車のトラブル(購入編)


英国で車は本当に必要か?
 英国で本当に車を持つ必要があるか?この問に対しては,人によってYESの場合もあるし,NOの場合もあろう。例えば,単身でロンドンに住む場合。広いロンドンと言っても,地下鉄やバスが網の目のように張り巡らされているので,よほど不便なところに住まない限り日常的に車は要らないだろう。後述するように車を持つと色々とお金がかかる。
 人口8万人の街バースではどうか?これも単身で住む限り車は全く必要ない(よほど郊外というのなら話は別だが)。バースの街の規模自体がさほど大きくないので,歩ける範囲内に,生活に必要なスーパー,ショップ,公共機関,銀行,図書館,中央郵便局などがすべて収まっている。
 ところが,うちのように幼い子供を2人抱えて住むとなると事情が異なる。自分では歩かない子供をバギーに乗せて買い物しようとしても,大した量の買い物はできない。おむつ1パック,4パイント(約2リットル)の牛乳1本だけ買って持ち帰るのでも大変だ。あいにくバースのシティセンターから St Aubinsの家までは急な上り坂が続く。さらに子供は突然病気になる。苦しがっている子供を Surgeryまで歩いて連れていくのは大変だ(連れて行ったからといって医者が何かしてくれるとは限らないのだが)。とまあ,このような理由で渡英後約一月たった頃,中古車を購入する決心をした。必要不可欠な理由に加え,車があれば週末やホリデーの家族レジャーにもさぞ便利だろうと考えたことは言うまでもない。もっとも,普段は車をほとんど使わず,レジャーのときだけ車を使いたいのなら,AVISやHERTZでそのときだけ車を借りた方が維持費もかからず安上がりであろう。友人のスイス人家族も実際にそうしていたようだ。

バースでは適当な車が売っていない
 さて,それではどこでどうやって中古車を購入するか?これには大きく分けて,個人売買で買う方法と,中古車ガレージで買う方法との二つがある。電話帳で調べれば中古車ガレージがのっているが,残念ながらバース市内には歩いていけるところに適当なガレージがほとんどなかった。Great Pultney St.の近くにあり便利なので最初に行ったガレージは,いかにも壊れそうな車が申し訳程度に2,3台展示されているだけで,店員に勧められるままに気が進まないながらも1台に試乗したが,到底値段と釣り合う代物とは思われなかったので,「また来ます(2度と来るか!)。」と適当に答えて早々に退散した。
 もうひとつKingsmeadにフォード「純正」の大きなガレージがあった。ここは新車の販売が中心だが,中古車のストックも前のところとは比較にならぬほど多い。若いマネージャーが出てきて愛想良く(これが仮面の顔であることが後で明らかになる),「どんな車をお探しですか?」と言う。「1年間の滞在なので,なるべく安い車を。」と答えると,「それでは。」と言って彼らが保有する一番安い部類の車を何台か見せられた。ところが,それにしても全部3000ポンド以上で考えていた値段よりはるかに高い。
 そこで「もっと安い1500ポンドとか,せいぜい2000ポンドの車はないのか。」と尋ねると,マネージャー氏は急に渋い顔になり「うちは中古車といっても厳選した車を提供している。しかし,もう少しすると"very nice family car"であるトヨタのカローラが2000ポンド以下で入ってくることになっている。それを優先的にあなたに回してあげるから,デポジットとして200ポンド払って下さい。」という。「なぜデポジットが必要なのか?」と尋ねると,「予約ということでその車を確実に渡すためだ。」という返事。「デポジットを払わないと,その車が来ても別の客に持って行かれてしまうかもしれませんよ。」とも言われた。私が「その車が気に入らない場合デポジットは返してくれるのか?」と尋ねたところ,「もちろんそうです。」というので,何か腑に落ちないものを感じながらも200ポンドを払い領収書を受け取った。
 英国に滞在してからもう少し日がたって経験を積んでいれば私もそんな軽率なことをしなかったと思うが,そのときの私には,車を早く探さなければいけないという焦りと,バースには歩いて探せるガレージがもうないという思いがあった。ところが,後でよくよく考えてみると,もう少しすると入ってくるらしい"very nice family car"がどんな車なのかという一番肝心なことを全く確認していないことに気付いた。向こうはトヨタのカローラとしか言っていないのだ。そこで,その点をはっきり聞くためにもう一度マネージャー氏を訪ねた。最初とはえらく違って不機嫌なマネージャー氏は,はじめてそれが2 doorの1300ccの車であることを明らかにした。2 doorと聞いて私はすぐにこの話を白紙撤回する意志を固めた。小さい子供2人を後部座席,しかも一人はチャイルドシートに座らせなければならないのに,2 doorの1300ccの車では小さすぎる。しかも何年物かは知らないけれどもそんな小さな車で2000ポンドとは高すぎる。どこが"very nice family car"なんだ。
 それからが,安易にデポジットを払ってはいけないという教訓話になってしまう。「そんな車なら家族で乗るには向いてないから,この車は買わない。すぐにデポジットを返して欲しい。」という私に,マネージャー氏は厳しい顔つきで「あなたが払ったデポジットはもう経理の方に行ってしまったから,すぐに返すというわけにはいかない。小切手を用意しておくから夕方来なさい。」とどちらが客だかわからない態度。仕方なく一度家に戻り,再び行くと「来るのが早すぎる。まだ小切手の準備が出来ていないから,もう一度来て欲しい。」とそっけない。結局自分で行くことを諦め,妻に頼む。彼女はあと3回行ってようやくこのDepositを返してもらったが,嫌そうにしかも半分軽蔑したように手にもった小切手をぺらぺらと振りながら渡したそうだ。彼女は本当に情けなくて,泣きそうになったと話していた。疲れだけが残った一日であった。大分たってからこのフォードを覗くと,マネージャー氏の机には別のマネージャーが座っていた。客の評判が悪いか売り上げが伸びないかで,首になったか配置転換させられたんじゃないのと思ったものだ。

