歴史・社会・思想


■「幽霊のいる英国史」

石原孝哉 著(集英社新書)¥720
 英国で「幽霊(ゴースト)」が出る家の価値が上がるというのは有名な話だ。また,多くの観光地で「ゴースト・ツアー」が組まれ,観光客を喜ばせている(怖がらせている?)のも周知の事実。英国は階級社会だが,幽霊にも国王,女王クラスの有名でやんごとなき身分の大幽霊から,名も無い庶民の幽霊までその出自はさまざまである。本書は主として歴史上の有名人の幽霊(大幽霊)伝説をもとに,建国以来の英国の歴史と実際に幽霊が出る(とされる)地を辿ったユニークなゴースト伝説紀行である。
 本書を読んで最初に抱いた感想は,本当に英国史は侵略,虐殺,暗殺,処刑,権力闘争の歴史だということだ。映画「エリザベス」のどろどろとした血なまぐさい世界を思い出した。英国が「紳士」の国になったのはヴィクトリア朝以降のつい最近の話に過ぎないということがよくわかる。日本の戦国時代のほうがよほど紳士的に感じられる。ところが,不幸な死に方をした者も死んで幽霊となったとたんに血なまぐささは消え,むしろユーモラスな存在になるところが英国らしい。私は残念ながら英国滞在中に幽霊には出会えなかった(幽霊の出そうな古い屋敷やロンドン塔は訪ねたが)。本書を教科書にして「幽霊」をモチーフにした英国旅行を計画するのも一興だろう。



■「イギリス職人ばなし」

塩野米松 著(晶文社)¥1,900
 日本では職人の昔ながらの手仕事が消えようとしているが,それは英国でも同じらしい。日本の失われつつある職人の手業に愛惜の念を抱き,取材を続けている作家の塩野氏が,ところを変えて英国の職人たちを丹念に取材した興味深いノンフィクション。同じ職人といっても,もちろん日本と英国ではつくるものが違う。本書では,ビヤ樽職人,箒職人(表紙の写真),釘鍛冶,鞴(ふいご)づくり職人,コラクル舟職人,バスケット職人,屋根葺き師,町の鍛冶屋の8人の職人が取り上げられていて,生い立ち,修行,手業が語られていく。鞴やコラクル舟(湖や川で乗る一人用の小さな舟)などは,物自体がどんなものか日本では想像しにくいので,写真や図解を用いて丁寧に解説されている。英国のカントリー紀行は数多いが,そしてウェッジウッドの工房などで働く職人を紹介した本もあるが,田舎町で昔ながらの手業をひっそりと守っている英国の職人にスポットを当てた本は本書が初めてだろう。どの職人の話でも,プロフェッショナルな巧の技が具体的かつ詳細に紹介されており感嘆する。本書で紹介されたさまざまな職人業の灯が将来にわたって消えませんようにと祈らずにはいられない。



■「イギリス式結婚狂騒曲」

岩田託子 著(中公新書)¥700
 18世紀半ばからヴィクトリア朝時代にかけて,英国では「駆け落ち婚」がさかんであったというのは有名な話である。イングランドでは結婚を許されないカップルが婚姻法が緩やかだったスコットランドへと向かい,きまって国境のグレトナ・グリーンという小さな村で結婚式をあげたのだった。このことから,英国の「駆け落ち婚」は「グレトナ・グリーン婚」と呼ばれているが,おもしろいのは時代が下って,必ずしも駆け落ちの必要がなくなったケースでも「グレトナ・グリーン婚」をあげるカップルがなくならず,現在では英国随一の結婚式場として発展しているということである。その歴史的・社会的背景は本書の第3章に詳しい。英文学が好きな者にとっては,第4章の「「駆け落ち婚」から見た19世紀イギリス文学史」がおもしろい。オースティン,ディケンズ,エリオット,ワイルドという4人の有名作家を取り上げ,彼らの作品で「駆け落ち婚」がどのように取り上げられているか紹介されている。英国の「駆け落ち婚」について触れた本は決してはじめてではないが,「駆け落ち婚」だけに焦点を絞って書かれた本は日本では初めてではないのか。歴史ファン,文学ファンの両方にとてもおもしろい読物である。著者が「駆け落ち婚」を研究するきっかけはオースティンの「高慢と偏見」を読んだことにあったというから,小説もいろいろな読み方ができるものだ。それがまた楽しいのだが。



