何とか誤解も解け、晴れてミレニア一行の仲間に加わったノーレイン。
『竜の剣』を執拗に狙うスレーム帝国の打倒を誓い、旅は続く――…。


せるふぃっしゅ道中記 第4章 山賊なんて怖くない!
1.
木洩れ日の照らす山道をミレニアたち一行は突き進んでいた。
先頭を勤めるのは皆の厄介事引き受け役のシルン=サラである。
当然とばかりに一同の荷物を一人で背負っての旅路だったが、年の割に幼い顔には疲労の影はまだない。
シルンは緑の瞳を前方へと向けた。その先に続くのは果てしない道なき道程だ。
少しだけ顔をしかめると、シルンはゆっくりと後方を振り返った。
「…本当にこの道でいいのか?」
「いいのかって何よ。サラちゃんが選んだんでしょ」
むっとして言い返すのが銀の髪の勝気な美少女・ミレニアだ。
ミレニアはシルンよりはいささか疲れて見えたが、それでも元気は有り余っているようである。
「さっき、こっちが正しいって言ったのはミレニアだろ」
「何よ、私のせいにする気!?」
「責任転嫁してるのはミレニアのほうだろ」
「何よ、その言い草!先頭歩いてんのはサラちゃんじゃない。そのぐらい勘で何とかしなさいよ」
「……いや、何とか出来なそうな気がするから言ってるんだけど…」
どうしたものかと困り顔で、シルンはさらに後方を見遣った。
ミレニアの後から近付いてくるターヴィは、髪を自在に伸ばしながら果実などを取っては次々と口にしている。
皆が空腹で歩き続けている中、まったく便利な特技だ。
その隣をウサギ娘のアーヤンが「おさんぽ〜♪」などと鼻歌を歌いながらスキップ混じりで歩いていた。
疲労など見る影もない。見かけによらずアーヤンは頑丈なのである。
(…このメンバーなら多少迷っても何とかなるんだけど…)
さらにその後方を赤い髪の小さな姿が息を切らせながら懸命に歩いている。
サーザンもむろん体力がないわけではないのだが、歩幅の違いだけは埋めようがない。自然と差が出来てしまう。
そして、そのサーザンが時おり心配そうに振り返る後方――シルンは溜息をひとつ吐くと今歩いて来たばかり道を下った。
「シルン…」
もの言いたげなサーザンに心配いらないからと笑顔を向けて、シルンは一行の一番最後をへろへろになりながら歩く少年のもとに歩み寄った。
「――大丈夫か?」
「……だ…いじょ……ぶ…」
本当に大丈夫かと疑いたくなるほど息も絶え絶えの様子で、ノーレインは返答した。
滝のような汗を流す額は、色白を越えて青ざめてさえいるようだった。
「一旦休むか?」
「…いい。行ける」
そうは言っても、見てる方が心配になる有様だ。
どうせ迷っているなら仕方がないと、シルンは「休憩するぞ」と一同に声をかけた。
その声を聞いてノーレインは限界だと言うようにその場にしゃがみ込んだ。


皆の誤解が解け、ノーレインが仲間になってから数日がたった。
それまで敵対していたこともあり、最初は皆遠慮がちだったのだが、同じ半竜人ということで仲の良いサーザンや分け隔てなく接するアーヤンに感化されて、だんだんと他の面々もノーレインに慣れてはきていた。ノーレインも人見知りするきらいがあるようだったが、元来が優しいのか自分に対して心を開く者に対しては冷たい態度はしなかった。
ノーレインが仲間になると言ったときにはどうなる事かと思ったが、これなら上手く行くかもしれない。
シルンもほっと胸をなでおろしていた――のだが。
一緒に旅をする上で、ノーレインには致命的な欠点があったのである。
この恐ろしい魔力を持つ半竜の少年は、驚くほど体力がなかったのだ。
「のっくん、だいじょーぶ?おみずのむ??」
「――ありがとう」
はい、と差し出された皮袋をノーレインは青い顔で受け取った。
自分の方が1つだけ年上と言うことを知ってから、アーヤンはしきりに「お姉さん」ぶりたがり、甲斐甲斐しくノーレインの世話を焼こうとする。ノーレインの方は、よりにもよってアーヤンに子供扱いされることを嫌がっているのだが、さすがに今は抵抗する気力はないらしい。元気な時ならば真っ赤になって「やめろ!」と反論するいう『のっくん』の愛称も聞き流してしまっている。
その向かいからからかい調子でターヴィが詰った。
「だらしねぇなあ。男ならもうちょっと体力つけとけよ、ノーレイン」
「……」
まったくもってその通りと思っているからだろう、ターヴィの言葉にも反論できない。しかし。
