理由をつけて、人を殺す大人になんかなりたくない!

サーザンの叫びに秘められた、彼女の真実とは
そして、シルンが過去に犯した罪とは…!?


せるふぃっしゅ道中記 第2章 過去の幻影
3.

町外れの廃材置場で、サーザンは一人、膝を抱えていた。まだ、頭がぐるぐるして意識が混濁していた。
聞きたくなかったシルンの言葉。親を殺した。自分のために親を殺した。
「……いやっ!!」
どうして殺すの。どうして死ぬの。

『大人になれば、あなたにもわかるわ』

脳裏に響く声にサーザンは必死で頭を振った。知りたくない、わかりたくなんかない。
今にも涙が溢れてきそうだった。泣きたくなんかないと、サーザンは膝に頭を押し付けるようにして耐えた。
「助けてよぉ…リュウシ…」
竜使―いつもサーザンの近くにいる、一番の理解者である。
サーザンはその姿を見た事はないけれど、その存在を何よりも近くに感じていた。
内から響く優しい声。どんな時でも守ってくれる、いつも迷う自分に道を示してくれる自分のためだけの存在。兄のような竜使。
けれどそれは永遠ではなく、いつかは別れる時が来る。それは、サーザンが大人になる時―…。
「リュウシ…ねぇ、理由があれば、人を殺してもいいの?理由があれば、何をしても許されるの……」
『許されはしないでしょう。けれど生きるためにそうする事はあります。私はサーザンのためなら、どんな事も厭わない…』
「――!リュウシまでそんな事言わないでっ!!あたしは、そんな事しない…ずっとずっと、リュウシといるの!!」
生きるために、大人になるために。「竜使」という存在を消すという行為は、サーザンには何があっても出来なかった。
『サーザン…』
「リュウシ…大好きだよ。リュウシが誰よりも大切なの。だから…あたしをおいて…どこへも行かないでよぅ…」

サーザンが駆け出していった後。シルンは何も言わずに、ただじっと押し黙っていた。
目の前に置かれた食べかけの朝食からは湯気が立ち上っている。
けれど、それに手を伸ばす気にはどうしてもなれなかった。
「……」
サーザンの言葉に嘘はない。間違っていない彼女の言葉は、どこまでも残酷だった。
その「凶器」は無残にシルンの古傷を抉って、忘れたはずの痛みがうずき出す。
沈むシルンを見咎めて、アーヤンが覗き込むようにしてシルンに尋ねた。
「…サラちゃん、おちこんでる?」
「そうだな、少し」
アーヤンの声にシルンは少し落ち着きを取り戻した。
落ち込んでいても、何も始まらない事は知っている。何も変わりはしない。
けれど、すぐに動くだけの力がシルンにはなかった。
昨夜見た夢とサーザンの言葉があまりにも重くて、過去の幻影に囚われそうになる。
「サーザン、追っかけなくていいのかよ?」
サーザンのあまりの剣幕に度肝を抜かれたターヴィもようやくいつもの調子に戻って、シルンに聞いて寄越した。
あんな状況の彼女を、普段のシルンであればまずは放っておきはしないのに。
「……」
けれど、シルンは答えられなかった。サーザンに伝えなければならない事はあるのに、どうしても身体が動かない。
「放っておきなさいよあんなガキ。いなくてせいせいするじゃない」
一方、ミレニアはサーザンと折り合いが悪い事もあり、すがすがしいほどに平静なままだった。
あの程度の事で、何を動じる必要があるのか。優雅に食事を食べ終えると口元をナプキンで拭った。
「何にも知りもしないくせに、勝手な事言ってくれちゃって。大人になりたくないだか何だか知らないけど、構う必要ないわ。ガキの癇癪じゃない」
「だからって…」
反論しかけたシルンの言葉は、続くミレニアの言葉にかき消された。もとより、反論を許す気などなかったらしい。
「だからって何?酷いとでも言うわけ?私に言わせればね、16にもなって駄々こねて甘えるしか能のないガキの方がよっぽど見苦しいわよ。竜使様とサラちゃんと、頼れば何とかしてくれると思ってんのよ、あのガキは」
冗談じゃないわ、とミレニアは続ける。普通人間には自分を守ってくれる『守人』なんていう存在はいない。
自分を守るのは自分だけであり、信じられるのは自分だけ。それが当たり前なのだ。
それなのに、サーザンは守人である竜使に甘えきった挙句に、それだけでは飽きたらずにシルンまで助けを求めようとしている。
その傲慢な態度が、どうしてもミレニアには許せなかった。
「戻りたいなら、むこうから帰って来るだろうし、イヤなら自分で何とかするわよ。こっちから譲歩する必要なんて何もないわ」
「ミレニアちゃん、つめたい。サーザンちゃん、かわいそー…」
「フン、それが『世の中』って言うもんよ」
人情のにの字もない世の中論を語りきってから、ミレニアは食後のお茶を口にしていた。どこまでもマイペースな女である。
アーヤンは、出て行ったサーザンの事が気になるらしく、困ったような視線をシルンやターヴィに向けていた
。シルンは、それには答えられなかったが…
「ふっ、よーやく俺様の出番のようだな!」
ターヴィはそう豪語すると、勢いよく椅子の上に立ち上がった。目立ちたがりの彼らしい態度で、ふふんと胸を反らせる。
「この俺様が、冷えきった空気をなんとかしてやろう!」
「わーい、ターヴィ、かっこいー♪」
「はーっはっはっはっは!」
ただでさえ目立っていたというのに、ターヴィのその態度に食堂中の視線が突き刺さる。シルンは微かに嘆息した。
「……任せるよ」