■「英国紋章物語」

森 護 著(河出書房新社)¥2,900
 著者は序論で「ヨーロッパの諸国ではほとんど過去のものとなった紋章制度が,独りイギリスでは生き続け,寺院といわず古城といわず商店街にまで紋章一杯というこの国ならではの情景…」と述べている。本書は,英国の紋章制度に興味を持ち,英国各地の史跡を訪ねつつ,その地にちなんだ紋章を詳しく研究した著者が,イングランドでとくに由緒のある寺院,城,館の歴史を「紋章」をキーワードとして一話完結式でまとめたユニークな歴史読物である。
 具体的な史跡の話に入る前に,予備知識として「大聖堂建築とその見方」と「紋章院」の章が置かれている。本論で選ばれている史跡は,セント・ジェイムズ教会,テンプル・チャーチ,カンタベリー大聖堂,ソールズベリー大聖堂,ウィンザー城,ハンプトン・コート,ウッドストックとブレナム館,ストラトフォード・アポン・エイヴォン,ウォーリック,ヨーク・ミンスターの十箇所。日本人にもなじみの深い場所が多く,すでにこれらの史跡を訪れた人にも,これから訪れようと考えている人にも,大変楽しい内容となっている。私には,シェイクスピア家やキングメーカー・ウォーリック伯の紋章にまつわる話がとくにおもしろかった。巻頭に24ページにわたってカラー写真がある上に,本文中にも白黒の図版が多数使われており,言葉による説明だけでは分かりにくい紋章というものがビジュアルに解説されている。この本に取り上げられた有名どころに限らず,英国では地方の小さい教会や貴族の邸宅にも必ず紋章がある。一つの紋章がたどった歴史と紋章の意味を想像しながら,紋章をゆっくりと眺めてみるのも,英国を旅する楽しみの一つであるということをこの本は教えてくれる。



■「紅茶を受皿で」

小野二郎 著(晶文社)¥2,500
 初版は1981年であるから,もう20年も前の本であるが,時代に埋もれることなく増刷が重ねられている名著である。本書には「イギリス民衆芸術覚書」という副題がついている。いかにも,ウィリアム・モリスの研究を専門とした著者らしい副題だが,本書の話題はモリスにとどまらない。タイトルになっている「紅茶を受皿で」は,著者がアイルランドの田舎町で老婆が紅茶を受皿にあけてすするのを偶然目にしたことから話が始まる。そして,その同じ飲み方を,著者はディケンズの処女作「ボズのスケッチ帳」にクルックシャンクがつけた一枚の何気ない木版画「紅茶を受皿で飲む男」(本書表紙)の中に発見する。紅茶を飲む器具(カップやソーサー)も,紅茶の民衆への普及や作法の変遷と共に少しずつ変わって現在のカップ・アンド・ソーサーになったというのが結論であるが,著者は単に事実を調べ上げて述べているのではない。たとえば,文豪ジョージ・オーウェルがモリスの前であえてとったこの「お茶作法」の真意を推測しているのだ。紅茶の飲み方に限らず,英国の民衆芸術・文化史に見え隠れするあらゆる事象が著者の想像力を刺激し,同時に読む者の好奇心を刺激する。モリスにも関係するイングリッシュ・チンツ(プリンテッド・コットン)や壁紙の文化史は著者の得意とする分野だけに読み応え十分だし,他にもパイ,プディング,蜂蜜酒,陶器人形,ヴィクトリア朝絵本,今はなきミュージック・ホール…と著者の興味はとどまるところを知らない。

 私が個人的に愛着のあるコッツウォルズの黄色っぽい壁の家々を思い出しつつ読んで感銘を受けた一編に「コッツウォルド・ストーン」がある。「そこにあるのは無骨,頑健,強直ではない。優美と峻厳とである。しなやかな生命である。だからコッツウォルド地方の建築は風景のなかから自然に成長してきたように見える。…」という著者の文章ほど,コッツウォルド・ストーンとそれを使った建築の美点を的確に言い当てたものを他に私は知らない。


