美術・工芸・映画


■「ピーターラビットの謎」

益田朋幸 著(東京書籍)¥1,600
 ピーターラビットのファンなら,この本を本屋で見つければ一度は手にとってみるに違いない。でも,表紙のピーターラビットの絵の下には,キリストとその弟子達の「最後の晩餐」の絵が…。それに本のタイトルにある「謎」とは何なのか?よく見ると,タイトルの下に小さい字で「キリスト教図像学への招待」というサブタイトルが書いてある。いったいこの本はどういう本なのだろう。結論を先に言ってしまうと(著者も結論を先に述べている),驚くかな,ピーターラビット物語の背後には,キリストが無実の罪で捕らわれ,十字架上で刑死するというキリストの「受難物語」が隠されているというのだ。ひとことでいえば,著者のやっていることは,キリスト教図像学の知識(たとえば宗教画に描かれた「物」が何の象徴であるかといったこと)を駆使したピーターラビット物語の精緻な解析である。その結果,「ピーターラビット=キリスト」という意外な結論が理路整然と導かれてしまう。謎解きを論理的にしていく本であるが,決して堅苦しい本ではない。東京書籍の本らしく,ピーターラビット物語や宗教名画を含めて図版はすべてカラーで,装丁も洒落ている。一つだけ疑問がある。本国英国で,この著者と同じく「ピーターラビット=キリスト」に気づいた人はこれまでいなかったのであろうか?



■「デザインの国イギリス  [用と美]の[モノ]づくり ウェッジウッドとモリスの系譜」

山田眞實 著(創元社)¥2,500
 日本でも人気の高いウェッジウッドの食器とモリスのパターン・デザイン。ジョサイア・ウェッジウッドとウィリアム・モリスが,活躍した時代や分野こそ違え,英国が生んだ最も偉大なデザイナーであることに異論を挟む人はあるまい。彼らのデザインが時を経て忘れ去られていくどころか,ますます輝きを増していくように見えるのは,彼らが,「美」こそすべてといった「芸術家」ではなく,社会における「用(実用)」を忘れることのなかった「デザイン・マネージャー」あるいは「社会デザイナー」であったからだと著者は説く。彼らの活動が現実の社会と遊離していなかったからこそ,彼らの生み出した「モノ」は,美術館でしか見られない時代がかった骨董にも,逆にすぐ廃れてしまう現代の大量消費的なモノにも陥ることがなかったのである。英国ファンの方々の中には,ウェッジウッドやモリスが大好きで,実際に英国でその足跡を訪ねたり,買物を楽しんだ人も多いだろう。ところが,それにもかかわらず,日本にはこれまで,一般の興味を惹き,しかも専門的な内容を備えたウェッジウッドやモリスの本がほとんどなかった。その点で,本書は2人の優れたデザインがどういう時代背景で生まれたか,その文化史的・社会史的意義はどういうことかということにまで,深く踏み込んで論考した画期的労作といってよい。本文中にも多くの貴重な図版(白黒)が収録されているが,巻頭にはウェッジウッド,モリス自作の名品が,オールカラーの写真で8ページにわたって紹介されており,これらは息を呑むほどに美しい。ウェッジウッド,モリスのファン必読!



■「NHKテレビ版 シャーロック・ホームズの冒険」

ピーター・ヘイニング 文/岩井田雅行・緒方佳子 訳(求龍堂)¥2,600
 NHK BSで再放送されている 「シャーロック・ホームズの冒険」を毎週楽しみにしているホームズ・ファンは多いだろう。うちもその例に洩れない。イギリス・グラナダTVが1984〜1994年に制作したシリーズでホームズ役を演じたジェレミー・ブレットは,惜しくも1995年9月に心臓麻痺のため急死したが,歴代の「ホームズ役」で最も高い評価を受けた名優だった。本書は,全41話のストーリーはもちろんのこと,出演者の紹介・コメント,撮影裏話,ロケ地,原作との違いなど,このシリーズのファンなら誰でも興味を持つに違いない内容を,多くの写真と貴重なイラストで紹介した国内で唯一の完全ガイドブックである。本書で初めて知ったことだが,ホームズの宿敵モリアティー教授を演じて鬼気迫るものがあった名優エリック・ポーターもまたジェレミー・ブレットと同じ1995年に死去したらしい。偶然というべきか,二人の俳優の運命を感じるべきか…。当然といえば当然だろうが,全英,いや全世界で知らぬ者のない古今最高の名探偵ホームズを演じるに当たってのジェレミー・ブレットの重圧は人々の想像をはるかに絶するものだった。文字通り命を賭して臨んだホームズ役によって,彼は小説のホームズとはまた違った,人の心に長く残るホームズ像を演じることに成功したのだった。



