落ち着く暇も無く続く、敵(?)たちの襲撃!
派手な登場を見せた自称美形の騎士団長・
ルーメイトに打つ手はあるのか!?

そして、シルンは、サーザンの誤解を解く事が
出来るのか!?


せるふぃっしゅ道中記 第1章 集いし仲間
5.

いや、しかし話が通じないままでも仕方がない。無駄かもしれないが…と、シルンは尋ねてみる事にした。
「あぁ…えーと…騎士団長さん…だっけ?」
「スレーム帝国第二騎士団隊長・ルーメイト=アズルーンだ」
「美形ですから、お忘れなく」
ルーメイトが長々しい肩書きをよどみなく口にすると、傍に控えていた騎士がしつこく付け足した。
どうやら余程のナルシストらしいことは判明した。
「…………………で、そのお偉い騎士団の隊長さんが俺たちに何の用だ?」
尋ねながらもシルンはその答えが簡単に予測できていた。
こういうパターンで攻撃を仕掛けてくる奴は、決まって必ずこう言う。
「言わずと知れた事。貴様等が手にしている『竜の剣』とやらを渡してもらおう」
ルーメイトはそう告げると、その整った顔に冷たい笑みを浮かべた。己の勝利を信じて疑わない絶対的な自信の表れだった。
サーザンが、その胸に抱いた竜の剣をぎゅっと抱き締めた。
「また竜の剣か。で、お前らはどんな口上を吠えるんだ?懲りずに自分が正当云々とでも言うつもりか?」
嫌味半分に、シルンはそう口にした。竜の剣の正当は『ノーレイン』だと言ったのは金の髪の女竜。
しかし、彼女を容赦なく攻撃した所を見ると、このルーメイトたちは女竜の仲間でもないようだ。
「口上――?口上など必要あるまい。その剣は、我が帝国の命運を握る物。その剣を持って、我等は世界を統一するのだ。お前たちには無用の長物。おとなしく引き渡してもらおう」
(帝国の命運…?世界統一だって・…?)
大きくなりすぎた話にシルンは眉をひそめた。何がどうなっているというのだろう。
しかしシルンの疑問に答えてくれる者などこの場にはおらず、ルーメイトは勝手に話を進めていた。
「先日この村はすべて焼き払ったつもりだったが、これだけの鼠が隠れていようとはな。ツメが甘いと言う所か――」
ルーメイトの言葉にサーザンが眼を瞠った。シルンはごくりと唾を飲み込んだ。
間違いない、彼らがこの村を滅ぼした者たちなのだ。
「―まぁ、いい。おとなしく引き渡すのであれば、無駄な殺生はせん。だが、抵抗するのであれば…」
ルーメイトが合図するように左腕を持ち上げた。後方に控えていた騎士達が一斉に剣を構える。
「…っく…!!」
明らかに多勢に無勢だった。敵はどう見ても相当の手練ばかり―どんな素人が見てもシルン達に勝機はなかった。
シルンが息を呑んだ瞬間。
「……どーでもいいけど、あんたたちこの私を無視して話を進めてんじゃないわよ!!」
並み居る騎士たちにも臆することなく、ミレニアががなり返した。
元々良くは無い目つきがさらにキツくなってほとんど三白眼に近い状態になっている。これは相当機嫌の悪い証拠だ。
「スレームだか何だか知らないけど、よっぽど田舎から出てきたみたいね。礼儀を知らないにも程があるわ」
「何だと…?」
「まずは、この私に挨拶するのが筋道ってもんでしょう!それから、人にものを頼む時は、それ相応の礼をすべきね…さらに!!その程度で美形を語るなんて、甘いのよ!整形でもして出直してらっしゃい!!」
ミレニアには勝機云々なんていう細かい事は関係ない。自分の気に入るか気に入らないか、それで全てが決まるのだから。
「な…何だと…?」
「いい?美しさを語るにはね、それ相応の品ってものが必要不可欠なのよ。あんたには、それが足りないみたいね」
そう言いながら、ミレニアはシルンにチラと視線を送った。彼女にしては珍しい戦闘の合図だった。
(……仕掛ける気か?)
勝ち目はどう見てもない絶望的な状況だが、ミレニアはそんなことでは引く女ではなかった。
弱気になどなっている場合ではない。この連中にはどうしても譲りたくないならば闘うしか道は無いではないか。
シルンは、剣の柄を握る腕に力を込めた。シルンの傍らからサーザンが心配顔でその様子を伺っていた。
「そんな奴らに、この私が負けるはず無いでしょう!?」
ミレニアは胸の前で印を結ぶと詠唱の構えに入った。
魔法で返す作戦―しかし、いくらなんでもそれは無茶だ。竜の帝国の騎士ともなればその対魔法能力はかなりのレベルであるはず。そんな相手にミレニア程度の魔法で太刀打ちできるはずがない。
「冷厳なる氷神ケルシアよ…」
ミレニアの詠唱を耳にした途端、怒りで顔を紅潮させていたルーメイトは落ち着きを取り戻した。
「氷呪文か…甘いな…」