■「スコットランドの聖なる石」

小林章夫 著(日本放送出版協会)¥1,020
 「ひとつの国が消えたとき」という少々穏やかでない副題は,1707年5月1日にスコットランドが独立国としての体裁を失ったことを指している。なぜ,誇り高いスコットランドがイングランドに併合されてしまったのか。本書は,このときのイングランド,スコットランド双方の状況を丹念に分析しつつ,スコットランドが併合の悲劇へと至る過程を平明に描いた歴史読み物である。歴史読み物といっても,著者の専門は英文学だけに,マクベス,デフォー,スウィフト,スコットなどが登場し,文学史の話題としてもおもしろい。加えて,スコットランドの街や史跡がふんだんに登場するので,スコットランド歴史紀行としても楽しめる(表紙の写真はハイランドにかかる虹。巻頭には,エディンバラ城からの市内眺望,エディンバラ ロイヤル・マイル,スカイ島の燈台のカラー写真あり)。
 さて,タイトルの「スコットランドの聖なる石」とは何か?本書の第2章「スコットランドという国」に説明があるが,これは9世紀のスコットランド王ケニス一世がその上に乗って戴冠式をあげたという聖なる「スクーンの石」のことである。13世紀のイングランド王エドワード一世が戦利品として持ち帰り,それ以来イングランド王の戴冠式用としてウエストミンスター・アビーに長年置かれてきたらしいが,スコットランドの強い要望で返還され,現在はエディンバラ城に保管されているということである。「一時休会中」だったスコットランド議会は,1999年7月1日に300年ぶりに再開され,スコットランドはまがりなりにも「自治」を取り戻した。豊かな自然,ケルトの史跡,文学,ウィスキー,ハギス…。まだ行ったことのない憧れの国スコットランドとそこに住む人々の将来に幸あれと祈らずにはおられない。



■「イギリス名宰相物語」

小林章夫 著(講談社)¥660
 21世紀を迎えて,日本にもこれまでとは全く違ったタイプの首相が誕生して,国民の圧倒的支持を得,テレビ・新聞でも彼が話題に上らない日がないのはご存知の通りである。時ほぼ同じくして,英国では労働党のブレア首相が総選挙で英国民に信任され,2期目の政権を順調にスタートさせた。日英の「首相」にまつわる大きな報道を見聞きして,私が真っ先に思い浮かべたのが本書である。といっても,本書は現代の英国政治を論じたものではなく,歴史上初めての首相ウォルポールにはじまって,第2次大戦を指導したチャーチルに至る7人の個性溢れる宰相たち(正確には,ピットには大ピット(父)と小ピット(子)がいるので8人)の,彼らの人間的エピソードを中心とした評伝である。高校の「世界史」で,19世紀英国の政党政治について勉強したとき,好敵手同士であったディズレイリとグラッドストンという名前を見て,「イギリスの首相には変わった名前の人が多いんだな。」というくだらない感想を持ったのだが,そのおかげで,この2人の名前は私の頭にしっかりとインプットされている。そして,本書を読んで,やはり人物としても時代としてもおもしろいのが,英国の全盛期に活躍したこの2人の名宰相だと思うのである。中でもグラッドストンは,政治家としても偉大であったが,人間としても「超人」としか思えない。4度首相となり(4度目のときは83歳),1日に3〜4時間の睡眠で政務に励みながら,生涯に2万冊の本を読み,多くの著書,論文を著している。彼の尽きることのないエネルギーは「性欲処理」にも向けられ,本書でもグラッドストンには「娼婦が大好きな精力家」という小見出しがつけられているのである。ちなみに,西洋人名辞典(岩波書店)のグラッドストンの項を見ると,「身体強健,精力絶倫にして予言者的風格をもち,…」という記述がある。人名辞典で「精力絶倫」という記述のある人物がグラッドストン以外にいるだろうか?現代では,英国でも日本でもこのような「超人」が首相になることはないだろう。それがいいことなのか,悪いことなのかは別として,評伝を読む者としては,断然昔の首相の方がおもしろいエピソードに満ちているような気がするのである。



