突如として襲い掛かって来たスレーム帝国竜騎士団・
二番隊のルーメイトらになす術もないミレニアたち。
絶体絶命の危機を救ったのは、「竜使」と名乗る白い
竜族の青年だった――――――。


せるふぃっしゅ道中記 第1章 集いし仲間
6.

目の前で繰り広げられた一連の戦闘に、ハーベラはただ呆然と見入っていた。
スレーム帝国の圧倒的優位。そしてそれを覆した、たった一人の男。
(…竜の守人…ですって?)
突きつけられた事実には思わず目を疑わずにはいられない。
竜の守人とは、半竜半人の子供にのみ宿る存在――つまりは、敵の一味にはハーベラが愛する主・ノーレインと同じ半竜人がいるということだ。
純血の竜族は『半竜風情』と蔑むが、その実、竜の守人の有する魔力は留まる所を知らぬとも言われている。
事態はハーベラの許容範囲を超えていた。もはや、自分の独断では動く事が出来ない。
「目の前に竜の剣があるというのに……口惜しい事この上ないわね…」
その言葉が捨て台詞に過ぎないことは、ハーベラも充分承知していた。
しかしこれ以上ここに留まっても時間の無駄。そう割り切るとハーベラは風の魔法を発動した。
「風の移動陣」。瞬時に場所を移動する、超高速移動呪文だ。
ハーベラがラセン村跡を去ろうとする、まさにその一瞬。白い守人・竜使と視線がかち合った。
そこに宿る冷たい輝きに、ハーベラの全身が総毛立った。
それは闘う事もなく実力の違いを見せつけられた一瞬だった。