そう呟き、軽く指をならした。騎士たちのさらに後方に構えていた魔法兵たちが、防御魔法である『シルヴァラ』の大地の魔法の詠唱をはじめる。それに気付いているのかいないのか、ミレニアは淀みなく詠唱を続けた。
シルンの剣を握る掌に、冷たい汗がじっとりと滲んだ。
おそらく、ミレニアの魔法を防いだ後、騎士たちは一斉に反撃に出るだろう。そこを潰さねば、負ける―――!!
「…天より舞い降りる百万の矢となりて、この不浄なる輩を刺し貫け!!」
「…強固なる壁となりて我等を護りたまえ…!『大地の壁』」
ミレニアよりも、魔法兵たちの魔法が完成する方が早い―!!
巻き起こった砂塵が、彼らの頭上を覆い尽くすかのように巨大な壁を形作った。
「―――!?」
ミレニアの唇の端がしてやったりというように吊り上がっていた。
印を結んでいた手を突然離すと前触れのない動きで懐から何かを取り出した。
「『氷の…』と見せかけといて、実は『雷の鞭』!!」
ミレニアの掌が金の光を帯びる。それは間違いなく『雷』の魔法の発動だった。
「…魔封石!?」
シルンとルーメイトがほぼ同時に叫んだ。
魔封石とは魔法の効果が石の形に結晶化したもので、魔力を持つ人間が己の魔力を石に込めれば詠唱なしでその魔法を発動する事が出来る。自然にしか生まれない希少価値の高いものだが、この期に及んで「もったいない」とは言わなかったようだ。
「な、何―――!?」
迫り来る『ルンザラス』の雷の鞭に、魔法兵たち青ざめた。
彼等を守る地神シルヴァラに対して、雷神ルンザラスは激しい敵意を抱いている。
魔法において、何よりも勝敗を決するのは魔法の相性だ。
地対雷―その相性の悪さは幼い子供でも知っている。この防御魔法はかえって不利だった。
しかし、魔法兵たちがその魔法を解除するより早くミレニアの鞭がすさまじい破壊音とともに辺り一体を薙ぎ払った――!
爆音と凄まじい衝撃に、今いち状況に置いていかれたターヴィとアーヤンは必死に耐えた。
「んだよ!何がどーなってんだ!?」
「アーヤンだってわかんないよぅ!!」
二人とも飛ばされないように堪えているだけで精一杯であり、とても参戦できそうな様子ではない。
ごうごうと爆風に煽られながらシルンも眼を凝らした。視界を覆う土煙の中、ゆっくりと黒い影がうごめく。
(騎士、か!?)
シルンは息を潜めた。相手はこちらの位置が掴めていない。この混乱は仕掛けるのに好機である。
シルンは音を立てずに騎士の後ろに回りこんだ。騎士はまだ気付いていない。
(悪いが…、俺は騎士道なんてのには乗っ取らない主義なんだ)
己の剣に捧げた自尊心は、ただ一つだけ。何としても生き延びること。そのためなら、どんな汚い手だって厭いはしない!
「!!」
シルンは躊躇わず、その剣を騎士の背に突き立てた―――!!
「がふっ…っ!!」
刺し貫かれた痛みにようやく己の置かれている状況が掴めたようだがもう遅い。
シルンは崩れ落ちる竜騎士の身体から、剣を引き抜いた。
騎士の返り血を半身に浴びたシルンの姿は、戦場に立つ鬼のようであった。
「ひっ…!!」
シルンの姿を目の当たりにして、サーザンが悲鳴をあげた。
そこに優しくてどこか寂しげなシルンの面影は微塵もなかった。
芽生えかけていた信頼が音を立てて崩れていくかのようだった。
「サラちゃん、ぼさっとしてんじゃないわよ!次!!」
そんなサーザンの心情を知ってか知らずか、ミレニアが声を張り上げた。
動揺で崩れかけた敵の陣営も、だんだんと落ち着きを取り戻してきていた。
ミレニアの魔法は予想以上の被害を相手陣営にもたらしたようだったが、それでも数の上で不利な事に変わりはない。
「言われなくとも、そうする…」
そう答えながらも、シルンの意識はもうミレニアには向いていなかった。
燃える怒りの形相で一人の騎士がシルンの前に立ちはだかっていた。言わずと知れた、敵の御大将ルーメイト。
「貴様ら―…、人間の分際で!!」
「一対一でなんて、随分と余裕だな。さすがは竜騎士サマだ」
皮肉げなシルンの応答に、ルーメイトの頬が引きつった。
「ルーメイト隊長!こんな奴等、隊長が相手をする価値もありません!!ここは我等にお任せを!」
ルーメイトの背後から一人の魔法兵が申し出る。しかし怒りのルーメイトにその心情が届くはずもなかった。
「黙れ!お前は下がっていろ!!この始末は私が自らつけてやる!!」
怒鳴るように命を下すと、ルーメイトは腰に佩いた剣を抜いた。
人間の力では満足に振るうことも出来ないような、巨大な漆黒の剣である。
その剣を難なく構えると、ルーメイトは怒りに燃える瞳をシルンとミレニアに向けた。


