スレームの謎の参謀・アズシの計略に嵌り、窮地に
立たされたノーレイン。彼の言葉に従い、奔走する
ハーベラ。
そして、当の『竜の剣』を持つ者は ―― …。


せるふぃっしゅ道中記 第3章 氷の少年
2.

「400」
「まだまだ」
「450」
「もう一声」
「455」
「…ケチね。もっと吊り上げなさいよ」
思わず洩れた本音に、男が顔をしかめた。
「…おい」
「あ、嘘うそ。冗談よ。で、いくら払うって?」
結局言っている事は同じではないかという気もするが、平然と…むしろ堂々とミレニアは尋ねた。
「…460だな。これ以上は払えん」
「460ね…。ま、いいわ。手を打ったわ」
頭の中で『商品』の代価を計算しながら、そんなところが妥当かとミレニアは納得した。
「本当に生娘なんだろうな?」
「そりゃあもう、生娘も生娘、生娘すぎて嫌になるぐらいの小娘よ」
凶暴さを抜けばアンタ好みのね、とミレニアは心の中で続けた。
ミレニアの言葉を受けて交渉相手の男はいかにもスケベそうに鼻の下を伸ばして下品に笑った。
その様子にミレニアは相手の死角で「うんざりだ」というように溜息を吐いた。
「で、どこに連れて来てくれるって?」
「街外れに、『凩』とかいういかにも寂れた宿屋があるでしょう。そこでどう?」
「…もっと、オシャレな場所がいいなぁ…」
お洒落などとは顔を見て物を言え…と言いたくなる心境だったが、ミレニアは何とか堪えて交渉を続けた。
「時間は?」
「出来れば今…すぐにだ」
『サカってんじゃないわよ、みっともない』――後一歩の所でミレニアはその言葉を口に収める事に成功した。
最後にミレニアは作りものの笑顔を浮かべて。
「いいわ。任せてちょうだい。お膳立てはしてあげるから、後は好きにやってよ」


