ラセン村に辿り着く寸前に、シルンに
襲い掛かって来た赤い影。
一体どうなる――― !?


せるふぃっしゅ道中記 第1章 集いし仲間
4.

「お前たち…許さない!!」
「……!?」
敵か、とシルンが構えるよりも早く、赤い影はシルンめがけて飛び掛って来た!
「なっ!!」
とっさに剣を抜こうとしたシルンだったが、ある事に気付いたため、その攻撃を避けることに切り替えた。
赤い影は素早さはあるものの、熟練した技の切れがあるわけでもなくシルンに触れる事すら出来ない。
「何やってんのよ、サラちゃん!そんなの、早くやっつけちゃいなさいよ!!」
無責任に囃し立てるミレニアの声。
「サラちゃあん!!」
「おい、サラ!!」
シルンの行動に不信を抱いたのか、アーヤンやターヴィも口々に非難めいた声を上げる。
(そんな事言われても、剣は抜けない…)
抜くわけにはいかない。相手の正体は掴めないものの、それは凶暴な獣とは少し違う気がした。
凄まじい怒りは感じられたが、独特の鋭い殺気が足りない。その上、相手はどう見ても空手。
そんな相手に迷う事無く剣を抜けるほどシルンは冷酷ではない。
「……んな、ちょこまかと、逃げるなぁっ!!」
「!!」
顔を上げたそれと、一瞬目が合った。怒りの形相と緑の瞳。しかし、その姿は間違いなく一人の幼い少女だった。
「あたしは、絶対に、許さない!!」
「ちょっと、待っ…」
理由が知れないし、納得も行かない。何でこんな幼い少女が自分に牙を向けて襲い掛かってくる?
「オトウサマの、みんなのカタキっ…!!」
「……この…!」
話し合いにはなれなそうな雰囲気だった。とりあえず、彼女を落ち着けなければいけない。
臆すこと無く飛び込んでくる少女の攻撃を寸での所でかわすと、その腕を逆手にとって捻り上げた。
「……ァゥッ!!」
「待って、話くらい聞け!」
彼女が怪我をしない程度に力を緩めてやると、まだ攻撃できると感じたのか彼女は怒りに濡れた瞳でシルンを睨みつけた。
「離せっ、あたしは負けないっ!!お前らなんか殺してやる!!」
その深い怒りと少女の剣幕に、シルンは少々圧倒されていた。
(一体、この子は……)
「何だ、どんな新種の獣かと思ったらただのガキじゃない。あんたみたいなチビが、よくもこの私の邪魔してくれたわね!」
「ミレニア…」
頼むからこれ以上厄介事は、増やさないで欲しい。そんなシルンの期待は、おそらくするだけ無駄なのだろう。
「この私に盾突いた事、後悔したって遅いわよ」
「黙れっ!お前が…お前らが、そうやって…」
「こら、暴れるなって…」
実際少女の力は見かけよりもはるかに強く感じた。意識の高揚が少女に『火事場の馬鹿力』を齎しているのかもしれない。
「オトウサマや、みんなを、殺したんだろう!」
「あんたの父親なんて知らないわよ!これはあんたとこの私の問題よっ!!」
「ミレニア、頼むから黙れ…」
これ以上火に油を注いでも事態が悪化するばかりだ。激しく燃え盛る炎に水をかける暇をくれ、とシルンは心底願った。
「君も落ち着いて。俺たちは、ただ人に会いに来ただけなんだ。君が言ってる相手とは、違うんだよ」
おそらくこの子はラセン村の子供なのだろう。街の男は「何者かに襲われた」と言っていたが、おそらくはその生き残り。
だから村を襲った相手をひどく憎み、父親や村人の仇を討とうとしているに違いない。
幼いながらのその決意と痛々しさは、同情を禁じえなかった。
しかし、自分たちはその憎しみを向けられるべき相手ではない。
「俺たちは今日オミクロンに着いたばかりだし、ここにだって初めて来たんだ」
「そんな、嘘で…!」
「うそじゃないよぉ!アーヤンたちきたばっかりだもん!」
「そーだぜ、ついさっきまで船で…おぇっぷ…思い出しちまった…」
「……想像で酔うなよ…」
