エルガーの音楽


BGM is theme in 1st movement of "cello concerto".



  


ウースターにあるエルガー生家記念館



*CD番号は私が買ったときのものです。購入される場合は必ずご自分でチェックしてください。


■エルガー(1857-1934):再発見されたヴァイオリン作品集 第2集
(black box BBM1047)
 「再発見されたヴァイオリン作品集」に続くエルガーの珍しいヴァイオリン小品を集めた第2集。もっともアルバムの最後に収められたヴァイオリンソナタ作品82だけはかなり有名な大作だから,「再発見された」作品とは言えないだろう。しかし,その他の小品は初めて聴くものばかり。そして嬉しいことに第1集同様ロマンティックで魅力的な曲が多い。「高地」 ,「羊飼いの少女」,「バイエルンの踊り」,「溜め息」,「小さな女王様 ― 子守歌」,「ポロネーズ ニ短調」,「夢想」,「愛のことば」,「エルガーの主題によるワルツ」,「回想」,「「インドの王冠」より間奏曲」,「アレグレット ― GEDGEの主題によるデュエット」と,どれも5分に満たない曲ばかりだが,続けて聴いていると上質の甘いお菓子を少しずつ食べているような幸福感がある。演奏しているのは,第1集同様ヴァイオリンがカザフスタンの俊英マラト・ビゼンガリエフ,ピアノ伴奏がベンジャミン・フリス。ビゼンガリエフの確実な技巧に加えて艶っぽい音色がロマンティックな曲想にぴったり。「ヴァイオリンソナタ」も2人の息の合った迫真の演奏。



■エルガー(1857-1934):再発見されたヴァイオリン作品集
(black box BBM1016)
 エルガーのヴァイオリン作品といえば,大作であるヴァイオリン協奏曲とヴァイオリン・ソナタが英国音楽のファンによく聴かれているのを別にすれば,「愛の挨拶」くらいしか一般には知られていないのではないだろうか。私もこのアルバムを聴くまでエルガーにこれほどたくさんのヴァイオリンの小品があるとは知らなかった。もっとも,アルバムのタイトルに「再発見」されたとあるくらいだから,このCDに収録された曲の大半は最近までエルガーの専門家でもほとんど聴いたことがなかったのかもしれない。ヴァイオリンを弾いたエルガーのことであるから,ヴァイオリンの小品をたくさん残しているとしても不思議はないのだが…。同じくヴァイオリニストを目指していたシベリウスが有名なヴァイオリン協奏曲のほかにも,ロマンティックなヴァイオリンの小品をたくさん残しているのと事情は似ている。CDはすばらしくロマンティックなメロディーが奏でられる「ロマンス」で始まる。CDを見るとこの曲は何と作品番号1なのであった。作曲家エルガーの記念すべき処女作である。その後も有名な「愛の挨拶」を含めて初期のロマンティックなヴァイオリン小品が続く(一部にやたら技巧的な曲があるなと思ったらそれらは「練習曲」であった)。艶やかで張りのある音色と鮮やかな技巧でエルガーの隠れた佳曲の数々を演奏しているのは,カザフスタンの俊英マラト・ビゼンガリエフ。ピアノ伴奏のベンジャミン・フリスとの息もぴったりだ。決してスターではないけれども,ビゼンガリエフというヴァイオリニストは,NAXOSレーベルの「ヴィエニャフスキ ヴァイオリン小品集」を数年前に聴いたときから密かに気に入っている。ヴァイオリン音楽を愛するすべての人にお薦めしたい掘り出し物的アルバム。クライスラーやヴィエニャフスキのヴァイオリン小品集と同じような感覚で楽しめるだろう。