「これだから甘やかされて育ったガキは嫌なのよね」
「――どういう意味だ」
ミレニアの言葉に対しては、ノーレインは即座に面をあげると厳しい眼差しを向けた。
「あのハーベラとかいうお守りに連れて来て貰ったほうが良かったんじゃないの?歩けないって泣けば、おんぶくらいしてくれるでしょ」
「馬鹿にしてるのか!?」
「ありのままを言っただけじゃない」
確かに、あの召喚竜・ハーベラであればノーレインを背負って走る事も可能そうである。
寒気のする光景を思い描いてシルンは苦笑したが、ノーレインは顔をしかめると尖った声で反論した。
「言っただろう、ハーベラは水竜だから、あんまり陸にあげるべきじゃない」
竜族とは火水風地の四属性に属する種族である。水竜であれば海の底、地竜であれば地底にひっそりと暮らすのが普通なのだ。その住域を越え大陸に上がるためには、竜族はその姿を人型に変えねばならないという掟が太古より定められている。
人型への変化の術は竜族でも中位の者でなければ操れない複雑な術であり、相応の魔力を要求されるものである。ハーベラは水竜の中では下位に属し、一人では変化を果たす事が出来なかった。それをノーレインが手助けし、人型へと変化させていたのだ。
その行為は無茶ではないが、やはり無理は生じる。ハーベラの身体にも負担になることだからと、ノーレインは結界の件に決着がついたのを境に一旦ハーベラと離れる事にしたのだ。今まではハーベラしか味方はいなかったけれど、今は他に仲間がいる。
「…でも、あのひと泣いてたよね…」
「――別に一生の別れじゃないし、呼べばすぐ来れる」
山の中にまで連れて来ようとは思わないが思わないが、海の近くであればいつでも呼び出すことは可能なのだ――どれだけ役に立つかは別として。
これで話は終いだとばかりにノーレインは口をつぐんだ。いつまでも「守られる」子供でいたくはないと思っているのだろう。
シルンはそんな姿に苦笑してから話を締めくくった。
「…ともかく、俺たちの旅はずっとこんな調子だから。ノーレインも辛いだろうけど、頑張ってくれ」
「言われなくても」
頑張る気は充分にあるのだ。身体がそれについていかないだけである。
それをはやく払拭してやろうと、ノーレインは顔を赤く染めて返答した。
「…で、話を戻すけど。マンゼリーナにはいつになったら辿り着けるわけ?」
「俺に聞くなよ」
「だってサラちゃん以外誰に聞けばいいのよ?」
「俺だってそんなのはわからないよ」
今は迷ってるんだから、と困ったようにシルンは続けた。言葉どおり、シルンたちは完全に迷子と化していたのである。
最初は道を歩いていたはずなのだが、それが二股に分かれたところで選択を間違った。
悪い予感はしたのだが、「間違うはずないじゃない!」と強気で攻めるミレニアに対抗できなかったのだから仕方ない。
(結局、誰のせいにしたって迷ってることは変わらないんだから…)
シルンは溜息をひとつ吐いて、これからの道程を思いやった。
シルンたちが今目指しているのはオミクロン大陸の東部に位置するマンゼリーナの街である。
ハーベラの転移魔法で飛んだオミクロン大陸の北東端・スフローの岬から東に進み、ランセイルの山を越えれば数日という距離だった。ここへ行こうと提案したのはノーレインである。ミレニアもシルンもオミクロンの地理には詳しくない。
氷の神殿を要するマンゼリーナは人間族主体の自治制の高い街であり、危険はなかろうと行き先を決定したのだが――…。
「じゃあどうしろって言うのよ!こんな所で行き倒れなんて嫌よ!!」
「誰も行き倒れるとは言ってないだろ」
「じゃあどこへ行けばいいわけ?教えてよ」
「怒ったって仕方ないだろ」
八つ当たりしたい気持ちも分からなくはないが、やはり迷惑だ。怒ったってどうなるものでもない。
そんなシルンの返答に不満だったのか、ミレニアは視線をノーレインへと向けた。
「大体岬まで魔法で飛んだんだから、マンゼリーナへだって転移魔法で飛べばいいじゃない。あんた魔法使えるんでしょ」
「風の魔法は行った事のない場所には使えない。それに、何人も連れては飛べないって言っただろう」
「使えないわね。ホント、役立たずなんだから」
「別にあんたに使ってもらうためにここにいるわけじゃない」
「ほんっとに、可愛げのないガキねっ。あんたといいサーザンといい、オミクロンの連中にはロクなのがいないわ!!」