頼りにならない助け舟に閉口しつつ少女の方へ目を戻すと、彼女はこちらをまったく信用しようとしない敵意剥き出しの目で睨んでいた。何か、一つでいい。この子に真実を伝えられるきっかけがあれば、誤解は解けるはずだ。
「あたしは騙されない!お前らなんか信じない!!お前らなんか、殺してやる!!!」
「あぁ?寝言は寝て言いなさいよ、チビ。あんたがこの私を殺すですって?見当違いもいいとこね。サラちゃんに捕まって身動きも出来なようなガキが、一丁前の口聞いてんじゃないわよ」
シルンの願いなど届かなかったかのように、ミレニアにはどうあっても黙る気はないらしい。
思えば彼女の辞書に『収拾をつける』なんて言葉はなかったか。
「ミレニア、子供相手に本気になるなよ…大人気ないぞ」
「…っ!!あたしは、子供なんかじゃない!!馬鹿にするなっ!!あたしは……アッ!!」
激しく反論していた少女が素っ頓狂な声を上げた。丸い緑の瞳が大きく見開かれている。その視線の先にあるものは…。
「その…剣は…」
「え?剣って…」
彼女が凝視していたのは、馬車から放り出された時に散らばった荷物の中の一つ。
他でもない、あのシュトラルから託された『竜の剣』だった。その剣を見る少女の様子は明らかに異常だった。
信じられないものを見るような瞳を向け、小さい肩は小刻みに震えていた。
「どうしたんだ…?」
「そ…それは………、その剣は……!!」
「いっ…!!」
ぎっ、とこちらを睨み返した少女の瞳にはもう『理性』は欠片も残っていなかった。
何かが彼女の最後の理性を吹き飛ばしたのだ。
「ちょ…うわっ!!」
痛みなど忘れたかのように、凄まじい力で少女が腕を引いた。このままでは腕が折れてしまう。
さすがに腕を掴み続けるわけにはいかず、不利になるのを承知で腕を放す。
「っ!」
がくん、と崩れそうになる身体を何とか支えて少女はこちらを向き直ると声高々に叫んだ。
「それは…『リュウノツルギ』!!それは、オトウサマの剣だ!! お前たちがオトウサマを殺したんだ!!!」
少女の言葉を瞬時に理解できた者はいなかった。あまりにもそれは突飛な内容過ぎた。
「―――えっ!?」
この剣が、『お父様』の剣ということは。それが意味することは――つまり。
「サ…サーザン…なのか?君が…」
「それが何だ!今更、謝罪したって…あたしは許さない!!」
少女は…いや「サーザン=セレナ」はこちらの驚きの意味など分かってはいなかっただろう。
けれど、彼女の肯定の言葉がもたらした衝撃は計り知れなかった。
「う…うう…嘘よぉぉぉぉぉぉぉぉ――っ!!!!」
馬車や荷物が飛び散った凄惨な街道にミレニアの絶叫が木霊した。
「な…?」
その叫びに、怒りに身を任せていたサーザンが我に返った。
あまりの異常事態に引きずり込まれたと言った方が正しいか。
「嘘よ、嘘よ、嘘よおおぉぉぉっ!!サーザン様が、私のサーザン様が、こんな獣じみたガキだなんてえぇぇ…!!」
「な…何言ってるんだ?おまえは…」
困惑するサーザンの元へミレニアはつかつかと歩み寄ると、両腕でサーザンの小さな肩をがくがくと揺すぶった。
「嘘でしょ、ねぇ、嘘っておっしゃい!!嘘なんでしょう?あんた、サーザン様じゃないわよねぇ!?」
「っ…放せっ!!何なんだ、さっきから!あたしはサーザンだ、それがどうした!?」
「嘘って言えって言ってんでしょ!このクソガキがぁ!!」
「ミレニア、落ち着けって!!」
結局事態はなんら好転していない。せめて、サーザンにこれ以上の悪印象を与えないよう事態の収拾に努めるしかないと、シルンは暴れまくるヤクザじみたミレニアを後から羽交い絞めにした。
「何すんのよ!放しなさいよっ、サラちゃんのくせに…っ、生意気よ!!」
がんがんとミレニアは容赦なくシルンを蹴りつけた。はっきり言ってサーザンよりタチが悪い。
「ってて…お前こそ、落ち着けって!嘘って言った所で事実は曲げようが無いんだぞ!」