「460かぁ…」
交渉相手の男と別れた後、ミレニアはつまらなそうに呟いた。どう考えても安い。
何故かその筋に非常に受けのよろしいシルンあたりなら一晩1000以上は軽く叩けた。
アーヤンでも、800、900はザラだった。マニア受けする彼女は時と場合によっては、どこまでも値をつけたものだ。
それが今回は460。460なんて、仲間内では今いちウケの悪いターヴィですらめったにつけない値だ。
「…ま、あのクソガキなら仕方ないわね」
一体どういうことかと言えば何の事はなく、これはミレニアの常套手段だった。
『売り飛ばし』――ミレニアの仲間になったら、誰もが一度は…いや、特にシルンなら数十回は経験しているはずだ。
ミレニアと一緒に暮らしていて寝首をかかれないほうがおかしいのだ。
仲間を下僕としてしか見ていないミレニアのこと、彼等を一晩売り飛ばす事に良心の呵責を覚えるはずもない。
しかも、ミレニアと犬猿の仲のサーザンであれば尚更だ。
「これで、あのガキも少しは大人しくなるといいんだけど」
きゃんきゃんわめき散らすしか脳のない、うざったい子供。それがミレニアの見解だった。
力が無いなら、無いなりに人に従っていればいいのに。それをまたシルンが庇うから、さらにおかしなことになる。
「腹立つわよね、サラちゃんも。なーんであんなガキの肩持つんだか」
サーザンの何から何までもがミレニアは気に入らなかった。その意味でも、今回はまさにうってつけの状況と言えた。
その時、ミレニアはちょうど通りの向こうから歩いてきたターヴィと出くわした。ターヴィはミレニアの顔を見るなり、
「おぅ、ミレニア。相変わらず凶悪なツラしてんな」
「ふざけんじゃないわよ!アンタの方が悪役面でしょ」
ギッと、鋭さに磨きをかけた眼差しでミレニアはターヴィを睨み返した。
「何だとぉ!?俺様はどっからどう見ても貴公子だろ!」
「はっ、どの面下げて『貴公子』だか。アンタに語られちゃ、品格も何もあったもんじゃないわ」
「ふざけんな!お前こそ売女にしょっちゅう間違われてんじゃねぇか!」
「そんなの私が魅力に満ち溢れているからじゃない。決まってんでしょ」
ミレニアがにべもなく言い切ると、とっさにターヴィは二の句が告げなかった。まだまだ甘い。
「さ、どいたどいた。私は忙しいんだから」
「へっ、どうせまた詐欺だろ」
口喧嘩で負けたやっかみ半分、嘲り半分でからかうターヴィにミレニアはぴしゃりと言い返した。
「『生活手段』よ。悔しかったらあんたも見習う事ね」
ミレニアはそのままターヴィを置き去り状態にすると、ずんずんと自分の泊まっている宿屋に向かって歩いて行った。
傾きかけた宿屋の前ではアーヤンがネコと遊んでいた。
「あ!ミレニアちゃんだ。おかえり〜」
はいはい、ただいま…とアーヤンの方を見もしないでミレニアは生返事をした。
ターヴィにもアーヤンにも構ってられない。今は商売の最中だから忙しいのだ。
ミレニアが乱暴に宿屋の入り口のドアを開け放つと、ミシミシという音がして埃がパラパラと舞った。
簡素な造りの宿屋は、あと数回無茶をすれば簡単に壊れそうだった。
「サーザン、いる!?」
あたり構わず、ミレニアは声を張り上げた。その立ち振る舞いに宿屋の一階部分の定食屋にいた客は何事かと振り向く。
その一番奥で、目的の少女――サーザンが不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「…」
サーザンはミレニアをちらっと見遣ったが、何事も無かったかのように顔を伏せてずずっとスープをすすった。
「ちょっと!何あんた人のこと無視してんのよ!!」
「…うるさい。今食事中なんだから、後にして」
不遜極まりない態度に、ミレニアのこめかみにピクリと青筋が浮いた。
「この私の用事を後回しにしようだなんていい度胸ね」
「別に。ミレニアなんか怖くないもん」
視線すら向けずサーザンは答えた。「話をすることは人の目を見ること」という簡単な礼儀さえわきまえられないのだ。
もっともミレニアの場合はその方が相手が信じやすいからなのだが、それは置いておくとして、お荷物の分際で何を生意気な…とミレニアが怒り心頭に達してもそれは致し方のないことだろう。
「…行くわよ」
有無を言わさず、ミレニアはサーザンの襟首を引っ掴んだ。
「何するんだ!」とサーザンが騒いだがそんなことを構うはずもない。
サーザンの抵抗をものともせず、ミレニアはサーザンを椅子から引っ立てると出口に向かって歩き始めた。
「…おい、あんた……」
宿屋の主人が何事かと声をかけたがミレニアの鋭い眼光に返り討ちに合い、そのまま口をつぐんだ。
彼がサーザンの朝食代すら踏み倒された事に気付くのは、完全に二人の姿が見えなくなってからだった。