■エルガー(1857-1934):交響的習作「ファルスタッフ」 他
(NAXOS 8.553879)
 ファルスタッフはシェイクスピアの史劇「ヘンリー四世」に登場する巨漢の騎士として,その強烈なキャラクターはあまりにも有名である。清廉な正義の騎士には非ず,むしろ打算的で酒飲みで悪漢といってもよい騎士であるからこそ,その個性は文学史上に燦然と輝いている。イタリア・オペラ最高の巨匠ヴェルディの最後のオペラが「ファルスタッフ」という名作中の名作であることも,ファルスタッフというキャラクターがいかに古今の芸術家にインスピレーションを与え続けてきた存在であるかを物語っている。さて,エルガーの交響的習作「ファルスタッフ」はどうか?結論からいえば,この作品はヴェルディのオペラのような傑作ではないし,エルガー自身の作品としても全体的に決して成功した部類には数えられないだろう。豪華絢爛な一大交響絵巻というエルガーの構想は,すでに第1部「ファルスタッフとハル王子」冒頭の華麗なオーケストレーションにはっきり見て取れる。この冒頭はちょっとR・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」を思わせるのだが,エルガーはオーケストラの魔術師R・シュトラウスではない。これは,エルガーがR・シュトラウスのようにオーケストレーションが上手くはないという意味ではなくて,エルガー自身が本質的にリリシズムの作曲家であるということである。この作品でエルガーは自分の本質とは違うところで相撲を取っている気がするのである。だから,にぎやかな部分よりも,第3部「間奏曲〜夢」のように静かなメランコリーが流れる部分にエルガーらしいしっとりした抒情を感じるのである。短いけれどもこの部分のソロ・ヴァイオリンは非常に美しい。
 エルガーらしいということでいえば,余白に収められている弦楽合奏による「悲歌」の方がよほどエルガーらしいし,曲の出来もよい。ゆったりとしたメランコリックな旋律が美しい愛すべき小品である。もう一つバレエ音楽「真紅の扇」が収められている。バレエ音楽ということもあってかワルツ風の曲など,明るく楽しい曲が多い。メインの「ファルスタッフ」よりもむしろ後の2曲がよいというのがこのCDを聴いての正直な感想である。



■エルガー(1857-1934):チェロ協奏曲

(EMI TOCE-7222)
 まだまだ私が聴いていないエルガーの曲も多いと思うが,「エルガーの曲で一番好きな曲を一曲あげよ」といわれたら,私は躊躇なくエルガー最後の傑作であるチェロ協奏曲をあげる。それは,私が弦楽器の協奏曲が特別に好きなことに加えて,何よりも第1楽章の主題こそエルガーが生み出した最高の楽想であり,古今のチェロ協奏曲を通じて最高の主題と信じているからである。さらに,この曲には,当CDでチェロを弾いているジャクリーヌ・デュ・プレの,今後おそらくこれを越える演奏は現れないのではないかと思える決定的な演奏が残されている。デュ・プレが弾くエルガーは,ロストロポーヴィチの弾くドヴォルザークやシューマン,ヨー・ヨー・マの弾くサン・サーンスやハイドンよりずっと感動的である。この曲を聴くたびに,英国滞在時によく聴いた人気FM番組Classic FMでエルガーの主題がテーマ曲として頻繁に流れていたことを思い出す。



■エルガー(1857-1934):交響曲第1番,インペリアル・マーチ
(NAXOS 8.550634)
 エルガーには,最近アンソニー・ペインが遺されたエルガーの草稿をもとに完成した「第3交響曲」があるが,エルガー自身が完成させたのは2曲だけである。私にはこの第1交響曲の方が第2交響曲よりも断然おもしろい。この曲の初演は,英国ばかりでなくヨーロッパ大陸やアメリカでも大変好評だったらしいが,英国の作曲家の交響曲が国際的に評価された最初の例かもしれない。この交響曲の成功の秘密は,第1楽章で呈示されるゆったりとした気品のある主題と,これを基にして有機的に統一された全曲の構成にあるだろう。最初の主題が最終4楽章で回帰してフィナーレで高らかに奏されるのを聴くと,ブラームス第1交響曲の最終楽章コーダを聴くときと同じような興奮,高揚感を覚えるのである。



■エルガー(1857-1934):交響曲第2番
(NAXOS 8.550635)
 これはエルガーの中では残念ながら失敗作の部類に入る曲ではないか。第1交響曲にあった清新な熱気というべきものがない。主題も第1交響曲に比べて魅力薄だ。ゆったりとしたテンポの部分にエルガーらしいメランコリーはあるのだが,それだけでは1時間近くの長い時間緊張を保ちつつ聴くことは難しい。第1交響曲の方は,日本でも演奏会のプログラムに上ってほしいが,第2交響曲がイギリスの壁を越えて他国のオケのレパートリーに定着するのは難しそうだ。



■エルガー(1857-1934):ヴァイオリン協奏曲,序曲「コケイン」
(NAXOS 8.550489)
 チェロ協奏曲ほどではないが,これも私の好きな曲。シベリウス同様当初はヴァイオリニストを目指していたエルガーだけに,チェロ協奏曲と違ってヴィトルオーソ的な難技巧がふんだんに駆使されている。曲の長さも異常に長く,第1,第3楽章は15分以上,全曲では45分以上かかる。肉体的にはブラームス,技術的にはシベリウスより大変そうで,一流プロでも簡単に弾ける曲ではない。しかし,曲の基調はやはりエルガー独特のメランコリーで,決してただの名技協奏曲で終わっていないところがエルガーの大作曲家たる所以。第1楽章の暗い情熱,一転して第2楽章のイングランドの田園的な情緒(チャイコフスキーの第2楽章のイギリス版といったらよいだろうか),長大な第3楽章における技術的見せ場の息もつかせぬ展開と第1楽章への回帰。韓国のカンの演奏は技術的にも音楽的にも質が高く,どっぷりとエルガー的メランコリーの世界に浸らせてくれる。序曲「コケイン」も 15分ほどの短い曲だが,エルガーの卓越したオーケストレーションで面白く聴ける。