 ターヴィは求める姿を端々に探しながら、大通りを足早に駆け抜けて行った。
このリーブ・ヒルは小規模ながらも商業の盛んな宿場町であり、特産の織物を掲げる店が随所に見受けられた。
しかし、そんな雑多な中にあの印象的な赤い髪は見つからない。
まぁ…確かに彼女には、ヘソを曲げてショッピングに繰り出すような甲斐性はないだろうが。
「ったく…手間かけさせるよなぁ…」
サーザンという少女のことを、ターヴィは実の所良く知らなかった。
知っているのは、彼女がかの英雄・カンナ=セイラの血を引く少女である事。
彼女には、「竜使」という、えらく綺麗で得体の知れない半身とかいう者がいる事。
彼女が持つ父親の形見の剣「竜の剣」は、何だか厄介事に巻き込まれているという事。
わかっている事は、そのぐらいであった。彼女の本当の年さえ、ついさっきわかったばかりだ。
あのなりで、ターヴィよりも年上。容易には信じられないその事実の原因さえもターヴィは知らない。
そうやって、よく知らないものと一緒にいるのは、ターヴィはあまり好きではなかった。
素直に気持ちを見せてくれなければ、接しようがないからだ。
(ま、アーヤンは昔からずっと一緒だったし、ミレニアの野郎は最初っからああだったからなぁ…)
ターヴィは、一緒に旅をしてきた面々を思い浮かべる。感情が赴くままに行動する者たちを。彼らのようであればもっと…。
(…いや、そうでもねーか。ちょうど、サラの野郎があんな感じだったかな…)
ターヴィは、シルンの年の割に幼い顔を思い返した。
今でこそ皆の尻拭い役を買って出るが、初対面の時のシルン=サラは謎そのものだった。
むしろ、こっちを拒絶していた感さえあった。心を開こうともせず、突き放すように。
「…何だよ、結局似たもの同士じゃねーかっ!」
思わず口に出して叫んでしまう。それなら、一番お互いが理解し合えるだろうに、何をやっているのか。
言葉が足りないのか相性が悪いのか。通じるべき道が見えない。
「しょーがねーな!ホントによぉ」
呆れたようにターヴィが嘆息した。走りながらの大声の独り言に、道行く人々は何事かと振り返っていたが、もちろんターヴィにはそんなことはお構いなしだった。
むしろ、注目されていると勘違いし、陽気にVサインなども送り返していた。途端に通行人たちは眼を逸らす。
「??」
その理由がわからずに、ターヴィは小さく首を傾げた。