「一体何のつもり!?」
町外れの寂れた宿屋『凩』の前で、ようやくミレニアの腕力から解放されたサーザンは開口一番にそう捲し立てた。
相対するミレニアは悪びれもせず、しれっとして答えた。
「何のつもりって、何が?」
「だから、これがだ!あたしはご飯を食べてたの!!それなのに、何でこんなところに連れて来られなくちゃいけないんだ!?」
「そりゃもちろん、あんたが私の話を聞かないからじゃない」
「何言ってんだ!お前の話なんか、どうせろくでもない事ばかりじゃないか!!」
「どう思おうと勝手だけどね、ちゃんと聞こうとすればここに来る理由くらいは聞かせられたでしょう。あんたが聞く耳持たなかったからその経緯をすっ飛ばして結果に辿り着いたわけでしょ?」
「………それ、ものすごく自分勝手な理屈じゃないか?」
サーザンが非難する眼差しをミレニアに向けたが、それで感じ入るような繊細な心をミレニアは持ち合わせてはいない。
そんなことで胃が痛くなるのはシルンぐらいだ。
「ともかく、ここまで来たんだから取りあえず宿に入るわよ」
有無を言わせぬミレニアの口調…だったが、さすがにサーザンも黙ってはいなかった。
ミレニアの手を思い切り振り払うとミレニアの瞳を見て怒鳴り返した。
「冗談じゃない!あたし、帰る!!」
サーザンも、ミレニアに負けず劣らず怒り心頭だった。いや、ミレニアはここに来るまでに随分冷めた方だ。
だからミレニアはサーザンに対して冷静に対処することが出来た。
「ふうん。帰っちゃってもいいんだ」
「…?」
サーザンが怪訝な瞳を向ける。第一段階、サーザンの感心を引くことは成功だ。続く第二段階はサーザンの不安を煽る事。
「それでもいいけど、あんたは後悔するわよ。絶対に」
「…どういう意味だ?」
「せっかく二人きりなんだし、一緒に来るなら…サラちゃんの秘密、特別に教えてあげるわ」
「……!?」
サーザンの目の色が変わった。そう、合言葉はシルン=サラ。それでサーザンが食いつかないはずがない。
何て単純でわかりやすい頭の構造をしているのだろう。
「シルンは…あたしに隠し事なんてしない」
完全には否定し切れない、迷いの瞳でサーザンが反論した。しかしこの効力はあまりにも弱かった。
「あんたは何か誤解してるかもしれないけどね、私の方がサラちゃんとの付き合いはずっと長いの。あんたが知らない事なんて、たくさんあるのよ」
一緒にいる時間。それだけはどんな努力でも覆せはしない。ミレニアは薄っすらと笑みをうかべた。
「さぁ、どうする?サーザン。私はどっちでもいいけど?」
高慢そうに見下ろすミレニアの瞳を、サーザンが探るように見つめた。緑の瞳が迷いに揺れる。そしてサーザンの答えは。
「…行く」
単純すぎる方法でサーザンを釣ったミレニアは、宿屋の主人に前金を払うとミシミシと音のする階段を上った。
小さな足音が後から着いてくる。これがミレニアの『商売』とも知らない、馬鹿な小娘だ。
サーザンは先を行くミレニアがどんなに冷たい笑みを浮かべているかさえ知らない。
二人は指定した部屋へと辿り着いた。重い扉を開けると薄暗い陰湿な部屋が目に入った。
(何て趣味の悪い…)
指定したのはミレニアにも関わらず、そんなことは棚に上げてミレニアは顔をしかめた。
続くサーザンも似たような表情をしていた。幸いというべきか、相手の男はまだ来ていなかった。
これ幸いとミレニアは部屋にサーザンを一人残して行こうとしたが、そうはさせじとサーザンの小さい手がミレニアのマントの裾を握り締めていた。
「ちょっと、どこ行くの」
「…手間かけさせるわね」
「は?」
ミレニアの本音を耳ざとく聞きつけたサーザンだが、生憎とその先までは頭が回らなかった。
仕方ないわね、とベッドに腰掛けたミレニアが手招きすると、しぶしぶながらその隣に腰を下ろした。
「で、シルンの秘密って?」
逸る気持ちを抑えられないようにサーザンが尋ねる。ミレニアはいかにも重要なことを告げるような表情を繕った。
「実はね、サラちゃんは…」
「…シルンは……?」
ごくっと、サーザンが唾を飲み込んだ。真剣な眼差しをミレニアに向ける。耳をすませば心臓の音まで聞こえそうだった。ミレニアが重々しく口を開いた。
「お尻に蒙古斑があんのよ」
「――――――――――…は?」
そのアホな回答を瞬時に理解し損ねたのか、サーザンの目が真ん丸く見開かれた。
その隙を逃さず、ミレニアは懐から『売り飛ばし七つ道具』の一つ、首輪を取り出すとあっという間にサーザンの首にそれを取り付け、片方の端をベッドの柵に括り付けた。
「なっ、何を…!」
「煩いわね!いいからあんたは大人しくそこでそうしてりゃぁいいのよ!!」
一喝するとミレニアはすっくと立ち上がった。サーザンは掴みかかろうとしたが首輪が邪魔して上手く行かない。
それを眺めながら、ミレニアは底意地の悪い笑みを浮かべた。
「いいザマよ、サーザン。あんたは売られたんだから、せいぜいいい商品としてお客様を喜ばせてあげなさい」
「…何のこと…?!」
『商品』の意味が分からずサーザンはミレニアを詰問したが、ミレニアからは何の答えもなかった。
相変らずの皮肉な笑顔のまま、ミレニアはサーザンに背を向けると部屋を後にした。
得体の知れない恐怖に、サーザンの全身に鳥肌が立った。