■エルガー(1857-1934):弦楽セレナーデ
(PHILIPS 416 356-2)
 これは愛妻家だったエルガーが結婚記念日に妻への贈り物として書いた作品と言われる。その点では同じく愛妻家だったワーグナーの「ジークフリート牧歌」と書かれた目的は同じ。弦楽セレナーデといえば,チャイコフスキーやドヴォルザークのものが有名だが,この2つの作品に比べれば,エルガーの作品は楽章構成も3楽章だし,各楽章の長さも5分以下とごく短い。しかし,短い曲ながらやはりエルガー独特のメランコリーがこの曲でも見られる。第1楽章のいかにもエルガーらしい哀愁をたたえた主題は一度聴くと忘れられないだろう。しかし,2楽章のラルゲット,3楽章のアレグレットは,幸せな結婚生活を思わせる明るい音楽となっている。イ・ムジチの演奏はいつものことながらアンサンブル,歌心ともに見事。



■エルガー(1857-1934):ヴァイオリンソナタ,ピアノ五重奏曲
(HYPERION CDA66645)
 私が好きなのはヴァイオリンソナタ。第1楽章冒頭の情熱的で緊張感漂うヴァイオリンとピアノの掛け合いから引き込まれる。エルガーの中でも最もロマン的なパッションが前面に出た曲の一つではないか。ちょっとブラームスやフランクの曲に似ているところがなくもないが,こんないい曲にあまり人気がないのは残念。でも,何年か前に五嶋みどりもフランクのソナタとのカップリングでこの曲のCDを出したし,21世紀にはロマン派の人気ヴァイオリンソナタの一つになっていることを期待しよう。



■エルガー(1857-1934):「エニグマ変奏曲」,「威風堂々」,「愛の挨拶」
(NAXOS 8.550229)
 エルガーの中で最もポピュラーなオーケストラ曲を集めたNAXOSのアンソロジー。最後にディーリアスの「Brigg Fair」と「In a Summer Garden」も収められている。演奏はリーパー指揮のチェコスロヴァキア放送プラティスラヴァ響。1989年録音はNAXOSでも最初期の録音だろう。ただし,ハーネスト指揮ボーンマス響による「エニグマ変奏曲」の新しい録音が登場したためか,現在のNAXOSのカタログからは消えている。やはりエルガーの出世作「エニグマ変奏曲」が聴き物だろう。この曲は昔?からエルガー作品の中では比較的日本でもポピュラーな方で,ディヴィスやマリナーのLPが発売されていたと記憶している。各変奏が変化に富んでおりおもしろいが,やはりゆったりとしたテンポの曲にエルガーの美質が現れているように感じる。
 「威風堂々」については,NHKの名曲アルバム等で日本にエルガーの名前を広めるのに貢献したことは間違いないが,逆にエルガーといえば「威風堂々」しか書いていない作曲家というイメージも植えつけてしまった嫌いがある。本国イギリスでもこの曲は特別な存在であり,中間部の有名なメロディーには"The Land of Hope and Glory(希望と栄光の国)"という歌詞がつけられ,プロムス・ラストナイトなどで聴衆全員で歌われることもしばしばである。その愛国的な歌詞から「第2の国歌」と呼ばれるのも頷ける。しかし,もっともっと聴かれてよい曲がエルガーにはたくさんあるのだから,「威風堂々」ばかりが日本では突出して有名になっている現状はさびしい。エルガーのポピュラー名曲なら,むしろ「愛の挨拶」の方がチャーミングで私は好きだ。ただしこの曲はヴァイオリンのソロで聴きたい。



■エルガー(1857-1934):ゲロンティアスの夢
(NAXOS 8.553885-6)
 これはウスターのThe Elgar Birthplace Museumを訪れた時に,そこのショップで記念に購入したCDである。「夢」というタイトルのせいなのか,初め聴いたときにはエルガーの作品の中では,長い上になんとつかみどころのない曲かと思った。しかしじっくりと聴いてみると,だんだんとよさが分かってくる。エルガーはオペラを書こうとしたのではなく,劇的なオラトリオを書こうとしたのでもない。むしろここにあるのは,きわめて内省的で宗教的な感情の表白である。それは第1部プレリュードの次の曲,最初にGerontiusが出てくる場面ですでに明らかである。Angelが歌う感動的な終曲に至るまで,静謐で清澄な音楽は名作フォーレのレクイエムを思わせる。