たくさんだ、というようにミレニアは話を切り上げると干し肉にかぶりついた。
機嫌が悪かったのはおなかが空いていたからだったらしい。
シルンはあきれるように溜息を吐くと、食料をサーザンとノーレインにも渡した。
「この先どうなるかわからないから、とりあえず食べておいた方がいいよ」
「ありがと、シルン」
サーザンは素直にお礼を述べて、それを受け取った。それから視線を隣のノーレインへと向ける。
「…ね、ノーレイン。聞いてもいい?」
「何を?」
「これから向かう先のこと。マンゼリーナって言ったけど…ノーレイン、もしかして…」
「もしかして?」
その隣からシルンが口を挟む。「いつになったら着けるのよ!」と怒鳴り散らすミレニアとは対照的にサーザンは浮かない心配顔をしていたからだ。
「…もしかして、ノーレインはその先に行く気なの…?」
おそるおそる、と言った体で尋ねたサーザンに対してノーレインは「そうだ」と即座に頷いた。
サーザンがビクンと身体を震わせる。
「…先?」
シルンはサーザンとノーレインの言わんとしている事がすぐにはわからない。
先には何があったか…と荷物の中からオミクロンの地図を広げ、ラインセルからマンゼリーナ…と辿って、さらにその南にある国の存在に気付いて眼を丸くした。
「スレーム…?」
「そう、あのスレーム帝国のお膝元だ。どうせ向こうは『竜の剣』を諦めないだろう、だったらこっちも待っていたってどうしようもない。勝つために――打って出る」
どこまでも強気なノーレインの発言に、シルンは一瞬正気かと疑った。
この人数、この人材で国相手に喧嘩をふっかけると言うのか。
「別に国を滅ぼしに行くわけじゃない。『竜の剣』を諦めてもらうだけだ」
「だけって…簡単に言うけどな…」
「じゃあこのまま奴らが襲ってくるのを待つ気か?冗談じゃない。ずっと気を張って襲撃を待つなんて事、俺は御免だ」
「――…」
ノーレインの言うことは理にかなってはいる。だがあまりにも無茶だ。シルンは思わずサーザンと目を見合わせた。
サーザンの瞳も戸惑った色を浮かべている。それがどれだけ無謀な事かはサーザンにもわかっているのだろう。
そもそも戦力だけを問うなら、スレームと対等に渡り合えそうなのは守人・竜使くらいだろう。
ノーレインの力も相当なものだとは思うのだが、いかんせんこの「体力のなさ」を見せ付けられると信頼しきれない。
これで、果たして生き残れるのだろうか。
「尻込みしたなら離脱したっていい。でも、俺はスレームを許さない。あの女に一矢報いるまでは、逃げ出したりしない」
「あの女?」
「スレーム帝国の参謀とかいう、不気味な女だ。尋常じゃない闇魔法を使う」
闇魔法、と聞いてシルンが思い出すのは岬に辿り着いた時に目にした圧倒的な闇だ。
ノーレインが竜の剣の力を持って浄化したが、たしかにあの闇からは恐ろしいほど不気味な力を感じた。
それも敵の一人なのだと考えると、シルンは寒気を覚えた。
「竜の剣を手にすれば、俺たちのことを追いまわしはしなくなるだろうが――かわりに大陸が戦火に包まれるぞ。どのみち命が危うくなるのは同じだ」
「……」
確かにそれだけの力を手にすれば、大陸を制しようと動き出したところで不思議はない。いや、納得がいくのだ。
その考え方は、シルンの故郷・ロセアと何の違いもないのだから。
「誰かのため、なんてそらぞらしい事は言わない。俺は俺のためにスレームと闘う」
そのためにサーザンに同道したのだ、とノーレインは言い切った。そこまで考えてはいなかったサーザンはひたすら恐縮の体だ。
(スレーム、か…)
シルンもサーザンと一緒に行くと言った。戦う決意もした。こんなところでそれを放る気はないのだけれど――…。
いきなり結論を迫られたようでシルンは戸惑っていた。
「サラちゃんたち、むつかしいかおしてどーしたの?」
と、そこへアーヤンが割り込んできた。深刻な顔で話し合っている三人を不思議に思ったのだろう。
さらにその向こうでは最後の干し肉を賭けてミレニアとターヴィが争っていた。
「邪魔だってのよ!――氷の矢!」
「なんの!髪の盾!!」
「くっ、やるわね!なら、これでどうよ!?――氷の槌!」
「あめぇぜ!炎の槍!!」
ずがん!ずがん!!と周りを破壊する中、うすっぺらい干し肉が賞品とばかりに二人の間におかれている。