(ちょろいもんね)
信用に値する者しか信じちゃいけない。
16歳にもなってそんな簡単なこともわからないなんて、やっぱりサーザンは身体つき相応のガキということだ。
「460…が妥当な値なのかもね」
そんな風に一人ごちて、ミレニアは階段を降りかけた。ちょうどその時、入れ違いにこちらへ入ってくる者がいた。
その顔は忘れようもない、朝の客だ。向こうもミレニアに気付くと、下心丸出しの下品な笑みを浮かべた。
(人間、こうなっちゃおしまいね…)
お前にだけは言われたくない、と百万人の反論が来そうな言葉を心中に呟き、ミレニアは接客用の顔になった。
「丁度良かったわ。準備できた所よ」
「へへ…そうか」
我慢できない、という風体で急ぎ足になる男だったが、行かすまいとミレニアが立ち塞がる。
「待った。払いは当然前金制よ。それが守れないんなら、ここから先は行かせないわ」
男と少女。体躯にもかなり差がある。
普通なら「生意気を…」と押し退けていきそうな所だが、ミレニアにはそれを補って余りある迫力があった。
殺意すらこもっていそうな眼差しに気圧されて、しぶしぶながら男が金を支払った。
抜け目無く、ミレニアが金額を確かめる。その姿は堂に入りすぎていて、とても16歳の少女には見えなかった。
「…7、8、9、10…っと。ちょうどね。たしかに頂戴したわ。あとは好きにして」
ミレニアが道を開けると、男は一目散に飛んでいった。それをミレニアは冷ややかな視線で見送った。
(…バカね)
金は受け取ったのだし、これ以上は付き合う必要はない。
ミレニアは立ち去ろうとしたが、そこでこれがサーザンにとっての『初仕事』である事を思い出した。
シルンにしろ、ターヴィにしろ、アーヤンにしろ、初仕事の時はミレニアが一部始終を見届けている。
その対応次第で今後の交渉にも繋がるからだ。
そして、その三人ともが初仕事を正しい意味で成功させてはいなかった。いや、自衛手段という観点では成功したと言うべきか。
それはそれでミレニアは別に構わなかった。ある意味希少価値が上がる分ありがたいと言っていい。
しかし今回は、口ばかりで実力の伴わない小娘・サーザンだ。
(あんな小娘が、うまく切り抜けられるとは思わないけど)
客の成功に終わるならそれもいい。
完全に仕事と割り切ってミレニアは部屋の前まで戻ると、扉の向こうの出来事に耳を済ませた。
扉は薄い木板で出来ているため、中の声は筒抜けだった。

 『おぉ!予想以上に可愛いなぁ〜』
 『な、何だ!?お前は!!出て行け!』
 『そんな冷たい…怒っちゃうよ?』
 『何言って…ばっ、どこ触って…!』

(やっぱり、順調みたいね)
サーザンの慌てる様子から、中の様子は大体想像がついた。面白くも無く進んでいるらしい。
シルンの時など倍の体躯もある男を果物ナイフひとつで黙らせたほどだ。ターヴィはどういう状態であろうとあの『髪』がある。アーヤンはどう見てもトロくさそうなのに、なぜだか毎回ちゃっかりと抜け出している。
しかし、そういう番狂わせは今回は期出来そうもない。
(ほんと、面白くない小娘なんだから)
こんなの聞かされている自分の方が悲しいとミレニアが溜息を吐いた、その時だ。部屋の中で異変が起きたのは。
白い光だ、と思った。
扉越しにもその圧倒的な存在感が感じられた。