あまりのあっけない幕切れに、シルンは言葉もなかった。
一体何がどうなっているのか。この竜使と名乗った男は、一体何者なのか。
「あ…貴方は…」
シルンが声をかけると、その青年はゆっくりと振り返った。その瞳は、優しい光に包まれていた。
そこにはもはや怒りの色はなく、その姿は同性のシルンやターヴィから見ても惚れ惚れするほどの美しさであった。
「あなたは一体……」
「なぁんて素敵な御方なの!ああぁ、竜使様と仰るのね…まさに神が創り賜うた奇跡だわ…!」
哀れ、シルンの問いはミレニアの夢見心地な叫びにかき消された。
ミレニアの瞳は完全に乙女モードに入ってしまっている。こうなってしまっては、もう手の付けようはないのだが…しかし今回はそんな事で諦められるような事態でもなかった。
どういう事かとシルンは口を開こうとしたが、竜使はそれより早く顔をミレニアに向けると優しげな声を発した。
「あなたは、ミレニアですね」
「!?」
シルンはその言葉に驚愕した。まだ、自分たちは自己紹介すら済ませていなかったはずなのに。
「そして…貴方がシルン=サラ。そちらの方がターヴィで、そ ちらの可愛らしいお嬢さんがアーヤン」
すらすらと淀みなく竜使が続けた。可愛いお嬢さんと言われて、アーヤンは素直に喜ぶ。
ミレニアは恐ろしい目つきでアーヤンを睨んでいたが、そんな事はシルンにしてみれば大した問題ではない。
「なんで…貴方は俺たちの名前を知ってるんですか?それに、一体何処から…」
そこまで言いかけて、シルンはある事実に気がついた。
ミレニア、シルン、ターヴィ、アーヤン。今ここにいるはずなのに、その名を呼ばれなかった者が一人だけいる。
シルンは慌てて辺りを見回して―愕然とした。出会ったばかりのサーザンがどこにも見当たらない。
「サーザンの事でしたら心配はいりませんよ。あの子は、今私の中で眠っています」
シルンの心情を察したかのように、竜使は補足した。
そう言われてもシルンの疑問は簡単には晴れない。事態が上手く繋がらない。
「あぁ、あなた方はご存知ないのですね。私たちのような人と竜の狭間に生まれた存在…それは、生まれながらにして二つの魂を宿しているのですよ。それがサーザンと私なのです」
「二つの…魂?」
「ちょ…ちょっと待ってよ!それじゃ何?竜使様と、あのサーザンは…同一人物ってこと!?」
冗談はやめてとばかりにミレニアが割り込んだ。そんな馬鹿な事がありえるのか。
気が気でないミレニアに、竜使は優しく微笑んだ。
「いえ、同じ身体を共有しているというだけで、サーザンと私の意識はまるで別物ですよ。今はね…」
「あぁ、何だ。そうよねぇ…びっくりした」
竜使の答えにミレニアは安堵の溜息を洩らした。そんなミレニアの様子を見て取って、シルン・ターヴィ・アーヤンは直感した。
ミレニアは、かなり本気だ。
「サーザンの魂は表のもの…そして、私はサーザンを支える影の存在なのです。普段は、サーザンを見守っているのですが」
そう言って、竜使は視線を背後に向けた。そこには先程までの戦闘の爪痕が、ありありと残されていた。
竜使が他の者には聞こえないぐらい小さく溜息をついた。
「サーザンの生命が危険に晒された時は、私はサーザンを守るために表に出るのです。そう、今のように」
そこで竜使は言葉をきって、胸に手を当てると眼を閉じた。まるで己の中に眠るサーザンに語りかけるように。
竜使の説明を聞き、シルンはようやく合点がいった。目で見ても簡単には信じられないがこの青年はサーザンなのだ。
いや、サーザンと同一人物と言うべきか。竜使が突然現れたように感じたのは、背後にいたサーザンが突然姿を変えたからなのだろう。赤い少女のサーザンと、白い青年の竜使。似ても似つかないこの二人は、同一人物なのだ。
しかし、仲間内で皆がシルンのような思考回路をしているわけでもない。当然の如く事態が理解できないものもいる。
「何かよくわかんねーけど、オマエは結局サーザンの変身した姿って事か?」
「……変身…というわけではありませんが」
「えぇ!?じゃー、まほうなの!?すっごーい、サーザンちゃん!」
「魔法というわけでもありませんよ」
「じゃ、何だ?変装したってことはねーだろ?」
「ですから、私はサーザンの『守人』であって、あくまでも…」
どう説明しても理解できなそうなターヴィやアーヤン相手にまで、竜使は嫌な顔一つせず説明を繰り返していた。
案外人がいいのだろうか。しかし、シルンは竜使に何か得体の知れないものを感じた。
不審ではないが、しかし何か裏がありそうにも感じられる―――。
「ちょっとあんたたち!私の竜使様に気安く話し掛けないでよね。あんたたちなんかと話してるとバカが移るわっ!」
「なにおぅ!?失礼な事言いやがって!アーヤンはともかく、この俺様は馬鹿じゃねーぞっ!」
「えぇぇっ!バカってうつるのぉ!?アーヤン、はじめてしったよぅ!」
「あぁ、口答えはいいからどきなさいよっ!邪魔なのよっ!!」
業を煮やしたミレニアが竜使の前で質問を繰り返すターヴィを張り倒した。
地面に容赦なく叩きつけられたターヴィが、当然の結果としてミレニアを罵倒する。
「ってぇ!テメェ、この世にも名だたる美貌の俺様に何しやがんだっ!」
「……竜使様、竜使様はどんな女性がお好みですの?」
「女性…ですか。考えた事がないですね。私の全てはサーザンのものですから」
ターヴィの叫びも虚しく、二人の目前ではミレニアと竜使の他愛もない会話が繰り広げられていた。
「ターヴィ…かんぜんむしだよう…」
「……ちきしょう…」
「落ち込むなよ、いつものことだろ」
とりあえず二人を慰める言葉を口にしてからシルンは竜使に向き直った。まだ謎は何も解明されていない。
その謎を解く鍵を、竜使は知っているのではないか。
「竜使さん、あなたに聞きたい事があるんです」
シルンの真剣な瞳に、竜使が優しく笑った。それを肯定の合図と受け取って、シルンは質問を口にした。
「竜の剣とは何なんですか。どうしてサーザンみたいな子が、こんな闘いに巻き込まれなければならないんですか」
シュトラル=セレナから竜の剣を預かって―それから今まで、ずっと抱きつづけてきた疑問。