■「ヴィクトリア朝万華鏡」

高橋裕子・高橋達史 著(新潮社)¥4,200
 ヴィクトリア朝の社会・風俗に関する研究書・一般書は数多く出ているけれども,「ヴィクトリア朝絵画」を通してヴィクトリア朝という時代を読み解こうという試みは新鮮である。本書はヴィクトリア朝の「名画」を紹介する本ではないから,この時代に関係した大風景画家であるターナーやコンスタブル,さらにラファエル前派の画家たちのよく知られた「名画」は全くといってよいほど出てこない。その代わりに著者が選んだのは,美術的価値に関係なく,当時の社会を鏡のように映し出した風俗絵画約200点である。画題は実に多様で,競馬(本書のカバーはウィリアム・フリスによる「ダービーの日」),ギャンブル,鉄道,家庭教師,底辺の労働者,犯罪報道,恋人たち,子ども…とさながら当時の社会の縮図を見る趣がある。「百聞は一見に如かず」という諺もあるが,まさにこれを実感できるような絵がたくさん紹介されており,当時の人間・社会の姿がリアリティーをもって迫ってくる。嬉しいことに,取り上げられている200点近くの絵画の多くが美しいカラー印刷(本の紙も特別のものが使われているようだ)である。もしこれが白黒印刷ばかりだったとしたら,本の価値が半減したことだろう。さらに,プロローグに述べられているように,著者は「ヴィクトリア朝絵画史を書こうというわけではない」のだが,結果的に必ずしも美的評価の高くないヴィクトリア朝風俗画を楽しむための良きガイドともなった。4,200円という価格の高さ(カラーの図版が多数あるから仕方ない)と,新潮社の本にしてはやや専門的な内容のためもあってか,残念ながら現在は絶版のようである。しかし,図書館で借りたり,古本屋で手に入れたりしてでも読んで(見て)みたい1冊である。

 余談であるが,本書第19章で「女王陛下の動物画家」として紹介されているエドウィン・ランシアによる,「山岳地方の洪水(1860年頃)」という大作を,2001年春に島根県立美術館で開催のアバディーン美術館展(正式な展覧会の名称は「イギリス・フランス近代名画展」でたまたま見る機会に恵まれた(展覧会ではランシアでなくランドシーアと表示されていたが)。さすがは「動物画家」らしく,スコットランドで起きた大災害を描きつつも,人間のほかに羊や牛などの動物がたくさん描き込まれていて,なるほどとおもしろかった。絵の細かいところまで注意して見るのが風俗画を楽しく見るコツのようだ。



■「水晶宮物語」
松村昌家 著(ちくま学芸文庫)¥1,100
 著者が本書の冒頭で述べているように,水晶宮(クリスタル・パレス)とは,1851年にロンドンのハイド・パークで開かれた世界最初の万国博覧会の会場としてつくられた総ガラス張りの巨大な建物のことである。ヴィクトリア朝大英帝国の富と技術を結集して建てられた華麗な水晶宮も,大英帝国の力の衰えと機を一にするかのように,1936年に火災で焼失し,今はない。しかし,現存しないからこそ,水晶宮はどのような経緯でつくられることになったのか,その設計・施行にたずさわった人たちは誰なのか,オープンした展覧会の様子はどのようなものだったのか…など,およそ英国の歴史・社会に関心のある人ならどんどん興味が膨らんでいくことだろう。著者もそのようなうちの一人であった。水晶宮の造営に関わった人たち,たとえばこの大事業の推進役となったアルバート殿下,水晶宮の実質的な産みの親となった庭師あがりのジョーゼフ・パクストンを通して水晶宮のドラマチックな「生涯」をたどる本書は,当時の大英帝国が経済力や技術力ばかりでなく,「人力」の点でも階級の上下を問わずいかに偉大であったかをまざまざと物語る。1986年に単行本として出版され好評を博した松村先生の名著が,体裁を新たにして文庫本化されたことを喜びたい。



■「コーヒー・ハウス」

小林章夫 著(講談社学術文庫)¥920
 英国の嗜好的飲み物といえば,まず思いつくのは紅茶である。しかし英国においても,紅茶文化が興隆する前,つまり17世紀中頃からの約100年間は「コーヒー」の時代であった。このコーヒー全盛の時代を支えたのが,ロンドンに数多くつくられた「コーヒー・ハウス」である。ロンドンのコーヒー・ハウスがそれだけで興味深い本になるのは,パリのカフェと同様,それが当時の政治,経済,社会,文化と密接にかかわっていたからである。著者は英文学・英文化を専門とするだけに,コーヒーハウスと文学やジャーナリズムの関係について語る部分がとくにおもしろい。英国の文化・歴史が好きな人の期待を裏切らない好著。