■「映画の中のマザーグース」

鳥山淳子 著(スクリーンプレイ出版)¥1,300
 「マザーグース」(英国では普通ナーサリー・ライム)が英米の映画に頻繁に登場することはよく知られているが,実際にどんな映画のどういうシーンで使われているかということを,マザーグースには疎い日本人向けに分かりやすくまとめた本は少ない。本書の特徴は,表紙の「176本の映画に見つけた,86篇のマザーグース。英米人の心のふるさとを映画の中に訪ねてみました。」ですべて言い表されている。日本に入ってくるのは圧倒的にアメリカ映画が多いから,取り上げられている作品も英国映画が少なく,アメリカ映画に偏っているのはやや残念だが,そんなことは気にせずに楽しく読める。ただのデータベース的本ではなくて,そのマザーグースが引用された背景や意図にまで踏み込んだ解説があるのがいい。凝り性の人なら,ビデオで映画の該当のシーンを見てチェックしたくなるのでは。



■「ラファエル前派」

ローランス・デ・カール 著/高階秀爾 監修/村上尚子 訳(創元社)¥1,400
 この本のキーワードは最初から最後までP.R.B.(ラファエル前派兄弟団)である。この派の中心的画家であったロセッティやミレーの絵は日本でも(特に英国絵画のファンに)人気があるから,本書の表紙を飾るミレーの「オフィーリア」や,ロセッティ描くところのジェーン・モリスをモデルとした一連の女性画は,すでにポピュラーなものだといってよいだろう。しかし,個々の画家の作品についてはかなり知られていても,P.R.B.設立の経緯やその活動と美術史的・社会的影響などについては意外に知られていないのではないだろうか。たとえば,大作家ディケンズが反ラファエル前派の先鋒に立ち,ミレーの絵を酷評した話など私は初めて知った。著者はオルセー美術館の学芸員で,1998〜1999年にかけて,オルセー,メトロポリタン,バーミンガムの各美術館でP.R.B.第2世代の中心画家であったバーン=ジョーンズの回顧展を企画した人。それだけに,P.R.B.に対する知識と博学ぶりにはすばらしいものがあり,これ一冊を読めばP.R.B.の流れと代表的な作品を(美しいカラー図版で)俯瞰することができるようになっている。特に重要なロセッティとミレーには一つの章が割かれており,二人のファンである読者の期待を裏切らない。さらに,ウィリアム・モリスの装飾芸術,ケルムスコット印刷所や,夭折の鬼才オーブリー・ビアズリーの特異な世紀末的挿絵などについてもかなり詳しい解説がある。実物のジェーン・モリスやロセッティの写真も興味深い。コンパクトにして中味の濃い格好の「ラファエル前派」ガイド(値段も手頃)。巻末には,本書で紹介された全作品の出典があるので,英国に行って「ラファエル前派ツアー」をするときにも大いに役立つだろう。



■「英国映画で夜明けまで」

入江敦彦 著(洋泉社)¥2,200
 本の帯には「必見UK作品のバイブル」とか,「ブリティッシュ・フィルムを観ずして,英国を語るなかれ−」という威勢のいい言葉が踊っている。著者はロンドンに住んで10年になる気鋭の映画ジャーナリストだそうである。でもこれは決して英国映画を網羅的に取り上げて,それらのデータを収録したハンドブック的な本ではなく,著者の視点で取り上げた作品についての評論あるいはエッセイと考えた方がよさそうだ。(巻末に作品索引として製作年や監督名等のデータがあり,大いに役に立つこと間違いないけれども,これはあくまでも二次的なものである。)その意味で,本書を読んで興味を惹かれた作品を自分で実際に観てから,もう一度該当の箇所を読み直してみるという読み方をしなければ,本書を本当に理解したことにはならないだろう。取り上げられている作品は,古典文芸物からゲイ映画までと非常に幅広いので,誰しも「観てみたい」という気にさせる作品があるはずだ。Cheekyさんのウェブ・サイトと共に格好の英国映画案内である。惜しむらくは,それほど厚い本ではないし(230ページ余り),カラー写真があるわけでもないのだが,やや本の値段が高すぎる。もう少し安ければ,買ってみようかなという気になる人が増えると思うのだが。