巻き込まれたとはいえ、自分たちだけが事情を知らないのは理不尽であるとしか言いようがない。
「詳しいことは、私も知りえないのですよ。私は一介の守人であって、神ではないのですから。―しかし、私が知っている限りの事はお教えしましょう。それが、ここまであなた方を巻き込んでしまった事に対する責任でしょうから」
そして竜使は語りだした。彼の知る真実を。
「あなた方もご存知でしょう。この大陸…いえ、三大陸に語り継がれる英雄たちの伝説を。即ち―――竜姫サータ、空の少女カンナ、大地神官サルトの冒険譚です。
二百年の昔、後に英雄と呼ばれる三人の少年少女は、このオミクロンの地で太古の遺産である一振りの剣を手にしたのです。『竜の剣』と呼ばれるその剣は、今のような姿ではなく、古くよりの妄執を受けた呪われた剣でした。しかし竜姫サータの清き祈りにより、その呪いは浄化され『竜の剣』は類稀なる力を秘めた剣として甦ったのです。その力とは魔力を極めて高める力です。つまり『竜の剣』とは闘うための剣ではなく、魔力を増幅させる『媒体』と言うべき存在なのです。
魔王を討ち取った英雄たちは、『竜の剣』の所在に悩みました。その力は、素晴らしいものではありましたが、その力に魅せられて、いずれはよからぬ野望を抱くものが現れると考えたからです。そこで、彼らは『竜の剣』の力が悪用されぬようにと剣に封印を施し、英雄の一人カンナ=セイラがその剣を抱いたまま、歴史の表舞台から姿を消しました―――」
「……あっ!!」
竜使の話を聞きながら、シルンはようやくひとつの事に合点が行った。
初めて竜の剣を見た時、シュトラル=セレナから竜の剣を託された時に、なぜか剣に見覚えがある気がした。
それは、決して気のせいではなかったのだ。
シルンは英雄サータとサルトの国・ロセアの出身である。
幼い頃教会で見上げた英雄たちの美しい絵の中で、竜姫サータの胸に抱かれていたのは間違いなくこの剣だ。
「…もうお分かりでしょう。カンナ=セイラの子孫であるシュトラル様、そしてサーザンにはこの剣を守り抜く使命があるのですよ。シュトラル様はご自身の身体を鞘とされて、竜の剣を守っていた―…」
「ちょっと待てよ?さっき封印が云々とか言ってたじゃねえか。それってどうなんだよ?」
話をきちんと聞いていたのか、めずらしくターヴィが的を射た質問をした。竜使が頷いてから答えた。
「御指摘の通り『竜の剣』のその力は、封印されたはずでした。しかし、英雄たちにも見落としがあったのですよ。彼らは、人間と魔族の魔力には『竜の剣』が反応しないようにと封印を施した。しかし、当時歴史の表舞台には現れていなかった竜族の存在までは、認識していなかったのです」
「…うぅー、むずかしくてよくわかんないよ〜」
困り顔のアーヤンに、竜使簡単に説明した。
「つまりは、竜族に限っては、『竜の剣』で魔力を高める事が出来るのです」
「初めっからそう言えよなー」
ターヴィのツッコミに、竜使が笑顔を向けた。しかし、その目は笑っておらず、ターヴィの背に冷たいものが走った。
「―――だから、スレーム帝国とか、ノーレインとかいう訳のわからない奴らが群がってくるんですか?」
全てを締めくくるように、シルンが最後の問いを口にした。竜使が黙って頷く。
「全ては、『竜の剣』という甘い蜜に、虫たちが引き寄せられて来るのと同じ事。しかしこの剣の力は汎用されるべきものではないのです。それが、カンナ=セイラたちの願いでもあるのですから…」
そう言うと、竜使は感傷に浸るかのように瞳を閉じた。
シルンはただただ、その内容に圧倒されるばかりで、返す言葉はなかった。
アーヤンの置き引きが原因で幕を開いたこの顛末。
その奥にこんなにもどす黒いものが渦巻いていたなどと、誰が想像出来ただろう。
世界制覇だなんだのと国が関わる事件などもう沢山だと思っていたシルンだが、ここまで関わってしまってはそう簡単にも言えないかもしれない。そんなシルンの様子を感じてか、竜使は面を上げると澄み切った眼差しをシルンたちに向けた。
「あなたたちに、頼みがあります。どうか、サーザンの支えになってやって欲しいのです。サーザンはまだ幼く、自分の使命も、巻き込まれた事態の大きさも、何一つ知らないままでいます。私はサーザンの危機を救うことは出来ても、サーザンの隣にいてやることは出来ないのです。見ず知らずのあなたたちに、こんなことを頼むのは筋違いではあるかもしれませんが…」
「いや…、そんな…」
竜使から頼まれなくてもシルンは初めからその気でいたのだ。
幼くして両親を失った可哀相な少女。あの純粋な心を何とかして救ってやりたいとシルンは思った。
それでも、一応仲間内にも了承は得ようと、シルンが振り返ろうとした途端、
「もう、どーんと任せてください!竜使様♪竜使様の頼みを、このミレニアが断るなんて事、有り得ませんわ!!」
ミレニアの浮かれっぷりに、シルンは思い切り脱力した。
ミレニアは、その後に待ち構えるものなど深くは考えていないのだろう。
「それは、頼もしいですね」
ミレニアの言葉をどこまで真剣に聞いているのか、竜使は相変わらず笑顔を称えたままだ。
もしかしなくてもこの男、相当食えない奴なのかもしれない。
「ターヴィも、アーヤンも異論はないよな?」
「ま、乗りかかった船だしなっ!」
「アーヤンも、アーヤンもっ!!」
残る問題は、サーザンと上手くやっていけるかどうかだけなのだが、それもきちんと話し合えば解決できるはずだ。
すべては誤解なのだから。
「ところで、俺様はどーしても気にかかる事があるんだが…」
「どーした?」
「サーザンって、16歳じゃなかったのか…?」
ターヴィの指摘に皆が、はた、と顔を見合わせて。一斉に竜使に視線を向けたとき、そこには既に竜使の姿はなかった。
「えっ、えぇっ!?」
突然姿を消した竜使に狼狽するミレニア。シルンも焦って視線を周囲に彷徨わせて、それからふと下に向けた。
「あ」
「え?」
そこには、赤い髪をしたサーザンが、寝息を立てて眠っていた。その姿は誰がどう見ても7・8歳の少女にしか見えなかった。