 『な、何だぁ…!?』
 『どきなさい。いつまで私の上に乗っているつもりですか』
 『ぎ…ぎゃああぁぁ〜〜??』
(竜使様!?)
それは直感であり、間違えようがなかった。ともなれば、ミレニアの反応は早かった。
聞き耳を立てていたのも忘れミレニアは思い切り扉を開け放った。
そこでミレニアが目にしたものはベッドの上であまりにも不似合いな首輪をつけた格好でたたずむ竜の守人の姿だった。
「竜使様!」
「…ミレニアですか。お久しぶりですね」
竜使は暖かみのまるで感じられない笑顔をミレニアに向けた。だが、ミレニアにはそれは百万Rの微笑みに見えた。
恋は盲目とはよく言ったものである。
「私、竜使様にお会いしとうございました!」
いつもの可愛げの欠片もない態度もどこへやら、ミレニアは少女のような微笑を浮かべると竜使に抱きついた。
竜使は微動だにしなかった。恋する乙女モードのミレニアと首輪をつけて明後日の方向を向いている竜使の図は、端から見れば恐ろしいほど異様なものだった。
「竜使様、今日は何の御用時でいらしたの?」
「いえ、どこかのお嬢さんがけしかけてくれた獣退治に」
しれっと竜使は答えた。しかし、そこに充分すぎるほどに込められた刺にもミレニアは気づかない。
宿屋『凩』の外では、突然一糸まとわぬ姿で放り出された男が眼を白黒させながら豪快にくしゃみをしていた。
その所業の犯人である竜使は、ミレニアを無視したまま独り言のように呟いた。
「私のサーザンは、誰にも触れさせませんから。そう、あの剣士にも」
「そんなことより、せっかく竜使様がいらしたのですもの!これから街へ出かけましょうよ!!」
「しかし、サーザンが心を許し始めているのは、困ったことです…」
「素敵な場所がありますのよ!恋人たちの泉…その噴水の前で交わされた口付けは、永遠の約束になるのですって!あぁ…なんて私たちに相応しい…」
どう聞いてもその会話は全くかみあっていない。
しかしそれに気付くような双方でもなく、このまま永遠の時が流れるのではないかと思った、ちょうどその時であった。
恐怖が訪れたのは。
ずるずるずるずる、と妙な地響きが宿屋を揺るがす。
その恐怖が通った後はぬめりのある水が尾をひいていた。
階下ではそれを目にした凩の主人が素っ頓狂な悲鳴を上げていた。
一歩一歩、恐怖が近付いてくる。階段を上がり、そして廊下を進み…。
そしてその恐怖は、形となって姿を現した。

 ばん!

部屋の扉が豪快に開け放たれた。そして、鬼の形相を浮かべた水竜の女が口を開きかけた…
「忌まわしき竜の守り人!大人しく、ノーレイン様にりゅ…っ」
「邪魔です」
にべもなく竜使が呟いて手を掲げ、凝縮した魔力を放った。
ぶしゃっ!と奇妙な音がして、その直後には水竜の姿はそこから消えていた。
階段の下、先ほどの『恐怖』が目を回しているのを、宿屋の主人が奇妙なものでも見るように、物陰からそっと覗いていた。
当の竜使は何事も無かったこのように手を下ろすと、そこで何かに気付いたように自分の胸元に縋りつくミレニアに視線を落とした。
「…ところで、ミレニア。尋ねたかったことがあるのですが」
「はいっ!何でしょう竜使様?」
瞳を輝かせるミレニアに、竜使は至極真面目に問うた。
「シルン=サラのお尻には、本当に蒙古斑があるのですか…?」

 くしゅん!
 宿屋『凩』からほどよく離れた空の下、一人の少年剣士が大きなくしゃみをした。
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