新聞で車を探す
 こういうわけで車探しは白紙に戻ってしまった。バースだけで適当な中古車を探すのは難しそうだ。探す範囲をブリストルまで広げよう。しかし,ブリストルは大都市だ。バースとは比べ物にならないくらい広い。いきあたりばったりでやみくもに探すのは不可能だ。いずれにしても,もっと情報を集めなければならない。英国では車探しをする人のために,地元(バースやブリストル)の個人売買及びガレージの中古車情報を集めた新聞が毎週発行され,コンビニで買うことができる。また,無料の新聞が一週間に一度配達されるが,それにも多少ガレージの広告が載っている。これらの新聞には,車種,車のタイプ,値段,製造年,マイレージ,MOT(車検)の年月日,色,オートマorマニュアルの別,オーディオ,カーアラームなどの付帯設備などのデータが,個人が売りに出している車とガレージが扱っている車について詳細にのっている。これを見れば,自分の目で実際に車を見る前にかなり候補の車を絞り込むことができるのだ。
 私はとりあえずオートマ車で,4 doorで値段が安い車を探すことにした(夫婦で運転したいため)。まず,個人売買に出されている車には全く適当なのがないので,ガレージが扱っている車のみを探すことにする。ブリストルまで手を広げてみても,2000ポンド以下の車を扱っている「安ガレージ」は本当に少ない。ロンドン在住の知人は1000ポンドでフォードの中古車を買ったと聞いていたが,それほど安い車はほとんどなく,たまにあるのも「危なそうな代物」だ。英国は一般的に中古車の相場が日本の2倍と考えてよい。2000ポンド以下の車は,ありていにいえば製造年が古いフォード,ルノー,プジョーの車である。せっかく英国に住むのなら,ローバーやジャギュアーの車に乗りたいものだと思っていたが,とんでもない思い違いであった。数年以内に製造された中古車は日本の新車並の値段がする。英国の車の値段があまりにも高いので,ヨーロッパ大陸でベンツなどの高級車を購入してそれを船で英国に運んだ(ただし法律で義務づけられているフォグランプを付けるなどの手直しが必要)方が安いらしい。
 私の場合せいぜい1年しか乗らない訳だし,古くてマイレージが高くてもいいから安い車を買おうと決めていた。ただ困ったことには,英国では日本と違ってオートマ車が全然人気が無く(渋滞が少ないからということもあろう),中古車市場に出ているのもほとんどがマニュアル車である。オートマ車となると,おのずから車種と絶対数が限られる。私は隅から隅まで新聞を見て,ブリストルのM&Sというガレージ(大手スーパーのM&Sとは全然関係ありません。念のため。)が売っている2000ポンド以下のフォード(Granada)とプジョー(車種は忘れた)の4 doorオートマ車に候補を絞り込み,自分の目で確かめに行くことにした。