「う…うぅ……」
一方。ルーメイトの魔法で意識を失いかけ、さらにミレニアの魔法で追い討ちをかけられた女竜・ハーベラもようやく眼を覚ました。眩暈に揺れる視界を安定させるように首を振る。
「一体…なに……」
そうして己の瞳に映った光景に、ハーベラは言葉を失った。
憎き敵たちの前に立ちはだかっている者たち―その黒い甲冑は、紛いもなくあの竜の帝国『スレーム』のもの。
そして、その先陣で剣を構えている者の出で立ちは、竜騎士団長ではないか。
(なぜスレームが、こんな所にしゃしゃり出てくる?)
スレーム帝国は、人間や魔族という存在を嫌ってはいたが、今まで表舞台に出てくることなどなかった。
オミクロンの東の果てで竜族の純血を保ちながら、ひっそりと暮らしている国であったのに。
(スレームがあの者たちと敵対するとしたら、狙いはただ一つ)
それは自分たちと同じもの―竜の剣に他ならない。
竜族の血を引く主人・ノーレインの悲願を成就する太古よりの遺産。
ハーベラは、喧騒からやや離れて座り込んでいる赤い髪の幼女の胸に抱かれているものへと視線を動かした。。
(譲れない…たとえ相手が、竜の帝国であったとしても―――)
それを手にすることが、彼女の主の切なる願いなのだから。