「そんなの私が曲げてやるわ!私のサーザン様はこんなんじゃない!!」
「それはお前違うだろう…」
サーザンのように見えていないから暴れるのではなく、見ようとしないで暴れるのを諌めるのはさらに骨がいる。
その上、相手は傍若無人・天下無敵のミレニア=ケイトだ。
シルンは仕方なく呆然と突っ立っているターヴィに助け舟を要請することにした。
「ターヴィ、頼む」
目線を送って声をかけるとターヴィはしたり顔で頷いた。
「ちっ、まぁミレニアみたいな化け物じみた奴を止められるのは、この俺様しかいねえよな!」
「おぅおぅ、ターヴィ、がんばってえ!」
「能書きはいいからさっさとしてくれ…」
要するに『頼まれる』のが好きなのだ。自分が頼られていると感じるからだろう。
ターヴィはその自慢の顔に高慢な笑みを浮かべると、それらしくポーズをとった。
「喰らえミレニア!必殺・髪伸ばし!!」
……気取った所で、しょうもない技であることは変わりはないが。
しゅるしゅると妖怪のように伸びたターヴィの黒髪がミレニアに巻きつく。
意志を持ったそれは、強固にミレニアを雁字搦めに絡め取った。
「やったぁ!ターヴィ、かぁっこいい!!」
「あ、ちょっと何すんのよ!!放しなさいよ、このゲロ吐き!!」
四肢の自由をターヴィの髪によって奪われたミレニアは、当然のごとくがなり立てた。
ライバルのミレニアが窮地に陥っているのが、ターヴィは楽しくて仕方がないらしい。
「へっ、妖怪退治はこの俺様の役目だろ?」
「誰が妖怪よっ!妖怪はあんたの方でしょ!!この気持ち悪いもん、早くどけなさいよっ!!」
「ターヴィ、死んでも放すなよ…」
シルンは事態がようやく一段落を見せたことに安堵の溜息を吐いて、異様な事態に言葉を失っているサーザンに向き直った。
「驚かせてすまなかったね。他意はなかったんだ………一応」
「…………お前、たちは…」
「俺たちは、君の敵じゃないんだよ。この剣だって、君のお父上から奪ったんじゃない。シュトラルさんから、君に届けるよう頼まれただけなんだ」
『シュトラル』という名前を聞いて、サーザンの瞳に怒りの火が再燃した。
もっとも、これまでの状況では彼女にいくら疑われた所で仕方がないのかもしれない。
「あたしは、そんなの信じない!オトウサマが、お前らみたいな得体の知れない奴らになんか頼むもんか!そうやって、あたしに近付いて、今度はなにをするつもりだ!?オトウサマを殺して、この村を滅ぼして、まだ何がやり足りないんだ!?」
「違うんだ、サーザン。俺たちは何もしてない。君のお父上を殺したのも、この村を滅ぼしたのも、俺たちじゃないんだ」
サーザンに対して敵意がないことを示すよう、シルンは腰の剣を鞘ごと外して地に下ろした。
多くのものを失った少女に対して、『剣』という凶器を持っていたのでは話にならない。
両手を広げて、サーザンに武器を持っていないことを示す。
「本当にここに来たのは今が初めてなんだ。信じてくれ、サーザン」
しかし、サーザンはシルンの言葉を否定するように大きく首を振った。もう何も聞きたくないと言うように。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!リュウシが言ってた。オトウサマを、この村を滅ぼした奴らが、またやってくるって!リュウシはあたしに嘘なんかつかない!!」
「リュウシ…?」
初めて耳にするその名前を反目したが、サーザンは完全に聞く耳持たずだ。
「お前らなんか信じない!お前らなんか、許さない!!」
獣のような俊敏さでサーザンは横に飛ぶと、荷物の中から『竜の剣』を引き抜いた。
小さな身体には不釣合いなその剣を、躊躇う事無く抜刀する。
「オトウサマのカタキ―――!!」
「ま…っ!!」
絶叫しながら彼女が剣を振りかざそうとした、その瞬間。