その後、一通り商店街を探してはみたが、サーザンの姿は見当たらなかった。
午前中の柔らかな日差しは、もう真上を通り過ぎていた。
「…ったく、どこ行きやがったんだか、アイツは…」
いい加減見つからない事に、ターヴィは苛立ちを隠せないでいた。
これだけ走り回っているというのに、どうしてどこにもいないのか。何かを間違えているのだろうか。
例えば探す場所―ターヴィやアーヤンであれば、こういう時は笑って全てを忘れようとするだろうが…。
(サーザンの場合、サラの野郎と似てるっていうことは…)
シルン=サラであれば。こういう時は、一人で静かに黄昏てでもいるだろう。
案外サーザンもそんなものなのかもしれない。そう思い直し、ターヴィは趣向を変えて町外れを探してみる事にした。
華やかな通りを抜け、連なる家々を通り過ぎ、風景がだんだんと寂しいものになってくる。
そうしてしばらく歩いた後、ターヴィは寂れた廃材置場で眠りこけているサーザンの姿を見つけた。
「……なーんだ、こんなトコにいやがったのか…」
ターヴィは呆れたように洩らすと、サーザンに近付き、その肩を軽く揺すぶった。
「ほら、起きろ!サーザン!!」
「……ん…んん…」
眠り自体は深くなかったのか、サーザンはすぐに眼を覚ました。
ぼんやりとターヴィを見上げるその緑の瞳が、いやに充血している。泣いていたのか、とターヴィは思った。
一方サーザンの方は、状況が呑み込めていないようだった。
「…なに?」
「何じゃねえだろ、何じゃ!お前がワケわかんねえ事叫んで飛び出してくから、俺様が迎えに来たんだろ!」
思わず文句調になってしまったターヴィの言葉で、ようやくきちんと覚醒したのか、サーザンが急に冷たい目つきになった。
それは、相手に対して心を閉ざしている、拒絶の色。
「……別に、あたしはわけわかんないことなんか言ってない!わかってないのは皆の方…でも、わかりたくないならそれでいい」
そうやってはじめから、分かり合えないというような態度で。
そんな風に決めてかかったら、届く言葉も届かなくなるというのに。
「バーカ!そーゆーのはなぁ、ちゃんと、わかるように言わなきゃわかんねぇだろ!」
「…え?」
「えじゃなくて。納得させるように言ってみろよ。言葉なんてのはなぁ…要は情熱だ」
サーザンはそれはどうかと思ったが、ターヴィの言う事もまんざら間違っていないように感じた。
わかるように言わなければ…?
「そんなの…」
「だーかーら!こうだからこうだって、言ってみろよ!ハッキリ言ってなぁ、世の中言ったもん勝ちなんだぜ?」
「……」
「しょうがねぇから、俺様がちゃんと聞いてやっからよ」
そう言ってターヴィはにっと笑った。人好きのする笑みだった。それに安心したのかようやくサーザンの表情が緩んだ。
「しょうがないって…そういうのはないんじゃ…」
「ま、気にすんなって!いいから言っとけ!!」
「……ん」
 サーザンは小さく頷いて、一度深呼吸した。ごちゃごちゃとした考えを、上手に言葉まとめるために。
ターヴィは落ち着いて話が聞けるようにサーザンの隣に腰をおろして、次の言葉を待った。
しばらくして、サーザンが口を開いた。
「…ターヴィの両親って、どんな人?」
意外ともいえるその問いに、ターヴィはやや拍子抜けしたが、すぐにいつもの口調に戻って言葉を返した。
「ま、そこそこではあったけど…俺様に比べりゃ凡人だな!……なんて、実際の所はほとんど覚えてねーけどな」
「…覚えて?」
「いや、もう死んでっから」