  『 サーザン。憎しみに心を満たしてはいけません。
   憎しみからは、何も生まれはしないのですから。
   相手を許すこと、信じることを覚えなさい。
   そうすれば、真実はおのずと見えてくるものなのですから』

(信じること?何を信じればいいの…。
許す…誰を許すの?真実って何?
わからないよ、リュウシ…あたし、わかんないよ…)


「ん…んん…」
揺らめく灯りと、パチパチという木のはぜる音で、サーザンは目を覚ました。
「……?」
覚醒しきらない意識では、状況がよく掴めない。ぼんやりと浮かぶ光景は、夜の闇と火焚灯りと――それから人影。
その姿を認めて、サーザンの意識が急に回り始めた。一体何が起こったのか、そこにいるのが誰なのか。
「……!?な…なんでお前たちがっ!!」
指をさして大声で叫んだサーザンに、シルンは振り返って微笑んだ。
「あぁ、起きたのか。良かった」
「え、おきたの?サーザンちゃんだいじょうぶ〜?」
「呆けた顔してんなぁ…」
サーザンの戸惑いなどお構いなしに、口々にまくしたてる声に、頭が混乱した。
「あ…え………っと、何…あいつらはどうなって…何で、おまえたちが…」
「何じゃないわよ。いつまでもぐーたら寝てないで、少しは手伝えってのよ!」
「……はぁ?」
すっかり飽和状態のサーザンにシルンが諭すように説明した。
「サーザン、落ち着いて。もう大丈夫だよ。竜使さんが事態を収拾してくれたんだよ」
「リュウシが?」
「そう、君の片割れだという彼が全部話してくれたよ…」
そして、シルンは一部始終をかいつまんで話して聞かせた。
竜使がスレームの竜騎士団を壊滅させたこと。竜使がシルンたちに語って聞かせたこと。そして、竜使の願いを。
「リュウシが、言ったの…。信じるって、許すってそういうこと……?」
竜使はサーザンの意識がない時にしか表に出る事が出来ないため、サーザンには、竜使の行動を知ることは出来ない。
けれど、竜使は確かにサーザンに言葉を残したのだ。信じろと、許せと。
それは、この事を言っていたのではないだろうか。
「でもね、サーザン。これは…竜使さんの願いだからと言うんじゃなくて、俺は君の力になりたかったんだよ」
「…………どうして…?」
サーザンは、思うがままの疑問を口にした。なぜ、そんなにまで自分のような存在に優しくする必要があるのか。
「あたし、ひどいこといっぱい言ったよ?あなたを殺そうとしたんだよ…?なのに、どうしてそんなに優しい事が言えるの?どうしてあたしの力になりたいなんて、そんな風に思えるの!?」
「……それは…」
「うっさいわね、あんたの意思なんかどーでもいいのよ!あんたは竜使様のおまけなんだからっ!!」
「なっ…!!」
「いいこと?この私があんたを連れて行ってやるんだから、光栄に思いなさいよね!まったく、感謝しても足りないくらいだってのに…」
「なんだよ、おまけって!!それに、あたしはオマエなんかに連れてってなんて言ってない!」
いきなり始まった修羅場に、シルンは呆れて溜息を吐いた。どうにもこうにも、この二人は気が合わないのだろう。
「じゃあなに?サラちゃんに、連れてってーって泣きつくわけ?はっ、馬鹿じゃないの!?」
「誰も泣きつくなんて言ってない!竜使に媚び売ってるのはお前だろ!!」
「な…何ですってぇ!?」
「二人とも…少しは落ち着いて…」
「煩いわね!こういうのは最初が肝心なのよ!!」
ずびしっ!と指を突きつけて宣告するミレニアにシルンは返す言葉もなかった。
どうせ何を言った所でミレニアは聞きもしないだろうから。
「おぉーい、どーでもいいけど、先食ってるぜ」
「いっただっきまーすっ♪」
二人の喧騒などお構いなしに、食に走るターヴィとアーヤン。二人の食欲の果てしなさを思い出してミレニアは叫び返した。
「ちょっと、あんたたち私の分まで食うんじゃないわよ!!」
「へっ、バーカ!早いもん勝ちに決まってんだろ!」
「もーらいっ☆」
「この世は弱肉強食だぜっ!!」
「待てって言ってんでしょっ!この………ルシアよ……凍てつけ………の矢となりて、こいつらに天罰を!『氷の矢』!!」
「ぐごげっ!!って…テメェ何しやがるっ!!」
「こっちの台詞だって言ってんでしょ!!」
魔法まで繰り出してのどうでもいいケンカに、サーザンはただただ呆然とした。こいつらは、一体どういう奴らで…。
「ったく…仕方ないよなぁ」
苦笑を浮かべながら、シルンがぽんとサーザンの肩に手を置いた。自然とサーザンがシルンを見上げる。
「君は、まだ俺たちの事許せないかもしれないけど…でも、俺は君を助けてあげたかったんだよ…。だから、君が迷惑じゃなければ…」
「迷惑なんかじゃない!」
思わず口をついて出た言葉に、サーザンが赤面した。自分でも、そんなに強く言った事が信じられないような様子だった。
恥ずかしそうに俯くと、サーザンは選ぶようにして言葉を口にした。
「……迷惑じゃ、ない。そうじゃなくて……嬉しかったの」
「サーザン……」
思いを定めたように、サーザンは顔を上げると、シルンの眼を真っ直ぐに見つめた。
「あたしね、ホントの事はぜんぜんわかんないけど、でもこれだけは信じる。あなたがオトウサマ殺したんじゃないって。 あなたのこと…リュウシと同じくらい、信じられる気がするの。だから…その…ごめんなさい…」
一生懸命に、そう口にしたサーザンに、シルンは優しく微笑みかけた。
肩に置いた手を背に回すと、促すようにその背を押した。
「一緒に行こう。サーザン」
「………………うんっ!!」
サーザンが思いきり元気よく頷いた。その顔は、満面の笑顔だった。