■「図説 ケルト」

サイモン・ジェームズ 著/井村君江 監訳(東京書籍)¥4,800
 「ケルト」は,一部の学者や歴史・民俗愛好家だけが関心を寄せていた段階をすでに越えて,広く一般の興味を引く時代へと入っている。ブームが続いているケルティック・ミュージックのように,ケルトの伝統をベースにしながらも,新しい感覚で現代にリヴァイバルさせた,文化的な面でのケルト復興も目覚ましい。このような近年のケルト隆盛現象の中で,本書は実によいタイミングで発刊(2000年6月)された。今でもコーンウォール地方やウェールズに色濃く残るケルト文化の源流を知りたい人はもちろん,ケルトの歴史,生活,宗教,美術などに興味があるすべての人にとって必携ともいえるハンドブック。300点余りの図版と,日本の第一人者井村氏による分かりやすい監訳が,本書の価値をさらに高めている。「新段階に入ったケルト研究の基本テキスト」という帯の宣伝に偽りはない。



■「エリザベスI世」

青木道彦 著(講談社現代新書)\730
 先年映画「エリザベス」が当たったように,彼女の生涯は映画の脚本もびっくりの波乱に満ちている。イギリスがヨーロッパの一流国,後の「大英帝国」となり,多くの日本人が憧れる国となっているのも,元をたどればこの女王が居たからこそであろう。本書は,レベルを落とさずに,しかも一般人に分かりやすく,偉大な女王エリザベスの時代の英国をいきいきと描いている。



■「ゴシックとは何か −大聖堂の精神史−」

酒井 健 著(講談社現代新書)¥680
 英国でもよく見られるゴシックの大聖堂。キリスト教の信者でなくともその荘厳さに圧倒される人は多いはずだ。この本はゴシックの歴史を,「誕生」,「受難」,「復活」の3時期に分け,それぞれの時期におけるゴシックと社会・宗教との関係を分かりやすく述べている。この本で取り上げられている,ヨークやエクセターの大聖堂に滞英中行けなかったのは残念。Bath近郊を旅される方には,(ちょっとマイナーだが)素晴らしいWellsの大聖堂と主教の宮殿を是非訪ねていただきたい。



■「達人たちの大英博物館」
松居竜五・小山 騰・牧田健史 著(講談社選書メチエ)¥1,553
 大英博物館にこれから行ってみたいと思っている人,すでに大英博物館に行ったことがあり,その歴史やコレクションに興味をそそられた人,とにかく大英博物館に何らかの興味がある人すべてにとって一読の価値がある本である。この本は,大英博物館では,どこの部屋には何があり,どれが目玉であるか,何をまず見るべきかといったことを教示するガイドブックやハウツー本では全くない。大英博物館300年のドラマを徹底的に「人」にこだわって描いたスリリングな読み物である。その「人」とは創設者スローンに始まって,歴代の寄贈家・収集家,館員・職人,そして名だたる利用者たちのことである。第3章が「収蔵された「日本」」に充てられており,南方熊楠をはじめとする日本人たちと大英博物館の意外な関わりも明らかになる。経営的にも収集の歴史的な経緯にも多くの批判がある大英博物館だが,ヴィクトリア朝時代を頂点とする大英帝国の最も偉大な遺産の一つであることを改めて感じさせられた。



■「イギリス祭事 民俗事典」

C・カイトリー 著/澁谷 勉 訳(大修館書店)¥5,500
 イギリスに古くから伝わる祭りや行事について,豊富な写真や図版を駆使しながら解説した類のない事典。イギリスの祭りや行事を見るときのハンドブックとして役立つであろうが,普通の本として読んでも面白い。少々高いがそれだけの価値はある。