あっさりと返したターヴィの言葉に、今度はサーザンが驚く番だった。あまりの事に、一瞬言葉に詰まる。
「……んな、…そんな、覚えてないなんて!自分の親に、何てこと言う…」
「いや、つーか、二人とも俺様がまだ歩けないうちに死んじまったから。しょうがねーだろ、そういうの」
「……ごめん」
自分の早合点に、素直にサーザンが謝る。それは、無神経なことを聞いてしまった自分を恥じてかもしれない。
「いや、別にかまわねーけどな。そんなもう過ぎた事だし。それで、親がなんだって?」
「……うん。あたしはね…オトウサマやオカアサマを好きだったし…小さい頃から、ずっと尊敬していたんだ。…今も、尊敬してると思う。だから…親を殺したなんてそんな風に言うのが許せなくて…」
「……ま、サラの野郎にもいろいろと事情はあったみたいだけどな。詳しい事は聞いてないけど、両天秤みたいな…」
「両天秤?」
「どっちを救うかって、命の天秤」
ターヴィの言葉に、サーザンは絶句した。人の命を天秤にかけるなんて、そんなバカな事…!
「そんなの…やる方が間違ってる!」
「だから、俺も詳しい事は知らねーけど。ちょうど…、お前にとっては、あのシュトラルと竜使を量りにかけるみたいなもんじゃねーの?どっちを選ぶかってさ。それで、サラは親を選ばなかったって、そんな風に聞いたけどな」
「!!」
それは。サーザンには選びようのない選択だった。
大切なオトウサマと、大好きなリュウシ。そのどちらかを選べなんて、そんな残酷な問いがあるだろうか。
「…だけど…けど…」
迷いはそのまま混乱を招く。
上手く考えられずに焦るサーザンの頭に、ターヴィが軽く手を置いた。まるで、落ち着けと言わんばかりに。
驚いてターヴィを見上げたサーザンに軽く笑いかけてから、
「ま、こんなトコで悩んでったって仕方ねぇだろ。ホントの所はちゃんとサラに聞けよ」
「……」
その時、サーザンは驚くほど素直に頷けた。本当に、不思議だったけれど。
それに満足したのかターヴィは勢いよく立ち上がると、サーザンを振り返った。
太陽を背に受けた姿は眩しくて、サーザンは思わず目を細めた。
「ところでよ、確認したかったんだけど…なんでお前って、そんなに小さいわけ?」
そもそもターヴィはそれが知りたいがためにここまで来たのだった。
興味津々という顔で尋ねるターヴィに、サーザンは思わず苦笑した。
「内緒」
「って、そりゃねーだろ!」
「はははっ」
怒鳴るターヴィを交わすようにサーザンは笑うと、眼を閉じて静かな声で語った。
「…あたしのオカアサマはね、みんなを守るために死んだの。あたしはそれが嫌で、どうしてアカアサマだけがそんな事しなくちゃならないのって泣いたら…オカアサマ言ったんだ『大人になれば、あなたにもわかるわ』って。でもね…あたしはわかりたくなかったの。皆の幸せのために払われる犠牲なんて、わかりたくなかった。…だから…、大人になりたくなかった…」
「は?」
「あたしの願いは、きっと神様に通じたんだね。その時から、あたしはまったく成長しないの」
大人になんてならなくていい。そうすればずっと竜使と一緒にいられるから。きっとそれも理由の一つ。
「……でも、なんかそれ、間違ってねぇ?」
珍妙な答えに、ターヴィはしきりに首を傾げた。同じように間違ってはいないかとシュトラルも言った。
本当にそれでいいのかと。
(……いいの)
それが、自分で選んだ答えだから。

「ターヴィ、戻ろ。ちゃんとシルンに答えが聞きたい」
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