■「ボストン夫人のパッチワーク」

ダイアナ・ボストン 著/林 望 訳(平凡社)¥2,900
 英国の児童文学が好きな人ならば,ルーシー・ボストン夫人という名前を聞いたときに,「グリーン・ノウ」シリーズ(評論社から日本語訳が出ている)の作者だということが頭に浮かぶだろう。しかし,ボストン夫人は,児童文学作家としても一流であったが,パッチワーク作家としても世に知られた存在であった。本書は,ボストン夫人の実息ピーター氏の夫人であるダイアナ・ボストンが,ルーシー・ボストン夫人のパッチワーク作品を美しいカラー写真と文章で紹介したものである。訳者は晩年のルーシー・ボストン夫人と親交があった林望氏である。その林氏がルーシー・ボストン夫人のマナーハウスを訪れたとき,夫人が製作中だったパッチワークこそが,遺作となった「イスラム風タイルのパッチワーク」であった。この繊細複雑なデザインのパッチワークを見て誰が90歳を過ぎた老人の作品と信じられよう。パッチワークを趣味とする人にとって興味の尽きないコレクション集であろう。添えられたルーシー・ボストン夫人の製作にまつわるエピソードも楽しい。



■「モーツァルトの肖像をめぐる15章」

高階秀爾 著(小学館)¥2,718
 この本がいったい英国と何の関係があるというのか?実はイギリス人の肖像画好きは有名で,貴族の邸宅や城に行くと,必ず肖像画がズラリと並んだ部屋がある。特に18世紀後半のイギリスは,Joshua Reynolds,Thomas Gainsboroughのような世界的に有名な肖像画家を何人も輩出した。後者は,Bath生れの作曲家Thomas Linley Jr.の肖像画を残している。私のように「歴史上の人物の顔」に興味がある人間にはとても面白い本。イギリス絵画はターナーだけじゃない!


■「ヨーロッパ陶磁器の旅(イギリス篇)」

浅岡敬史 著(中公文庫)¥450
 ウエッジウッドやスポードに代表されるように,イギリスは世界に冠たる陶磁器大国だ。主要な工房の代表的なシリーズは,ロンドンはもちろんのこと,日本のデパートやショップでも買うことができる。でも,気に入ったデザインのカップやソーサーがあったら,それが生まれたふるさとを訪ねることによって,My cupへの愛着はさらに増すというものだ。この本で私がいいなと思うのは,著者の浅岡氏が徹底的に「職人」にこだわっていること。職人の仕事を見るのが大好きでそれについての著書もある著者が好奇心満々の目で,陶工の町ストーク・オン・トレント,ロイヤル・ウースターの町ウースターなど英国中を旅する。職人にこだわった結果,工房や作品の単なる紹介に終わらない,優れた職人論・文化論が生まれた。日本に比べて何事も大ざっぱでいいかげんなように見える英国だけれども,伝統ある工房で働く職人の技術の追求や仕事に対する誇りはさすがにすごいものだ。ウィリアム・モリスやローラ・アシュレイのデザインゆかりの土地,スコッチ屈指の蒸留所Cragganmoreを訪れた際の紀行も収められている。著者はBath郊外にある貴族の別邸として建てられたプライオリー・ホテルにも泊まったようで,まことに羨ましい。


■「テディ・ベア・ブック」

スー・ピアソン 著/林 美奈子 訳(中央公論社)¥3,689
 欧米各国の有名メーカーのベアから,各国のアーティスト・ベアまで,初公開のものも含む500点以上のベアがオールカラーで登場。ベアの歴史,手入れや修理の方法,保管法,用語集,メーカーやアーティストのアドレスなど非常に多くの情報が収録されているエンサイクロペディア。BathのThe English Teddy Bear Company が取り上げられていないのが少し残念。


■「BEAN 究極のパニック映画のすべて」

リチャード・カーチス/ロビン・ドリスコル/ローワン・アトキンソン 著/小田島恒志・則子 訳(河出書房新社)¥1,500
 これは,劇場版映画「ビーン」の公開に先立って1998年に出版された本である。最初にふざけたMrビーン自身の序文と生い立ちが収められており,これだけでも結構笑える。続いて,映画の製作日記やキャスト・リスト,シナリオと続き,最後には「消えた名場面集」も収められている。本で見てもビーンの表情はおかしい。しかし,一方で見るものを笑わせるために,ビーン本人(ローワン・アトキンソン)と周りのスタッフがいかにまじめに笑いもせず,計画的に策を練っているかもよく分かる。