自分勝手でわがままな連中に、小さな仲間が加わった。
彼女の背負った運命は重くて、この先気楽に…なんて簡単には行かないだろうから。
このひと時の幸せを、大切にしよう。
そんな風に、シルンは感じていた。

暗闇の中に浮かぶ、ひとつの灯り。
魔力によって灯された炎で、周辺は照らし出されていたが、その光が届かない部屋の隅は漆黒の闇に塗られていた。
その中で、黒いローブを身に纏った女が水盤を見下ろしていた。
水盤に張られた水には、ひとつの光景が映し出されていた。その一連の始終を眺めて、女は低く呟いた。
「……あれだけ息巻いておきながら、こうもたやすく敗けるとは―――情けないこと」
それから女は面を上げた。頭部を覆っていた布が肩へと滑り落ちる。
露になった素顔は、目鼻立ちの整った知的な美女であった。
肩口で切りそろえられた黒い艶やかな髪に縁取られた顔からは、自尊心の高さが伺える。
「これは、陛下に報告しなくてはね…。あの誇り高い『竜騎士団』が、一介の守人などに負けたとあれば…さぞかし傑作な見物となろうよ…」
そうして、女は意地悪く、くすりと微笑んだ。黒く塗られた爪が、遠く離れた場所を映し出す水面へと伸ばされる。
そこに移っていたのは年端もいかぬ、五人の少年少女の姿。それを蔑むように見下ろすと女は指先で水面に触れた。
波紋が広がり魔法が解けて、水鏡はただの水へと戻った。
「いずれは…竜の剣は私の手に。それまでは、お前たちに華をもたせてやろう…」
最後の水面の光景を脳裏に焼き付けて、女は一人呟いた。
黒き髪、赤き瞳。英知を称えた面立ちと、湧き出る泉の如きその才気、そして底知れぬ魔力。
若き女性の身でありながら、竜の帝国『スレーム』の宰相の座にまで上り詰めた者。
彼女は、その名をアズシ=クレーナという。
 
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