてみた。
そして、しばらく沈黙の時が流れた。
私は、その時、いい考えが閃いた。もちろんマーシーの受け売りであるが。
私は、おもむろにカクテルを作り出した。まず、オレンジジュースを1/3,
レモンジュースを1/3、
パイナップルジュースを1/3 それに氷を加えてシェイクした。
「太陽君。そのカクテルってアルコールは入ってないよね。」彼女は聞いてきた。
「そうだよ。
実はさっき帰り際に、ご主人からちょっと言われたことがあってね。」
「私が持って言ってあげようか?」
「いや。大丈夫。私が持っていくよ。」そういうと私は、トレイに作ったカクテルを載せ。カウンター
から彼女のほうへ向かった。
「すいません。お客様。先ほどお連れ様の会話の中で、誕生日だとお聞きしましたので。当店
から
プレゼントとしてこのカクテルをサービスさせていただきます。」
彼女は一瞬困ったような顔をしたが、
「そんな。・・・すいません。ありがとうございます。それとさっき・・・みっともないところ見せてしまって。」
彼女は、少し落ち着いたのか、ハンカチで涙を 拭いながら、私に返事を返した。
「そんなことないですよ。 よかったら一口飲んでみてください。結構すっきりしますよ。」
私は、お節介だとわかっていたが、彼女に勧めた。
彼女はまず、ひと口。「これって・・・。カクテルですか?・・・ジュースですよね?」
「そうですよ
。これはノンアルコールです。でもこれもれっきとしたカクテルですよ。」
「先ほどご主人が、お客様の体調があまりよくないので、アルコールは
、とおっしゃっていたもので」
「 主人がですか・・・・そうですか、ありがとうございます。とてもおいしいです。」
「このカクテルはちなみになんていうのですか?」
「このカクテルは、『シンデレラ』という名前のカクテルです。」
「かわいい名前なんですね。」
「そうですね。ちなみに、このカクテルには、12時前までに必ずお家に帰るといういわゆる「理性」を失わせない
カクテルともいわれ、一回冷静になって考える時に飲むカクテルなんです。
そして、、このカクテルをご注文されるお客様は、みなさん決まってシンデレラのように12時前までに
帰られます。・・・先ほどご主人が、お客様の体調がすぐれないとおっしゃっていたので、
今夜は、あまりご無理をせずに、ほどほどにという意味をこめておせっかいなのは承知で出しさせていただきました。
また、そうし ていただなかないと私が王子様にしかられてしまうかもしれませんので・・・。」
「ありがとうございます。おしゃれなことされるのですね。」彼女の顔に少し笑みが戻った。
「ちょっとお節介かなとも思いましたが、喜んでもらえてよかったです。」
私は、正直ホットし、カウンター腰の朋子を見やった。
すると、彼女は私を見て、「よくやった。」という意味なのかウィンクをして、そして、おもむろに
カウンター脇に置いてあるボックスを開け何かを取り出しながら今度は私の出番ねといった表情で
彼女は言った。
「すみません。では、私からも誕生日祝いとして何か曲をピアノで弾
かせてもらいますのでよろしければ
聴いてもらえますか?」
そういうと、彼女は、私達のほうへやってきた。そして、横においてあるピアノの蓋の鍵をはずし
そして、まずは、明るい感じの曲を奏で始めた。それは、素敵な調べだった。
前に聞いたことがあるが、音楽には不思議な力がある。朋子さんから奏でられる曲に、彼女の
気持ちも次第にほぐれていくのが感じられた。そして、演奏が終わった。
すると、同時、店のドアが開いた。一瞬、お客様かと思ってドキッとした。しかし、すぐにその
気持ちが別の方向に変わった。そこに立っていたのは、「ギムレットとそれを抱えたマーシーだった。」
「マーシー!お帰り。待ってましたよ。」私は、正直
、安堵した。
そして、朋子もマーシーにウィンクをした。
「ごめん。太陽君と朋子ちゃん。実は、少し前に来ていたんだけど。ついつい朋子ちゃんの演奏に聞き
いってしまって・・。ごめんね。」マスターは、我々にと頭を下げながら笑って答えた。
「それより、今日はもう一人お客様が来ているんだよ。」オーナーは我々のほうを見ながら言った。
「どうぞ!お入りください。」マスターは、ドアをゆっくり開けそして、お客様を招きいれた。
「あなた・・・・。」そう、ドアから現れたのは、彼女の
ご主人だった。
「さぁー!寒いでしょう。中へ入ってください。」マスターはやさしい声で向かえいれた。
「すいません。」少し照れた様子で彼女の元へ向かった。
「あれ!会社
戻ったのではなかったの?」彼女は驚いた表情で言った。
「そうだけど、会社へ戻ろうと店から出たらとても寒かったので・・・。お前、今日、体調悪いから心配で・・。
とりあえず戻ってきたんだ。ただ、中になんとなく入りづらくて、お前が出てくるまでとりあえず
外で待ってようかと思ったんだ。」彼は照れた表情で言った。
「まぁー!もっとも
このバーテンさんが、私の意図することを理解してくれて、実際そんな心配する
必要はなさそうだったけどね。」彼は、やさしい声で彼女に言い、そして、
「ありがとう。」と我々に頭を下げた。
「いいご主人ではないですか?」マスターは
カウンター腰に言った。
「・・・・そうですね。」彼女は、目にうっすら涙を浮かべ、照れた表情で私達を見やった。
「マーシー!みんなで 軽くお祝いしましょうよ!」
「そうですよ!