 
ルーメイトは迷う暇を与えず、巨大な剣をシルンの前に振りかざした!
「どれほど卑怯な手を使おうとも、所詮は人間。我等竜族の強大なる力の前に、ひれ伏すがいい――!!」
「くっ!」
轟音を立てて迫る剣を受け止めるなどという自殺行為は出来ない。シルンはすんでのところで避けてかわした。
しかし、剣が返るのが尋常ではなく早い―!
「終りだ!」
その体勢から避けるのは不可能だった。シルンは無茶を承知でルーメイトの斬撃を己の剣で受け止めた。
しかし、勢いまでは殺せず衝撃がシルンの細い身体を吹っ飛ばす。
「雷の矢!」
間髪をいれずにルーメイトが魔法を放った。腐っても流石は隊長、呪文の構成に詠唱は必要ないようだった。
まだ空を漂っていたシルンは防御姿勢を取る事も出来ず、無数の雷の矢を全身に浴びた。
凄惨な光景にサーザンは息を呑んだ。
「サ、サラちゃぁん!!」
アーヤンが甲高い悲鳴を上げる。
「サラっ!」
ターヴィが瞬時に髪を伸ばし吹き飛んだシルンの身体を受け止めた。
着地の衝撃は免れたが、ダメージはけして浅くはない。
「おい、サラ!」
「……だい…じょうぶだ…。それより、奴を…」
常人であれば気を失ってもおかしくはない攻撃を受けながら、それでもシルンは身を起こした。
華奢に見えるがその戦意は尋常なものではない。シルンはルーメイトに視線を向けた。
その前にミレニアが立ちはだかっている。
「……………ミレニアちゃん?」
「……あの馬鹿…」
ルーメイトの力を目の当たりにしてもミレニアにはまだ余裕があるようだった。ルーメイトに対して仁王立ちに立っていた。
「先程はやってくれたな…小娘の分際で」
「この私の力、見くびってもらっちゃ困るのよ」
ミレニアはふふん、と鼻を鳴らした。先程の作戦が効を奏したのが余程嬉しいらしい。
しかし仲間の目から見てもミレニアに勝機はなかった。こまっしゃくれた猫が、ライオンに立ち向かっているようなものだ。
「ターヴィ…」
シルンは短くその名を呼んだ。頼りにはならないが、ここではターヴィを頼るしかない。
どうにかあのミレニアの暴走を止めて、ここを引く事が出来ればいいのだが。
シルンのその意思を汲み取ったかのように、ターヴィが自信満面の笑みを浮かべて頷いた。
「任せとけって!あの勘違いナルシスト野郎は、このターヴィ様がぶっ飛ばしてやっからな!!」
「…………………………………」
シルンの気持ちは1%も伝わってはいないようだった。
「やい、テメェ!さっきから一人で目立ってんじゃねーぞ!たたでさえ、俺様の出番が少ないっつーのに…」
ずかずかと、場の空気を察知していないターヴィが割り込んだ。
ミレニアが猫でルーメイトが獅子なら、ターヴィはさしずめゴキブリレベルだろうか。
「ローメイトだか何だかしらねえが、このターヴィ=アーズ様が相手だ!言っておかなくても美形だからな!」
「……雑魚が」
呆れたようにルーメイトが呟いた。敵とすら判断していないらしい。
「ちょっと、あんたなんか呼んでないのよっ!ザコはザコらしく引っ込んでなさいよ!」
「ふっ!ザコかどうか、この俺様の力を見てから言いやがれ!」
そう言うと、ターヴィは一気に呪文を完成させた。タイムラグなしで、呪文をルーメイトへ向けて発動する!
「炎の槍!」
ターヴィの目前で、紅い炎が勢いよく燃え上がる。膨れ上がった炎が槍を形作ってルーメイト目掛けて襲い掛かった!
「へへん!どーだっ」
ターヴィは得意満面の笑顔だ。髪を自在に伸縮できる『髪伸ばし』ばかりが注目されているがターヴィは魔術の腕もなかなかである。扱える魔法は『炎』と『闇』の二種類だけだが、炎に関しては神に助力を乞うことなく魔法を発動出来るだけの力を持っていた。普段はアホだが、詠唱を省略出来ると言う点では、さすがに最も魔法が強いといわれている魔族の血を引いているのだと頷けた。
「……あんたって馬鹿だとは思ってたけど救いようのない馬鹿なのね」
そんなターヴィを地に付き落とすかのように、ミレニアが冷めた声で言い捨てた。
「な、何だとぉっ!?」
「そんなレベルの魔法で、あの男がやられるわけないじゃない。この私の魔法ですらぴんぴんしてた奴がよ?」