■「イギリス古事民俗誌」

R・チェインバーズ 著/加藤憲一 訳(大修館書店)¥2,600
 この本は,古い時代の民俗・行事や著名人の逸話などを集成したヴィクトリア朝時代の名著「The Book of the Days」から,とくに興味深い44話を選んで訳したもの。なかには「監獄」や「すり」の話もある。当時の貴重な図版を見ているだけでも楽しい。



■「鍵穴から覗いたロンドン」

スティーブ・ジョーンズ 著/友成純一 訳(ちくま文庫)¥950
 大英帝国全盛期,ヴィクトリア時代の裏社会(売春,ギャンブル,いろいろな犯罪)を知りたければこの本を。きわめてまじめな本です。


■「とびきり愉快なイギリス史」

ジョン・ファーマン 著/尾崎 寔訳(ちくま文庫)¥700
 これほど「ふざけた」英国史の本はおそらくないだろう。ブラックユーモアと皮肉に満ちたイギリス史。ユーモラスなイラストも多数。


■「路地裏の大英帝国」

角山 栄・川北稔 編(平凡社)¥2,330
 華やかな大英帝国。しかしながら,下層階級の人々は大変な暮らしを強いられていた。売春やアル中,正しく生きようとしても生きられなかった時代を様々な視点から考察する本。イギリスでの生活は何でも素晴らしい!と考えている人に是非一度読んで欲しい辛口の本です。


■「民衆の文化誌(英国文化の世紀第4巻)」

松村昌家 他編(研究社出版)¥3,000
 英国文化の世紀全5巻のうちの第4巻。その中で最も一般の興味を惹く内容。ヴィクトリア朝最盛期の民衆の教育,娯楽,文化を多数の図版と共に生き生きと描いている。本来は専門書の部類だろうが,決して読みにくいことはない。第10章「推理小説の社会的・文化的コンテクスト」は,なぜ英国でミステリーが隆盛したかを解読し,ブリティッシュ・ミステリーファンにおもしろい論考だろう。


■「ロンドン 世界の都市の物語」

小池 滋 著(文藝春秋(文庫))¥514
 これはロンドンの旅行ガイドではない。といってロンドンの歴史を単に紹介した本でもない。強いていえば歴史上ロンドンに縁のあった有名人物をしてロンドンを語らせた本といえようか。著者の専門がヴィクトリア朝時代の英文学だけに,記述もこの時代に偏っているが,エッセイとしても肩のこらない歴史書としても面白さは無類。数多くの図版が一層興味を高めてくれる。

 

■「英語 迷信・俗信事典」

I・オウピー,M・ティタム 著/山形和美 監訳(大修館書店)¥10,000
  英語圏の国々の文化や思想,さらには人々の考え方を知る上で役立つ事典である。例えば,「ハンカチ」の項では,きれいにたたんだハンカチは縁起がよくないということが書かれている。そういえば,イギリス人はくしゃくしゃに丸めたハンカチで鼻をかんでいたりするが,こういう俗信が背景にあるのかもしれない。



■「日英故事ことわざ事典」

池田彌三郎,ドナルド・キーン 監(朝日イブニングニュース社)¥2,400
 ことわざには,その国独自のものもあるが,万国共通の普遍的なものもある。ことわざを知ることは,その国の人々の考え方や習慣を知ることにもつながろう。この事典は実用的なハンドブックとしてももちろん役に立つが,読み物としても十分楽しめる。


■「もう一つのヴィクトリア時代 性と享楽の英国裏面史」

スティーブン・マーカス 著/金澤貞文 訳(中公文庫)¥757
 ちょっとアブナイ感じの本で,実際の内容も…というところもあるが,良くも悪くもヴィクトリア時代の文化をより深く知るという点では一読の価値があろう。解説によると,本書はヴィクトリア時代に生まれた古典的ポルノグラフィーの精緻な分析を通して「紳士の国」の隠された一面に迫った性文化史研究の古典的名著らしい。


■「ヴィクトリア朝の下層社会」

ケロウ・チェズニー 著/植松靖夫・中坪千夏子 訳(科書店)¥3,900
 ヴィクトリア朝時代の華やかなロンドン社会の陰の部分―見えない下層社会―にスポットを当てる。放浪者,泥棒紳士,乞食,ペテン師,売春婦など,決して歴史の教科書では取り上げられることのない類の人々の社会を分析する。ディケンズの小説などで生き生きと描かれているこれら下層社会を生きる人々の歴史的実態をより深く理解したい人にはお薦めの本である。