ブリストルで車を決める
 本当のところ,いろいろな車を実際に自分の目で見て探したいのなら,「車探しのための車」が要る。バースに住んでいた私の知人の日本人は,車探しのためにレンタカーを借りてバース郊外のワーゲンのガレージに行き,ゴルフを購入した(私には高すぎた)。私はレンタカー代も高いし,だいいち車を借りたとしても,道を間違わずに無事にブリストルのはずれのM&Sガレージまで運転していく自信がなかったので,そこまでする気はなかった。そこで,鉄道でBristol Temple Meadsまで行き,そこからは(バス路線がよく分からなかったので)タクシーでM&Sガレージまで行った。10ポンド以上かかったと思う。ようやく着いたM&Sガレージは,バースのフォードとは違って,いかにも安ガレージという感じだった。数だけは多い車はすべて古そうで,しかも野ざらしにされている。2,3人いた店員も皆ノーネクタイのラフな格好で,スタッフがスーツをピシッと着こなしていたフォードとはえらい違いだ。でも逆にここなら適当な車が手に入りそうだという期待感があった。
 ラテン系の店員が一人出てきて応対してくれた。安い4 doorオートマ車を探している旨伝えると,新聞に載っていた2台の車に加え,「他にもあります。」と言って何台かの車を見せてくれた。しかし,ある車はエンジンがかからず,あるものは事故に遭ったらしくドアが大きくベコーッとへこんでいる(こんな車がいったい売れるのだろうか?)。結局新聞で私がはじめから目を付けていた1989年物のフォード(Granada)が一番良さそうだということになった。「試乗してもいいぞ。」と言われたが,買う前に事故を起こしては大変なので,その店員に運転をしてもらい,自分は助手席に乗ることにした。助手席に乗った感じでは,古い車ながらも別に問題なさそうだ。
 車を降りてから,タイヤ(ちょっとすり減っているけどよしとしよう)その他をチェックし,最終的に買うことに決めた。車の保険も入っておかないといけないし,お金もまだ持ってきていないので,来週買いに来たい旨言うと,店員は「来週までに車をきれいにしておくから,月曜日においで。」と言う。少なくともバースのフォードのようにデポジットを要求しないだけでも感じがよかった。「テンプル・ミーズの駅までどうやって帰ったらいいのか。」と尋ねると,別の店員が最寄りのバスの停留所まで車で送ってくれた。売った後はともかく,売れるまでは,こういう安ガレージはフォードのような大名商売ではやっていけないということだろう。

ついに車を購入する
 さて,車を買って乗る前に自動車保険に入っておかなければならない。ロンドンには電話一つで加入できる日本人向けの保険代理店がいくつかあるので便利だ。私も早速電話をかけると,申込用紙がFAXで送られてきて,それに車のタイプやナンバーを記入して返送した。車を買う日には保険が有効になる旨記載された仮の保険証をすぐに送るからということであった。私が入った保険は"comprehensive"というタイプのいわゆる車両保険も付いた総合保険であったが,日本で英語の無事故証明書を取って持ってきたため,保険料が半額近くになり随分と得をした。ただ,仮の保険証の写しはFAXで届いたものの,そのオリジナルは車を買う日までには届かなかった。
 仮の保険証のオリジナルが届いていないのがちょっと気がかりだったが,車代の現金(持ち歩くのがこわかった大金!)をしっかりと持ち,勇んで再びM&Sガレージへと向かった。約束通り車はきれいに洗われて入り口付近に置かれていた。お金を払う前に,少しでもまけてくれないか聞いてみたが,それはさすがに断られた。最初に来たときに粘って交渉していれば多少安くなっていたかもしれないが。ウォッシャ液が空になっていたので,指摘するとそれくらいは足してくれた。ワイパーの1本にゴムが付いてないことに気付いたのはそれからしばらくたってからである。