そう言ってミレニアは促すように視線をルーメイトの方へ向けた。ターヴィもおとなしくそれに習い――言葉を失った。
防御魔法も使わずに攻撃魔法が直撃したというのに、ルーメイトは何事もなかったかのようにそこに立っていた。
「……んだとぉ…!?」
「だから言ってんじゃない。あんたの敵じゃないのよ」
「んなっ、それを言ったらてめぇだって一緒だろッ!?ミレニア、お前一体どうやって、あの不死身野郎と闘る気なんだよ?!」
ターヴィとミレニアの魔法力にそう差はない。ミレニアにしたところで、この状況を打破する実力など持ち合わせてはいないはずなのに。
「馬鹿ね、誰が闘うなんて言った?」
「は?」
冷めた目で反論したミレニアの言葉が、ターヴィには瞬時に理解出来なかった。闘わない―なら一体どうするというのか。
「さて、馬鹿もおとなしく黙った所で…ルーメイト、だったわね。ま、悔しいけどとりあえず実力は認めてあげてもいいわ」
「負け惜しみのワリにはでけー態度だな」
ごすっ!
視線を動かすことなく、隣に立っていたターヴィの顔面に拳を叩き込んでミレニアは続けた。
「私も馬鹿じゃないから、引き際ぐらいは見極めてるつもりよ」
「つまりは、竜の剣を引き渡す、ということか」
ルーメイトの言葉に、ミレニアは大きく頷いた。
「なっ!」
勝手に進む取り引きの展開にサーザンは抗議の声を上げた。
「もともと、私たちと竜の剣なんて関係ないんだから、こんなことで命を落とすなんて馬鹿よね」
「お前、何勝手なこと…!!」
「あら、勝手なのはどっち?私にはね、別にあんたを守る義理なんてないのよ」
成り行きとは言っても、ミレニアはサーザンのために命を賭して闘うなど真っ平だった。
弱き者は強き者に搾取される。当然の結果ではないか。
ミレニアは踵を返すとつかつかとサーザンの元に歩み寄った。
「あんたがおとなしくそれを渡せば済む話なのよ。ほら、よこしなさいよ」
「嫌だっ!」
「あんたのわがままなんか聞いてないのよっ。ほら、手ぇ離しなさいよっ!!」
ミレニアに奪われまいとサーザンは必死に抵抗したが所詮は子供の力に過ぎない。
竜の剣に手をかけると、ミレニアは強引にサーザンを引き剥がした。
「素直に渡せばいいのよっ!」
ぐん、と竜の剣を引き上げた時、後からそれを阻む手があった。邪魔をするその姿を認めてミレニアは思わず叫んだ。
「なっ…半死人はおとなしく寝転んでなさいよ!」
しかし、シルンはその手を離そうとはしなかった。怒りを超えた無表情で、ミレニアから眼を逸らさなかった。
「……サラちゃん。私はこんな所で無駄死にする気はさらさらないの。サラちゃんだってそうでしょう?なら、どうして迷う必要があるの。こんなガキに義理立てする必要なんかどこにもないでしょ?」
サーザンが、縋るような瞳でシルンを見上げた。シルンは何も答えない。何も言わずにただミレニアを凝視していた。
「答えられないのは、迷ってるから?相変わらず、救いようのないくらいお人好しなのね」
シルンの態度にミレニアが冷笑した、その時。ついにルーメイトが痺れを切らした。
「……仲間割れか。しかし、そんなことはどうでもいい。肝心なことは、貴様のような人間の小娘に、我々が不覚にも遅れを取ったという事だ…。もはや、貴様らがどうしようと知った事ではない!帝国に恥をかかせた罪―――皆殺しだ!」
「なっ、ちょっと約束が違うでしょ!?」
誰も約束などしていないということは頭の隅に追いやって、混乱しながらもミレニアが叫んだ。
「下がれ!」
そんなミレニアとサーザンの前に立ちはだかるようにシルンが剣を構えた。
常人であれば立っていられないような怪我負っているのに。
「お前…」
「いいから、それ持って逃げろ!出来るだけ遠くへ!」
シルンの力ではどうしようもない事ぐらい先程の勝負で証明済みだった。
それでも仲間がいる限りシルンは立ち向かわずにはいられなかった。
「って、サラ…おめーはどうすんだよ!?」
やや離れた場所からターヴィが絶望的な声を上げた。しかし、全てがもう遅かった。
ルーメイトの魔法は、完成していたのだから。
離れていても感じる振動は神の鼓動。まごうことなき、最上級呪文・神名魔法―――!