「雷の雨!!」

金の光が眼を灼いた。雷神の裁き――天から無数の白い矢が地に降り注ぐ―!!シルンはとっさに身を伏せた。
「……!!」
その甲斐あって直撃は免れたが、まるで無傷と言うわけにもいかない。
衝撃に押しつぶされそうになった身体を何とか立て直し、シルンは立ち上がった。突然の襲撃には慣れている。
「みんな、大丈夫か?」
周りの被害状況を確認する。それぞれにぼろぼろになりながらも返答があった。
「い――た――い――わねっ!!何すんのよっ!!」
「まったくだぜ!俺様のビューティフル・フェイスに傷がついちまったぜ」
「ひじょーしきだよぉ!!まったくっ!!」
「…………みんな無事で何よりだ…」
時々彼らは不死身ではないのかと思う瞬間もある。ちょっと殴った所でそう簡単には死にそうもない。
「……ぅ…」
小さな呻き声を耳にしてシルンは振り返った。竜の剣を手にしたまま、サーザンが倒れている。
「大丈夫か、サーザン…」
「……っ、触るなっ!!」
こんな状況でも相変わらず彼女の敵意は剥き出しだった。
しかし、このままにしておくわけにもいかず、シルンはサーザンに攻撃されるのを承知で彼女を無理矢理抱き起こした。
「……っ、なにっ!!」
「一人で立てるか?」
シルンの言葉にサーザンは怒りで頬をさっと赤く染めると、突き飛ばすかのように離れた。相当嫌われているようだ。
「ちょっと、何やってんのよサラちゃん!!こんな、非常識な魔法ぶっ放す奴、さっさと倒しちゃいなさいよ!!」
怪我の功名とでも言うのか、ターヴィの髪からめでたく解放されてミレニアは相変わらずの調子だ。
「そんなこと言ったって、お前相手が見えていないだろう…」
攻撃を受けたのは明白だが相手の位置が掴めなかった。先程の攻撃で終わりなのか、また第二波が来るのか。
「こそこそ隠れてねーで、出て来い!このターヴィ=アーズ様が相手だ!!」
「アーヤンもあいてだよぅ!!でてこぉい!!」
ターヴィとアーヤンが見えない敵に口々に叫ぶ。
そんな程度のこけおどしで出てくるようなら相手も相当の天晴れだと思ったが、あえて口にはしなかった。
「出てこねぇのか!このターヴィ様が怖いんだなっ!!」
ターヴィが勝ち誇ったように高らかに笑う。しかし、反応はなかった。
「ターヴィ、むなしいよぅ…」
「ふっ、強きものは常に理解されねーもんだ…」
ターヴィの瞳に光る物があったが、シルンはあえてそれは見ないことにした。今は冗談など言っている場合でもない。
(出てこないのは…おそらく相手が単独だからか…?だとしたら、まさかあの『ナーレーダ』の仲間か?)
彼女の魔力は相当なものだった。しかし仮に今度の相手もそれ相応の力を持っていたとしても、地上で勝負するなら負けはないはずだ。だとしたら持久戦に持ち込むよりもこちらから仕掛けるべきか。
ともかく相手の位置を知ることが先決だと、先程地に置いたままだった剣を手に取るとシルンは声高に叫んだ。
「どこにいる、出て来い!ナーレーダの仲間なんだろう。お前たちの探している竜の剣はここにあるぞ!!」
サーザンが驚いたように眼を見開いた。『竜の剣』が話題に上るとは思っていなかったのだろう。
彼女には危険を強いてしまうかもしれないが、シルンにも譲れない意地はある。
「ナーレーダは、一人でも勇敢に立ち向かったぞ。彼女のような誇りがあるのなら、出て来い!!」
言葉が通じる相手ならこれで姿を現すだろう。
話を聞かないような輩なら仕方がない。強制的に魔法であぶり出すしか道がない。
そう作戦を練っていると、相手から返答があった。
「……正当な理由を持たぬ者などにそう言われては、さすがに私にも自尊心はある…」
そう口にしながら、木々の間から姿を現したのは、まだ若い女性の竜族だった。
ナーレーダとは対照的な輝く金の髪と、白い衣。光のイメージが良く似合う。
「そうでしょう?偉そうな口を叩いた所で、不正を犯しているのはお前たちの方……」
こちらに対する敵意は剥き出しだったが口調は落ち着いていた。その瞳に宿る光はサーザンに似通ったものがあった。
「不正?何の事だ」
「とぼけても無駄よ!その剣を手にするのは、私たちが正当。横から手を出したお前たちに、誇りなどと言われたのでは、反吐がでるわ」
「何の話をしてるんだ?お前たちは…」
話の流れが見えないサーザンは困惑顔だが、シルンにしたところでそう変わりはない。
何が正当なのか、言わんとしている事がわからない。
「その剣の所有者たるは、ノーレイン様ただ一人!それを邪魔しようと言うのであれば、この私が相手になりましょう」
「違う!この剣はサーザンのものだ!!おまえらのなんかじゃない!!」
話の見えない中でも、それだけは確かなことだとわかる。シルンは見失わないようにと叫んだ。
この『竜の剣』は間違いなくシュトラル=セレナから、サーザンに渡すように預かったものだ。
その相手は、決して『ノーレイン』などではなかった。
「なら、仕方がないわ。竜の剣はひとつしかないもの。お前たちの意志が勝るか、それともこの私の想いが勝るか…覚悟なさい!」
女竜が魔法を放つ構えに入った。そうはさせじと、シルンは剣を引き抜く。
「…や……いあやぁっ!!」
サーザンの拒絶するような悲鳴。その声に一瞬シルンの注意が引かれ、剣を握る腕が躊躇する。女竜が笑って―――…
「氷の…」