どうやら分け合って食べるという習慣はないらしい。
「…ミレニアもターヴィも、何を馬鹿な…」
サーザンは呆れ果てていたが、シルンはらしいと思って苦笑した。
そうだ、深刻に考える事もない。今までこうして何とかなってきた。これからも、何とかなるかもしれない。
それがどれほど大規模の喧嘩であっても。
「大丈夫だよ」
シルンは独り言のように呟いた。大丈夫。きっと、大丈夫。
シルンがそう納得していると、「干し肉戦争」の方も決着が付いたようである。ボロボロのターヴィの背を踏みつけて、ミレニアが高らかに勝利宣言しつつ干し肉をかじっていた。

一行がそうして馬鹿騒ぎをしている間、木陰からそれをじっと伺う姿があったことに誰一人気付いていなかった。
+
食事を終え、後始末をしてからシルンたちはまた歩き出した。
休憩中に、とりあえず南を目指そうと方角だけは定めた。それでも迷うなら仕方ない。
シルンは道なき道を剣の鞘で払いながら、必死に進んでいた。時おり振り返っては、皆がついて来ることを確かめる。
「大丈夫かー?」
「大丈夫じゃないわよ!もうちょっとマシな道を選んでよねっ」
「それだけ言う元気があれば大丈夫だろ」
もとよりミレニア、ターヴィ、アーヤンに関しては心配していない。
問題はノーレインなのだが、プライドの高い彼に「おぶってやろうか」とはシルンもさすがに言えなかった。
サーザンと一緒に来てくれれば心配はないのだが…。
「シルン!大変!!」
そのサーザンが後方からシルンを呼んだ。何事かとシルンが引き返すと、サーザンがオロオロした様子でシルンにすがり付いてきた。
「ノーレインがいない!」
「いない…?さっきまでは一緒に来てたんだろう?」
「うん…だけど、ほら…道が悪かったじゃない…。だからあたしも余裕なくて…どうしよう、シルン!」
「……サーザンのせいじゃないだろ。とりあえず、俺が戻ってみるからサーザンは皆と一緒にここで待ってろ」
「――うん…」
安心して、と頭を撫でるとシルンはミレニアたちに声をかけてから踏み拉いて来た道を戻った。
どうも最近こんな事ばかりの気がする。ますます保父さん化してきた日常を思いやって、シルンは溜息を吐いた。
と、その時。シルンはおかしな違和感を感じて立ち止まった。
シルンは変わらず森の中を歩いている。それは先程まで自分が歩いて来た道だ。けれど、何かが――。
シルンは振り返る。そこには緑の壁が延々と続いている。普通の森の光景――だけれども。
「――!!」
シルンは違和感の正体に気が付いた。音、だ。森の中なのに物音一つしない。
(魔法――!?)
風と闇の魔法を駆使すれば、そういった状況にもで出来るだろう。つまり、作為的に閉じられた空間だ。
(一体、何が…)
シルンは状況を把握しようと四方に視線を向けた。静かに息づく気配――そして、殺気!
シルンは獣の勘で振り返った。



「ったく、迷惑なガキよね。いい年して迷子よ、迷子!」
両手を広げて、大袈裟に文句を吐くミレニアにサーザンは猛然と反論した。
「そんな言い方ないだろう!大体、こんな道選んだのミレニアじゃないか!!」
「私が歩けるんだもの、文句あるはずないでしょ。あんたこそガキの肩ばっかり持つけど、自分もお荷物のクセに偉そうな口聞いてんじゃないのよ!」
「あたしはお荷物じゃない!」
「は、どの面下げて言うんだか!笑っちゃうわね」
「何だと!」
「何よ」
「まーまー、ミレニアちゃんもサーザンちゃんもおこらないでよぅ」
シルンがいなくなると途端に険悪になるサーザンとミレニアの間に、「ケンカはだめだよぅ」とアーヤンが割って入った。
ミレニアとサーザンの手を取ると、「なかなおり♪」と言って強引に握手させる。当の二人は顔を背けたままだ。
「そーだぞ、ケンカしてたって仕方ねーだろ。ミレニアもサーザンも短気なんだよ」
「あたしは悪くない!ミレニアが勝手なことばっか言うから――!」
「人のせいにしないでよ。突っかかってくんのはあんたじゃない」
ターヴィの余計な一言からまたミレニアとサーザンのにらみ合いが始まる。険悪な雰囲気にアーヤンが「なかよくしようよぉ」と必死に仲裁に入っていた。
「…ま、つまりあれだな」
「何よ」
「腹が減ってるから気が立ってんだろ」
どういう理屈だ、と言いたくもなったがターヴィの言い分にも一理ある。