ちゃんと王子様がかぼちゃの馬車で向かえきたから心配しなくていいしね。」
「ありがとうございます。」彼は我々に向かって言った。
「あっ!
かぼちゃで思い出した。」突然、彼女は大きな声を発した。
「どうしたの?」彼は、彼女にやさしい口調で言った。
「今日、体調悪かったので、パンプキンスープを作っていて、その時、あなたから電話もらってイライラしながら
急に出てきてしまったから、火は消したかどうか覚えてない・・・・・。」
「本当かい?それじゃすぐに帰らなきゃ駄目だろう。本当は少しゆっくりして行きたかったが・・・。」
「ごめんなさい!怒ってる?」彼女甘えた声で言った。
彼はやさしい表情でうなづき、「すいません。バタバタと申し訳ないです。今度必ずゆっくりさせてもらいます。」
「しかし、若い奥さんもらうと大変ですね。」マスターは、彼女に聞こえないように小さな声で彼に言った。
「まぁ!でも逆にハラハラドキドキで毎日楽しいですよ。」
「ちょっと何こそこそ話しているの!」彼女は、こちらを見やって言った。
「では、お会計お願いできますか?」
「今日は、お金は結構でございます。私からの奥様への誕生日プレゼントとさせてください。」
「それに、実はいうと彼は、このお店の常連のお客様で、当然 プロのバーテンではないのでお金をいただく
訳にはまいりません。まぁー、そういうことで。」
「わかりました。ご好意に甘えさせてもらいます。しかし、本当に素敵なお店ですね。」と彼は
マスターに言った。
「えぇ!そうですね。ここは、素敵なお客様が集まってくれる本当にいいお店だと思ってます。」
マスターは、我々を見ながら言った。
「ちょっと待って!」
「今度は一体どうした?」
「今日、とても素敵な誕生日になりました。本当に。ありがとう。」
「それで、これもらってもらえますか?」彼女は、自分のイヤリングをはずし、私に差し出した。
それは、シルバーの中にダイヤモンドをあしらった一見して高価なものとわかるイヤリングだった。
「そんな、こんな高価のもの受け取れないですよ。」私は困惑な表情を浮かべて言った。
「では。このイヤリングの一方をこのお店に預かっていてもらえますか?」
「あの!どういうことですか?」私は、彼女に尋ねた。
「わからないのかな?シンデレラは、ガラスの靴を置いていかなきゃ行けないでしょ!その変わりよ!」
「これを預かってもらっていれば主人もいくら忙しくたって、今日のことを忘れないだろうし、きっと
またここに連れて来てくれると思うの。なぜならこれは、主人が私にプロポーズした時にくれたものなの」
「いいでしょ。あなた。」
「いわゆる保険とうことか・・。いいよ。そうしよう。また、もし、何か二人でうれしいことや悲しいこと
記念ごとあればこれを見に必ずここにこよう。」彼は彼女を見つめていった。
「すいません。マスターさんよろしいでしょうか?」
「そういうことなら、喜んでお預かりします。これを見にお二人でいつでもいらしてくださいね。」
マスターは、軽く微笑ながら言った。
「ありがとうございます。」彼らは何度も我々に頭を下げ、出て行った。
正直、やっと嵐は通り過ぎた。そして、ギムレットも何事もなかったようにいつもの場所に腰を降ろし、
我々を見やっている。
「まったく。お騒がせなやつですね。マーシー。」私は、ギムレットを見ながら言った。
「そうだね。でも、
本当に今日はありがとう。まぁーとりあえず、席に座ったらどう?」
「そうですね。」我々は、いつもの(?)席に座った。
「
しかし『シンデレラ』とは、うまいカクテルを選んだわね。」
「昔、マーシーから聞いた話をを思い出してね。」私は得意げに言った。
「シンデレラか? 素敵な名前のカクテルね。しかも、ちゃんとイヤリングのオチまでついて」
「本当に!」私達は笑った。
「しかし、女性って女心の秋空とはよく言ったと思いますよ。本当に怖いですね。マーシー!」
すると、彼女は、「そうよ!女性は、怖いんだからね!やさしくしないと駄目よ!太陽君。」
と横槍を入れてきた。
マーシーは苦笑いをし、私を見やった。私も確かに今日は貴重な体験をしているかもしてない
そんなことを考えながらうなづいていた。