■「民のモラル―近世イギリスの文化と社会(歴史のフロンティア)」

近藤和彦 著(山川出版社)¥2,700
 「女房売ります」という17世紀イギリスのセンセーショナルなビラを手始めの題材に,近世イギリス社会における民衆社会を探る。実際は,自分の妻を奴隷のようにせりにかけて売るという,夫の専制君主的な社会ではなかったのだが,どうしてこのようなビラができたのかという考察は,実にユニークで面白い。英国近世史に関する格好の読み物であろう。
 

■「英国社会の民衆娯楽」

 ロバート・W・ミーカムソン 著/川島昭夫ら訳(平凡社)¥3,500
 かつて英国社会には様々な娯楽があった。ダンス,酒宴,牛掛けや熊掛けといった動物いじめ,街中で大騒ぎするフットボールや牛追いなど,野蛮で残酷,決して高尚とはいえない遊びに人々は夢中になっていた。しかし同時に,宗教的,道徳的な規範を求める声もあった。この重層ともいえる社会が「産業化」や「囲い込み」という流れによって,18世紀末には民衆の娯楽が規制されて行くという方向に向かっていく。今のフェアプレイの精神を基盤とする「スポーツ」の数々が人々に受け入れられていく過程を歴史的に考察した本。
 

■「ヴィクトリア朝の性と結婚―性をめぐる26の神話」

度会好一 著(中公新書)¥720
 ヴィクトリア文化の「性」に対する基本的考え方として,性への抑圧,性に対するとりすました淑女ぶり,お上品主義等々が,当時から現在に至るまであげられてきたが,このような「神話」を様々な視点,資料から検証し,その虚構性を暴く。私たちの理解している歴史や文化がいかに表面的なものであり,その裏にはいかに多くの社会問題が内包されていたかということを考えさせられる一冊。


■「ガヴァネス(女家庭教師)―ヴィクトリア時代の〈余った女たち〉」

川本静子 著(中公新書)¥680
 19世紀英国で未婚女性がレディの対面を保ちながら就ける職業はガヴァネス以外にはなかった。しかし彼女たちがいかにひどい扱いを受けていたことか。一般に住み込みの女家庭教師は,雇い主はもちろん自分の生徒たちからさえ軽蔑されていたことが多く,ちゃんとしたレディとみなされることは難しかった。ガヴァネスを扱う小説として有名なC・ブロンテの「ジェーン・エア」でも,女主人公ジェーンが自由と男性との対等な人格を得るためには,ガヴァネスとしての働きではなく,財産と,ロチェスターの事故が不可欠だったといえる。当時の女性が一人で生きることの難しさを示している。


■「イギリス・ルネッサンスの女たち―華麗なる女の時代」

石井美樹子 著(中公新書)¥740
 当時の女性教育の程度は一般には低かったが,男性に劣らぬ能力,知識を身につけた女性たちもいた。ヘンリー8世の離婚問題を批判しトマス・モアは処刑されたが,彼の理想とする教育を施された彼の娘たちは男性顔負けの,いや男性以上の知識や言語能力を身につけていたという事実は驚くほかない。先入観を覆させられる当時の女性たちの活躍ぶりが本当に新鮮に映る。


■「大英帝国―最盛期のイギリスの社会史」

長島伸一 著(講談社現代新書)¥530
 高度文明社会であった近代の英国は,産業革命の波に乗ってヴィクトリア朝時代にその繁栄の最盛期に到達する。しかしその繁栄は,三つの階級(上流・中流・労働者)の一番下の階級にいた労働者たちの劣悪な生活を犠牲にして成り立っていた。さらには,繁栄のために海外の植民地は不可欠であった。繁栄と犠牲という2つの矛盾する社会構造の存在がその後の大英帝国衰退の原因であることを論証する1冊。


■「エリザベス朝の裏社会」

G・サルガードー 著 松村 赳 訳(刀水書房)¥2,200
 エリザベス朝という,まだ未熟であった社会の下層部分に暗躍する泥棒,いかさま師,魔女,魔術師,ならず者などについて考察する。彼らのずるがしこく,生命力溢れる生き方には,ある意味で感心させられる。しかしながら,彼らの終着駅となる可能性のあった監獄の状態は現在からは想像もつかないほど悲惨なものであった。