『 ミラ・ケルシア―――!! 』

ルーメイトから、眼を灼く氷の輝きが生まれる。しかしそれと時を同じくして、突然暖かな閃光が、辺りを包んだ!
「…!?」
「っ!!」
「!!!」


ややあって。
眩い閃光に灼かれた目もようやく光を取り戻した。まずシルンは自分が生きている事実に驚愕した。
「…一体…」
何が…、という言葉は行き先を失っていた。
シルンだけではなくミレニアもターヴィもアーヤンの目も、その一点に向けられていた。
そこにいたのは、白い男。
神々しささえ漂わせる白髪と銀の瞳の、想像を絶するような美しい青年だった。
「な…何だぁ!?」
ターヴィが素っ頓狂な声を上げる。
「う…うつくしい…なんてお美しいのかしら…。あの方こそ、まさに私のサーザン様だわ…」
ミレニアは、夢現な表情で、その白い青年に見惚れていた。
シルンも、言葉を失ってその青年を凝視していたが、その頭部に見慣れたものがあるのに気付いた。
捻じ曲がった黒い角。それはまさしく、竜族の証。
しかし、一度見たら決して忘れる事など出来ないであろうその青年に、シルンは見覚えがなかった。
なぜ、彼が今ここにいるのかさえも見当がつかない。
「ば…ばかな…私の魔法を跳ね返しただと!?」
敵陣営では、その事実にルーメイトが愕然としていた。
二番隊隊長であるルーメイトの魔法に打ち勝てるものなど、帝国においても数える程しかいないというのに。
それが、一介の人間たちなどに―――!
「た、隊長!あれは…」
ルーメイトの傍らに控えていた魔法兵が声を荒げた。その言葉に促されるようにルーメイトが面を上げる。
そして、ルーメイトもまた瞳に映ったその存在に、さらに驚愕する事となった。
「な…竜の、守人だと!?」
「私は、サーザン=セレナの守人『竜使』。あなた方が、サーザンに対して行った振る舞い、捨て置くわけには行きません。覚悟なさい」
白い男―――竜使は、そう言って右手をスレーム帝国の騎士たちに向かって掲げた。
その左手には、しっかりと竜の剣が握られていた。竜使は淀みなく詠唱を口にする。
それは、神話に語り継がれる神の姿のようでもあった。
「くっ…たかが守人の分際で!」
「おやめください、ルーメイト様!あの者からは得体の知れない力を…!」
竜使に立ち向かおうとするルーメイトを魔法兵が必死に止める。
しかし、その甲斐なくルーメイトは魔法兵を振り払うと竜使に向かって斬りかかった!
「死ねぇ!」
しかし、その剣が振り下ろされようとするまさにその瞬間。竜使の魔法が解き放たれた。

『レ・ルンザラス』

ルーメイトの氷の神名呪文にも引けを取らないほどの雷の神名呪文。
それは、まるで天から降った剣のように、ルーメイトの身体を貫いた―――!!
「ぐ…あぁぁっ!」
「ルーメイト様ああぁぁっ!!」
魔法兵が絶叫した。必死に手を伸ばすがそれも届くはずがない。
ルーメイトの身体はその魔力の前に、跡形もなく消し飛んだ。
「そ…そんな…」
竜使の桁外れの魔法に、騎士も魔法兵も誰もが言葉を失っていた。動く事すら出来ない。
「貴方たちは、三重の罪を犯しました。まずは、サーザンの父親を殺したこと…、そしてこの村人を殺したこと。さらに…サーザンに対して刃を向けたこと。この罪、死をもってしか贖う事は出来ません」
竜使がその美しい銀の瞳を騎士たちに向けた。そこには、ルーメイトとは対照的な、凍るような怒りが潜んでいた。
「麗しき闇神トジャーよ…深き暗闇の底より生まれし、その黒き霧にて、罪深き罪人を黄泉へと導きたまえ…」
魔法兵が息を呑んだ。その詠唱は、全てを闇へと帰す終焉の魔法である。暗い暗い闇へと堕つ、死への誘い―――!
「い…いやだぁぁっ!」
しかし、竜使に慈悲はなかった。迷うことなく、禁断のその言葉を口にする。

『トジャー・シャーズ(死呪)』

誰一人として、逃す事はなかった。黒き霧は魔法兵の悲鳴をも飲み込んで―――…。
そして、辺りは静寂に包まれた。


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