干し肉一つで戦争になったくらいだ、皆が空腹を抱えている事に違いはなかった。
「そんな事言ったって、最後の食料さっき食べちゃったんでしょ?」
どうしようもないじゃないか、とサーザンが困った表情をターヴィに向ける。途端にターヴィがしたり顔で頷いた。
「ふっ、ここはこのターヴィ様の出番だな!」
「馬鹿は放っといて行くわよ」
「ちょっと待て!人の言葉は最後まで聞けよな!――とにかく、この天才奇術師ターヴィ様がちょちょっと食料調達してきてやろう。それで万事解決だ」
本当にそれで万事解決としていいものかと疑いたくもなったが、おなかが空いていることには変わりない。
少なくとも方法論の一つには思えた。
「わーい、ターヴィめいあーん!すってきぃ♪」
アーヤン一人がターヴィに賛同の拍手を送っている。それを格好つけたポーズで受けてから、「行ってくる」とターヴィは身を翻した。黒ずくめの姿が緑の中に紛れて行く。
「ターヴィ、がんばって〜♪」
両手を振ってアーヤンがターヴィを送り出す。ターヴィの髪伸ばしはこういう時便利な機能だから、すぐに何か見つけて戻ってくるだろう。それまでは待つ事にするか、とミレニアは大木のしたにどかっと腰を下ろして盛大に溜息をついた。
「ったく、私みたいにか弱い乙女にこんな過酷な旅は向いていないのよ。それなのに、男どもが情けないから――…」
ツッコミどころ満載の台詞だったが、サーザンはそれを聞き流すように努力した。
言い争っても仕方がない。こうしてまっていれば、すぐにシルンもターヴィも帰って来る。
「――…」
サーザンもミレニアの向かいにしゃがみこんだ。お腹も空いていたし疲れていたけれど、ミレニアのように文句を言う気はなかった。
眼を閉じて、このまま少し休もうかと思ったその時、急に辺りが静寂に包まれた。
「――…?」
木々のざわめきも、動物が鳴く声もしない。変だ、と顔を上げるとミレニアが厳しい表情になって上を見上げていた。
「ミレニア…?」
「……囲まれたわ」
「は?」
サーザンにはミレニアの言わんとしていることが分からない。何に囲まれたのか、とサーザンは問おうとしたがその暇はなかった。
突然、褐色の衣を身に纏った者が次々と降って来たのだ。
「な、何――!?」
一方的な展開にサーザンはうろたえる事しか出来ない。次の瞬間、褐色の人影が何かを呟いた――その途端、サーザンの四肢が動かなくなった。
「――っ!?」
「わぁ!?」
いや、サーザンだけではない。アーヤンも、ミレニアも身動きが取れなくなっていた。何事かとサーザンはミレニアに視線を向けた。ミレニアは悔しそうな表情で、褐色の人影に悪態をついた。
「風縛なんて、やってくれるじゃない …!」
存在に気付いただけに、まんまと魔法に捕らわれてしまった事が悔しくて仕方ない。
どうする事も出来ない状況にミレニアが歯噛みした。
風縛――風の魔法の一種で動きを封じる手段である。一旦捕らわれてしまうと、別の魔法で風を破壊する事でしか逃れる事が出来ない。この状況で、風縛を破る魔法を使う事はミレニアには出来なかった。
「一体、何がどうなって――…」
状況が読めずにサーザンは慌てた。けれど、ミレニアは落ち着いたもので、威嚇するような視線を褐色の人影へと向けていた。
「…風縛ってことは、命を取る気はないって事?」
ミレニアの挑発に、褐色の人影が初めて口を開いた。重い、地に這うような声で呟く。
「女子ばかりなら、殺すこともあるまい…」
その返答を耳にし、ミレニアはやはりという表情をした。それでも状況のわからないサーザンは困りきって視線をアーヤンに向けた。
「…アーヤン、どうなってるの?」
「…どうなってるのかは、アーヤンにもわからないけど……」
まえにもあったんだ、とアーヤンは続けた。だから、多分彼らが何であるのかはわかる。
「あのひとたち、たぶん『さんぞく』さんだよ」
「――…!?」
サーザンは眼を瞠った。山賊、という言葉は聞いた事がある。
確か、山に暮らし旅人や近隣の村から強奪を繰り返す者たちのことを指してそう言うはずだ。
ということは、つまり。
「あたしたち、山賊に襲われたの――?」
サーザンは信じられない思いで褐色の男たちを眺めた。先程答えた男が冷たい眼差しをこちらへと向けていた――…。


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