■「エリザベス朝のグロテスク」

N・ローズ 著 上野美子 訳(平凡社)¥2,903
 グロテスクを一言で定義することは出来ないらしいが,この著者の研究によれば,エリザベス朝時代の物語,喜劇,パンフレット類などには肉体に関するイメージが頻発し,不調和なもの,異質なものが肉体的なイメージに結合されていることから,グロテスクな傾向が強いそうだ。大物であるシェイクスピアを解析した「シェイクスピアのグロテスク」の項がやはり面白い。


■「もうひとつのイギリス史 野と町の物語」

小池 滋著(中公新書)¥660
 本書のテーマは,英国における「野」の衰退の歴史と,それに伴う「町」の発展の歴史である。といっても,著者は歴史学者ではなく,英文学者であるから,取り上げる話題も文学的な味付けが濃い。私にとって興味深かったのは,第十章「リゾート」で「リゾートの祖バース」や「新興リゾートブラックプール」が語られている点である。リゾート地の俗化,成金趣味化は現在の日本だけでなく,18世紀の英国でも同様に起こっていたのである。バースの場合は,建物に関する限り,当時のまま残されたのが幸いであった。


■「イギリス・ユートピア思想」

A・L・モートン 著/上田和夫 訳(未來社)¥2,500
 イギリスの「ユートピア作品」と呼ばれるものを読み解くことによって当時の社会情勢も見えてくる。イギリス中世の民間伝承から,ルネサンス期のトマス・モア,ベーコン,共和政時代の革命思想家たちを経て,スウィフト,19世紀ロマン派の詩人,ウィリアム・モリス,さらにはH・G・ウェルズやハックスリー,オーウェルといった20世紀の作家に至るまで,それぞれの時代のユートピア像と,その変容,発展をたどることができ興味深い。


■「エリザベス朝の世界像」

E・M・W・ティリヤード 著/磯田光一 他訳(筑摩書房)¥2,400
 エリザベス朝時代は,従来ルネッサンス −個性を解放し近代の進歩を用意する曙の時代− と解釈されてきた。しかし,シェイクスピア,ミルトンといったこの時代を代表する大作家の作品を読んでみると,実際は中世の世界像を持っている。石ころから天使に至るすべての存在は,見えない鎖によって秩序正しくつながれており,人間は惑星の運行に従って行動せねばならず,さらに惑星や恒星は天球の摂理に従っているという考え方である。従来のルネッサンス観をくつがえした名著。


■「魔術的ルネサンス エリザベス朝のオカルト哲学」

フランセス・イエイツ 著/内藤健二 訳(晶文社)¥2,427
 オカルト哲学といっても,ここでのオカルトは「オカルト映画」のオカルトとは意味が異なり,簡単に定義することはできない。エリザベス朝時代に支配的だった哲学は,キリスト教カバラに基づくオカルト哲学だったとし,それが当時の文化(例えばシェイクスピアの劇)にどのように反映されているかを詳細に検証したユニークな歴史書。


■「アイルランド歴史紀行」

高橋哲雄 著(ちくま学芸文庫)¥951
 アイルランドはもちろん英国ではないが,本書を取り上げたのは,この国が良かれ悪しかれ英国との歴史的関係が深く,アイルランドから見た英国の一面が見えてくるからである。歴史的・政治的に英国(イングランド)にひどい目にあわされてきたアイルランドだが(著者は本書の中でアイルランドを「百敗の国」と呼んでいる),アイリッシュのアイデンティティーの源である「ケルト」は,近年になって一層輝きを増しているように思える。様々な面から,この極西の「田舎の国」の魅力を語った格好のアイルランド案内。


■「別冊歴史読本 総集編 世界の王室と国王女王」

(新人物往来社)¥1,748
 歴史好き読者の定番「歴史読本」の別冊。英国は歴史のある王国であるだけに,多くのページが割かれている。過去・現在の英国王室について,ちょっとした調べものをするとき,この雑学事典的本が役に立つであろう。