冷や汗をかきながらバースまで帰る
 さて,いよいよ車を運転して家まで帰ろうとしたとき,この車のフロントガラスに貼り付けてあるTax Cardの有効期限が4ヶ月前に切れていることに,はたと気付いた。何も聞かされていなかった私がそれを指摘すると,店員は「すぐに売れるかどうか分からない車のTax Cardを更新するのは経費の無駄になるので。」と決まり悪そうに答えた。弱小ガレージの気持ちは分かるが,私は有効なTax Cardを所持していない車は法律的に公道を一切走ることができない(駐車もダメ)ことを知っていた。今はガレージという私有地にあるから問題ないわけだが,ガレージを一歩出て道路を走った途端に法律違反車となるわけである。このTax CardはMOT(車検)の証明書と仮の保険証を持っていけば郵便局で買うことが出来るが,仮の保険証のオリジナル(FAXは不可)がないと売ってくれない。私はこの店の不誠実さを責めたが,向こうは「バースは近いから(といっても車で1時間はかかる)このまま乗って帰っても問題ない。Tax Cardは後で買えば大丈夫。」の一点張り。仕方なくそのまま帰ることにした。パトカーに見つかったらどうするんだ?,事故ったら大変なことになる,と私は不安でいっぱいだった。
 さらに,ガレージを出た私は,はじめての道を運転してバースに帰ること自体容易でないことを悟った。小さい地図は持ってきたが,同乗者がいないから開いて見てもらうことができない。今どこを走っているのかよく分からないまま標識を見てBath方面へと向かった。標識を見るのにも慣れていないし,日本にはないラウンドアバウト(常に右方車が優先のロータリー。英国の地方では信号よりもむしろこれが多い。)を通過するのにも骨が折れる。加えて,日本の車とは逆で,ハンドルの左側が方向指示器,右側がワイパーなので,ついつい方向指示器を出そうとしてワイパーを動かしてしまう(日本に1年ぶりに帰国したときも同じことをやってしまった)。危なっかしい運転で,後ろの車に何回もクラクションを鳴らされた。
 しかも,悪いことにケチケチガレージのせいでガソリンタンクの針はEmptyを少し過ぎたところを指しており,いつガス欠になるか分からない状態だ。到底バースまでのガソリンは残っていないと思った私は,仕方なくガソリンスタンド(Petrol Station)に入った。ところがギアをどうやってDからParkingの位置に入れたらよいのか分からない。日本車のようにレバーの横にロックを解除するボタンが付いているのとは違うのだ。仕方なくエンジンをかけたまま公衆電話で車を買ったガレージに電話をすると「レバーを単に"push"してから動かせ。」と言う。なるほど。それでようやく駐車はできた。それからがまた問題。日本と違ってガソリンは自分で入れるものだということは知っていたが,当然それまで一度も自分で入れたことはない。店員に給油の仕方を教えてもらい(決して店員は入れてくれない),ようやくタンクを満タンにした。
 それからは何とかバースの市内にたどりつき,一方通行や進入禁止の道に遮られて何度か同じ所をぐるぐる回ったあげく,夕方ようやくSt Aubinsの家に無事にたどり着き,家の前の「公道」にそっと駐車した。妻は,私がどれだけ苦労をしたかも知らず,車を見て「へえー,なかなかええやん。」などと呑気なことを言っている。なんだかどっと疲れた。

Tax Cardがなかなか買えずに焦る
 次の日は,警察に見つかったり,誰かに通報される前にさっさとTax Cardを買ってしまおうと,保険屋からの保険証が届くのを家で待っていた。ところがその日の郵便物にも入っていない。あきらめて,大学に行ったところ,知人の日本人に「ロンドンでは,Taxを払っていない車の取り締まりを強化するため,警察がそういう車を見つけ次第片っ端からクレーンで車をぐしゃーとつぶしているというニュースを見たよ。一刻も早く付けた方がいい。」とおどされた。そんなことを聞くと食事も喉を通らない。
 翌日ついに仮の保険証が届き,MOT証とCardの申込証を持って中央郵便局へと向かう。ところが,仮の保険証に書いてある車のナンバーが1文字違っていることに郵便局のおばさんが気付いた。保険会社とはFAXでやり取りしていたので字が判別しにくく,HをNと間違えたらしい。本来ならTax Cardは買えないところなのだろうが,外国人の私が意気消沈しているのを見て,郵便局のおばさんも同情したのだろう。「Cardは売ってあげるから,保険屋にすぐに連絡しなさい。」ということで,Tax Cardを手に入れた。ついでにそのCardを入れるホルダーも買った。急いで家に戻り,公道に駐車している「違反車」にようやく有効なTax Cardを取り付けた。トラブル続きで慎重になっていた私は,何があるか分からないので,その後も正しい保険証が届くまでは一切運転しなかった。その間に子供2人のために安いチャイルドシートを購入し,取り付けた。