その瞬間、誰もが発動する魔法の気配を感じとった。
女竜の魔法ではない遥かに強大な、第三者の介入者の存在。
そして、放たれる、力――――――…
「っ!!」

『ミラ・ケルシア!!』

先程の非ではない、強大な力が周囲を突き抜け――
視界が真っ白に染め上げられた。


「って…な…に…しやがんだ…」
ぼんやりと、耳に届いたのはターヴィの声か。額が割れたのか目に血が流れ込んだようで、視界が酷く悪かった。
きんきんと耳鳴もしているようで、眩暈がして…。
「………ぅ…」
ぐらつく頭を叱咤するように身を起こして、シルンは身体の下に敷いた小柄な少女に声をかけた。
「大丈夫か?」
「…………な、なんで…お前、あたしを庇ったんだ…そんな、怪我してまで……」
なぜ、と聞かれたところでシルンには応えようがなかった。自然と身体が動いてしまったのだ。この小さな少女を守るため――おそらくは、彼女が一番頼りなげに見えたから。
「馬鹿…じゃないのか……?」
 サーザンの言葉にシルンは思わず笑った。
「確かに、そうかもな」
闘う者としては、常に己の身の安全を考えるべきなのだ。自分が倒れたら一体誰が皆を守って闘うのか。
(でも、俺は――罪のない命が失われるのはもう嫌だ)
この手で守れるのならば守りたい。たった一つの儚い命でも。
「……うぅ…」
女竜は横からの衝撃に絶えられずに地に伏したままだった。命に別状はなさそうだったがすぐに戦闘に復帰するのは難しいだろう。
しかし自分たちだけではなくこの女竜まで巻き添えにしたということは、この力の主は一体何者なのだろう。
シルンが硬い表情で辺りを伺うと、突然緊張感の足りない台詞が耳に飛び込んできた。
「ちょっと、あんた!何すんのよっ!!偉そうな面して踏ん反り返っちゃって、ムカツクのよ!!」
「………ミレニア…」
相変わらず、彼女は不死身としか言い様がなかった。多少の傷は負っているようだったがぴんぴんしている。
そして、彼女がずびしっ!と指差していたのはこれまた見覚えのない黒い甲冑の男だった。
透きとおるような白い肌と、無造作に伸ばしたような金の髪。髪の間から覗くのは、やはり竜族の象徴である『角』。
陽光に光る茶色の瞳は冷たい輝きを放っていた。
さらに彼の後ろには似たような鎧を身に着けた男たちが、ざっと見ただけで三十騎位はいるようだった。
「何とか言ったらどうなの!?」
「……小煩い、小娘だな」
低い声はミレニアなど軽く凌駕する威圧的な響きを持っていた。
ミレニアのように根拠のない自信ではなく人の上に立つ者の威厳だ。
「お前…何者だ…」
「我が名か?私は、スレーム帝国第二騎士団隊長・ルーメイト=アズルーン」
ずらずらと男が並べ立てる肩書きは、にわかにはシルンの耳に入らなかった。
スレーム帝国―それは、あの聞きしに勝るオミクロンの『竜の帝国』ではなかったか。
(その帝国の騎士団長?そんな身分の男が、何故ここに…)
疑問符が並べ立てられるシルンの目の前で、ルーメイトが続けた。
「あぁ、言っておくが、美形だ」
「…………………は?」
誰にともなく呟くと一人で頷く男の姿に、シルンはしばしの間唖然とした。

(この大陸に、まともな奴はいないのか…?)






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